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裏通りと薬剤師
動静
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翌日、小男達は現れなかった。安心出来るかといえば、きっとそれはない。
警戒を解くわけにはいかないのは重々承知している。
ただ、診察が順調に行えて調子の良くなった患者達が笑顔でメディシナ(治療院)をあとにするのを見ると思わず頬は緩む。
日常がつつがなく送れた安堵感が疲労とともに体を包み込んでいく。
オーカの高い地位のヤツらか。
あの手の輩があっさり引くとは思えない、といってこっちから動く事も出来ない。
夕飯前の喧噪が、陽が落ちていくのに合わせて落ち着いていく、帰ろう。
「キノ! 帰るぞ」
「あいあーい」
キノの元気な返事に一日の終わりを実感する。
「悪いなネスタ、仕事終わりに」
「構いませんよ、【キルロメディシナ】はどうですか?」
「順調かな。ただ、ちょっと聞きたい事があるんだ……いいか?」
夜半、仕事終わりのネスタを待合室に手招きした。
いろいろと情報が足りない。ネスタならなにか知っているかもしれないと踏んで声を掛けた。
今はなんでもいい、ヤツらのことが少しでもわかればそれでいい。
少し疲れた表情を見せてはいたが、ネスタは笑顔を向けてくれた。
相変わらず忙しいのだろう。
「ここ最近、オーカの偉いやつが裏通りにちょっかいを出してきてさ、ヤクロウを出せってうるさかったんだ。そんなのがあったんで、ヤクロウは今ミドラスで匿っている。しらばっくれてやり過ごしてはいるんだが、いかんせんしつこそうな連中でな。対策のためにオーカのことを教えて欲しいんだ」
ちょっかいを出してきているという言葉にネスタの顔は兵士の顔を見せる。
険しい表情を浮かべキルロの真剣な眼差しに答えていく。
「ヤクロウさんが? オーカは前に少しお話ししましたが、資源の採取が中心の国で、富の一極集中が見られます。それと最近になって急に摂政が現れた。ザックリですがこんな感じです」
そうだ。
この間、ネスタから聞いていたのだ。
摂政、クック? 思い出した。
きな臭いな、イヤなパーツの繋がり方だ。
キルロの顔も険しくなる。
「それと摂政の件で潜っている仲間からの報告ってわけではないですが、ヒューマンが差別されているのではないかと言っていました。ちゃんとした報告ではないのでなんともですが」
「差別ねえ……」
差別⋯⋯次か次へとイヤな話ばかりが上がる。
そういや、頭の悪い感じがヤツらか滲み出ていたな。
待てよ、そうか。
だからヤクロウは手引きして移住させているのか?
移住させているのが面白くないのか? それにしても今さら感がある。
ネスタの言葉が思考の渦を作り出す。
同じところでぐるぐると巡る。
ネスタが口を開くと辛うじて渦が消えていく。
「オーカの人間ってどんな人でした?」
「赤い短めのマントを羽織って、真っ白な宮廷服かな? 年齢は30歳くらい、背の低い男だ。狼人と猫人を伴っていた。やたらと態度のデカイ横柄なヤツだったよ。思い出しただけで、ムカついてきた。んで、オーカから逃げて来た人間がそいつを見て、オーカのお偉いさんだって教えてくれたんだ」
ヒューマンを差別しているから、お連れは亜人だったのか?
