鍛冶師と調教師ときどき勇者と

坂門

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鍛冶師と治療師ときどき

治療師と面談

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 エーシャの左足が黒く鈍い光りを放つ。
 その左足には逆“く”の字に湾曲している細い板状の物が取り付けてあった。
 アウロが開発したあの義足。キルロは直ぐにある素材を頭に浮かべ、すぐさま作り方をアウロに尋ねると一気に完成まで持ち込んだ。
 本人以上にキルロが緊張をしているのかもしれない。
 前回のヒールといい、今回の義足にしても試す形になってしまった。
 その心苦しさが、どこかに鎮座して息苦しさを感じる。
 せめて少しでもいい方向に向いてくれればその思いも軽くなるはずだ。
 祈る思いでキルロは不揃いの脚を持つ少女を見つめていた。
 まだ言う事を聞くとは言えない右足と黒い義足。不揃いな両脚でゆっくりと立ち上がる。
 ギっと音がしそうなほど板がしなった。
 割れることはない、大丈夫。自身に言い聞かせそのぎこちない姿を見守った。
 ハルヲとフィリシアも祈る思いで見つめる。この空間にいる人間全てが同じ思いを共有していた。
 
「ほっ!」

 少し勢いをつけてエーシャは腰を上げた。

『『『おおお』』』

 見つめていた三人から感嘆の声が静かに上がる。
 ここまでは普通の義足でも出来ない事はない。
 エーシャが三人に向けて笑顔をこぼす。
 つたない足さばきで前へ一歩。
 思うように動かない足と作り物の脚。
 また一歩、倒れかけるエーシャに差し出されたフィリシアの手を、いらないと手の平を見せ拒む。
 大丈夫、歩いている、歩けている。
 ほんの入口まで5Mi程、それでも杖なしに歩いた。
 たどたどしい一歩だが大きな一歩。
 たった5Miだが大きな前進となった。

「やったぁあああ!」

 エーシャが満面の笑みを見せると療法室リハビリルームに歓喜が起こる。
 やった、良し!
 キルロは小さく拳を握りしめた。

「凄い、凄い!」

 フィリシアがエーシャに抱き着いた。一番近くでエーシャの頑張りを見ていただけに、人一倍思うところがあったのだろう。

「やるわね」

 ハルヲがエーシャを見つめたまま、キルロに声を掛けた。

「アウロ様様だな。あの形状に独学でたどり着いたアウロが凄いよ。オレはそれをマネただけだから」
「量産出来ないかしら?」
「小動物ならいけるかもしれない。人用は素材だな。エーシャの義足と同じものは厳しい」
「あれ何? 見覚えがある気がするのだけど」
「ハルヲの弓と同じ、蠍の殻だ」

 キルロは両手でハサミを作って見せた。
 双尾蠍デュオカプタスコーピオの甲殻、弾力性があり耐久性も高い。
 冒険者が思い切り一度や二度叩いたところでビクともしない、それでいてしなる。
 少し硬めに設定してあるが後は微調整すればいけるな。

「団長さん、これヤバイですね。歩けますよ、イヤ、右足次第で走れるかも!」
「無茶はすんな」

 エーシャの満面の笑顔にキルロも嬉しくなる、作って良かった。
 あれ? なんか今のやり取り⋯⋯。まぁ、いいか。
 トントンとハルヲがキルロの肩を叩き、顔を入口へと向けた。
 ふたりはそっと療法室リハビリルームをあとにする。
 キルロは執務室に案内され、客用のソファにドサリと座り込んだ。

「どうした? なんかあったのか?」

 テーブルに置かれたお茶に口をつける。
 ハルヲは腰に手をあててなぜか仁王立ちしている。

「とりあえず座ったらどうだ?」

 ハルヲはキルロの言葉を聞き流すと、ニヤリと笑う。
 いたずらな笑みを浮かべたハルヲがビシっとキルロを指差す。その笑みにイヤな予感が走り、キルロは少しばかり顔をしかめた。

「副団長権限で決めさせて貰った事があるのだけどいいかしら?」
「いいもなにももう決まっているんじゃ、どうしようも出来ないだろ」
「そうね。じゃあ、決定ということで」
「?? で何が? 話が見えん?!」

 困惑するキルロに一方的にまくしたてた。
 ハルヲが言葉を重ねれば重ねるほど、困惑する度合いが増していく。
 しかめ面するキルロに、ハルヲは言い放った。

「エーシャ・ラカイムの加入を先日認めました! はい、拍手!」

 ハルヲの勢いに気圧され、キルロはパチ、パチとたどたどしい拍手をした。
 ?? いやいや、ちょっと待て、待て。
 拍手を止め、思考を整理する。

「あ! さっき団長って言っていた! なんか変な感じしたんだよ。って、ええーー! 何それ!? ええええー、だって脚⋯⋯。えええー!」
「はい、はい、はい、はい。あんたの言いたい事も分かる。がしかしだ、治療師ヒーラーの欲しいウチと入団希望のエーシャとの利害が一致したのよ。断る理由はないでしょう? どうなの? あんたは一回入れた人をクビにするの?」
「いやいや、クビとかにはしないけど⋯⋯。相談してくれても⋯⋯」
「何言っているのよ。いつも独断専行で勝手に決めて団員に迷惑を掛けているのはどこの誰かしら!?」

