鍛冶師と調教師ときどき勇者と

坂門

文字の大きさ
上 下
110 / 263
鍛冶師と調教師ときどき兎

南と北

しおりを挟む
 熱した金属と金属がぶつかり合う甲高い打撃音が耳に心地良い。
 額に玉のような汗を浮かべ、キノが回収してくれたアーマーの修復作業に当たっている。
 あの落差からの落下に双尾蠍デュオカプタスコーピオの甲殻は傷だけでひび割れすら起きていない、きっとこれのおかげで命拾いしたんだ。
 黒みがかった甲殻をひとつ撫で、また修復作業を続ける。

「良し」

 久々の鍛冶仕事に満足し、体を思いっきり伸ばした。
 ふと、双尾蠍デュオカプタスコーピオの甲殻の欠片が目に入り手に取る。使い道の思いつなかったレア素材。捨てるのが忍びなく立てかけて置いたやつだ。
 長細いその甲殻を何の気なしに手に取り弄ぶ。
 振ってみたり曲げてみたり。
 曲げるのに苦労したなコレ、パーティー全員の装備を見直した時の苦労が蘇る。
 グッと力を入れた甲殻を離すと反発で勢い良く元へと戻った。
 こいつは⋯⋯。
 キルロの口角が上がり、炉に火を入れ直す。
 双尾蠍デュオカプタスコーピオの甲殻の欠片を手にして、もうひと仕事始めた。


「よお!」

 いきなりの呼び声に顔を上げると、工房を軽くノックするマッシュの姿があった。

「ちょっと待ってくれ、キリのいいとこまでやっちまうから」
「勝手にやっているから、ゆっくりどうぞ」

 マッシュはそう告げると居間の方へと消えて行く。

「待たせたな」
「構わんよ、突然押し掛けたんだ」

 二人でお茶に口をつける。
 エーシャの所で別れて以来か。久しぶりだな。それだけ、あの【吹き溜まり】の捜索に時間をかけたって事か。

「取り急ぎ、カズナとマナルは教えてくれたよ。術ってやつをね。カコの実を煎って食べさす。実を煎る時間で効能が変わる。細かい事は聞かなかったが、煎ったカコの実を食べさす事で、眠らしたりテイムの術を効き易くしたりするって。ただ、自分たちより弱いモンスターにしか有効ではなく、ケルベロスの話は首を傾げていた。しかしだ、十中八九この技を犬人シアンスロープが盗んだのだろうって。兎人ヒュームレピスのテイム術ってのは後ろを守れ、前方のものを敵味方関係なく攻撃しろっていう単純な指示しか出せないんだと。考えてみるとアイツら、絶対にケルベロスの前には出なかったよな」

 マッシュは背もたれに体を預けて頭の中を整理している。
 キルロはマッシュに一枚の報告書を取り出すと、マッシュに向かって投げた。
 手にしたマッシュは、すぐに視線を報告書へと落としていく。

「それはネスタからの報告書だ。西方の国オーカでなんの前触れもなく新しい摂政を発表した。その風貌がクックに似てなくもないって話らしい。可能性は薄いが、その可能性が否定出来るまでは追うってさ。なんだか、いけ好かない国なんだよな」

 クックの名が出ると途端にマッシュは険しい表情で報告書を見つめる。
 バラバラになっている欠片をひとつにまとめるべくはめ込んでいく、繋がりはないか、見えてくるものはないか⋯⋯。
 
「この報告書、預かってもいいか?」
「もちろん、最初からそのつもりだったよ。クックかな?」
「どうかな、声や口調はそうそう変えられない。直接話す機会でもあれば、はっきりするけどな」
「国のお偉いさんってなると早々簡単には接触できねえよな」
「だな」

 マッシュは報告書を丸めると懐へとしまっていく。
 気を取り直すかのように息を吐き出し、マッシュはキルロの方へと向きなおす。

「シル達としばらく洞窟を中心に探索してみたが正直めぼしいものは見つからなかったよ。これは予想だが、オレ達があった敵は本来の敵と雇われ? に近い敵の二種類いたのではないかと。雇われの方のポケットからはこいつが出てきたが、後ろに固まっていたヤツらは袋を持っていなかった。実漬けにして、いいように使っていたんじゃないかと、オレもシルも考えた」

 マッシュはテーブルの上に小袋を差し出した。
 黄色味を帯びた小さな粒がぎっしり詰まっている。
 カコの実か?
 色味は違うような⋯⋯。
 キルロは小袋から出した実を手の平にのせ眺める。
 こんな小さな粒で人ではなくなるなんて、背中に冷たいものを感じると同時に嫌悪感も沸いてきた。