まあ、そこはいいか。
オーカとヤクロウの繋がり、行動の理由なんかがぼんやりとだが見えてくると、いろいろなピースがハマり出す。
分からない事もままあるが、それもその内見えて来そうだ。
「マントを羽織っていたとなると、多分相当に高い地位の人間だと思われます。それなりの地位にならないとマントを羽織れないはずですからね。オーカではマントが地位の証明となり、身に付けられるというのは、ひとつのステータスになりますから」
「ウチでもマント導入するか?」
「絶対イヤです」
キルロの軽口は本気の否定を食らい、いたずらっぽい笑みにネスタは眉をしかめる。
ランプの橙色に照らされる二人は真剣な眼差しへと戻っていく。
「ただ、分からないのはかなりの地位にある者が、なぜヤクロウさんを必要としているのかという事です。しかもわざわざ自ら出向いてまでですよ?」
「住人の感じからヤクロウもそれなりの地位にいたらしいぞ。住人が総出で守ったくらいだからな」
「それならなぜヤクロウさんはその地位を蹴ってまで、貧しい暮らしを選んだのでしょうか? 地位があるならオーカにいながら指示出せばいいだけの話」
ネスタの言葉はもっともだ。地位のある人間が指示を出せば人は動く。
もしかしたらオーカから指示を出す方が有効なのかもしれない。
ただなんとなく形にすらならない何かが、ヤクロウの行動に納得している自分がいる。
効率的とかそういう類のことではなく、ただ漠然とした思い、信念みたいなもの。
思いのまま突き動く衝動のようなもの、ヤクロウからはそれを無意識に感じているのかもしれない。
「なんて言えばいいのかわかんないけど、なんとなくヤクロウが裏通りに来たのはわかる⋯⋯気がする。詳しいことはわかんないけど、あいつがここにやってきたことにはきっと意味も理由もあるはずだ。まあ、笑っている住人が多いってことはそれだけでも、あいつがここに来た価値があったんじゃないのかな?」
「理事長がそうおっしゃるならそういう事にしておきましょう」
ネスタが諦めにも似た笑みをこぼした、理解は出来ないが納得は出来た。
似た者同士通じ合うなにかがあったのだ。キルロと似た者同士であるなら自分達もヤクロウのために動こう、悩む必要はない。
「そういえば、ヤツらがヤクロウのこと仲間だか同士だかって言っていた。ヤクロウもあのだっせえマントつけていたのかな? それはそれで見て見たいよな」
「笑いたいだけでしょう」
「フフ、バレた?」
全く、とネスタが嘆息した。
偉いヤツ相手にこちらの出来ることなんてあるのかな?
ただヤクロウを渡すことは絶対してはいけないってことは間違いない。
「また、迷惑かけそうだ。先に謝っておく、すまん!」
「問題ないですよ、もう慣れましたから」
キルロに笑顔を向けた、その笑顔にいつも励まされる。
考え込むような表情ばかりが目につく、じっとさせているのが良くないのか?
ハルヲは自分の仕事をこなしつつヤクロウの様子を見ていた。
何か張りつめている。
不安かな?
覇気のない表情を目にする事が多く、どうすべきか手をこまねいていた。
「ヤウロウって薬剤師よね? 治療の手伝いして貰ってもいい?」
少し驚いた顔をみせたが、すぐにうなずいてみせた。
何もしてないよりいいのだろう。すぐに立ち上がり伸びしてみせると顔に少しばかり覇気が戻っていく。
「案内してくれ」
「こっちよ」
モモが治療のために薬剤の準備しているのをヤクロウがのぞき込むと、眉間に皺を寄せ難しい顔をしている。
「ハーフっ娘、これでいつもやっているのか?」
「ハーフっ娘?! そうよ、なにか?」
ヤクロウは薬剤を次々に手に取ると腕を組んで唸る。
ブツブツ言いながら薬剤を見つめる。
「犬っ娘! カルテってあるか? これでも悪くはないが、もっと効率良く薬の効果を上げられるぞ、どうする?」
「見てくれるの?」
「もちろん。礼ってわけじゃないが、こんな事しか出来ないからな」
