鍛冶師と調教師ときどき勇者と

裏通りと薬剤師

隠蔽

　キノがエレナを制止する。
　診療所メディシナの奥でふたりは息を殺す。
　裏口の扉から、キノは気配を伺っていた。

「まだダメなの？」
「ダメ」

　ふたりは悟られぬように小声で言葉を交わす。
　キルロ達が出て行ってかなりの時間がたっていた。
　エレナとしてはもういいような気がするが、キノが頑なに首を縦に振らない。
　裏口の扉を前にして、二人はジッと待つことしか出来なかった。
　キノは扉に張り付き気配を探る。
　その真剣な表情にエレナは言う事を聞くしかなかった。
　ざわめきも無く、生活音だけが遠くから聞こえている。
　
「エレナ行こう」

　キノがエレナの手を引き、扉の外へと出て行く。
　喧噪はだいぶ落ち着き中心部の人影もまばらだ。
　夜も活気のあるミドラスとは随分と違うな。
　でも、生活のにおいがする。ほっとする空気が漂う。
　
ふたりは注意を払いながら、中心部を進んでいく。
　キノは集中を切らさず、エレナの手を引いた。
　色様々なテントが立ち並んでいるようだが、暗くて良く分からない。
　とりあえずはキルロが言っていた通りの西側を探そう。
　
やっぱり暗くて分からないな。
　エレナは月明かりを頼りに、必死に目を凝らす。
キノがひとつのテントの前で、唐突に止まった。見上げてみると微かに二色なのが分かる。
ここ？
　キノはテントの奥へずんずんと入っていく。
大丈夫かな？
　テントの中は暗すぎて何があるのか全然分からない。

「ご、ごめんくださーい⋯⋯」

　テントの奥は小さな小屋の玄関に繋がっていた。エレナはおそるおそる、その玄関を少しだけ開き声を掛けた。
　返事はない。
　いないのかな？

「あ、コラ、キノ！」

　キノは有無を言わさず中へと入って行ってしまう、エレナも仕方なくついて行った。
　縦長の作り、左右に扉があり奥に灯りが見える。どうやらその奥が居間みたいだ。
　ゆっくりと短い廊下を進む。

「すいませーん、いませんかー」

　不在かな？　鍵もかけずに不用心ですね。

「すいま………」
「誰だ！」
「きゃあっ！」

　包丁を握るエプロン姿のヤクロウが背後から現れ、エレナが叫びを上げた。

「ああん？　お嬢とチビっ娘じゃねえか。なにしてんだ？」
「びっくりしたー」
「そらあ、こっちのセリフだ。で、なんだ？」
「キルロさんからの伝言です。メディシナ（治療院）にはしばらく顔出さずに身を潜めて下さいとの事です」
「はあ？　なんで、そんな事しなきゃなんねえんだ」

　ヤクロウは事態が全く掴めない状況にイライラして見えた。
　
「メディシナに怪しい人達が現れて、キルロさんが追い返したのですが、怪しい人達がヤクロウさんを探しているのです。また現れると思うので、しばらくは近づかない方がいいと、おしゃっていました」

　エレナの言葉にヤクロウは眉間に皺を寄せ逡巡する。何か心当たりでもあるのかな？

「ヤクロウさん、心当たりあるのですか？　あるのならキルロさんに言って貰えませんか？」
「いや、ない」

　それだけ言うとまた難しい顔をする。

「ヤクロウ、うそダメ」

　唐突にキノが口を挟んだ。二人は突然の言葉に顔を見合わせてしまう。

「そうね、キノ。うそはダメよね」
「んだよ、やりずれえなぁ」

　ヤクロウは頭をバリバリと掻く。

「探しているならオレを差し出せばいい。それで終いだ」

　そう言って肩をすくめる。

「それが良くないことは私にでも分かりますよ。これは院長命令でもあります。ヤクロウさんは絶対に見つかってはいけません」

　詳しい事情は全く分からないけど、ヤクロウさんは見つかってはいけない。
　それだけは分かる。
　エレナの真剣な眼差しに負い目でも感じるのか、ヤクロウは視線を逸らす。

「はあ～クソ。わかった、わかった。でも、隠れるって言ってもな……」
　
　仕方なくヤクロウはエレナの言葉を受け入れたが、隠れる場所なんて心当たりはない。
　また乱暴にガシガシと頭を掻いた。
　こういう時こそ考えろ。エレナも一緒になって隠れる場所を模索する。
　
　⋯⋯なにも思いつかない。

