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鍛冶師と治療師ときどき

一角

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 押し寄せる黒い波。
 うねりを持って、全てを飲み込もうと襲い掛かる。
 一面に広がるは黒い波。
 木々を避けながら、迫り来る黒いうねり。
 ギラギラと本能のままに浮かび上がるいくつもの双眸が、こちらから視線を外さない。
 抱きつき、巻きつき、己が喰う為に波となり眼前の肉を捉える。
 上段から刃を振れば、胸まで切り裂く。拳を突き出しては、顔面を潰していく。
 大槌を振り回し頭から吹き飛ばす、蹴り上げ顎を砕く。小さき剛弓が放つ力のある矢が、人ならざる者の眉間を射ち抜く。頭を跳ね上げ、目から力が失われ次々に倒れていく。

「娘! しっかり、しばけやぁっ!!」
「わかっとるわい!!」
「こらぁ、なかなかキツイなぁ」
「休むヒマないです」

 緊張と肉体的疲労が思考する力の邪魔をする。
 いつ飲み込まれてもおかしくはない。少しのミスで波がなだれ込む。
 マッシュに巻き付く胴ほどある下半身をフェインが蹴り飛ばす。
 キシャを狙う薄汚い爪をカズナが斬り落とした。
 ユラが勢いを受け止める、流れを断てと。
 ウルスが腕に絡まれながらもお構いなしに大振りを見せ、何匹もの頭を潰していった。
 
 永遠に続くかと思わせる波のうねり。その勢いは一向に衰えを見せない。
 心臓の高鳴りが止まない、終わりの見えない焦燥感と徒労感。
 黒い柔らかな肉をいくつも斬り刻み、剝き出しの柔らかな肉には食いつかれた。
 流れ落ちる血の量が徐々に増えていく。
 血のニオイ。
 そのニオイに誘われるがまま、醜い女の相貌が喜々とした、いや、そう見えた。

『キャアァアァッ~』

 気味の悪い高い声を上げる。歓喜なのか?
 血の量に比例するかのごとく波のうなりが増していく。
 血を欲する。
 削がれる肉の感触に顔をしかめていく。

(グッ)
 
 キルロは声にならない呻きを上げる。全方向から襲いかかるうねりに翻弄されていた。
 うねりが飲み込む。
 荒い呼吸、息を吸い込む度に生臭さが鼻腔の奥へと届く。

「フォロー! お願い! 【雷光ブロンテ】!」
 
 エーシャが鞍上より詠う。
 黒いうねりに向けて手をかざす。
 うねりがエーシャに届かぬよう、キルロは剣を振り続けた。
 エーシャはキルロを信じ鞍上で集中を上げていく。
 パチパチと火花が手の平へと収束され、それはやがてバチバチと大きな電光となる。

「どいて!」

 エーシャの叫びにキルロが横に跳ねるとその横を大きな雷光が黒いうねりへと走る。
 激しく発光する雷光にラミアが目を覆う。
 刹那、いかづちがうねりを薙ぎ払い、黒い体が炭化すると次々に崩れ落ちていく。
 放射上にある全てものが消し炭となった。
 剣を振る手が一瞬止まるほどの大火力。
 すげえ。
 キルロは目を見張る、これがウィッチの力か。
 
「次! 【雷光ブロンテ】!」

 エーシャは間髪入れずに詠唱を開始、キルロは再びエーシャの前で纏わりつく黒い波を薙ぎ払っていく。
 消し炭となったラミアはすでにうねりに飲まれ、その影すら見えなくなっていた。
 依然として黒い波は猛り、パーティーを飲み込もうと襲いかかる。
 じわじわと4人を守る輪が小さくなっていく。
 大きな幹に体を預けるクラカンとミースは、何も出来ないもどかしさと、全てを託す思いで前方を睨んでいた。
 押されているのが分かる。数のゴリ押しが、じわりとキルロ達を追い詰めていく。
 休むことなく振り続ける剣に覚えのある既視感。
 そうだ。
 【果樹の森】を想起させる。
 あの時は単なる烏合の衆を相手にするだけだったが、今回は違う。
 積み重なるダメージが大きい。
 だが果たして【果樹の森】と同じのなのか?
 だとしたら⋯⋯。
 守るべきは【蟻の巣】へ通じる洞口?
 これもアッシモの仕掛けた罠なのか?
 あの空間で逃しても、ここ【吹き溜まり】からは絶対出さないという意志が形になったもの?
 何重にも仕掛ける罠。
 あいつならやりかねない、どこまでもしたたかな男、存在を隠してもまだ攻撃の手を緩めない。
 キルロは洞口をチラっと見やる。
 もし、これが【果樹の森】と同じやり口ならあの洞口に届けば、こいつらが追ってくることは無い。
  辿り着いた時点でこちらの勝ちだ。
 100Miほどの距離、何もなければ、たいしたことのない距離がとてつもなく遠く感じる。
 寸分の隙もなく埋め尽くす黒いうねりに舌を打つ。
 エーシャの火力で道を作ってもすぐに埋め尽くしてしまう、この距離を抜ける前に波に飲み込まれて終わりだ。
 どうする?
 
 ⋯⋯まてまて。
 
 そうだ!
 