「モモ、ヤクロウに薬の見直しをして貰うから補佐してあげて。口は悪いけど性根は優しい男だから」
ハルヲは口角をあげながら言うと、横目で睨むヤクロウが照れたように顔を赤くした。
効能があがるならこちらも助かる。
ヤクロウの表情も少しは戻ったかな。
こちらもぼちぼち動こうか。
ハルヲの青い瞳が強い意志を放つ。
「エレナ! 使い頼んでいい?」
「あ、はい。もちろん。どこにですか?」
「マッシュとフェインとユラをキルロの所に連れて行って、それでキノを拾って、こっちに戻ってきて」
突然のことに面食らったがエレナはすぐにうなずいた。
「わかりました。すぐに行ってきます」
「よろしくね」
ハルヲが自分より大きくなったエレナの肩に手を置いた。
何が出来るか分からないが、後手を踏むのは得策ではない。
打てる手は打っておかないと。
先の見えない漠然とした不安はあるが、やるべきことはシンプルだ。相手がどう出るか不気味な感じは拭いきれないが、まずは出来ることをしよう。
警戒を解くわけにはいかないのは重々承知している。
ただ、診察が順調に行えて調子の良くなった患者達が笑顔でメディシナ(治療院)をあとにするのを見ると思わず頬は緩む。
日常がつつがなく送れた安堵感が疲労とともに体を包み込んでいく。
オーカの高い地位のヤツらか。
あの手の輩があっさり引くとは思えない、といってこっちから動く事も出来ない。
夕飯前の喧噪が、陽が落ちていくのに合わせて落ち着いていく、帰ろう。
「キノ! 帰るぞ」
「あいあーい」
キノの元気な返事に一日の終わりを実感する。
「悪いなネスタ、仕事終わりに」
「構いませんよ、【キルロメディシナ】はどうですか?」
「順調かな。ただ、ちょっと聞きたい事があるんだ……いいか?」
夜半、仕事終わりのネスタを待合室に手招きした。
いろいろと情報が足りない。ネスタならなにか知っているかもしれないと踏んで声を掛けた。
今はなんでもいい、ヤツらのことが少しでもわかればそれでいい。
少し疲れた表情を見せてはいたが、ネスタは笑顔を向けてくれた。
相変わらず忙しいのだろう。
「ここ最近、オーカの偉いやつが裏通りにちょっかいを出してきてさ、ヤクロウを出せってうるさかったんだ。そんなのがあったんで、ヤクロウは今ミドラスで匿っている。しらばっくれてやり過ごしてはいるんだが、いかんせんしつこそうな連中でな。対策のためにオーカのことを教えて欲しいんだ」
ちょっかいを出してきているという言葉にネスタの顔は兵士の顔を見せる。
険しい表情を浮かべキルロの真剣な眼差しに答えていく。
「ヤクロウさんが? オーカは前に少しお話ししましたが、資源の採取が中心の国で、富の一極集中が見られます。それと最近になって急に摂政が現れた。ザックリですがこんな感じです」
そうだ。
この間、ネスタから聞いていたのだ。
摂政、クック? 思い出した。
きな臭いな、イヤなパーツの繋がり方だ。
キルロの顔も険しくなる。
「それと摂政の件で潜っている仲間からの報告ってわけではないですが、ヒューマンが差別されているのではないかと言っていました。ちゃんとした報告ではないのでなんともですが」
「差別ねえ……」
差別⋯⋯次か次へとイヤな話ばかりが上がる。
そういや、頭の悪い感じがヤツらか滲み出ていたな。
待てよ、そうか。
だからヤクロウは手引きして移住させているのか?
移住させているのが面白くないのか? それにしても今さら感がある。
ネスタの言葉が思考の渦を作り出す。
同じところでぐるぐると巡る。
ネスタが口を開くと辛うじて渦が消えていく。
「オーカの人間ってどんな人でした?」
「赤い短めのマントを羽織って、真っ白な宮廷服かな? 年齢は30歳くらい、背の低い男だ。狼人と猫人を伴っていた。やたらと態度のデカイ横柄なヤツだったよ。思い出しただけで、ムカついてきた。んで、オーカから逃げて来た人間がそいつを見て、オーカのお偉いさんだって教えてくれたんだ」
ヒューマンを差別しているから、お連れは亜人だったのか?
