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終焉と始まり
揺らぎと沈黙
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崩れ落ちていく小さな家を窓越しから眺めている。
次々といとも簡単に壊れていくさまに、何も出来ずに見入っていた。
潰されるのは小さな家と、人としての尊厳。
立ちすくむ家族の姿に胸を痛めても、見つめることしか出来ない自分の矮小さがイヤでたまらない。
どうすればいいのか教えてくれた人たちがいるのに追い返してしまった。
明日もまた同じ光景を見つめ同じ思いに苛まれるのか。
小人族の行く末を案ずる思いは皆同じなのに、やりきれない思いを募らせ、ナヨカは小さな窓のカーテンを引いてイヤな思いにフタをした。
「ブックス、ここからオレを出せ。時間がない」
「ローハス様、思いはわかりますが無理すると怪しまれてしまいます、今は動かずにいてください。救えるものも救えなくなります」
枕元にて小声でやり取りを交わす。
ここにも、もどかしさに苛まれながら何も出来ない自分を悔いる者がいた。
燭台が照らす淡い光がうす暗く部屋を照らし、横たわる小人族の顔は誰も優れない。
停滞する空気が部屋全体を覆い、うす暗さがさらに空気を重くする。
陽光を入らなくしているのはわざとか、今さらながら地味な気分の悪さを覚えた。
「コルカス⋯⋯」
ローハスの口から零れ落ちていく、頼みの綱だったのに。
私怨で動くことを拒んだ愚かさを嘆き怒りすら覚える。
「ブックス、私の口となりコルカスを説得してこい。なんとしてもアルバのヤツらへ小人族を連れて行かせろ。ここに留まるのは危険すぎる」
「了承致しました」
コソコソと話す二人に怪訝な表情を浮かべる男の視線を感じ、ブックスはすぐに立ち上がる。
「顔色も良くなられて安心いたしました。またお伺いいたします、ゆっくりとご静養ください」
「ああ、わかっている」
聞こえるように通り一辺倒のあいさつを交わしてブックスは立ち上がる。
足早に扉を後にし、マッシュたちのもとへと急いだ。
軽いノックの音に気づく、固まった体が言うことをすぐにきいてくれない。
目をこすり意識をゆっくりと覚醒させた。
「ブックス」
玄関先からヨークの声が聞こえてきた。
窓から外をのぞくと陽は落ち始め、夕方前の喧騒が街に溢れていた。
次々に眠りから覚めていくとこわばった体をほぐしていく。
「寝すぎたかな?」
「そんなことハ、ないだろウ」
カズナもまだ眠そうにマッシュを見つめた。
「行こう」
夕方の人混みに逆らって小人族たちの居留地へ急ぐ。
「ここは何カ、うそっぽイ」
「うん? どういうことだ?」
ぽつりと呟くカズナの言葉、人種が偏ってみえるからか?
「全てが薄っぺらイ。何というわけではなイ、ただそう思ウ」
フードの奥から何かを見据えた眼差しで街を眺めている。
ここを仕切っているヤツの空気感が街に国に伝染していくのか? 街育ちの自分たちとは違う感覚を持ち合わせているのかもしれないな。
居留地は昨日にも増して寂しさを露わにする。
見張りすら見当たらない。潰す気だな。その様子からすぐに感じた。
今さら何も起こせないと踏んでいるのだな。この状況は芳しくない。
壊された家の数はすでに半分超えているんじゃないのか?
