上 下
172 / 263
鍛冶師と治療師ときどき

調教師と治療師

しおりを挟む
 むせぶような香のかおり。
 赤や桃色のランプがユラユラと妖しく店内を彩る。
 くだんの酒場にしてはやたらと高い敷居と、カーテンで各テーブルが囲まれており、喧騒とは無縁の世界。
 ボソボソと聞こえる男女の声が辺りから漏れ聞こえると、フェインの体と表情は硬直していく。
 注文を運ぶ給仕が邪魔にならぬよう、目立たず静かにテーブルを回っていた。

「あ、あ、赤い蜜の部屋を、よ、予約した昼顔のものです」
「何時のご予約ですか?」

 フェインがドギマギと挙動不審者となっていた。
 まわりに気取られぬように静かに囁く。
 暖色で彩る店内が、目の前の給仕をさらに妖しく魅せていく。
 スラっと背の高いスマートな猫人キャットピープルに近寄られ、その切れ長の目で見つめられるとさらにドギマギとしていった。

「4時44分で、です」

 給仕は少し表情を硬くした。
 目の前の挙動不審者がなぜ?

「こちらへ」

 給仕は一礼すると同時に懐のナイフに手を掛けた。
 スキだらけに見えるこの女の処遇について思案する。
 とりあえずは廊下の一番奥にあるひとつの個室へと向かう。
 他の部屋とは違う、少し離れたその部屋の扉をくぐる。
 真っ暗な部屋へ通されるとフェインはいきなり首元に冷たいものを感じ、反射的に後ろへ跳ねた。
 暗闇の中、フェインは構える。
 その様子に給仕の猫人キャットピープルはナイフをしまった。

「悪かったな。試すマネして」

 燭台に火を灯すとさらに奥へと繋がる扉があった。
 その扉を開くと広い部屋が現れ、只者ならぬ雰囲気の人々が、ソファや椅子にけだるそうにもたれていた。
 部屋に突然現れた異物に拒否反応を示し、一斉に睨みを利かす。
 店の妖しい雰囲気に比べればよっぽどこっちの方が分かりやすい。
 落ち着きを取り戻しているフェインに、猫人キャットピープルが思わず吹き出した。

「おまえ、変なヤツだな。普通こっちの方が緊張するぜ」
「こういうのは慣れてますです」

 ソファに思い切りもたれて寝ていた、狼人ウエアウルフがむくりと起きた。
 眠そうに目をこすり、フェインを見やると嬉しそうな笑顔を見せた。

「お! 【スミテマアルバレギオ】の嬢ちゃん。フェインだっけ」

 名前を唐突に呼ばれ振り向くと、見知った顔がそこにあってフェインは分かりやすく安堵する。

「キシャさん!」

 キシャの一言で部屋に漂っていた殺気が治まっていく。
 しかし、久々の再会に喜んでいる時間はなかった。

「あ、あの⋯⋯」
「ああ、オットだろ? 相変わらず糸の切れた凧だよな」

 肩をすくめるキシャにオットからの書状を手渡した。
 目を通しながらキシャはぶつぶつと続ける。

「マッシュの書状を見てすぐに飛んで行ったらしいな⋯⋯⋯⋯、なるほど⋯⋯⋯⋯そうか⋯⋯⋯。フェイン、助かったよ。オレたちがすぐに動く。ひと段落ついたら状況を教える。おい! フェインを見送ってやれ」

 先ほどの猫人キャットピープルが見送ってくれる。
 店内に戻るとまたドギマギとフェインの体が硬直していく。

「変なやつだな」

 猫人キャットピープルが笑顔で送り出してくれた。
 まだ陽の明るい店の外に出ると“ぶはぁー”と空気と一緒に緊張を一気に吐き出し、固まった体をほぐす。

「緊張したですね」

 一息ついて落ち着くと、自然に言葉がこぼれた。




 ググっと脚を曲げていく。

「いたたたたたっ!」

 硬直している筋肉をフィリシアが容赦なく曲げていった。
 大粒の汗を額に浮かべ、エーシャは悶絶しながらも必死に脚を曲げていく。
 そう広くもない簡素な部屋の簡素なベッドの上、殺風景ともいえる部屋で必死にもがいていた。

「がんばって! いい感じよ!」

 フィリシアの元気な掛け声がハルヲンテイムの療法室リハビリルームに響いた。
 フィリシアがエーシャの脚をさらにググっと折る。

「いったぁ⋯⋯⋯⋯」

 エーシャはあまりの痛さに声にならず、必死に歯を食いしばる。
 フィリシアが手を放すと、荒い呼吸を落ち着けようと深呼吸をした。

「今日はここまでにしましょう。どう? 少しは自分で曲がる?」

 ベッドの上でエーシャは膝を折ってみせる、ほんの数Mcだが膝が動いた。
 その様子にフィリシアが笑顔とともに親指を立てて見せる。

「すごい、すごい! たった数日で動かせるなんてホントすごいよ! 明日も頑張ろうね」
「宜しくお願いします」
「よお!」
 
 ベッドから降りようとすると療法室リハビリルームにキルロが顔を出した。
 療法室リハビリルームには寝たきりで体を起こせない仔や、足や腕を失った仔たちが檻の中で自分の順番を待っている。
 その中のいる、一頭の小さな犬が目に入った。
 後ろ脚を失ったその仔の脚には、逆“く”の字に湾曲している細い板が義足として付いている。

