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絶望の淵
フード
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「スマン、魔力切れだ」
キルロは苦い表情で訴えた、おおよその治療は済んだ。だが、まだ全員とは言えない。なんとも言えないもどかしさと疲労感から天を仰ぐ。
「あとはこちらで見ます。大変助かりました」
リコスが一礼と共に感謝を告げてきた。もう一息という所で不甲斐ないとキルロの表情は冴えない。
ただ、テントの中で俯き横たわっていた人々から笑顔も見えるようになった。
あとは素直にリコスに託そう。
マッシュ達と合流すべくハルヲと共にテントを後にした。
「あのよ、あのよ、デカイのってどんくらいだと思う?」
松明やランプに火が灯り始め辺りを橙色に染めていく。
置いてきぼりを食らったユラとキノが、荷台から足をブラブラさせてバタバタと働いている人々を眺めていた。
キノは首を傾げるだけで、さして興味を示さない。
聞いておきながらユラ自身もさして興味のある感じでもなく、ただひたすらに暇を持て余しているだけだった。
「何食ったらデカくなるんかのう、やっぱり肉か」
「うーん?」
「でも肉食っているけど、デカくならんもんな。違うか」
「うんうん」
投げやりな返事をするキノが、一人の伏し目がちの男をじっと見つめていた。
ユラもそれに気づきその男に視線を向けていく。
「なんだ? 陰気臭いヤツだのう」
「うん」
頭からフードを被り、伏し目がちに首を小さく動かしては、左右に視線を世話しなく向けている。
目立たないようにでもしているつもりか?
バカだなアイツ。余計目立つわあ。
「あのよ、あのよ、アイツどう思う? なんか胡散臭えよなぁ」
「うん」
キノは視線を男に向けたまま頷く。
暇だし、ちょっと行ってみるか。
「ちょっと行ってくるぞ」
「キノも行くー」
二人は荷台から飛び降りると、男の方へゆっくりと近づいて行った。
男は相変わらず俯き、周りの様子を気にする素振りを小さく見せている。
「兄ちゃん、兄ちゃん。何してんだ? 手伝うぞ」
ユラの突然の問い掛けに、体をビクつかせ目を剥いた。
男は小さな少女ふたりに軽く舌打ちして、二人を睨んだ。
獣人?
フードの奥をユラは確認仕切れなかったが、どうやら亜人のようだ。
「なんでガキがいるんだ? あっちで遊んでいろ」
「なんだおまえ、手伝うって言ってやっているのに。大体おまえずっとここで何やっているんだ? 他のヤツらはあっち行ったり、こっち行ったりしてんぞ」
睨む男を二人は睨み返す。こいつはやっぱり怪しい。
まるで紛れ込んだ異物みてえだ。
ユラを相手にするのは止め、男はその場を立ち去ろうと踵を返し二人に背中を見せた。
ユラが力いっぱい上着の袖を握り締めると、男は動けなくなる。
「おい! ガキ。遊んでいる場合じゃねえんだ。離せ!」
男は小声で怒鳴るとユラを睨みつける。
チっ! またガキだと思われているな。
男は袖を掴む手を思い切り振り解く。
「どうしたの?」
男が振り解く様子を見つけ、ヒューマンの女が声を掛けてくる。
男は渋い表情を一瞬見せ、森の中へと消えてしまった。
クソ!