片づけられた瓦礫がひとまとめになり、真っ新な更地と化している。
思っていた以上に早い、目論見云々の前に移動をさせないとまずい。
「あのよ、あのよ、こんなもんあっという間だぞ」
眉間に皺を寄せユラは言う。見つめる先に積まれた木材などの資材があった。
「相当デカイもん作る気じゃねえのか?」
「わかるのか?」
「わかるもなにもあの資材の山、見てみろ、あれだけでも相当だぞ」
積まれた資材を指さす。見たところで分からんが、建築に長けたユラが言うんだ間違いない。
「……ナヨカ」
静かなノックとともにその名を呼んだ、すぐに小さな顔が扉から顔を出した。
待っていたのかもしれない、何かを訴えるかのような大きすぎる瞳に、焦燥感が滲み出ている。
外の人間が思う以上に中の人間の方が感じるのは常か。
柔らかな色合いの狭い居間に縮こまりしゃがみ込むと、ナヨカは小さな、小さなコップにお茶を淹れてくれた。
「すいません。ちいさくて」
可愛いらしい少女の声が軽く謝罪をする。招き入れてくれているだけで十分だ。
「ありがとう、いただくよ。それであれからコルカスとは話せたかい?」
マッシュの問い掛けにため息とともに首を横に振った。
若い女の子に説得は難しいよな、マッシュも嘆息する。
「時間がないわ、現実的に行かないとまずくない? 最悪は移住の意思を持っているものだけでも移住できるように動かないと」
タントらしいリアリストの意見だ。理想論を振りかざすわけでもなく現実的な問題解決を薦める。
それが妥当、懸命な策だ。
だが、どうにも心がしっくりこない。
そう、しっくりこない。
しっくりこない自分に自分がびっくりしている。
なんでだ? マッシュはタントの意見が正しい選択だとわかっているし、以前の自分ならきっとそうしてサッサと移動を始めていた。
ああ。
そうか、すぐ側で理想を掲げて真っ直ぐに進むヤツがいた。
あの鍛冶師にいつの間にかあてられていたのか。
「まあ、まだ時間はあるギリギリまで説得しよう。それと同時に移住の意思のあるヤツは洗い出して最悪も想定して動くとしよう」
二手に分かれ、ユラとタントが各家をまわり意思の確認をする。
説得の必要はない、この危険な状況から出て行く気があるかないかそれだけだ。
ナヨカの案内で再びコルカスを訪れる。
自分たち以上にナヨカの表情が硬い、マッシュは軽く肩に手を置き微笑んだ。
「この世の終わりみたいな顔しているぞ。急ぐ状況だが、まだ焦る状況ではない。お互いに落ち着いて行動しよう。家をぶっ壊されて、悠長に構えているヤツは少ないはずだ。思っている以上に移住希望者がいるさ」
移住希望が多ければ多いほどナヨカのあとおしとなるはず。
コルカスの影響力が、どれほどか分からないのが不安といえば不安だ。
行きがかりナヨカにああは言ったものの、サッサと決めないとかなりヤバいよな。
焦るなと言っておきながら自分が焦っている、あれは自分に言っていたんだ。
「おまえたちと話すことはない。帰れ」
扉越しに淡々と言い放つ、感情的に吐き出してくれればまだ心の動く余地が生まれるがこれだけ冷静でいられると心が動きそうにもない。
微動だにしないコルカスの心を動かそうと模索するが、良策が浮かばない。
「ローハス様から伝言を預かっている。私怨で一族を潰すことは許さない、今すべきことはすぐにその場を離れることだ。すでに幾つかの家族がおまえの愚行により全てを失った。なにをやっている? 愚かなコルカスよ、今なにかを考えるなんて愚の骨頂。今すぐに動け、おまえが導け」
ブックスは淡々と扉越しにローハスの思いを伝えた。
ローハスとコルカスの関係性が分からない、その言葉は届くのか?
ゆっくりと扉は開いた、扉の外で目配せをして中へと入る。
誰も口を開くことなく短い廊下を進む。
コルカスは椅子へ静かに腰を下ろし、マッシュたちはしゃがみこんだ。
向かい入れたということは聞く耳は持った?
