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終焉と始まり
風穴
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大きなベッドは不必要に持て余す。居心地の悪さもあってスルリと抜け出してみた。
「どうかされましたか?」
白衣を着用する獣人がすぐに声をかけてくる。
心の中で舌打ちをしながら微笑みを返した。
「ちょっとトイレにね」
「そうですか。おひとりではなにかあるといけない。おーい!」
白衣を着た猫人が飛んできた。
「ローハス様がトイレに行きたいそうだ。粗相のないように気をつけてお連れしろ」
「わかりました」
入院という名の体のいい監禁状態。なんとかしてヤツの企みを阻止しなければ。
ヤツの言う“金のなる木”ってなんの事だ?
あそこで何を始める気だ。
今の自分に、後ろからついてくる獣人を振り切る術は持ち合わせていない。
もどかしさと悔しさと焦りが日に日に募るばかりだ。
また持て余す大きなベッドへと戻された。
もうベッドに寝ころんでいるのは小人族しかいない。
姿形がすっかり戻っているという意味でだ。
呻きは聞こえないが、静かに涙を流している声がたまに耳を掠める。すべてが終わったとでも思っているのか。
同族でありながらもその姿には嫌悪を覚える。
ここにいつまでもいれると思っているのか? ヤツはそんなに甘くはない。
やり方は違えど、同族を思う気持ちは変わらないぞ、コルカスよ。
気がついてくれ、上手く立ち回り同族を頼む。
祈ることしか出来ない自分を呪う。
「まずは名乗っておこう、オレはブックスだ。それと襲撃の件は謝罪する。すまなかった。オレはローハス様、赤いマントを羽織っていたお方だ。彼に拾われずっと仕えているので、中枢部にも出入りしている」
「今も出入りしているのか?」
「している」
タントがククリ刀の切っ先を向けながら問いた。ブックスはひるむこともなく即答する。
真剣な眼差しに嘘を言っている気配は微塵も感じられない、もし本当に情報をながしてくれるなら形勢は一気に改善する、ある意味願ってもない好機だ。
ただ信用するかどうかはまだ判断がつかんな。
「そもそもおまえさんはここで何をしていた?」
「摂政がここで何かを企んでいるのをたまたま耳にした。ローハス様に相談して、オレがローハス様の目となるためにここに来た。ここでなにを行うのか見るためだ」
赤マントはここで何が行われるのか知らない。
摂政の独断?
小人族たちの失脚……しかしなんの発表もない。
摂政は表に出ずに裏で糸を引く気か?
「なぜ企んでいるとわかった? 詳細がわからなければ企みかどうかなんて、わからんだろう?」
ブックスは真っ直ぐマッシュの目を見つめる、嘘偽りはなしか。
「たまたま廊下で耳にした。隠れて、耳を側立てヤツらの話をきいた」
「ヤツら? 摂政と誰?」
タントはまだ信じ切っていない。さんざん修羅場をくぐってきた経験がそうさせているのだ。
ブックスもそれは感じている、真摯な対応で応えるしかないと分かっているのだろう。
「セロという側近の犬人だ。摂政のロブはセロにしか本当のことを言わない。ローハス様はそれにいち早く気がつき、注意するようにオレに命じていた」
セロ。実行役ってとこか。
逆に考えると本当の意味での味方はそのセロってヤツしかいない?
いや、そう決めつけるのは危険だな。
オーカの中枢部が一枚岩じゃないことは間違いない。
「そんでロブとセロは何を話していたんだ?」
「隠語を使って話していたので全容はわからなかった。存在しない存在、森に囲まれたうってつけの場所、搬入経路の確保、そして金のなる木を植えようって言っていた」
「金のなる木?」
気になる言葉だな、ブックスのこぼす言葉からここでなにかをしようと考えるのは容易い。
ただ何をする気だ?
「なんだ、なんだオーカにはそんないいもんがあるのか? 持って帰ろうや」
「おいおい、そんなもんあるわけないじゃん。大方ろくでもないことを、ここでやろうとしているだけだ」
タントの呆れ顔にユラは膨れっ面をみせる。
タントの言う通りろくでもないものを……作る、建てる、か?