ユラとキノもすぐに追ったが、男の背中は森の闇へとすぐに溶け込んでしまう。
ちきしょう。
「あなた達大丈夫? って【スミテマアルバ】じゃない。あなたもスミテマアルバ?」
健康そうに日に焼けている壮年の女はキノに気づくと、ユラを見やり問いかけた。
「オレか? そうだぞ。つかよ、今のヤツ知っているか? 怪しいぞ、アイツ」
男が消えていった方角を睨みながら答える。
「あ、いえ。よくは見えなかったけど見たことない顔だったわね」
女もユラと同じように消えた方へと険しい顔をむけると、眉間に皺を寄せ考える素振りを見せた。
「私の方から今のこと皆に伝えるから、アナタ達は【スミテマアルバ】の方々に伝えといてくれる?」
「分かった」
ユラはそう答えるとキノと共に皆の元へと駆けだした。
一同はパーティーにあてがわれた専用の大型テントに疲労感とともに向かう。
夜も深い時間に差し掛かろうかとしている。
テントの外では時間など関係ないのかのように人々が行き交っていた。
まずマッシュがミルバから伝え聞いた前線の状況を皆に伝える。
ミルバ達ですらどうにもならないこの状況に希望を見いだす事は難しかった。
「デカいなー、肉食い過ぎだよな」
「うんうん」
黙って話を聞いていたユラがキノに耳打ちするとキノは何度となく頷いた。
キルロやハルヲは黙って腕を組んで聞いている。
「ヤバいのが三匹か……」
キルロの口から言葉が自然と零れ落ちた。
すぐさま前線に駆けて行きたい気持ちだが、勝手な行動は混乱を招く、ミルバ達の指示にここは従おう。
「マッパーのジッカさんからの指示です。口は悪いですがやさしい方でした、ハイ。私達【スミテマアルバレギオ】は、おおまかに言いますと、東より西に向かって魔具を蒔いていきますです。位置の詳細については地図を頂きましたので、大丈夫です。明朝よりスタートです。休んで明日に備えろとの事です、ハイ」
「ミルバ達はどう動くんだい?」
「ハイ、ミルバさん達は西から東に向かってだそうです。当面は囲い込んで動きを止め、次に討伐に移りたいと言っていましたです」
まずは動きを封じる、まぁそうだよな。
進軍の脅威ってやつをまずは止めておかないと腰を据えて事にあたれない。
「デカイのとエンカウントの可能性はあるのかしら?」
「ハイ、いえ、そこはなんとも言えないとのことです」
「出たとこ勝負か」
「万全の準備はしといた方が良さそうね」
「だな」
明日に向けて各々が思考を巡らし始めるとユラが手を上げた。
「ユラ? どうした、なんか分からない所でもあったか?」
「いや、あのよ、変なヤツいたんだけど、取り逃がしちまってよ。スマンのう」
皆の視線が一斉にユラに向く、特にマッシュはあからさまに剣呑な表情を浮かべ厳しい顔となる。
「この事は誰かに言ったかい?」
「ちょうど現場におばちゃんいてよ、おばちゃんから皆に話すって言っていたぞ」
「おばちゃん??」
ユラの答えにマッシュが困惑の表情を見せる。
「シャロンじゃないか? ブレイヴコタン代表の。日に焼けたヒューマンじゃなかったか?」
「おおそうそう、ソイツだ」
「シャロンならまかしておけば大丈夫だろ。ユラ、もう少し詳しく教えてくれ」
「キノがフード被った怪しい獣人見つけてよ。しばらく観察していたけど、なんか変なんで話しかけたら逃げちまいやがった。あれ相当速かったぞ、暗かったし森に紛れて、いなくなっちまった。しくじったよな」
ユラの話を聞いて全員が眉をひそめ、ひとつの答えにたどり着く。
今回の件は人為的に起こされた事象で間違いない。
しかも今回の混乱に乗じて、こちらの情報を手にしている。
「そんな事はない、紛れこんでいたヤツを排除できたんだ。これでこちらの動きが向こうも読めなくなった。まだ紛れこんだヤツがいたとしても警戒のレベルが上がるんだ、留まることはせず撤退するはずだ」
ユラのおかげで先周りされる心配はなくなったって事か?