あの赤いマントの言葉が心の芯を食ったのか。
「ローハスは今どうしている?」
深い溜め息とともに言葉を発する。
何かを諦めたその大きな瞳を、コルカスは向けてきた。
「薬が切れて、小人族の姿に戻って監禁されている。ローハス様だけではない中枢にいた者全てだ」
「そうか」
「ローハスとはどんな関係なんだ?」
マッシュの問い掛けにコルカスは背もたれに体を預けるとテーブルの上に両手を置いた。
「兄だ。血の繋がりはないが、唯一無二の家族だ」
まるで遠くを思うように窓を眺め続けた。
「誰よりも小人族の行く末を危惧していた、ここを守るために薬を飲んで中枢へと入り込んだ。兄は外から私は中から、小人族が未来永劫誰からも干渉されず安心して暮らせる場所。それをここは目指して今までやってきたのだ、それが……」
俯く。
嘆く。
分からなくはない、ここを維持するために自分を捧げてきたのだ。
それが部外者の影響でいいように揺らぎ壊されていく。
うまい言葉が見つからない。
沈黙の時間がいたずらに流れていく。
次々といとも簡単に壊れていくさまに、何も出来ずに見入っていた。
潰されるのは小さな家と、人としての尊厳。
立ちすくむ家族の姿に胸を痛めても、見つめることしか出来ない自分の矮小さがイヤでたまらない。
どうすればいいのか教えてくれた人たちがいるのに追い返してしまった。
明日もまた同じ光景を見つめ同じ思いに苛まれるのか。
小人族の行く末を案ずる思いは皆同じなのに、やりきれない思いを募らせ、ナヨカは小さな窓のカーテンを引いてイヤな思いにフタをした。
「ブックス、ここからオレを出せ。時間がない」
「ローハス様、思いはわかりますが無理すると怪しまれてしまいます、今は動かずにいてください。救えるものも救えなくなります」
枕元にて小声でやり取りを交わす。
ここにも、もどかしさに苛まれながら何も出来ない自分を悔いる者がいた。
燭台が照らす淡い光がうす暗く部屋を照らし、横たわる小人族の顔は誰も優れない。
停滞する空気が部屋全体を覆い、うす暗さがさらに空気を重くする。
陽光を入らなくしているのはわざとか、今さらながら地味な気分の悪さを覚えた。
「コルカス⋯⋯」
ローハスの口から零れ落ちていく、頼みの綱だったのに。
私怨で動くことを拒んだ愚かさを嘆き怒りすら覚える。
「ブックス、私の口となりコルカスを説得してこい。なんとしてもアルバのヤツらへ小人族を連れて行かせろ。ここに留まるのは危険すぎる」
「了承致しました」
コソコソと話す二人に怪訝な表情を浮かべる男の視線を感じ、ブックスはすぐに立ち上がる。
「顔色も良くなられて安心いたしました。またお伺いいたします、ゆっくりとご静養ください」
「ああ、わかっている」
聞こえるように通り一辺倒のあいさつを交わしてブックスは立ち上がる。
足早に扉を後にし、マッシュたちのもとへと急いだ。
軽いノックの音に気づく、固まった体が言うことをすぐにきいてくれない。
目をこすり意識をゆっくりと覚醒させた。
「ブックス」
玄関先からヨークの声が聞こえてきた。
窓から外をのぞくと陽は落ち始め、夕方前の喧騒が街に溢れていた。
次々に眠りから覚めていくとこわばった体をほぐしていく。
「寝すぎたかな?」
「そんなことハ、ないだろウ」
カズナもまだ眠そうにマッシュを見つめた。
「行こう」
夕方の人混みに逆らって小人族たちの居留地へ急ぐ。
「ここは何カ、うそっぽイ」
「うん? どういうことだ?」
ぽつりと呟くカズナの言葉、人種が偏ってみえるからか?
「全てが薄っぺらイ。何というわけではなイ、ただそう思ウ」
フードの奥から何かを見据えた眼差しで街を眺めている。
ここを仕切っているヤツの空気感が街に国に伝染していくのか? 街育ちの自分たちとは違う感覚を持ち合わせているのかもしれないな。
居留地は昨日にも増して寂しさを露わにする。
見張りすら見当たらない。潰す気だな。その様子からすぐに感じた。
今さら何も起こせないと踏んでいるのだな。この状況は芳しくない。
壊された家の数はすでに半分超えているんじゃないのか?
