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裏通りと薬剤師
存在とフェスタ
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まさか本当にやるとは。
ヤクロウの目に映る歓喜と静寂。
領民たちとは違い、静かに喜びを分かち合っているスミテマアルバを見つめていた。
たった一日。
ヤクロウだけではない、誰もが半信半疑だった。
でも、それに賭けた。
そして勝った。
喜びを爆発させている領民が誇らしかった。間違いなくみんなで勝ち取ったのだ。
グッとこみ上げてくるものをこらえる。
まだ早い、まだ全部じゃない。
領民たちが料理を持ち寄り、みんなでお祝いが始まった。兎人達もその輪に加わり街をあげて祝い、笑い、騒いだ。
質素ながらも小さな祭りは熱を帯び、みんなが自由と存在を実感し、謳歌していく。
そうか、これが見たかったのだ。
ヤクロウも静かに見つめる。自分の選んだ道が間違ってなかった事にひとり拳を握り締めた。
「ヴィトリアのお偉方の反応は実際の所どうだったの?」
メディシナの待合いで疲れた体を投げ出し、ハルヲが問いかけた。体力的にはどうということはないが、気疲れした体に疲弊感がまとわりつく。
みんなも聞きたかったのだろう、一斉にキルロに注目した。
待合いの長椅子に体を預けたまま、キルロは口を開いていく。
「そうだな⋯⋯。ヴァージが手配してくれて、ヴィトリアの領主と大臣たちとすぐに会えたのが考えるとラッキーだった。ヴァージの手腕に助けられたよ。話し合い事態は割とすぐに終わった。裏通りの自治を認めたところでデメリットなんて、ヴィトリアにはほとんどないからな。むしろグレーだった部分が切り離せてラッキーって感じだろ。それよりも自治を認めなかった時のデメリットのほうが断然デカイ、そこに考える余地は無いってとこだ」
「デメリットってなんですかです??」
小首を傾げフェイン問いかける。デメリットになるようなものが、パッと思いつかず。逡巡の素振りを見せた。
「あ、それはヴィトーロインメディシナの移転だ。ヴィトーロインメディシナの理事長が移転をほのめかしたって結構慌ててさ、まあ、ヴィトリアにとって一番の金蔓だからな、手放すわけにはいかんだろう」
「え?! 国を脅したのですか?」
「人聞き悪い言い方するなよ、交渉だよ、交渉」
ニカッとフェインに向けて笑顔を見せた。
ヴィトーロインメディシナを傘下に入れたことが、こんな形で役立つとは誰も思わなかった。それに国を動かしてしまうほど影響力があるとは改めてその大きさを実感する。
「大変だったとのは諸々の手続きだ。土地の買い増しやら、登録やら。なんやらかんやら。ネスタもヴァージも今頃はひっくり返っているよ」
キルロは、そう言ってまた天を仰いだ。
窓の外から耳に届く喧騒が心地良い。やっと終わった。そんな心持ちに包まれていく。
その様子を見ながらマッシュとハルヲは苦笑いした、残念ながらまだ続きがある。終わりではないと言いづらいのだが⋯⋯。
「おい! 大統領ってどういうことだ!」
ヤクロウが待合いに飛び込んできた、仏頂面で不満を爆発させる。
その姿を一瞥だけして、また天を仰いだ。
「無視するな!」
「もう、なんだよ。他にいねぇだろうが、誰がやんだよ」
キルロも面倒くさそうに答えるだけだった。
ヤクロウ自身も他をあたれと言われても思いつかない。返す言葉が見つからず、グっと言葉を飲み込んだ。
「小僧、おまえがやればいいだろう」
「何言っているんだ、オレはただの土地持ちだ。ミドラスの人間だし無理に決まっているだろう。様々な事情があっても、笑って暮らせる所を作る、目指す。反対か?」
「別に反対じゃねえが……」
そう、それはヤウロウ自身が作りたかった場所であり目指す所。
まるで見透かしたようなキルロの言葉に言い返す言葉などありはしない。
全く。
ヤクロウは俯き静かに笑う。
敵わねえ。
祭りの輪に加わっていたカズナとマナルも、疲れた体にも関わらず笑顔を見せながら待合いへとやってきた。
「皆さン、お疲れさまでしタ。いい結果になりましたネ」