まあ、そこはいいか。
オーカとヤクロウの繋がり、行動の理由なんかがぼんやりとだが見えてくると、いろいろなピースがハマり出す。
分からない事もままあるが、それもその内見えて来そうだ。
「マントを羽織っていたとなると、多分相当に高い地位の人間だと思われます。それなりの地位にならないとマントを羽織れないはずですからね。オーカではマントが地位の証明となり、身に付けられるというのは、ひとつのステータスになりますから」
「ウチでもマント導入するか?」
「絶対イヤです」
キルロの軽口は本気の否定を食らい、いたずらっぽい笑みにネスタは眉をしかめる。
ランプの橙色に照らされる二人は真剣な眼差しへと戻っていく。
「ただ、分からないのはかなりの地位にある者が、なぜヤクロウさんを必要としているのかという事です。しかもわざわざ自ら出向いてまでですよ?」
「住人の感じからヤクロウもそれなりの地位にいたらしいぞ。住人が総出で守ったくらいだからな」
「それならなぜヤクロウさんはその地位を蹴ってまで、貧しい暮らしを選んだのでしょうか? 地位があるならオーカにいながら指示出せばいいだけの話」
ネスタの言葉はもっともだ。地位のある人間が指示を出せば人は動く。
もしかしたらオーカから指示を出す方が有効なのかもしれない。
ただなんとなく形にすらならない何かが、ヤクロウの行動に納得している自分がいる。
効率的とかそういう類のことではなく、ただ漠然とした思い、信念みたいなもの。
思いのまま突き動く衝動のようなもの、ヤクロウからはそれを無意識に感じているのかもしれない。
「なんて言えばいいのかわかんないけど、なんとなくヤクロウが裏通りに来たのはわかる⋯⋯気がする。詳しいことはわかんないけど、あいつがここにやってきたことにはきっと意味も理由もあるはずだ。まあ、笑っている住人が多いってことはそれだけでも、あいつがここに来た価値があったんじゃないのかな?」
「理事長がそうおっしゃるならそういう事にしておきましょう」
ネスタが諦めにも似た笑みをこぼした、理解は出来ないが納得は出来た。
似た者同士通じ合うなにかがあったのだ。キルロと似た者同士であるなら自分達もヤクロウのために動こう、悩む必要はない。
「そういえば、ヤツらがヤクロウのこと仲間だか同士だかって言っていた。ヤクロウもあのだっせえマントつけていたのかな? それはそれで見て見たいよな」
「笑いたいだけでしょう」
「フフ、バレた?」
全く、とネスタが嘆息した。
偉いヤツ相手にこちらの出来ることなんてあるのかな?
ただヤクロウを渡すことは絶対してはいけないってことは間違いない。
「また、迷惑かけそうだ。先に謝っておく、すまん!」
「問題ないですよ、もう慣れましたから」
キルロに笑顔を向けた、その笑顔にいつも励まされる。
考え込むような表情ばかりが目につく、じっとさせているのが良くないのか?
ハルヲは自分の仕事をこなしつつヤクロウの様子を見ていた。
何か張りつめている。
不安かな?
覇気のない表情を目にする事が多く、どうすべきか手をこまねいていた。
「ヤウロウって薬剤師よね? 治療の手伝いして貰ってもいい?」
少し驚いた顔をみせたが、すぐにうなずいてみせた。
何もしてないよりいいのだろう。すぐに立ち上がり伸びしてみせると顔に少しばかり覇気が戻っていく。
「案内してくれ」
「こっちよ」
モモが治療のために薬剤の準備しているのをヤクロウがのぞき込むと、眉間に皺を寄せ難しい顔をしている。
「ハーフっ娘、これでいつもやっているのか?」
「ハーフっ娘?! そうよ、なにか?」
ヤクロウは薬剤を次々に手に取ると腕を組んで唸る。
ブツブツ言いながら薬剤を見つめる。
「犬っ娘! カルテってあるか? これでも悪くはないが、もっと効率良く薬の効果を上げられるぞ、どうする?」
「見てくれるの?」
「もちろん。礼ってわけじゃないが、こんな事しか出来ないからな」
「モモ、ヤクロウに薬の見直しをして貰うから補佐してあげて。口は悪いけど性根は優しい男だから」
ハルヲは口角をあげながら言うと、横目で睨むヤクロウが照れたように顔を赤くした。
効能があがるならこちらも助かる。
ヤクロウの表情も少しは戻ったかな。
こちらもぼちぼち動こうか。
ハルヲの青い瞳が強い意志を放つ。
「エレナ! 使い頼んでいい?」
「あ、はい。もちろん。どこにですか?」
「マッシュとフェインとユラをキルロの所に連れて行って、それでキノを拾って、こっちに戻ってきて」
突然のことに面食らったがエレナはすぐにうなずいた。
「わかりました。すぐに行ってきます」
「よろしくね」
ハルヲが自分より大きくなったエレナの肩に手を置いた。
何が出来るか分からないが、後手を踏むのは得策ではない。
打てる手は打っておかないと。
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