「フィリシア、この仔のこれはなんだ?」
「ああ、それね。アウロさんが思考錯誤して作ったの。体が小さいからそのくらいの板で重さに耐えられるし、しなるから歩けるんですよ」
「なるほど⋯⋯⋯⋯」

 フィリシアが義足の犬を床に放すと少しおぼつかない足取りながらも床を歩いた。
 体重に耐えられ、しなる素材があるとこんな事出来るのか。すげえ。うん?⋯⋯⋯⋯耐えられる素材⋯⋯しなる素材⋯⋯。

「エーシャ、ごめん。イヤだと思うが義足のほう見せて貰えるか」
「はい? 構いませんよ」

 エーシャはベッドに横たわりながら法衣をまくり義足を見せた。
 膝のちょい上か、木製の義足を外すと腰のポーチからメジャーを取り出し長さを測る。
 
「アウロいるかな?」
「いますよ。この時間だとクエイサーたちの所じゃないかな?」
「サンキュー! 行ってみる」
「はぁ」

 バタバタと出て行くキルロにフィリシアとエーシャが顔を見合わせ、小首を傾げあった。

「何しに来たのですかね?」
「さぁ?」

 ふたりはキルロが飛び出して行った扉を見つめた。

「あいつは何しに来たの?」

 キルロと入れ替わりにハルヲが様子見に現れた。

「さぁ? なんかあの仔を見るなりアウロさんの所へ飛んで行きました。すれ違いましたか?」
「うん、すれ違った。あの仔って⋯⋯ああ、義足の仔? まぁいいわ、ほっときましょう。エーシャどう?」
「おかげ様で涙を流しながら、フィリシアさんにお世話になっています。良くなって来ていると信じて励んでいますよ」

 エーシャは脚をさすりながら笑顔で答えた。

「今が一番キツイけど一生懸命に取り組んでいるから、この調子なら早いですよ!」
 
 フィリシアは力こぶを作ってみせた。
 固まった筋肉を無理やり動かしている、今が一番キツイのは分かる。

「それじゃ、フィリシアあとの仔たちもお願いね。エーシャ、ちょっとお茶しない?」
「喜んで」

 ハルヲは部屋へと案内する。
 広い執務室、元々院長室だった所をそのまま使っていた、過度な調度品は売ってしまい、今は椅子やテーブル、動物や体についての書物がずらりと並びそれはそれで壮観だが、嫌味な感じは全くないシンプルな部屋だった。

「いい部屋ですね。本がいっぱい。全部読んだのですか?」
「うーん、大体は。でも、なんかあった時に引っ張りだして見る感じ。全部は頭に入らない」

 ハルヲはお茶を勧めながら答えた。
 エーシャは書棚に見入る。いったい何冊あるのだろう。

「それで、エーシャ。その脚はどうしたの? あの脚が復活する術があるなら教えて欲しいのよ。ウチの仔たちにも同じような仔がいるんでね」
「ああ⋯⋯、ですよね⋯⋯。術はあるけど無い? そんな感じです」
「どういう事??」

 エーシャはバツの悪さを、お茶をすすってごまかす。
 キルロに内緒と言われた手前言いづらいけどハルさんになら⋯⋯と悩む。
 困った。
 お世話になっておいて内緒ってわけにはいかないかな。
 意を決し、エーシャは口を開く。

「えーと、これはキルロさんのヒールなのですが、その、ただのヒールじゃなくて術者への負担が大変大きいというか危険というか、そんな聞いた事もない術で治して貰いました。この事は内緒にしておいて下さい。他言無用で。あの術は使わないほうがいいです」
「そんなに?」
「はい、点滴を打ちっぱなしで一日半倒れていました。起きてからもしばらくはフラフラで、とても辛そうでしたね」

 ハルヲは宙を仰ぐ。それはおいそれと使えないわ。

「わかった。教えてくれてありがとう、動くようになるといいわね。こんな体にした犯人もわかったし、サッサと捕まえてくるよ」

 ハルヲが笑顔を向けるとエーシャは複雑な表情を見せた。
 なんかまずい事言っちゃったかな?

「ここに来る道中、キルロさんに聞きました。【アウルカウケウスレギオ(金の靴)】ですよね。勘の域を出ないので聞き流して貰ってもいいのですが、【アウルカウケウスレギオ(金の靴)】が犯人というのはしっくり来ないというのが正直な所なのです」

 エーシャはそう言うとハルヲに苦笑いを浮かべた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

【R18】異世界なら彼女の母親とラブラブでもいいよね!

SoftCareer
ファンタジー
幼なじみの彼女の母親と二人っきりで、期せずして異世界に飛ばされてしまった主人公が、 帰還の方法を模索しながら、その母親や異世界の人達との絆を深めていくというストーリーです。 性的描写のガイドラインに抵触してカクヨムから、R-18のミッドナイトノベルズに引っ越して、 お陰様で好評をいただきましたので、こちらにもお世話になれればとやって参りました。 (こちらとミッドナイトノベルズでの同時掲載です)

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...