マナルの笑顔がはじけた。兎人にとってもいい結果となったのが、表情から伝わる。
「マナルもカズナもありがとう、助かったよ」
キルロは二人に軽く手をあげた。
「お世話になった方々にお返しをしただけですヨ」
「あ!」
キルロが唐突に声を上げた、みんなの注目が集まった。
「そうそう。マナル、副大統領ね。ヤクロウの補佐と兎人の意見の吸い上げをよろしく」
マナルは一瞬驚きをみせたがすぐに柔和な表情をみせた。兎人の意見を聞いて貰うためには必要なこととすぐに理解する。
他の種族との接触する機会の多い自分がやるのが適任なのはすぐに分かった。
「わかりまシ………ア! ひとつ条件というかお願いがありまス。それを飲んでくれたラ喜んで引き受けましょウ」
不適ともいえるいたずらっぽい笑みをマナルが浮かべた。
マナルからの願い事なんて珍しい、いつもこっちがお願いしてばっかりだもんな。
「もちろん! マナルの願いだったら。で、なんだ?」
マナルはニコっと笑みを見せカズナの方をみた。
「カズナをキルロさんのパーティーに入れて下さイ。条件はそれだけでス」
思いもしなかったマナルの願いに驚き固まる。
ハルヲはニヤリとマッシュはククと下を向き笑う。ユラは早々にカズナの肩に手を置き、フェインは………みんなの姿を眺めていた。
困った、どうしよう……。
一番困るパターンがきた。
眉間に皺を寄せ、うなるキルロにマナルが穏やかに語りかける。
「あまリ、難しく考えないで下さイ。それにキルロさんはもうカズナの手を取りましたよネ」
変わらず不適ともいえる笑みを浮かべていた。
あ!
以前マナルと握手したときのやり取りを思い出す、兎人はごく近しいと認めた人としか手を取り合わないんだっけ。
グっと言葉を飲み込む、あのときカズナと確かに握手した………。
戸惑い、逡巡する姿にマナルは勝ち誇った笑みを浮かべる。
「もういいでしょう。力になって貰えばいいじゃない」
「手を取っタ、それはもう仲間という認識ではないのカ?」
ハルヲはため息まじりに言い放つと、カズナは笑みを浮かべた。
確かにあの瞬間、仲間だと思った。
間違いなくそう思って手を取った。
信頼がそこにはあった。
ならば頷くしかないのか。
「宜しく頼むよ」
「まかせロ」
すべてを了承したうえで手を差し出した。
しっかりと手を握り合う姿にマナルも笑顔をこぼす。
カズナ・ガヒル加入。
戦士が一人加わった。
「なあ、結局ヤツらは何がしたかったんだ? ヤクロウを返せの一点張りだったけど。大統領どうなんだ? その辺り?」
「ケッ! おまえ人で遊んでいるだけだろ、領主様よ」
「いいから教えろよ」
心底イヤそうな顔でキルロを睨んだ。
陽が落ちてきたにも関わらず、外の喧騒はさらに賑わいを見せる。
反比例するかのように待合いは安堵とともに、静かな時間が流れていく。
口数は多くないが、イヤな感じは全くしない。
ふてくされぎみのヤクロウに変わってハルヲが口を開く、日を改めてと思っていたが、こうなっては仕方ない。
「あんた、小人族は知っているわよね? 赤いマントのヤツも青いマントのヤツも小人族よ」
「!?? 知っているけどさ? どういうこと? ヤツらヒューマン? だろ?!」
「まあ、簡単に言うとある薬を用いてヒューマンの姿に化けていた。効能が消える前に薬の追加が欲しい、効能が切れたら小人族であることが国民にバレてしまう。バレたらまたヒューマンに攻めこまれるという妄想に近い思いこみに、薬の調達をする為、躍起になっていた」
「? だから?」
「薬を作れるのはヤクロウだけ。厳密に言えば、近いものは他の人間でも作れるのかもしれないけどね」
化けの皮が剥がれないように必死になっていたってことか。
「ヤクロウ、似たようなものはいなくても作れるんだろ? なのになんで、あんなにヤツら必死だったんだ?」
「副作用がキツいんだよ。場合によっては死ぬ」
「服用できないとどうなるんだ?」
「今飲んでいるやつは死にはしない。激しい痛みとともに小人族に戻る、はずだ。実際のところ、切らしたことはないんでわからんがな」
薬欲しさにあんだけの騒動起こしたのか? わかんねえな。
ん?