 人為的に起こしたものなら!?
 やってみる価値はある!

「カズナーっ!! 歯を鳴らせ!! こいつら止まるかも!」
「あァ? 何言っていル?」
「いいから! 【果樹の森】と同じだ! 早く!!」

 コキキッ

 怪訝な表情のまま奥歯を鳴らす。
 止まった。
 カズナのまわりだけだが止まった。
 黒い波の一角が凪ぐ。
 カズナの目が見開く。
 カズナの目の前で波が黙る、蠢く姿はない、うねりが止まる 。
 キルロを見やるとニヤリと口角を上げて見せた。

「エーシャ! ぶちかませ!!」
「いっくよーー!!」

 エーシャの放つ雷が、止まった波を薙ぎ払っていく。
 キシャとウルスは何が起こったのか、わが目を疑った。

「ハッハアー、もっと早く気が付けば良かったな」

 マッシュが長ナイフを突き立てながら、エーシャの蹂躙する様に微苦笑してみせる。
 光明が見えた、止めて、薙ぎ払う、これを繰り返せばいい。

「どんどんいくよー! 【雷光ブロンテ】」

 カズナとエーシャは繰り返し、波をせき止め、そして消し炭にしていく。
 パーティーに勢いが戻った。
 黒いうねりはみるみる凪ぎ、波の勢いはゆるやかなさざ波へと変貌していく。

「押し切れ!」

 キルロがもう一息だと猛る。
 終わりが見える。
 もう一息だ。
 休むな、動かせ。
 形勢は逆転した、だが消耗は激しい、誰もが肩で息をして体中から血が滲む。
 返り血なのか自らが流した血なのか顔にも血糊がべったりと付いていた。
 あと一息!
 自身に言い聞かせ、全身にもう一度力を込め直す。
 拭っている暇などない、ただひたすらに斬り、殴り、叩く。

しまいだな」

 肩で息するキシャが、最後の一匹を切り捨てた。
 消し炭と黒い塊が地面を覆う、血の赤が黒に吸い込まれ、辺りは黒いインクをぶちまけたように黒く染まる。

「はぁ、はぁ、はぁ⋯⋯。4人を運ぼう」

 急ごう、これで分かった。
 ここでは何が起こってもおかしくない、さっさと【蟻の巣】に戻ろう。
 疲弊するパーティーの口数は少ない。
 動けない4人に手を差し伸べる。担ぎ、肩を貸し洞口へと急ぐ。
 
  風向きが変わった? いや変わった気がした。
 その方向を全員が見やる。
 その足取りは重く、速い。
 ドタドタと重い足音を軽く鳴らす。
 くそ!! 本気か!?
 
「急げーーーーーーーーーーーっつ!!!!」

 キルロはありったけの声で叫ぶ。
 重い足を必死に動かす。
 洞口に飛び込めれば⋯⋯。
 鳴り響く足の音がみるみる距離を縮めてくる。
 まだか! こんなに遠いのか?!
 見える洞口が思うように近づかない。

「ありゃあ、ヤバイぞ!」

 マッシュが後方をちらりと覗き声を上げる。
 足音が地響く、その大きさから巨躯の持ち主である事は容易に想像ついた。
 クラカンとミースは足をもつれさせながら必死に動かしていく。
 しんがりを務めるマッシュとユラが後方の警戒を最大に上げる。

『オ! オ! オ! オ! オ!』
 
 歓喜の歌が聞こえる。
 足音のスピードが上がる。
 
「サイクロプス! 亜種エリートだ!!」

 単眼の巨人。
 通常でも優に2Miは超える。その重い足音がパーティーの緊張を誘うのに充分だった。
 後ろを確認する余裕などない、動かせよ。
 
 !!

 あ!
 ヤバイ。
 右から猛スピードで迫る巨躯、足音を鳴らさず静かにその巨躯を隠していた。
 どこに潜んでいやがった?!
 狡猾、これがコイツらの狩り方か。
 一つ目、単眼の巨人。
 3Miは雄に超える。
 黒い体皮、額に一角の鋭い角を備える。
 何よりも知恵者であろう証拠に、へし折った木の幹を棍棒のごとく握り締めていた。
 短く太い筋肉質な足、それと反比例するかのごとく長い腕が振り上がる。
 巨躯とは思えぬダッシュ力が、無防備なパーティーの横腹を強襲した。
 
「散れ! 散れーー!」

 キルロが叫ぶ。
 散り散りに散開していく、疲弊も何もない、恐怖に塗り潰されないようにするのがやっとだった。
 頭を整理する間もない。
 サイクロプスは狙いを定め巨大な棍棒を振り回した。

「マッシュ! たの⋯⋯⋯⋯」

 キシャの叫びは尻切れとなり、鈍い粉砕音にかき消された。
 地面へ転がるオットの横に首のもがれたキシャの体が、血の池を作っていた。

『オオオオオオォォォォオオ』

 歓喜に猛るサイクロプスの棍棒に、べったりと血糊がついている。
 全員の動きが一瞬止まりそうになった。

「止まるなーーーーーーーーーーっ!!! ユラ! 手伝え!!!」

 悲痛にも似たマッシュの叫びが全員の意識を覚醒させた。
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