鍛冶師と調教師ときどき勇者と

坂門

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絶望の淵

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 やばっ、何も装備してねえや。
 とっさに駆け寄って行ってしまった事を後悔する。
 ドワーフにヒューマン、亜人か? エルフ、バランスの取れたパーティーだな。
 エルフは女か? 
 フードで顔が良く見えない。
 隙が見当たらない、強者の集団⋯⋯か。
 動きのないままお互いがにらみ合う。
 攻撃してこない?
 もしかして関係者か?

「⋯⋯もしかして、関係者??」

 キルロの間抜けな問いにパーティーが顔を見合わす。
 剣呑な雰囲気がなくなり、こちらも肩から力が抜けていった。

「見ない顔だな、誰のパーティーだ?」
「【スミテマアルバレギオ】だ」
「知らんな」

 戦士ファイターらしきヒューマンの男が眉間に皺を寄せる。
 細身だが雰囲気のある男だ。

「あっ!」
 
パーティーの後ろから声がすると金髪の男が前へと現れた。
 輝く巻き毛の金髪に細身で長身、眼鏡の奥に鋭い瞳が見える。
 眼鏡のせいか理知的なにおいがした、こんな前線でゴリゴリやるようには見えないな。

「初めまして、アントワーヌ・ミシュクロインです」

 あ?! 長男? 無事だったんだ、良かった。
 瞳から鋭さが消え、笑顔を見せるアントワーヌに笑顔を返し、差し伸べられた手をしっかりと握り返した。

「スミテマアルバレギオ団長のキルロだ、よろしく。アルフェンとはまた随分と雰囲気が違うな」
「そうかも。ウチはあまり似てないからね。アルフェンは元気かい?」
「オレも最近はあってないからな、多分元気にやっているんじゃないか。それよりアンタ達が前線から帰ってこないって、ミルバが心配していたぞ。顔見せてやれば……ああ、まだ寝ているや」

 焚き火の前で大の字に寝るミルバを見やり、アントワーヌはその様子を愉快そうに眺めていた。

「これは一体どうしたのだい? 宴? 【ブレイヴコタン(勇者の村)】の人間もいるようだけど」

「お! そうか。勇者さん達は前線に出ていたんだもんな。大型種が三匹一斉にこっちに向かってきてヤバかったんだよ、それをみんなで退治した。んで、そのお疲れ会だ」

 アントワーヌの顔が厳しいものになる。
 パーティーのメンバーも同じように雰囲気が変わった。

「大型種……。詳しいことはミルバが起きたら聞いてみるよ。今日はもうゆっくり休んでください」
「そうさせてもらう」

 キルロはひとりテントへと向かい、疲れた体を横たえた。




「アンタ、いい加減に起きろ!」

 朝?

「もう昼だぞ」

 青い瞳が目の前にあった。

「昼!?」

 キルロが飛び起きる。まさかそんな時間とは思ってもいなかった。
 ハルヲの嘆息する姿が目に飛び込んでくる。
 テントから外を覗くと、お日様は頂点近くまで昇って柔らかな日差しを送っていた。
 世話しなく動く人々を見つめ、申し訳ない気分とともに大あくびをする。

「寝過ぎたかな」
「まあ、仕方ないんじゃない」
「うーん、そうか……」
 
 顔を洗っても頭がスッキリとしない、昨日の酒が残っているのかな?

「そうそう、リグ達が弩砲バリスタを見せてくれるってよ」
「本気か?! 見たい、見たい。つか、作りたい!」

 ハルヲがニヤリとキルロに笑顔を見せる。
 そっか、手配してくれたんだ。

「リグ、悪いな。しかし、これ良く出来ているな」
「ウチはドワーフが多いからな。物作りは得意なんじゃ」

 少し自慢げにリグが胸を張った。
 でも、これは本当に良く出来ている。
 砲台となる弓の部分と土台となる部分が簡単に取り外しがきき、持ち運びしやすく考え抜かれていた。
 ただ、いかんせん重量があるな。
 ウチで使うとしたら軽量化は必須だ。

「コクー、ナワサ。ありがとうね」
「いやいや。お安い御用だよ」

 少し照れ気味にコクーがハルヲに答えた。
 実は見せるという約束をまったく覚えていない。
 というか後半の記憶はほぼなかった。
 まあ、見せるのなんて問題ない好きなだけ見てくれ。
 弩砲バリスタを真剣に見つめるハルヲの横顔を見つめていた。
 いいなぁ、いいよなぁ、【スミテマアルバレギオ】。
 リグに視線を移すと、コクーは激しく落ち込んだ。
何この落差。同じ副団長なのによう。


 【レグレクィエス(王の休養)】に人が増え始めた。
 【イリスアーラレギオ(虹の翼)】の別パーティーが残務処理の為に次々に合流してくる。
 さすが大規模なソシエタス、人材も豊富だな。
 バタバタとする人を尻目に帰還の準備を進めていく。長居は無用だ、ミドラスに戻らないと。

「よお、もう帰るのか?」
「ああ、戻ってやらないといけないこともあるし、これだけいればこっちは大丈夫だろう」

 ヤクラスが声を掛けてきた、相変わらず忙しそうだ。

「なあ、また解体するからよ、部位分けてくんないかな? ベヒーモスの素材と交換でもいいぜ」
「本気か! 好きな所持っていってくれよ。解体して貰って素材まで貰えれば、こっちは十分だ。助かるよ」
「よし、交渉成立だな。適当な頃合いみてミドラスかその近くに運んどくよ」
「待っているよ」

 ヤクラスがにこやかに手を振り、上機嫌で仕事へと戻って行った。
 さて、オレらも帰ろう。

 


 相変わらずここは変わらない。
 ミドラスの中心をゆっくりと進んで行く。
 人々の喧噪が街の活気を生み出している。
 この喧噪の波に包まれると戻ってきたことを実感出来た。
 街の中心部にそびえ立つ八角形の大きな建造物、8個の出入口がそれぞれの役目を担い、人々を受け入れている。
 仕事の種類は様々だが、受注、発注、換金、登録……。
 自らが自らのためにその入り口をくぐっていく。
 そこから少しだけ離れたところにある9番目の出入口。

 喧噪の届かぬひっそりとした場所に佇む小さな小屋。
 自らの為に決して入ることのない場所。

「この旅立ちが穏やかなものとなりますように」

 職員が祈りを捧げる。
 冒険者が意味嫌う9番口、死の口。
 亡くなった仲間を弔う為に訪れるその場所。
 訪れたくなかった場所。
 まわりを見渡せば同じ境遇の人間が何人もいた。
 嗚咽をもらし、誰もが悔しさを滲ませる。

「こちらになります」

 【ネインカラオバ・ツヴァイユース】

 そう記載されている封筒を開く。
 ネインの眠りたい場所が書かれているはずだ。
 家族の元、自分で用意しているもの、思い出の場所……。
 フェインの嗚咽が漏れる、みんなが涙を滲ませる。
 
 『共同墓地』

 そう書いてあるだけだった。
 余りにそっけなくてネインらしい。
 多くの冒険者が眠るその場所、せめてネインらしい所とみんなで見渡しながら思案する。
 ユラが大きな木を指さす、少し小高くなったその木の根元に墓標立て、ネインを眠らせた。
 
 【我の守護者たらんネインカラオバ・ツヴァイユースここに眠る】

 墓標に刻まれた文字を見つめそっと息を吐いた。
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