小人族?
っていったよな?
??
「ええ!? ちょっとまった! 小人族って言ったよな。いるの? え? いたの?」
聞き流しそうになった、絶滅したって聞いたけど……。
「小人族はいる。兎がいるんだ別に不思議じゃないだろう。オーカを牛耳っているのはヒューマンのフリした小人族。それとは別にヒューマンに化けるのを拒んだ小人族達がオーカの立ち入り禁止区域で軟禁されている。同族の保護という名目でな。オレはそいつらをなんとかするために動いていた。ここに来たのもその第一歩だ。小人族の誇りを踏みにじった自分への懺悔みたいなものだ」
ヤクロウが一気にまくしたてた。
黙って聞いていたキルロから剣呑な雰囲気が漂う。
しばらく逡巡する素振りをみせるとひざを打った。
「よし! 隠しているってことは小人族たちはオーカで登録されてないよな。こっち連れてこよう」
ああ、やっぱりそうなるよね。
全員が予想した通りの展開に苦笑いする。
「おまえ、簡単に言うけど、どうやって連れ出すんだ?」
「それはこれからみんなで考えればいいじゃん、ヤクロウも手伝ってくれよ。情報が欲しい。あとは大統領として一発目の大仕事になりそうだな、小人族の大移動なんて」
「叶うならなんでもするさ」
「いい心がけだ」
ヤクロウの真剣な眼差しにキルロは口端を上げて見せた。
そこまでやって、ようやくって所か。
もうひと踏ん張りだ。みんな黙っているが、考えていることは同じだろう。
さて、ひと仕事始めよう。
「ほらほら、あんたら何しけた面してるんだい! こっち来て! あんたらが主役なんだから」
待合いに現れたパワフルなおばちゃんたちに手をひかれ、キルロたちが喧噪の輪へと溶け込んでいった。
今はとりあえず喧噪に身を預けよう。
「ありません」
「そんなバカな話があるか! 探せ!」
マントを羽織った男たちがテーブルを囲み、誰もが神妙な面もちで頭を悩ませていた。
ヤクロウの登録証が見あたらない。探しても、探しても、痕跡すら見つからない。
焦りばかりがつのり打開策が見いだせず、当たり散らす。
代わりに作れる者を探したが、そんな急に見つかるわけもなく、研究の成果もなにもかも残されていない。
すでに一人は顔面を蒼くし、苦しそうに腰をかけているだけだった。
終わりが近い。なす統べなく全てが無に帰る。
国民を騙していたことが、バレたらどうなるのか⋯⋯。その恐怖から、震えることしかできないものもいる。
「終わりだ……」
「いや! まだだ」
割れる意見を淡々と扉のそばから見つめる犬人の姿があった。
左のこめかみから口元まで繋がる長い傷跡に、栗色の髪はきっちりと分けられ淡々としていながら目には鋭さが宿っている。
やりとりに進展がみられないことを確認し、部屋をあとにした。
「摂政、どうかされましたか?」
一緒に見守っていた若い犬人が後ろをついてきた。
前を向き一瞥することもなく。
「時期にヤツらは終わる、時間の問題だ。その時に向けて準備を始めよう。どこの誰だか知らないが感謝しないといけませんね」
淡々と語る口元が自然と緩んでいった。
ヤクロウの目に映る歓喜と静寂。
領民たちとは違い、静かに喜びを分かち合っているスミテマアルバを見つめていた。
たった一日。
ヤクロウだけではない、誰もが半信半疑だった。
でも、それに賭けた。
そして勝った。
喜びを爆発させている領民が誇らしかった。間違いなくみんなで勝ち取ったのだ。
グッとこみ上げてくるものをこらえる。
まだ早い、まだ全部じゃない。
領民たちが料理を持ち寄り、みんなでお祝いが始まった。兎人達もその輪に加わり街をあげて祝い、笑い、騒いだ。
質素ながらも小さな祭りは熱を帯び、みんなが自由と存在を実感し、謳歌していく。
