上 下
179 / 263
鍛冶師と治療師ときどき

コカトリス

しおりを挟む
「派手に行けー!」

 エーシャが放った赤い光は、大きな炎の玉へと変化しながら天高く舞い上がっていく。
 人ほどの大きな火球がコカトリスの頭上に届くと弾け飛んだ。
 弾けた炎の欠片が矢のように群れへと降り注ぐ。降り注ぐ危険な熱に危険を察知すると群れが散り散りに散開していった。
 逃げ遅れていた数羽のコカトリスが炎の串刺しとなり体を燃やしたが、ほとんどが地面に突き刺ささり地面を激しく焦がす。草の焼けた臭いが辺りに立ち込め、コカトリスの警戒と怒りが上がっていった。

「あちゃー! ほとんど当たらなかった」

 エーシャがヘッグの上で悔しさを露わにした。
 炎の矢など見飽きているはずのキシャとウルスが、その矢の威力に絶句する。
 なんだ!? この魔術師マジシャン?!
 キシャとウルスは白い鳥に跨る隻眼の魔術師マジシャンに呆気に取られた。茫然とするふたりの横を白と黒の二筋の光がすり抜けていく。

「むむぅ、ちょっと失敗かな」
「クァア~」
「何よ! 仕方ないでしょう、避けられちゃったんだから」

 エーシャがヘッグにふくれっ面を見せた。
 
 二筋の光は真っ直ぐにコカトリスのキングに向けて飛んでいく。
 両手に刃を光らせ左右からその敏捷性で斬りかかった。
 キングはその一瞬で体の小さなキノを標的とし、カズナに背を向ける。
 キノの半分はある鋭利なくちばしが串刺しにせんと迫っていく。
 カズナは刃をキングの背に向けると、肉をえぐり出しに突っ込んだ。
 飛び込むカズナに横からくちばしが突っ込む。
 キングを守らんとカズナにコカトリスが割って入った。カズナはその守護者に睨みを利かす。
 
 キノは逆手に持った白銀のナイフをクロスさせ、キングのくちばしに対する。
 ガキッツ! と衝突音を鳴らすと勢いのまま後ろへくるりと回転し、衝撃から逃れ、再びキングと対峙する。
 キングが小さき者を侮った。それでもまだ簡単に食えるとその醜悪な瞳が見下す。
 キノの金色の瞳は真っ直ぐにキングへ向く。青い冷たい炎をその金色の瞳に灯す。青い炎を灯す瞳が、見下す醜悪な瞳と交わっていく。
 じりじりと互いの間合いを測り、キノは白銀のナイフを構え直した。
 
 カズナを阻止せんと突っ込むくちばし。
 カズナは体を反って避ける。
 くちばしが眼前をすり抜けるとそのまま、つま先でコカトリスの顎をカウンターで蹴り砕いた。
 下からの蹴り上げに粉砕音を鳴らし、コカトリスの頭は跳ね上がる。

「グボォォォオ⋯⋯」

 顎が開かず思うように呻きを上げられない。
 自慢の攻撃が封じられ、その目に困惑が浮かんでいる。
 
「そらぁっ!」
 
 ゴヅッ
 ウルスの気合と共に大槌が守護者の脳天を砕いた、顎を砕かれ、脳天を砕かれ、地面へと崩れ落ちていく。
 倒れ込むコカトリスの首元をカズナの刃が掻き斬り、地面を赤くしていった。

「ヌシ、兎か? 初めて見るがやりおるのう」

 ウルスの賛辞に一瞥だけして、キングへと再び疾走する。

「んじゃ、こっちをやるかのう」

 散り散りになっていたコカトリスの群れが、キングの元へと駆け出す。

「させるか」

 道先にウルスが立ちふさがった。
 勢いの増す何羽ものコカトリスが、道に立ちふさがる邪魔者を吹き飛ばしにかかる。
 
「ウルス! 無理だ!」

 脇腹を押さえながらキシャが叫ぶ、何羽ものコカトリスが邪魔なウルスへと激しい足音を伴って突っ込んで行く。
 大槌を横に構え、いつでも吹き飛ばせる態勢で待ち構える。
 やらせない。
 吹き飛ばす。
 互いの思いが交錯する。
 一歩も譲らぬと体中に力を込めていく。
 吹き飛べとくちばしを鈍く光らす。
 目前に迫るコカトリスをじっと睨み、大槌を握る手にさらに力を込めると、ウルスの二の腕が隆起する。
 横から小さな影がウルスへと飛び込んだ。

「あのよ、あのよ、ヌシはバカなのか? 盾も持たねえであんなの、やりようねえだろうが」

 法衣を纏うドワーフがウルスの横に飛び込んだ。
 ガツっと地面へ力強く大盾を突き刺し構える。

「ドワーフ! 頭を下げろ!」
 
 その叫びに反射的にふたりは頭を下げた。
 ブオンという風切り音が頭の上を過る、前を行くコカトリスの長い首が、ガクンと後ろに反る。
 眉間に矢がめり込み、コカトリスの足元がもつれ横へと倒れていく。
 それを確認するとハルヲが漆黒の小さき剛弓を再び構えた。