「この実、じつは同じものを街中で売りつけられた事あるんだよ。金づるにも、人集めにもコイツを使っているぽい。今、出所を辿っているが本丸には、なかなかたどり着けていないのが現状だ」
「いやらしいヤツらだな」
「全くな」

 二人揃って背もたれに体を預け、宙を仰ぎ見た。
 少しくたびれてきた椅子の背もたれがギシギシと音を鳴らす。

「ハルヲとも話したんだが、カズナとマナルから話しを聞いて兎人ヒュームレピスの術を間違いなく応用している。しかもこの短期間で解析して改良までしている。相当に頭のキレるヤツが後ろにいるのかなって」
「研究や解析方面にキレるヤツ………お勉強が出来るヤツって事か。その方向も頭に入れておこう」
「シルに合ったら宜しく伝えておいてくれよ。また借り作ったからな」
「わかった。伝えておこう」
「そうそう、裏通りの治療院をやってくれるヤツ見つけてさ、始動したよ。今は学校を作っている」
「学校?! 全くなんというか次から次へと」

 マッシュは笑顔のまま嘆息する。
 予想の斜め上だったのは間違いないみたいだ。

「まあまあ、その変わりという訳ではないんだけど、ヴィトーロインメディシナからスミテマアルバに金が支払われるので皆で分けようぜ」
「なんで?? またそんな話に?」
「オレとハルヲがなぜか名ばかりの理事長と副理事長になっていてさ、給料払わないとおかしいんだって。経理の都合上ってやつみたい」
「???」
「まあまあ、そういうことだって事でね」
 
 腑に落ちてはいないがマッシュは渋々了承した。
 
「なんだかいつもおかしな事起こすなぁ、おまえさんは。まあ、また顔出すよ」

 そう言い残しマッシュは店をあとにした。
 起こしたくて起こしているんじゃないんだけどね。
 しかし、実の中毒にして言いように扱うか。
 街であんなのバラ撒かれたらたまったもんじゃない。
 キレるヤツ………お勉強が出来るヤツってマッシュは言っていたな、学者か学者崩れか?
 思い当たる節はクックか、ただヤツ一人でこんな大掛かりな動き出来るのかな?
 分かんねえ。
 キルロは椅子の上で体を投げ出す。
 くたびれかけている椅子がまたギシっと音を鳴らした。



 
 最北の地。

「無理するな!」

 【イリスアーラレギオ(虹の翼)】副団長、ミルバがハーフドワーフの誇る大きな体躯から、パーティーに向けて叫んだ。

「これヤバいよ」

 ミルバの横で犬人シアンスロープのミアンがミルバに告げる。
 初めてといってもいいほどの圧力に歴戦のパーティーでもしり込みしてしまう。
 ミルバは眉間に皺を寄せ大きく舌打ちをした。

「ヤクラス! 前のヤツらにも引くように伝えて来い!」

 ヤクラスは頷くと前線を支えているメンバーの元に急いだ。

「これウチらだけじゃ厳しいよ、動けるパーティーあったら応援を頼もう!」

 ミアンが普段は見せない必死の形相でミルバを説得していく。
 ここで下がれば最北のレグレクィエス(王の休養)を放棄する事になる。
 ミアンは悔しさを隠さず唇を噛んだ。
 なぜ精浄したばかりなのに、こんなヤツらが現れる。
 ケルベロス並の超大型種の影が三体ゆっくりと南へ進軍する姿に為す術を持ち合わせていない。

「下がれ!! ここから一気に精浄してあいつらの足を止めるぞ。ありったけの魔具マジックアイテムかき集めろ。魔具マジックアイテムであいつらを囲め!」

 パーティー全員が頷くと素早く放棄を決めたレグレクィエス(王の休養)から魔具マジックアイテムをかき集め始めた。

「ヤクラス! 南のレグレクィエス(王の休養)に応援を頼み、急ぎ中央セントラルへ行って窮状を伝えろ! 行けー!」

 ミルバの叫びがこだまする。
 言うか言わないかというタイミングで馬にまたがりヤクラスが飛び出して行く。
 クソ、精浄の意味がなかったのか?
 そんなバカな、誰かが無効にでもしたとでも言うのか?
 考えている余裕はない。

「形にこだわるな! 魔具マジックアイテムで囲め!」

 ミルバの怒号が北の大地に響き渡った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

処理中です...