そうか、これが見たかったのだ。
ヤクロウも静かに見つめる。自分の選んだ道が間違ってなかった事にひとり拳を握り締めた。
「ヴィトリアのお偉方の反応は実際の所どうだったの?」
メディシナの待合いで疲れた体を投げ出し、ハルヲが問いかけた。体力的にはどうということはないが、気疲れした体に疲弊感がまとわりつく。
みんなも聞きたかったのだろう、一斉にキルロに注目した。
待合いの長椅子に体を預けたまま、キルロは口を開いていく。
「そうだな⋯⋯。ヴァージが手配してくれて、ヴィトリアの領主と大臣たちとすぐに会えたのが考えるとラッキーだった。ヴァージの手腕に助けられたよ。話し合い事態は割とすぐに終わった。裏通りの自治を認めたところでデメリットなんて、ヴィトリアにはほとんどないからな。むしろグレーだった部分が切り離せてラッキーって感じだろ。それよりも自治を認めなかった時のデメリットのほうが断然デカイ、そこに考える余地は無いってとこだ」
「デメリットってなんですかです??」
小首を傾げフェイン問いかける。デメリットになるようなものが、パッと思いつかず。逡巡の素振りを見せた。
「あ、それはヴィトーロインメディシナの移転だ。ヴィトーロインメディシナの理事長が移転をほのめかしたって結構慌ててさ、まあ、ヴィトリアにとって一番の金蔓だからな、手放すわけにはいかんだろう」
「え?! 国を脅したのですか?」
「人聞き悪い言い方するなよ、交渉だよ、交渉」
ニカッとフェインに向けて笑顔を見せた。
ヴィトーロインメディシナを傘下に入れたことが、こんな形で役立つとは誰も思わなかった。それに国を動かしてしまうほど影響力があるとは改めてその大きさを実感する。
「大変だったとのは諸々の手続きだ。土地の買い増しやら、登録やら。なんやらかんやら。ネスタもヴァージも今頃はひっくり返っているよ」
キルロは、そう言ってまた天を仰いだ。
窓の外から耳に届く喧騒が心地良い。やっと終わった。そんな心持ちに包まれていく。
その様子を見ながらマッシュとハルヲは苦笑いした、残念ながらまだ続きがある。終わりではないと言いづらいのだが⋯⋯。
「おい! 大統領ってどういうことだ!」
ヤクロウが待合いに飛び込んできた、仏頂面で不満を爆発させる。
その姿を一瞥だけして、また天を仰いだ。
「無視するな!」
「もう、なんだよ。他にいねぇだろうが、誰がやんだよ」
キルロも面倒くさそうに答えるだけだった。
ヤクロウ自身も他をあたれと言われても思いつかない。返す言葉が見つからず、グっと言葉を飲み込んだ。
「小僧、おまえがやればいいだろう」
「何言っているんだ、オレはただの土地持ちだ。ミドラスの人間だし無理に決まっているだろう。様々な事情があっても、笑って暮らせる所を作る、目指す。反対か?」
「別に反対じゃねえが……」
そう、それはヤウロウ自身が作りたかった場所であり目指す所。
まるで見透かしたようなキルロの言葉に言い返す言葉などありはしない。
全く。
ヤクロウは俯き静かに笑う。
敵わねえ。
祭りの輪に加わっていたカズナとマナルも、疲れた体にも関わらず笑顔を見せながら待合いへとやってきた。
「皆さン、お疲れさまでしタ。いい結果になりましたネ」
マナルの笑顔がはじけた。兎人にとってもいい結果となったのが、表情から伝わる。
「マナルもカズナもありがとう、助かったよ」
キルロは二人に軽く手をあげた。
「お世話になった方々にお返しをしただけですヨ」
「あ!」
キルロが唐突に声を上げた、みんなの注目が集まった。
「そうそう。マナル、副大統領ね。ヤクロウの補佐と兎人の意見の吸い上げをよろしく」
