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絶望の淵

ドレイク

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 座り込み、横たわり、傷を負った体をいたわっていた。
 疲弊したパーティーが一時の休息を得ている。
 仰向けに倒れている巨大な二本足の牛を見やる度に、終わったことへの安堵を感じていた。
 疲弊と安堵がパーティーを包み、静かな森にパーティーの喧騒が響いている。 

「不味そうだからバーベキューには出来ないな」
「ヌシは本気で食う気だったんかあ!?」
「え?! だって牛だろ? そらぁ、食う方向で考えるだろう」

 呑気なものじゃな、たずさえる髭を撫でながらパーティーを見渡す。
 さて、動ける人間は何人いる?

「コクー、ナワサ、グース、ヌシらは動けるよな。ひと休みしたら西行くぞ」
「え?! 行くの?!」
「【スミテマアルバ】にドレイクを押し付けて帰るんか?」
「いやあ、まぁ、確かに………行くか!」

 渋った素振りを少しばかり見せ、直ぐに準備を始めた。
 相変わらず口元からは愚痴がこぼれているが、準備の手は素早く動いている。
 終わった安堵感に浸りたい気持ちも分かるが、そうも言ってられまい。
 アイツらは心の折り合いはつけられたんかな? こればっかりは他人じゃどうにもならんからのう。
 リグは西へと視線を向けた。

「これはどうする?」
「持って行くにの決まっとるじゃろ」

 展開していた弩砲バリスタをたたんで移動出来る状態に手際よくバラしていく。

「良くまあ、こんなクソ重いの動かせたな」
「バカ力だけが取り柄だからな」
「聞こえるように言うな!」

 怒鳴るリグをケタケタと笑い飛ばす。
 まったくコイツらときたら。
 リグは嘆息するしかない。

 
「他のヤツらは戻って、しっかり治しておけよ! 治したら、またひと仕事あるんだからな!」
『へーい』

 バラバラと気のない返事が返ってくるだけだった。
 
 ヤレヤレ。

 さてと、こちらも行くか。

「おまえたち行くぞ!」
『へーい』

 リグの呼び声に気のない返事が返ってくる。
 リグの率いる小さなパーティーが力強い一歩を踏み出して行った。




 足取りは一向に軽くならない。
 粘り気のある土のせいではなかった。むしろ、そうだったら良かったのに。
 ハルヲ達は、精浄しながら西へ向かっている、近いうちに追いつけるはず。
 迷惑掛けてしまった後ろめたさと、なんて言葉を掛ければいいのか思いつかないもどかしさで顔を合わせるのが少しばかり辛い。
 ユラはなんて言うのかな? 
 人のこと考えている場合でもないか。

「さて、どうしたもんか?」
「うん?」
「ああ、ごめん。なんでもない」

 自然と口からこぼれていたのか。
 ユラが黙って地面を指さすと人と獣の足跡が一直線についていた。
 その足跡を目で追う、心臓が少し高鳴る。
 近い。
 会いたいと会いたくないが心の中で混じり合い、マーブル状に渦巻いている。
 自分自身どうしたいのかが、ぐるぐると回り見えてこない。
 背中を押す感触に振り返ると、ユラが拳を背中へ突き出していた。
 だよな。
 行くしかないよな。

「よし、急ごう!」

 ユラに声を掛け、足の運ぶスピードを上げた。




 立ちこめる靄に視界がかすみ始める。
 ここまでか。

「フェイン、どう?」
「はい、もう少し行くと接触するかと思いますです」
「潮時かな」

 マッシュも同じように考えている。
 さすがにあれを三人で相手するのは自殺行為だ。

「とりあえずこの辺終わらせて、今日は戻りましょう」
「だな」

 ?!

 あれ?
 この間、ここに埋めたときこんなに深かったっけ?
 ハルヲは顔を上げると急いで別の場所へと駆け出した。
 え!? 何これ? どういう事?
 やっぱりそうだ。
 深く埋められている。心臓がドクンとひとつ、イヤな高鳴りを見せる。
 精浄の無効化?!
 昨日の今日で?!
 マズい!

「マッシュ! フェイン!」

 !!

 すでに空気が変わり始めていた。
 嵌められた!
 二人もすぐに異変を感じ取っていた。大きな影はすぐ三人の目前へと迫り、じっとりとした鋭い視線がこちらへと向けられる。

「下がれ!」

 マッシュの叫びに硬直した思考が動きだす。
 三人は距離を置くべく一度下がる。

「やられたな」
「油断したわ」

 どうする?
 一度引くか?
 同じ手で逃げる? 逃げられる?

「マッシュ、臭煙玉持っている?」
「ある。使うか?」
「正直、迷っている」
「しかし、三人じゃ無理だろ」
「だよね、使おう!」

 二人はまくしたてるように話し、マッシュはすぐさま臭煙玉へ火を点けた。

「走れ!」

 マッシュの叫びに弾かれ、三人は駆けだした。
 一面真っ白な煙に覆われ、ひどい臭いに包まれる。
 ハルヲは後ろへ振り返るとあるべき影が見あたらない。
 そんなに離れた⋯⋯?
 