ブックスも嘘は言ってはいない。見てきたものとの整合制は高い。
懇願にも近い真摯な眼差しをブックスは投げかける。
「なあ、なにはともあれロブたちはここの小人族たちのことなんか微塵も考えちゃいない。最悪、ここは無かったことにするのも辞さない。頼む小人族達を救ってくれ!」
頭を垂れ必死の懇願。
タントもカズナもいつのまにか刃を下ろしていた。
「ブックス、最初からオレたちは小人族たちを救いに来たんだ。おまえさんも協力しろ」
顔を上げると嬉しそうに破顔した。
「わかった。出来ることならなんでも協力する」
「よし。こちらの状況も伝えよう。小人族たちの移住先はすでに確保出来ている。あとはどう移動させるか、移住する腹積もりはあるかってところなんだが、住人で意見が割れちまっている。一番の問題は居留地の代表が移住に反対しちまっているって事だ。代表が渋る住人を説得してくれるってのを予想していたんだが、当てが外れた。これが今ひとつめの難関だな」
「たしかになあ、コルカスが首を縦に振ってくんないと進まないんだよなぁ」
タントのため息まじりの言葉が今の閉塞感を現していた。
ブックスの言葉と今日見た作業の様子、残された時間が少ないことはあきらかだ。
家を失った家族の姿を思い出し、ギュッといやな感じの締め付けを胸に感じる。
「コルカス……、聞いたことある名だ。もしかしたらローハス様が何か知っているかもしれん。戻って聞いてみる。それともう少しロブを探って情報を引き出す」
「これは答えなくてもいいんだが、なんでそんなにあの赤いマントのために獣人のおまえさんが働くんだ? 話の様子から中枢部の小人族たちに力はもうないんだろう?」
少しばかり苦い表情を見せ遠くを見やった。
柔らかな表情を浮かべブックスは口を開く。
「襲われたアンタたちにはわかりづらいとは思うが、誰よりも小人族、同族への思いが強い方なんだ。オレは拾って貰って人並みの生活が出来るようにいつも気を使って貰っていた。その恩に報いたい。そのためにもあの方の思い、小人族を救いたい、それだけだ」
「なるほどね。中枢部へなんなく潜れるのはおまえさんだけだ、無理してバレないでくれよ」
「わかっているつもりだ」
ヨークの家を教えブックスとは別れる。
また夜に出直すことにして、一度戻ることにした。
陽は高くカンカンと街を照らしていた。
一晩中駆けずり回った体が悲鳴をあげている。
膝を抱え、うずくまるとすぐに寝息がこぼれた。
ふぅ。
ようやく積み終わった。
ここ数日ひさびさに集中して鎚を握れたな。
オーカから移住した騎馬隊の装備の整備が終わった。
飛び散る火花を見つめ、なにもなかった頃をなんだか懐かしんだ。
そんな前の出来事でもないのに。
ハルヲンテイムでエレナを拾い自治領アルバへ向かう。
エレナは騎馬の健診を兼ねた馬たちの診察と世話の指示を受けた。メインの小型種と違い、いい勉強になるとハルヲが送り出す。
「緊張しますね」
いつもと勝手の違う動物を相手にしなくてはいけないエレナは、馬車の上ですでに緊張の面持ちをみせる。
「ハハハ、今から緊張してどうする。ちょっとでかい犬だ」
「キルロ知らないの? 馬だよ、犬じゃないよ? 大丈夫?」
「ああ、いや、キノ。そういう意味じゃなくてな……」
ぷっ。
くだらないやりとりにエレナが吹きだした。
オロオロするキルロに笑顔を向ける。
「そうですね、大きな、大きな犬です!」
「エレナ、違うよ。馬はひひーんで犬はわんわんだよ。全然違うよ」
「フフフ、キノ。馬も犬も四つ脚の哺乳類なのよ。同じなのよ、わかる?」
小難しい返しをされてキノがオロオロと混乱している。
その姿にエレナもキルロも笑った。
アルバの街を進むと誰もが声をかけてきた。
そのたびに手を上げては笑顔を返す。
綺麗とはいえないが突貫で整えた騎馬隊の詰め所へ装備を運び込み、エレナは繋がれた馬たちのもとへ、そそくさと向かった。
「ご苦労様です。領主自らこんなことしなくてもいいと思うのですが」
「ええー、名ばかりの領主だ。本業はこっちだしな」
引き続き騎馬隊の隊長をしているヨルセンと二人、汗だくなりながら装備を下ろしていった。
結構な人数分我ながらこの短期間で良くやったと思う。
「え?! これ本当にいいのですか? ピカピカですよ!」
整備された装備をマジマジと眺め感嘆の声を上げる。
ヨルセンは次々に並べられる装備を手にとり満足げな表情を浮かべた。
「今までが酷すぎだったんだよ。あんななまくらで、なんとかしろってのが土台無理な話だ。今度からはしっかりとここの治安を維持して欲しいからな。こんなもんなら、いつでもやるよ」
いい笑顔を向けた。
実際、鎚を握る口実にもなるし、いつでもというのは本心からの言葉だ。
「あ! コラット! こっちこいよ。見てみろ! ピカピカだぞ」
前を通りかかった若者に声をかけるとうつむきながら詰め所にやってきた。
どこか罰悪そうな表情で、ヨルセンのテンションと随分と違う。
大人しい奴なのか? ヨルセンにつかまって可哀想に。
「じゃあな! ヨルセン。コラットも宜しく頼むな」
キルロは手を上げて詰め所をあとにする。
しばらくも歩かないうちに背後から突然声をかけられた。
驚いて振り向くと罰悪そうなコラットがうつむき加減で言い淀んでいる。
??