マナルは一瞬驚きをみせたがすぐに柔和な表情をみせた。兎人の意見を聞いて貰うためには必要なこととすぐに理解する。
他の種族との接触する機会の多い自分がやるのが適任なのはすぐに分かった。
「わかりまシ………ア! ひとつ条件というかお願いがありまス。それを飲んでくれたラ喜んで引き受けましょウ」
不適ともいえるいたずらっぽい笑みをマナルが浮かべた。
マナルからの願い事なんて珍しい、いつもこっちがお願いしてばっかりだもんな。
「もちろん! マナルの願いだったら。で、なんだ?」
マナルはニコっと笑みを見せカズナの方をみた。
「カズナをキルロさんのパーティーに入れて下さイ。条件はそれだけでス」
思いもしなかったマナルの願いに驚き固まる。
ハルヲはニヤリとマッシュはククと下を向き笑う。ユラは早々にカズナの肩に手を置き、フェインは………みんなの姿を眺めていた。
困った、どうしよう……。
一番困るパターンがきた。
眉間に皺を寄せ、うなるキルロにマナルが穏やかに語りかける。
「あまリ、難しく考えないで下さイ。それにキルロさんはもうカズナの手を取りましたよネ」
変わらず不適ともいえる笑みを浮かべていた。
あ!
以前マナルと握手したときのやり取りを思い出す、兎人はごく近しいと認めた人としか手を取り合わないんだっけ。
グっと言葉を飲み込む、あのときカズナと確かに握手した………。
戸惑い、逡巡する姿にマナルは勝ち誇った笑みを浮かべる。
「もういいでしょう。力になって貰えばいいじゃない」
「手を取っタ、それはもう仲間という認識ではないのカ?」
ハルヲはため息まじりに言い放つと、カズナは笑みを浮かべた。
確かにあの瞬間、仲間だと思った。
間違いなくそう思って手を取った。
信頼がそこにはあった。
ならば頷くしかないのか。
「宜しく頼むよ」
「まかせロ」
すべてを了承したうえで手を差し出した。
しっかりと手を握り合う姿にマナルも笑顔をこぼす。
カズナ・ガヒル加入。
戦士が一人加わった。
「なあ、結局ヤツらは何がしたかったんだ? ヤクロウを返せの一点張りだったけど。大統領どうなんだ? その辺り?」
「ケッ! おまえ人で遊んでいるだけだろ、領主様よ」
「いいから教えろよ」
心底イヤそうな顔でキルロを睨んだ。
陽が落ちてきたにも関わらず、外の喧騒はさらに賑わいを見せる。
反比例するかのように待合いは安堵とともに、静かな時間が流れていく。
口数は多くないが、イヤな感じは全くしない。
ふてくされぎみのヤクロウに変わってハルヲが口を開く、日を改めてと思っていたが、こうなっては仕方ない。
「あんた、小人族は知っているわよね? 赤いマントのヤツも青いマントのヤツも小人族よ」
「!?? 知っているけどさ? どういうこと? ヤツらヒューマン? だろ?!」
「まあ、簡単に言うとある薬を用いてヒューマンの姿に化けていた。効能が消える前に薬の追加が欲しい、効能が切れたら小人族であることが国民にバレてしまう。バレたらまたヒューマンに攻めこまれるという妄想に近い思いこみに、薬の調達をする為、躍起になっていた」
「? だから?」
「薬を作れるのはヤクロウだけ。厳密に言えば、近いものは他の人間でも作れるのかもしれないけどね」
化けの皮が剥がれないように必死になっていたってことか。
「ヤクロウ、似たようなものはいなくても作れるんだろ? なのになんで、あんなにヤツら必死だったんだ?」
「副作用がキツいんだよ。場合によっては死ぬ」
「服用できないとどうなるんだ?」
「今飲んでいるやつは死にはしない。激しい痛みとともに小人族に戻る、はずだ。実際のところ、切らしたことはないんでわからんがな」
薬欲しさにあんだけの騒動起こしたのか? わかんねえな。
ん?