　自分の発想力のなさに肩を落とす。
　ヤクロウも腕を組み唸るばかりでアテはないみたいだ。
　でも、キルロさんのあの様子は一刻を争うのではないのかな？
　キルロさんの実家に隠れる事は出来るけど、繋がりがあることの証明になっちゃうからきっとダメ。
　とは言っても、私はミドラスしか知らないし。
　ミドラスか……。
　いいのかな？　私の力ではどうにもならない、頼りっぱなしでいいのかな？
　でも、急いでいるはず。
　きっとヤクロウさんをここから遠ざけるのが先決。
　良し。

「ヤクロウさん、ミドラスに行きましょう」
「はあ？　行ってどうする？」
「ここで隠れるより遥かに安全です。まずはここから離れましょう」
「うーん、なぜそこまでオレみたいなおっさんにする？　ほっとけばいいだろう？」

　エレナはブンブンと首を横に振って見せた。

「いろいろ考えてみた結果です。そもそもなんでこの家がバレなかったか考えてみたのですけど、住人のみなさんも、あの人達を怪しいと思って、この家の事は言わなかったのですよね？　ヤクロウさんを隠したかったって事じゃないですか」
「さあな、もともとここのヤツらはよそ者には冷たいからな。それだけだろう」
「何よりキルロさんが隠すと言ったら、私達は全力でそれをサポートするのです。我が団長ですから」

　エレナは有無を言わさず準備を始める。
　馬車を取りに行き街道で落ち合う事にした。

「キノ、キルロさんにヤクロウさんをハルヲンテイムに連れて行くって言っておいて」
「うんうん」

　暗がりにヤクロウを見つけた。
　急ごう。
　道は一本道大丈夫、まわりには誰もいない。
　真夜中も過ぎた。不気味なほどの静けさの中、揺れるランプを頼りにエレナは馬車を走らした。
　心臓がずっと高鳴っている。
　大丈夫。
　自分自身に言い聞かせ手綱を握った。




「エレナがヤクロウをハルヲのところに連れて行くって」
「ぉあ？！　随分と動き早いな」

　でも、早いに越したことない、エレナよくやった。
　きっとミドラスまでは早々に手を出せないはず。いろいろ話しを聞きたかったけど、まぁ、今は仕方ない。
　ベッドに体を投げ出す。
　真夜中も過ぎると、暗闇が全ての音を吸い込む。
　しかし頭の中の雑音までは吸い込んではくれない、ザラザラとした感触が頭の中にずっと残っている。
　明日もヤツらは来るのか？
　どう出ればいいのか、答えの出ない迷い道に飛び込んでいた。
　



　翌日、朝から下の方がバタつき始めた。
　今日は重症しか受付しないのに何を騒いでいる？
　こんな早々にヤツらか？

「よお、キルロさん。⋯⋯ヤクロウを出して貰おうか」

　やはり昨日の小男達だ。
　横柄な態度で、待合いで弱っている人達を威嚇している。
　
　チッ！
　
「今は治療中だ。見てわかんねえのか？　探したけりゃあ勝手に探せ。いねえもんはいねえし、知らねえもんは知らねえ」
「手間を掛けさせないで貰えるか？　こちらも忙しい」
「ならサッサと回れ右して帰れ。こっちも忙しいんだ」

　殺伐としたやり取りに待合いが静まり返っている。
　メディシナのスタッフも剣呑な表情を浮かべ、小男達を睨む。

　バキッ

　長椅子が真っ二つになった。
　狼人ウエアウルフがニヤニヤと笑みを浮かべ、スタッフの表情が一瞬で青ざめる。
　キルロはその様子に深い溜め息をついた、とんだ小物だな。

「ヤクロウはどこかな？」
「知らねえし、そんなヤツはいねえ」

　キルロはグイッと前に出ると小男達を睨む。
　後ろ手でスタッフに下がるように指示を出す。
　治療どころじゃねえな。
　患者達が危険を感じ辛い体を引きずりながら、メディシナをあとにする。
　商売だったら上がったりだ。
　黙ったまま睨み合う。
　小男が大きく息を吐き出す。

「なんだか勘違いしているみたいだが、ヤクロウは元々我々の仲間、同士だ。戻って来るのが当たり前だと思わんか？」

　仲間？　同士？　
　しかしミドラス行きの提案には乗った。だとしたら戻る気はないって事だ。
　答えは簡単だ。

「勘違いもクソもねえ。知らねえし、そんなヤツはいねえ。おまえらがする事は長椅子の金を置いて回れ右して帰ることだ」

　小男の顔がひきつる、獣人達に顎で指示する。

「キルロ」

　キノが剣を手渡すと自分も白銀のナイフを二本構える。
　ヤレヤレ、オレより気が早いな。
　キルロも剣を構えた。

「悪いな、本業はこっちだ。これ以上は勘弁ならねえからな」

　小男の顔がさらにひきつっていった。