いや、難しい事は考えずシンプルに思考しよう。
やるべき事、魔具をバラ蒔いて足を止める。
考えるべきはそこだけにしよう。
キルロは顔上げた。
「ちょっと、今の話を鑑みたうえでミルバと話してくる。フェインとネインも来てくれ。団長と副団長はゆっくり休んで体力を回復させておいてくれ」
「オレ達も行くぞ」
キルロの言葉にマッシュは首を横に振る。
「お前さん達はウチの生命線だ。しっかり休んで明日に備えてくれ。話しに行くだけだ、オレ達だけで充分だ」
「そうですよ。休むのも大事な任務のウチですよ」
ネインにまで言われてしまい二人は嘆息しながら頷いた。
「分かったよ」
キルロはそう言って肩をすくめた。
その洞窟はキラキラと仄かな白い光の点に覆われていた。
フードを被った男はその洞窟に入っていくと罰悪そうに粗末なテーブルセットで佇んでいる男に告げる。
「スマン、勘のいいガキに見つかった。あとはつけられてない。【スミテマアルバ】が合流、怪我人が結構な数復活しちまった。ただパーティーがひとつ増えた所で、小せえパーティーだ、問題ない」
報告を聞いた男は眼鏡を外し疲れたように目頭を揉むとフードの男を手で払う仕草を見せた。
男はテーブルに広げた地図を眺め、指でなぞっていく。
キルロは苦い表情で訴えた、おおよその治療は済んだ。だが、まだ全員とは言えない。なんとも言えないもどかしさと疲労感から天を仰ぐ。
「あとはこちらで見ます。大変助かりました」
リコスが一礼と共に感謝を告げてきた。もう一息という所で不甲斐ないとキルロの表情は冴えない。
ただ、テントの中で俯き横たわっていた人々から笑顔も見えるようになった。
あとは素直にリコスに託そう。
マッシュ達と合流すべくハルヲと共にテントを後にした。
「あのよ、あのよ、デカイのってどんくらいだと思う?」
松明やランプに火が灯り始め辺りを橙色に染めていく。
置いてきぼりを食らったユラとキノが、荷台から足をブラブラさせてバタバタと働いている人々を眺めていた。
キノは首を傾げるだけで、さして興味を示さない。
聞いておきながらユラ自身もさして興味のある感じでもなく、ただひたすらに暇を持て余しているだけだった。
「何食ったらデカくなるんかのう、やっぱり肉か」
「うーん?」
「でも肉食っているけど、デカくならんもんな。違うか」
「うんうん」
投げやりな返事をするキノが、一人の伏し目がちの男をじっと見つめていた。
ユラもそれに気づきその男に視線を向けていく。
「なんだ? 陰気臭いヤツだのう」
「うん」
頭からフードを被り、伏し目がちに首を小さく動かしては、左右に視線を世話しなく向けている。
目立たないようにでもしているつもりか?
バカだなアイツ。余計目立つわあ。
「あのよ、あのよ、アイツどう思う? なんか胡散臭えよなぁ」
「うん」
キノは視線を男に向けたまま頷く。
暇だし、ちょっと行ってみるか。
「ちょっと行ってくるぞ」
「キノも行くー」
二人は荷台から飛び降りると、男の方へゆっくりと近づいて行った。
男は相変わらず俯き、周りの様子を気にする素振りを小さく見せている。
「兄ちゃん、兄ちゃん。何してんだ? 手伝うぞ」
ユラの突然の問い掛けに、体をビクつかせ目を剥いた。
男は小さな少女ふたりに軽く舌打ちして、二人を睨んだ。
獣人?
フードの奥をユラは確認仕切れなかったが、どうやら亜人のようだ。
「なんでガキがいるんだ? あっちで遊んでいろ」
「なんだおまえ、手伝うって言ってやっているのに。大体おまえずっとここで何やっているんだ? 他のヤツらはあっち行ったり、こっち行ったりしてんぞ」
睨む男を二人は睨み返す。こいつはやっぱり怪しい。
まるで紛れ込んだ異物みてえだ。
ユラを相手にするのは止め、男はその場を立ち去ろうと踵を返し二人に背中を見せた。
ユラが力いっぱい上着の袖を握り締めると、男は動けなくなる。
「おい! ガキ。遊んでいる場合じゃねえんだ。離せ!」
男は小声で怒鳴るとユラを睨みつける。
チっ! またガキだと思われているな。
男は袖を掴む手を思い切り振り解く。
「どうしたの?」
男が振り解く様子を見つけ、ヒューマンの女が声を掛けてくる。
男は渋い表情を一瞬見せ、森の中へと消えてしまった。
クソ!