小人族?
っていったよな?
??
「ええ!? ちょっとまった! 小人族って言ったよな。いるの? え? いたの?」
聞き流しそうになった、絶滅したって聞いたけど……。
「小人族はいる。兎がいるんだ別に不思議じゃないだろう。オーカを牛耳っているのはヒューマンのフリした小人族。それとは別にヒューマンに化けるのを拒んだ小人族達がオーカの立ち入り禁止区域で軟禁されている。同族の保護という名目でな。オレはそいつらをなんとかするために動いていた。ここに来たのもその第一歩だ。小人族の誇りを踏みにじった自分への懺悔みたいなものだ」
ヤクロウが一気にまくしたてた。
黙って聞いていたキルロから剣呑な雰囲気が漂う。
しばらく逡巡する素振りをみせるとひざを打った。
「よし! 隠しているってことは小人族たちはオーカで登録されてないよな。こっち連れてこよう」
ああ、やっぱりそうなるよね。
全員が予想した通りの展開に苦笑いする。
「おまえ、簡単に言うけど、どうやって連れ出すんだ?」
「それはこれからみんなで考えればいいじゃん、ヤクロウも手伝ってくれよ。情報が欲しい。あとは大統領として一発目の大仕事になりそうだな、小人族の大移動なんて」
「叶うならなんでもするさ」
「いい心がけだ」
ヤクロウの真剣な眼差しにキルロは口端を上げて見せた。
そこまでやって、ようやくって所か。
もうひと踏ん張りだ。みんな黙っているが、考えていることは同じだろう。
さて、ひと仕事始めよう。
「ほらほら、あんたら何しけた面してるんだい! こっち来て! あんたらが主役なんだから」
待合いに現れたパワフルなおばちゃんたちに手をひかれ、キルロたちが喧噪の輪へと溶け込んでいった。
今はとりあえず喧噪に身を預けよう。
「ありません」
「そんなバカな話があるか! 探せ!」
マントを羽織った男たちがテーブルを囲み、誰もが神妙な面もちで頭を悩ませていた。
ヤクロウの登録証が見あたらない。探しても、探しても、痕跡すら見つからない。
焦りばかりがつのり打開策が見いだせず、当たり散らす。
代わりに作れる者を探したが、そんな急に見つかるわけもなく、研究の成果もなにもかも残されていない。
すでに一人は顔面を蒼くし、苦しそうに腰をかけているだけだった。
終わりが近い。なす統べなく全てが無に帰る。
国民を騙していたことが、バレたらどうなるのか⋯⋯。その恐怖から、震えることしかできないものもいる。
「終わりだ……」
「いや! まだだ」
割れる意見を淡々と扉のそばから見つめる犬人の姿があった。
左のこめかみから口元まで繋がる長い傷跡に、栗色の髪はきっちりと分けられ淡々としていながら目には鋭さが宿っている。
やりとりに進展がみられないことを確認し、部屋をあとにした。
「摂政、どうかされましたか?」
一緒に見守っていた若い犬人が後ろをついてきた。
前を向き一瞥することもなく。
「時期にヤツらは終わる、時間の問題だ。その時に向けて準備を始めよう。どこの誰だか知らないが感謝しないといけませんね」
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