なんだろ。
「どうした??」
「あ、あの………」
声が詰まる、なんかあったのか?
思いあたる節が全く見当たらない。
「うん?? どうした??」
「すいませんでした!!」
へ?
いきなりの謝罪に困惑する。
何か謝られる事なんてあったっけ??
謝る事ならちょろちょろと思い当たる節があるけど。
「え? え? なに? ぜんぜんわかんないんだけど」
コラットは顔を上げて意を決した。
真剣な眼差しをキルロに向け覚悟とともに言葉を発した。
「イスタバールで襲ったのは自分たちです! あの中に自分はいました。なのに今はあなたの庇護のもと、のうのうと暮らしていて、日に日に心苦しさが増していって⋯⋯いつかはちゃんと言わないと……と思って……まして……」
キルロは目を剥く、心臓が高鳴る。
口角を上げるとコラットの肩を力強く何度も叩いた。
コラットも最初はびくついていたが、それが嬉しさからくるものだとわかると顔から緊張の色が薄れていった。
「良く言ってくれた! いや、ホントに。そうか~、襲撃したか~、うんうん」
放った単語と言葉のトーンがあっていない。嬉しさが滲み出て、おかしなことになっている。
ここに来てでかい情報が手に入った。
こんな所からあっさり判明するとはいろいろな事が無駄じゃなかったな。
マッシュもタントも現地で動いている、ということは……。
風変わりなエルフ、捕まるかな? 中央経由で聞いてみるか。
「どうかされましたか?」
白衣を着用する獣人がすぐに声をかけてくる。
心の中で舌打ちをしながら微笑みを返した。
「ちょっとトイレにね」
「そうですか。おひとりではなにかあるといけない。おーい!」
白衣を着た猫人が飛んできた。
「ローハス様がトイレに行きたいそうだ。粗相のないように気をつけてお連れしろ」
「わかりました」
入院という名の体のいい監禁状態。なんとかしてヤツの企みを阻止しなければ。
ヤツの言う“金のなる木”ってなんの事だ?
あそこで何を始める気だ。
今の自分に、後ろからついてくる獣人を振り切る術は持ち合わせていない。
もどかしさと悔しさと焦りが日に日に募るばかりだ。
また持て余す大きなベッドへと戻された。
もうベッドに寝ころんでいるのは小人族しかいない。
姿形がすっかり戻っているという意味でだ。
呻きは聞こえないが、静かに涙を流している声がたまに耳を掠める。すべてが終わったとでも思っているのか。
同族でありながらもその姿には嫌悪を覚える。
ここにいつまでもいれると思っているのか? ヤツはそんなに甘くはない。
やり方は違えど、同族を思う気持ちは変わらないぞ、コルカスよ。
気がついてくれ、上手く立ち回り同族を頼む。
祈ることしか出来ない自分を呪う。
「まずは名乗っておこう、オレはブックスだ。それと襲撃の件は謝罪する。すまなかった。オレはローハス様、赤いマントを羽織っていたお方だ。彼に拾われずっと仕えているので、中枢部にも出入りしている」
「今も出入りしているのか?」
「している」
タントがククリ刀の切っ先を向けながら問いた。ブックスはひるむこともなく即答する。
真剣な眼差しに嘘を言っている気配は微塵も感じられない、もし本当に情報をながしてくれるなら形勢は一気に改善する、ある意味願ってもない好機だ。
ただ信用するかどうかはまだ判断がつかんな。
「そもそもおまえさんはここで何をしていた?」
「摂政がここで何かを企んでいるのをたまたま耳にした。ローハス様に相談して、オレがローハス様の目となるためにここに来た。ここでなにを行うのか見るためだ」
赤マントはここで何が行われるのか知らない。
摂政の独断?