「前!!!!」

 フェインの叫びに視線を前に向ける。
静かに羽ばたきを止めるドレイクの姿が現れる。悠然と対峙する巨躯が、じりっと静かに大きな圧を掛けて来た。
 チっ!
 ハルヲは盛大に舌をうつ。
 上に避難したか、同じ手は食わないってことね。
 マズイわね、これで退路が塞がれた。
 精浄してない奥に逃げるって手は無謀過ぎる。
 ドレイクはジロっと上から見下ろす。風格を感じる程の余裕な様を見せ、ハルヲたちを一瞥する。
 もう終わりだと言わんばかりに、口角をあげ牙を剥き出しにして吼えた。

『『『グギャァァァァアアアァアアアアー』』』

 耳をつんざき、体中を震わす。
その咆哮は怒りにも歓喜にも聞こえた。




 咆哮が轟く。
 キルロとユラが顔を見合わす。
 まさか? 今日はエンカウントしないように作業をする予定では?
 つか、たった三人だよな??
 いくらなんでも無理だ!

「団長! 急ぐぞ!」
「おう」

 キルロたち三人も急ぐ、焼け石に水か? それでも行かなければ。
 急げ、近い。
 白い煙が立ちこめ、その手前に大きな影が見えてきた。
 みんなは?
 あれはドレイクの後ろ姿。
 後ろ姿?
 ドレイクの巨大な体躯のさらに奥、対峙している人影が見えた。
 ユラとキノがその姿を確認すると一気にスピードを上げ、ドレイクの足元へと迫った。
 キノがクルクルと回りながら足元を斬りつけ、ユラは重い一撃を同じ箇所へ、何度も叩きつけていく。
 キノのナイフが少しずつ肉を削いでいく。白銀の刃が赤く染まっていく。
 キルロも遅れまいとキノと同じ箇所へ刃を通そうと試みたが浅い。
かてえ!! 剣を握り直し、サーベルタイガーの爪で肉を削り取っていく。
白銀の刃と爪が、確実に肉を抉る。ドレイクはキルロ達の攻撃など取るに足りないとでも言うかのごとく、正面のハルヲ達を睨んでいるだけだった。

「どけ!!」

 ユラが叫ぶとキルロとキノが削いだ所。抉れた足元へ重い一撃を入れた。
ピシっと乾いた音が響く。
 小さな音だが、確実にダメージを与えた音だ。
 休む事なく削れ、少しずつでも削れ。
 その事だけを考え、頭の中が空っぽになっていく。
 削れ!
 
「オラアァァァ!」

 気がつくとキルロは吼えていた。




 退路を塞がれた。
 どうする? どうすればいい?
 焦る心がハルヲから思考を奪う。
 フェインが構えた、行くしかないのか。
 足元に飛び込んでいく二つの影が見えた。
 フェインがそれを見て飛び込んでいく。
 ユラ!? キノ!?
 マッシュも続く。
 アイツは?! 
 少し遅れて飛び込む影が見えた。
 こんな緊張した場面であるにも関わらず、ホッとした心持ちになる。それと同時に固まっていた思考が綻んでいく。

「スピラ!」

 駆け寄るサーベルタイガーから弓を受け取り、すぐに構えた。
 足元で攻撃を避けているマッシュが叫ぶ。

「ハル! 羽だ!」

 ハルヲはすぐにその声に呼応し羽に狙いを定め、鋭い一矢を放つ。
 速く重い矢が羽に穴を空けていく。
 この大きさなら。
 ハルヲは弓のサイズを確認すると、二本同時に矢を放って見せた。
 良し、いける!
 前線でマッシュとフェインがターゲットとなり、ドレイクの視線を一手に引き受ける。
 振り下ろされる前足、襲いかかる牙を辛うじて避けていく。
 前触れもなくドレイクの動きが一瞬止まった。
 フェインの目が見開き、ドレイクの膝頭へと回し蹴りを入れようと振りかぶる。

「フェイン! ダメーーーー!!」

 その一連の動きにハルヲの勘が叫ぶ。
 間違いなくそれはドレイクの誘いだ。
 フェインに出来た一瞬の硬直時間を狙い、ドレイクの爪が横から襲いかかる。
 ホントにダメ!! 止めて!!
 ネインの残像が脳裏を掠める。
 マッシュがフェインの腕を掴み乱暴に投げ飛ばし、絶望を運ぶ爪にナイフを向ける。
 金属の擦れる高い音が聞こえると二人は紙切れのように吹き飛ばされ、地面を力無く叩き付けて行った。
 地面に叩きつけられ動かない二人に、ハルヲは言葉を一瞬失う……。
 
「キルローーーーー!!!!」

 その刹那、ハルヲは無意識にその名を叫んでいた。
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