 コカトリスは横たわるそれを簡単に飛び越え、さらに迫る。
 ユラは大盾を構え直し、体中に力を込めていく。
 ガジャッっと激しい衝突音。
 大盾とくちばしが激しくぶつかり合う。
 体で盾を押さえ、押される足に力を込めて、押し返していく。
 ウルスはユラが押さえている横から大槌を振りぬいた。
 鋭い鎚先がコカトリスの柔らかな脇腹を突き破る。
 ウルスの鋭い振りに吹き飛ぶ間もなく、皮が破れ、内臓が潰れていった。

「きったねえ! 吹き飛ばせや!」
「うるさい! やいのやいの言うな! ほれ、次来るぞ!」

 返り血を浴びたユラがウルスを睨みつけた。
 キングの後を追っていた群れが、ユラとウルスに標的を移す。
 残り五羽。やっと半分か⋯⋯。ウルスは頭の中で嘆息し、また構え直した。
 コカトリスが一気に向かって来る。
 低い姿勢を取り血走る目は殺気を帯びていた。
 軽やかに地面を蹴るいくつもの音が迫る。羽をしっかりと閉じ自身を矢と化した。
 体ごと飛び込む気か。
 
「構えろ!」

 ウルスが叫び構える。

「わかっとるわぁっ!」

 ユラが叫ぶ。再び全身に力を込め、盾を強く握りしめた。
 



「すまん遅くなった。キシャ大丈夫か」

 大きなバックパックを背負うキルロがキシャの背後から声を掛けた。
 脇腹を押さえて佇む姿に傷が深い事がわかる。

「兄貴を頼む」

 それだけ言うとキングへとマッシュは駆け出す。
 
「キシャ、こっちへ」
「すまねえ」
「【癒白光レフェクト・レーラ】」

 キシャを寝かしヒールを掛けていく。思った通り傷が深い。
 離れた所から金属音や咆哮が耳へ飛び込んでくる。
 大丈夫だ。
 落ちつけ。
 みんなが対応している。
 キシャは金色の光球に目を見張った。
 手を当てていた傷が、いつの間にか塞がっている。出会った事のない治癒力に驚きを隠さなかった。

「すげえな。あんた治療師ヒーラーだったのか」
「いや、鍛冶師だ」

 寝ていたキシャをゆっくりと起こしながら答える。
 キシャは体を軽く動かし、脇腹に問題のない事を確認し立ち上がった。

「完璧だ」
「完璧ではないさ。これ飲め、無理はすんな」

 バックパックを下ろし、回復薬の入ったアンプルを渡した。
 キシャを送り出すとキルロも剣を握り、前線へと駆ける。

「キルロ! こっち!」

 ハルヲの声に足を止めた。
 その声から焦りが分かる。声の方へと急いで駆け寄るとウルスを引きずるハルヲの姿が目に入った。
 引きずられるウルスが腹の真ん中から大量の血を噴き出している。

「【癒白光レフェクト・レーラ】」

 詳細など確認している場合ではなかった、すぐにヒールを掛ける。
 光球がなかなか落ちて行かない。
 大丈夫。
 その思いをキルロはウルスと自身に言い聞かせる。
 ハルヲがバックパックを拾い、キルロの元へ置いた。

「あとは宜しく!」

 ハルヲは再び前線へと駆け出した。
 
「ゴフっ」

 ウルスが口から血溜まりを吐き出す。もう大丈夫だ。
 光球がゆっくりと落ち出し、ウルスの意識がゆっくりと覚醒していく。

「なんじゃ、天国のくせにぱっつんぱっつんのお姉ちゃんはいねえのか⋯⋯」
「残念だったな、お姉ちゃんはまた今度だ。起きられるか?」

 腹を触り傷が治っている事に驚愕の表情を浮かべる。

「ヌシらのところはびっくり人間の集まりか?」

 真剣な眼差しをキルロに向けた。
 隻眼の魔術師マジシャンに、兎に、ありえない治療師ヒーラー⋯⋯。
 常識の通用しないパーティーにウルスは困惑しかなかった。

「?? 普通だろ?」

 キルロの答えにウルスは首を傾げるだけだった。




「ごめん! ユラ! 少しだけ時間ちょーだい!! 【氷槍グラシェフリーギ】」

 コカトリスの攻撃をひとりでいなすユラへ、エーシャが叫ぶ。
 エーシャ手が激しく青く光っていく。
 杖で殴り、盾で受け、ウルスが一時離脱を余儀なくされた前線を、ユラがひとりで支えていた。
 コカトリスの群れが一斉にユラを襲う。ひとりで押さえるのには無理がある。すぐに限界だ。
 いや、体力の限界はすでに来ている。肩で息をしながら気力で前線を支えていた。