 ハルヲは仁王立ちのままキルロへ詰め寄った。
 キルロは完全に論破され、ぐうの音も出ない。
 立ち上がっているハルヲと座っているキルロ目線の高さは大して変わらないが、少しだけ高いハルヲがキルロを見下ろして見せた。
 まいったな。
 まぁ、無理に連れまわす必要もない訳だし、残って貰っていればいいのか。

「ああ、もう分かったよ。しかしなんでまたエーシャは入団希望したんだ?」

 それは聞いていない。
 ハルヲは小首を傾げてみせる。
 
「田舎暮らしに飽きたって言っていたけど? 良く分からないのよね。それと大事な事がもうひとつ、エーシャを襲ったのは【アウルカウケウスレギオ(金の靴)】ではないって言っているのよ。その理由を入団したら教えてくれる事になっているので後で聞いてみましょう」
「どういう事? あ、それをこれから教えてくれるのか。アッシモの仕業じゃない? じゃあ、誰?」
「確証はない勘みたいなものだから聞き流してくれって言われたけど、そう言われると余計にねぇ」
「確かに。それは気になる」

 ふたりの思考がブラブラと宙を漂う、いくら考えても分からない。
 取っ掛かりすら捕まえらない思考にキルロはストップを掛けた。

「ダメだ、考えても分かんねえ。エーシャから直接聴こう」

 コンというノックと共にエーシャがひょっこりと顔を出した。
 満面の笑みを浮かべ執務室の中を覗き込む。

「お邪魔かしら?」
「いや、待っていたよ」

 キルロが招き入れるとソファへ腰を下ろした。

「今、聞いたよ。ウチに入ったんだって?」
「そうそう。宜しくお願いね、団長様」

 コロコロと良く笑う、おしとやかなイメージだったエーシャとのギャップに戸惑う。
 明るくなったといえば良いけど、随分と軽くなったな。

「キャラ変わってない?」
「あ! 元々はこっち。一応元勇者パーティーのクレだったからちょっと厳かな感じ? を出していたの。そっちがいい?」
「いや⋯⋯どちらでも、ご自由にどうぞ」
「じゃあ、このままいくね。改めまして、エーシャ・ラカイムです。脚の件ではお世話になっております。もう少しでパーティーでも役に立てると思うので宜しくね」
「はい、宜しくお願いします⋯⋯」

 エーシャの圧に押されっぱなしだ。
 ふたりのやりとりをニヤニヤとハルヲは見ていた。
 
「そ、そうだ! なんで入団希望? それと襲撃犯の件も聞きたい」

 キルロが苦し紛れに問いかけた。

「私も聞きたい」

 ハルヲもソファに腰を下ろすとエーシャはゆっくりと口を開く。

「【炎柱《イグニス》】」

 突然エーシャが詠唱すると手の平に赤い光が収束していく。
 すぐに赤い光を握り潰し、光を霧散させた。
 
 ???

 治療師ヒーラー? でしょう??
 なんで炎魔法使えるの?

「【氷球《グラシェ》】」

 氷の魔法? 
 同じように青い光を握り潰す。
 呆気に取られるふたりを、からかうようにエーシャは続ける。

「最後は【電撃《フルメン》】」

 聞いたこともない詠唱を唱えると手の平にバチバチと小さな放電が起こる。
 そして同じようにその手の平に現れた小さな雷を握り潰した。
 何これ? どういうこと? 半ば放心状態のふたりをケラケラと笑う、思っていた通りの反応を見せたふたりをエーシャはずっと笑っていた。

「あはははは、はあ~、面白い! いい反応ね」
「いやいや、これ、え?&%¥! 何今の?」
「そう、何今の?」

 炎と氷、そして少しばかりの補助系を操れれば大魔導士と呼ばれる。
 それでも三属性、ほんの一握りしかいない。
 通常は二属性か一属性に大きく特化するかだ。
 今、いくつ見せた? 炎、氷、雷それに癒しも詠唱出来る⋯⋯。
 そもそも癒しと攻撃系の両方を操れるなんて! 聞いたことない。
 そうだ! それに雷、そんな属性あるのか?
 混乱してくる、デタラメ過ぎる、エーシャ何者??
 ふたりの視線がエーシャに向く。

「何者?」
「団長さんこそ何者? って感じだけど、入れて貰う条件に私の秘密を教えるって話だものね」

 エーシャは妖艶な笑みを浮かべ続けた。

「私はウィッチ。私の一族しかいない希少種ってやつなのかな? 雷を操れる唯一の種族。風以外なら大概詠えるわ。結構凄いでしょう」

 キルロとハルヲがポカンとまぬけな表情を晒した。
 エーシャはそんなふたりにとまどいを見せる。

「あれれ? どうしたの? ふたりとも大丈夫?」

 エーシャが心配そうにふたりを覗き込んだ。
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