小人族たちの失脚……しかしなんの発表もない。
摂政は表に出ずに裏で糸を引く気か?
「なぜ企んでいるとわかった? 詳細がわからなければ企みかどうかなんて、わからんだろう?」
ブックスは真っ直ぐマッシュの目を見つめる、嘘偽りはなしか。
「たまたま廊下で耳にした。隠れて、耳を側立てヤツらの話をきいた」
「ヤツら? 摂政と誰?」
タントはまだ信じ切っていない。さんざん修羅場をくぐってきた経験がそうさせているのだ。
ブックスもそれは感じている、真摯な対応で応えるしかないと分かっているのだろう。
「セロという側近の犬人だ。摂政のロブはセロにしか本当のことを言わない。ローハス様はそれにいち早く気がつき、注意するようにオレに命じていた」
セロ。実行役ってとこか。
逆に考えると本当の意味での味方はそのセロってヤツしかいない?
いや、そう決めつけるのは危険だな。
オーカの中枢部が一枚岩じゃないことは間違いない。
「そんでロブとセロは何を話していたんだ?」
「隠語を使って話していたので全容はわからなかった。存在しない存在、森に囲まれたうってつけの場所、搬入経路の確保、そして金のなる木を植えようって言っていた」
「金のなる木?」
気になる言葉だな、ブックスのこぼす言葉からここでなにかをしようと考えるのは容易い。
ただ何をする気だ?
「なんだ、なんだオーカにはそんないいもんがあるのか? 持って帰ろうや」
「おいおい、そんなもんあるわけないじゃん。大方ろくでもないことを、ここでやろうとしているだけだ」
タントの呆れ顔にユラは膨れっ面をみせる。
タントの言う通りろくでもないものを……作る、建てる、か?
ブックスも嘘は言ってはいない。見てきたものとの整合制は高い。
懇願にも近い真摯な眼差しをブックスは投げかける。
「なあ、なにはともあれロブたちはここの小人族たちのことなんか微塵も考えちゃいない。最悪、ここは無かったことにするのも辞さない。頼む小人族達を救ってくれ!」
頭を垂れ必死の懇願。
タントもカズナもいつのまにか刃を下ろしていた。
「ブックス、最初からオレたちは小人族たちを救いに来たんだ。おまえさんも協力しろ」
顔を上げると嬉しそうに破顔した。
「わかった。出来ることならなんでも協力する」
「よし。こちらの状況も伝えよう。小人族たちの移住先はすでに確保出来ている。あとはどう移動させるか、移住する腹積もりはあるかってところなんだが、住人で意見が割れちまっている。一番の問題は居留地の代表が移住に反対しちまっているって事だ。代表が渋る住人を説得してくれるってのを予想していたんだが、当てが外れた。これが今ひとつめの難関だな」
「たしかになあ、コルカスが首を縦に振ってくんないと進まないんだよなぁ」
タントのため息まじりの言葉が今の閉塞感を現していた。
ブックスの言葉と今日見た作業の様子、残された時間が少ないことはあきらかだ。
家を失った家族の姿を思い出し、ギュッといやな感じの締め付けを胸に感じる。
「コルカス……、聞いたことある名だ。もしかしたらローハス様が何か知っているかもしれん。戻って聞いてみる。それともう少しロブを探って情報を引き出す」
「これは答えなくてもいいんだが、なんでそんなにあの赤いマントのために獣人のおまえさんが働くんだ? 話の様子から中枢部の小人族たちに力はもうないんだろう?」
少しばかり苦い表情を見せ遠くを見やった。
柔らかな表情を浮かべブックスは口を開く。
「襲われたアンタたちにはわかりづらいとは思うが、誰よりも小人族、同族への思いが強い方なんだ。オレは拾って貰って人並みの生活が出来るようにいつも気を使って貰っていた。その恩に報いたい。そのためにもあの方の思い、小人族を救いたい、それだけだ」
「なるほどね。中枢部へなんなく潜れるのはおまえさんだけだ、無理してバレないでくれよ」
「わかっているつもりだ」
ヨークの家を教えブックスとは別れる。
また夜に出直すことにして、一度戻ることにした。
陽は高くカンカンと街を照らしていた。
一晩中駆けずり回った体が悲鳴をあげている。
膝を抱え、うずくまるとすぐに寝息がこぼれた。
ふぅ。
ようやく積み終わった。
ここ数日ひさびさに集中して鎚を握れたな。