ユラとキノもすぐに追ったが、男の背中は森の闇へとすぐに溶け込んでしまう。
ちきしょう。
「あなた達大丈夫? って【スミテマアルバ】じゃない。あなたもスミテマアルバ?」
健康そうに日に焼けている壮年の女はキノに気づくと、ユラを見やり問いかけた。
「オレか? そうだぞ。つかよ、今のヤツ知っているか? 怪しいぞ、アイツ」
男が消えていった方角を睨みながら答える。
「あ、いえ。よくは見えなかったけど見たことない顔だったわね」
女もユラと同じように消えた方へと険しい顔をむけると、眉間に皺を寄せ考える素振りを見せた。
「私の方から今のこと皆に伝えるから、アナタ達は【スミテマアルバ】の方々に伝えといてくれる?」
「分かった」
ユラはそう答えるとキノと共に皆の元へと駆けだした。
一同はパーティーにあてがわれた専用の大型テントに疲労感とともに向かう。
夜も深い時間に差し掛かろうかとしている。
テントの外では時間など関係ないのかのように人々が行き交っていた。
まずマッシュがミルバから伝え聞いた前線の状況を皆に伝える。
ミルバ達ですらどうにもならないこの状況に希望を見いだす事は難しかった。
「デカいなー、肉食い過ぎだよな」
「うんうん」
黙って話を聞いていたユラがキノに耳打ちするとキノは何度となく頷いた。
キルロやハルヲは黙って腕を組んで聞いている。
「ヤバいのが三匹か……」
キルロの口から言葉が自然と零れ落ちた。
すぐさま前線に駆けて行きたい気持ちだが、勝手な行動は混乱を招く、ミルバ達の指示にここは従おう。
「マッパーのジッカさんからの指示です。口は悪いですがやさしい方でした、ハイ。私達【スミテマアルバレギオ】は、おおまかに言いますと、東より西に向かって魔具を蒔いていきますです。位置の詳細については地図を頂きましたので、大丈夫です。明朝よりスタートです。休んで明日に備えろとの事です、ハイ」
「ミルバ達はどう動くんだい?」
「ハイ、ミルバさん達は西から東に向かってだそうです。当面は囲い込んで動きを止め、次に討伐に移りたいと言っていましたです」
まずは動きを封じる、まぁそうだよな。
進軍の脅威ってやつをまずは止めておかないと腰を据えて事にあたれない。
「デカイのとエンカウントの可能性はあるのかしら?」
「ハイ、いえ、そこはなんとも言えないとのことです」
「出たとこ勝負か」
「万全の準備はしといた方が良さそうね」
「だな」
明日に向けて各々が思考を巡らし始めるとユラが手を上げた。
「ユラ? どうした、なんか分からない所でもあったか?」
「いや、あのよ、変なヤツいたんだけど、取り逃がしちまってよ。スマンのう」
皆の視線が一斉にユラに向く、特にマッシュはあからさまに剣呑な表情を浮かべ厳しい顔となる。
「この事は誰かに言ったかい?」
「ちょうど現場におばちゃんいてよ、おばちゃんから皆に話すって言っていたぞ」
「おばちゃん??」
ユラの答えにマッシュが困惑の表情を見せる。
「シャロンじゃないか? ブレイヴコタン代表の。日に焼けたヒューマンじゃなかったか?」
「おおそうそう、ソイツだ」
「シャロンならまかしておけば大丈夫だろ。ユラ、もう少し詳しく教えてくれ」
「キノがフード被った怪しい獣人見つけてよ。しばらく観察していたけど、なんか変なんで話しかけたら逃げちまいやがった。あれ相当速かったぞ、暗かったし森に紛れて、いなくなっちまった。しくじったよな」
ユラの話を聞いて全員が眉をひそめ、ひとつの答えにたどり着く。
今回の件は人為的に起こされた事象で間違いない。
しかも今回の混乱に乗じて、こちらの情報を手にしている。
「そんな事はない、紛れこんでいたヤツを排除できたんだ。これでこちらの動きが向こうも読めなくなった。まだ紛れこんだヤツがいたとしても警戒のレベルが上がるんだ、留まることはせず撤退するはずだ」
ユラのおかげで先周りされる心配はなくなったって事か?
いや、難しい事は考えずシンプルに思考しよう。
やるべき事、魔具をバラ蒔いて足を止める。
考えるべきはそこだけにしよう。
キルロは顔上げた。
「ちょっと、今の話を鑑みたうえでミルバと話してくる。フェインとネインも来てくれ。団長と副団長はゆっくり休んで体力を回復させておいてくれ」
「オレ達も行くぞ」
キルロの言葉にマッシュは首を横に振る。
「お前さん達はウチの生命線だ。しっかり休んで明日に備えてくれ。話しに行くだけだ、オレ達だけで充分だ」
「そうですよ。休むのも大事な任務のウチですよ」
ネインにまで言われてしまい二人は嘆息しながら頷いた。
「分かったよ」
キルロはそう言って肩をすくめた。
その洞窟はキラキラと仄かな白い光の点に覆われていた。
フードを被った男はその洞窟に入っていくと罰悪そうに粗末なテーブルセットで佇んでいる男に告げる。
「スマン、勘のいいガキに見つかった。あとはつけられてない。【スミテマアルバ】が合流、怪我人が結構な数復活しちまった。ただパーティーがひとつ増えた所で、小せえパーティーだ、問題ない」
報告を聞いた男は眼鏡を外し疲れたように目頭を揉むとフードの男を手で払う仕草を見せた。
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