鍛冶師と調教師ときどき勇者と

坂門

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裏通りと薬剤師

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 空が明るくなり始めると馬車はミドラスに到着した。
 エレナからは安堵の溜め息が漏れた。
 街が動き出す前の到着、長かった一日がようやく終わる。
 二人の心は明るくなっていく空のように晴れはしなかった。
 ヤクロウにいろいろ聞きたい事はある。
 それは自分の仕事ではない。今は無事に届ける、それだけを考えていた。

「着きました」

 ヤクロウは裏口からハルヲンテイムを見上げる。

「病院? 治療院か?」
「元病院です、ただいま戻りました」

 今日の当直は誰だろう?
 ヤクロウをとりあえず客間へと案内し、当直を探す。

「モモさん!」

 ハーフ犬人シアンスロープのモモがバケツを両手に抱え、廊下を歩いているのを発見。
 いるはずのないエレナがひょっこりと顔を出し、びっくりした顔を見せた。

「エレナ?! どうしたの?? 出向まだ終わりじゃないよね?」
「いろいろありまして、ハルさんにお話しがあるのとお客様をお連れして戻って来ました」
 
 遠慮がちに話すエレナに心配そうに声を掛けた。
 
「え、大丈夫? なんか手伝う?」
「いえ、こちらは大丈夫です。しばらく客間で休みます、走り通しだったので」

 モモは手を振り、仕事へと戻った。
 エレナも客間に戻る。
 ヤクロウは静かに椅子に腰掛けていた。
 疲れているはずだ、なにか羽織るものを持ってこないと。

「ヤクロウさん、大丈夫ですか? ハルさん……店長が来るまでまだ時間あるので休んで下さい。今、羽織るものお持ちします」
「悪いな」

 どことなく覇気のない返事に少し不安が過る。
 芳しくない状況なのかな。
 客間に戻るとヤクロウが椅子に座ったまま眠っていた。
 ヤクロウの肩口にブランケットを掛け、エレナも椅子の上で眠った。




 キルロは剣先を小男へ向けると口角を上げ、余裕の表情を見せる。
 小男の顔はみるみる紅潮していき、怒りに震えだす。

「おまえ、私にそんな事をして、許されると思うか!」
「おまえは人んのものをぶっ壊して許して貰えると思っているのか?」

 メディシナ(治療院)のまわりにはいつの間にか騒ぎを聞きつけ遠巻きに人集ひとだかりが出来ていた。
 いくつもの目が小男達を睨む。
 メディシナのスタッフが木の棒を握りしめ、キルロの横へと立った。
 その表情はこぼれそうな怒りに満ちている。
 あと少し何かあればその怒りは間違いなくこぼれ落ち弾けるだろう。
 
「ニウダ、無理するなよ」
「はい!」

 キルロの声掛けに鼻息荒く返事をする。
 さあ、どうする?
 小男は視線を振り、まわりの様子を窺う。

「ふん」
 
 と鼻をひとつ鳴らし、小男達がメディシナ(治療院)をあとにした。

「ヤレヤレだな」
「ぉおおおお、やったー!」

 小男が見えなくなるとニウダが吠えた。その姿にキルロは思わず目を見張る。
 しばらくすると外でも歓声が上がり始めた。
 なんだ? なんだ?
 追い払っただけなのに、歓声上げるほどか?
 なんだか大袈裟だな。
 まるで勝利を勝ち誇るように口々に興奮している。
 キノと二人この熱狂に取り残され、ただただ、呆気に取られていた。
 ニウダもまわりの熱気にあてられたのか、みるみる顔が紅潮していく。

「落ち着けって、追い払っただけだ。なんも解決してねえって」

 ニウダの肩を揺さぶりながら告げる。
 ニウダは首を横に振った。

「違うのです、違うのですよ」

 ??

 何が? 違うのかさっぱりわからん。
 落ち着くまで待つか。
 ああ、あの野郎、弁償しないで帰りやがった。
 とりあえず片づけるか、真っ二つに割れた長椅子を片づけようとするとニウダが飛んできた。
 
「やります、やります。休んでいて下さい」
「いや、いいよ。こんくらいやるって」
「いえいえ、ダメです。私達でやります」

 私達?
 そんなキャラだったっけ?
 ま、いいか。
 扉から外を覗くとまだ結構な人が残っていた。

「調子のすこぶる悪いヤツいるか? 診るぞ」

 なぜか集っている人々がソワソワする、なんだ?

「あ、あのすいません。ウチの子が昨日から調子悪くて診ていただけますか?」
「もちろん、さぁ入って、入って。患者さんだ! みんな仕事戻ろう」

 キルロはパンパンと手を叩き、従業員に指示を出す。
 しばらくすると落ち着きを取り戻し、いつものメディシナとなった。

「終わった! つか、魔力切れたー」

 夕方を前にしてキルロは大きく伸びをして、そのまま背もたれへ体を預けた。
 また、あいつら来るのか?
 今日はもうさすがに来ねえか。

「お疲れさま! なんとか終わったな」
「はい! お疲れさまでした」

 キルロは聞き慣れないニウダの口調に眉をひとつ上げる。

「ニウダ~、そんなキャラじゃないだろう? どうした?」
「いやぁ……」

 ニウダが口ごもる、気になる感じだ。
 何かを隠している? 聞いていいのかな?
 でも、あいつらのことなら聞いておかないとか。

「なあ、ニウダ。言いたくなかったらいいんだが、あいつらの事なんか知っているのか?」

 ニウダは視線を逸らし逡巡する。その仕草は知っているというのと同意。
 言ってもいいかどうか迷っている。
 意を決したようにキルロを見つめ、ニウダは口を開いた。

「あれが誰かなのかは知りません、ただオーカの高い位にある人間に間違いありません」
 
 オーカ。
 どっかで最近聞いた国だ、思い出せ。
 ニウダは続けた。

「ここの住人はオーカから逃げて来た人間がほとんどです。ヤクロウ様……さんは、ここに逃げて来られるように手引きをしています。ヤクロウさんがいなくなると、こちらに逃げて来られなくなってしまいます。なのでオーカにヤクロウさんを渡したくないのです。身内や恋人などがまだオーカにいる人間もいます。手引きする方がいなくなったら、こちらに呼べなくなってしまいますから」
 
 ヤクロウの住居がバレなかったのは、みんなで隠していたのか。
 いろいろと辻褄があってきた。

「なるほど……、ちょっとびっくりだけど納得も出来た。あの小男、仲間って言っていた⋯⋯って事は、オーカではヤクロウのヤツそこそこの位だったって事だ。本国の影響力をまだ持っているくらい。それが気に入らないのか? そのわりには今まで放置だったのになんで今になってやってきたんだ?」
「それはわかりません。ヤクロウさんも全てを私共に話しているわけではないと思いますので」

 あの小男達はヤクロウに戻ってきて貰いたい。
 オーカの人間、全員ではなく、なんでヤクロウだけなんだ? ヤクロウが必要? なぜ⋯⋯。

「そっか、あいつら諦めることは⋯⋯ないな。話してくれてありがとう。いろいろわかったよ」
「いえ、ヤクロウさんを守っていただきありがとうございます。きっと私達ではお守り出来なかったと思います。私で役立てることがあれば申しつけ下さい」
「とりあえず、普通に話してくれ。なんだかむずかゆい」
「すいません、どちらかというとこちらが普通なのです」

 ニウダは笑顔で答えた。
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