片づけられた瓦礫がひとまとめになり、真っ新な更地と化している。
思っていた以上に早い、目論見云々の前に移動をさせないとまずい。
「あのよ、あのよ、こんなもんあっという間だぞ」
眉間に皺を寄せユラは言う。見つめる先に積まれた木材などの資材があった。
「相当デカイもん作る気じゃねえのか?」
「わかるのか?」
「わかるもなにもあの資材の山、見てみろ、あれだけでも相当だぞ」
積まれた資材を指さす。見たところで分からんが、建築に長けたユラが言うんだ間違いない。
「……ナヨカ」
静かなノックとともにその名を呼んだ、すぐに小さな顔が扉から顔を出した。
待っていたのかもしれない、何かを訴えるかのような大きすぎる瞳に、焦燥感が滲み出ている。
外の人間が思う以上に中の人間の方が感じるのは常か。
柔らかな色合いの狭い居間に縮こまりしゃがみ込むと、ナヨカは小さな、小さなコップにお茶を淹れてくれた。
「すいません。ちいさくて」
可愛いらしい少女の声が軽く謝罪をする。招き入れてくれているだけで十分だ。
「ありがとう、いただくよ。それであれからコルカスとは話せたかい?」
マッシュの問い掛けにため息とともに首を横に振った。
若い女の子に説得は難しいよな、マッシュも嘆息する。
「時間がないわ、現実的に行かないとまずくない? 最悪は移住の意思を持っているものだけでも移住できるように動かないと」
タントらしいリアリストの意見だ。理想論を振りかざすわけでもなく現実的な問題解決を薦める。
それが妥当、懸命な策だ。
だが、どうにも心がしっくりこない。
そう、しっくりこない。
しっくりこない自分に自分がびっくりしている。
なんでだ? マッシュはタントの意見が正しい選択だとわかっているし、以前の自分ならきっとそうしてサッサと移動を始めていた。
ああ。
そうか、すぐ側で理想を掲げて真っ直ぐに進むヤツがいた。
あの鍛冶師にいつの間にかあてられていたのか。
「まあ、まだ時間はあるギリギリまで説得しよう。それと同時に移住の意思のあるヤツは洗い出して最悪も想定して動くとしよう」
二手に分かれ、ユラとタントが各家をまわり意思の確認をする。
説得の必要はない、この危険な状況から出て行く気があるかないかそれだけだ。
ナヨカの案内で再びコルカスを訪れる。
自分たち以上にナヨカの表情が硬い、マッシュは軽く肩に手を置き微笑んだ。
「この世の終わりみたいな顔しているぞ。急ぐ状況だが、まだ焦る状況ではない。お互いに落ち着いて行動しよう。家をぶっ壊されて、悠長に構えているヤツは少ないはずだ。思っている以上に移住希望者がいるさ」
移住希望が多ければ多いほどナヨカのあとおしとなるはず。
コルカスの影響力が、どれほどか分からないのが不安といえば不安だ。
行きがかりナヨカにああは言ったものの、サッサと決めないとかなりヤバいよな。
焦るなと言っておきながら自分が焦っている、あれは自分に言っていたんだ。
「おまえたちと話すことはない。帰れ」
扉越しに淡々と言い放つ、感情的に吐き出してくれればまだ心の動く余地が生まれるがこれだけ冷静でいられると心が動きそうにもない。
微動だにしないコルカスの心を動かそうと模索するが、良策が浮かばない。
「ローハス様から伝言を預かっている。私怨で一族を潰すことは許さない、今すべきことはすぐにその場を離れることだ。すでに幾つかの家族がおまえの愚行により全てを失った。なにをやっている? 愚かなコルカスよ、今なにかを考えるなんて愚の骨頂。今すぐに動け、おまえが導け」
ブックスは淡々と扉越しにローハスの思いを伝えた。
ローハスとコルカスの関係性が分からない、その言葉は届くのか?
ゆっくりと扉は開いた、扉の外で目配せをして中へと入る。
誰も口を開くことなく短い廊下を進む。
コルカスは椅子へ静かに腰を下ろし、マッシュたちはしゃがみこんだ。
向かい入れたということは聞く耳は持った?
あの赤いマントの言葉が心の芯を食ったのか。
「ローハスは今どうしている?」
深い溜め息とともに言葉を発する。
何かを諦めたその大きな瞳を、コルカスは向けてきた。
「薬が切れて、小人族の姿に戻って監禁されている。ローハス様だけではない中枢にいた者全てだ」
「そうか」
「ローハスとはどんな関係なんだ?」
マッシュの問い掛けにコルカスは背もたれに体を預けるとテーブルの上に両手を置いた。
「兄だ。血の繋がりはないが、唯一無二の家族だ」
まるで遠くを思うように窓を眺め続けた。
「誰よりも小人族の行く末を危惧していた、ここを守るために薬を飲んで中枢へと入り込んだ。兄は外から私は中から、小人族が未来永劫誰からも干渉されず安心して暮らせる場所。それをここは目指して今までやってきたのだ、それが……」
俯く。
嘆く。
分からなくはない、ここを維持するために自分を捧げてきたのだ。
それが部外者の影響でいいように揺らぎ壊されていく。
うまい言葉が見つからない。
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