オーカから移住した騎馬隊の装備の整備が終わった。
飛び散る火花を見つめ、なにもなかった頃をなんだか懐かしんだ。
そんな前の出来事でもないのに。
ハルヲンテイムでエレナを拾い自治領アルバへ向かう。
エレナは騎馬の健診を兼ねた馬たちの診察と世話の指示を受けた。メインの小型種と違い、いい勉強になるとハルヲが送り出す。
「緊張しますね」
いつもと勝手の違う動物を相手にしなくてはいけないエレナは、馬車の上ですでに緊張の面持ちをみせる。
「ハハハ、今から緊張してどうする。ちょっとでかい犬だ」
「キルロ知らないの? 馬だよ、犬じゃないよ? 大丈夫?」
「ああ、いや、キノ。そういう意味じゃなくてな……」
ぷっ。
くだらないやりとりにエレナが吹きだした。
オロオロするキルロに笑顔を向ける。
「そうですね、大きな、大きな犬です!」
「エレナ、違うよ。馬はひひーんで犬はわんわんだよ。全然違うよ」
「フフフ、キノ。馬も犬も四つ脚の哺乳類なのよ。同じなのよ、わかる?」
小難しい返しをされてキノがオロオロと混乱している。
その姿にエレナもキルロも笑った。
アルバの街を進むと誰もが声をかけてきた。
そのたびに手を上げては笑顔を返す。
綺麗とはいえないが突貫で整えた騎馬隊の詰め所へ装備を運び込み、エレナは繋がれた馬たちのもとへ、そそくさと向かった。
「ご苦労様です。領主自らこんなことしなくてもいいと思うのですが」
「ええー、名ばかりの領主だ。本業はこっちだしな」
引き続き騎馬隊の隊長をしているヨルセンと二人、汗だくなりながら装備を下ろしていった。
結構な人数分我ながらこの短期間で良くやったと思う。
「え?! これ本当にいいのですか? ピカピカですよ!」
整備された装備をマジマジと眺め感嘆の声を上げる。
ヨルセンは次々に並べられる装備を手にとり満足げな表情を浮かべた。
「今までが酷すぎだったんだよ。あんななまくらで、なんとかしろってのが土台無理な話だ。今度からはしっかりとここの治安を維持して欲しいからな。こんなもんなら、いつでもやるよ」
いい笑顔を向けた。
実際、鎚を握る口実にもなるし、いつでもというのは本心からの言葉だ。
「あ! コラット! こっちこいよ。見てみろ! ピカピカだぞ」
前を通りかかった若者に声をかけるとうつむきながら詰め所にやってきた。
どこか罰悪そうな表情で、ヨルセンのテンションと随分と違う。
大人しい奴なのか? ヨルセンにつかまって可哀想に。
「じゃあな! ヨルセン。コラットも宜しく頼むな」
キルロは手を上げて詰め所をあとにする。
しばらくも歩かないうちに背後から突然声をかけられた。
驚いて振り向くと罰悪そうなコラットがうつむき加減で言い淀んでいる。
??
なんだろ。
「どうした??」
「あ、あの………」
声が詰まる、なんかあったのか?
思いあたる節が全く見当たらない。
「うん?? どうした??」
「すいませんでした!!」
へ?
いきなりの謝罪に困惑する。
何か謝られる事なんてあったっけ??
謝る事ならちょろちょろと思い当たる節があるけど。
「え? え? なに? ぜんぜんわかんないんだけど」
コラットは顔を上げて意を決した。
真剣な眼差しをキルロに向け覚悟とともに言葉を発した。
「イスタバールで襲ったのは自分たちです! あの中に自分はいました。なのに今はあなたの庇護のもと、のうのうと暮らしていて、日に日に心苦しさが増していって⋯⋯いつかはちゃんと言わないと……と思って……まして……」
キルロは目を剥く、心臓が高鳴る。
口角を上げるとコラットの肩を力強く何度も叩いた。
コラットも最初はびくついていたが、それが嬉しさからくるものだとわかると顔から緊張の色が薄れていった。
「良く言ってくれた! いや、ホントに。そうか~、襲撃したか~、うんうん」
放った単語と言葉のトーンがあっていない。嬉しさが滲み出て、おかしなことになっている。
ここに来てでかい情報が手に入った。
こんな所からあっさり判明するとはいろいろな事が無駄じゃなかったな。
マッシュもタントも現地で動いている、ということは……。
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