「ユラ! 下がって!」

 エーシャの叫びに、ユラが後ろに跳ねる。
 エーシャから放たれた青い光はコカトリスの群れの足元で冷気の塊となり、その瞬間足元から何本もの氷の針が飛び出し、コカトリスの群れを襲った。

『グギャァ! グギャァ!』

 突然足元から現れた氷の針に混乱の声を上げるとさらに群れが混乱していく。
 人の足ほどの大きな針が足を、腹を、突き通し、コカトリスの動きを止めた。

「行くよっ!」
「あいよ!」

 ハルヲの掛け声にユラとふたり串刺しの群れへ飛び込んだ。
 氷の上にボタボタと流れ落ちていく血、動けないと見るやハルヲが剣を握り、ユラは杖を振る。
 首を斬り落とし地面へ首が落ちるとゆっくりと体は横たわる。頭を吹き飛ばすと体ごと地面に叩きつけ、次々に倒していく。氷の針が突き通った所で勝負は決していた。

「どうよ、ヘッグ! 見た? あんたの天敵倒してやったぞ」
「クァアア!」

 エーシャがヘッグの首を撫でながら胸を張る。
 コカトリスの群れが地面へと沈んでいった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】クビだと言われ、実家に帰らないといけないの?と思っていたけれどどうにかなりそうです。

まりぃべる
ファンタジー
「お前はクビだ!今すぐ出て行け!!」 そう、第二王子に言われました。 そんな…せっかく王宮の侍女の仕事にありつけたのに…! でも王宮の庭園で、出会った人に連れてこられた先で、どうにかなりそうです!? ☆★☆★ 全33話です。出来上がってますので、随時更新していきます。 読んでいただけると嬉しいです。

異世界帰りの元勇者、日本に突然ダンジョンが出現したので「俺、バイト辞めますっ!」

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
俺、結城ミサオは異世界帰りの元勇者。 異世界では強大な力を持った魔王を倒しもてはやされていたのに、こっちの世界に戻ったら平凡なコンビニバイト。 せっかく強くなったっていうのにこれじゃ宝の持ち腐れだ。 そう思っていたら突然目の前にダンジョンが現れた。 これは天啓か。 俺は一も二もなくダンジョンへと向かっていくのだった。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

【完結】デスペナのないVRMMOで一度も死ななかった生産職のボクは最強になりました。

鳥山正人
ファンタジー
デスペナのないフルダイブ型VRMMOゲームで一度も死ななかったボク、三上ハヤトがノーデスボーナスを授かり最強になる物語。 鍛冶スキルや錬金スキルを使っていく、まったり系生産職のお話です。 まったり更新でやっていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過しました。

平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。 そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。 カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。 やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。 魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。 これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。 エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。 第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。 旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。 ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載

【完結】婚活に疲れた救急医まだ見ぬ未来の嫁ちゃんを求めて異世界へ行く

川原源明
ファンタジー
 伊東誠明(いとうまさあき)35歳  都内の大学病院で救命救急センターで医師として働いていた。仕事は順風満帆だが、プライベートを満たすために始めた婚活も運命の女性を見つけることが出来ないまま5年の月日が流れた。  そんな時、久しぶりに命の恩人であり、医師としての師匠でもある秋津先生を見かけ「良い人を紹介してください」と伝えたが、良い答えは貰えなかった。  自分が居る救命救急センターの看護主任をしている萩原さんに相談してみてはと言われ、職場に戻った誠明はすぐに萩原さんに相談すると、仕事後によく当たるという占いに行くことになった。  終業後、萩原さんと共に占いの館を目指していると、萩原さんから不思議な事を聞いた。「何か深い悩みを抱えてない限りたどり着けないとい」という、不安な気持ちになりつつも、占いの館にたどり着いた。  占い師の老婆から、運命の相手は日本に居ないと告げられ、国際結婚!?とワクワクするような答えが返ってきた。色々旅支度をしたうえで、3日後再度占いの館に来るように指示された。  誠明は、どんな辺境の地に行っても困らないように、キャンプ道具などの道具から、食材、手術道具、薬等買える物をすべてそろえてた。  3日後占いの館を訪れると。占い師の老婆から思わぬことを言われた。国際結婚ではなく、異世界結婚だと判明し、行かなければ生涯独身が約束されると聞いて、迷わず行くという選択肢を取った。  異世界転移から始まる運命の嫁ちゃん探し、誠明は無事理想の嫁ちゃんを迎えることが出来るのか!?  異世界で、医師として活動しながら婚活する物語! 全90話+幕間予定 90話まで作成済み。

【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない

春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。 願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。 そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。 ※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

処理中です...