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鍛冶師と調教師ときどき兎

ヤクロウ・アキ

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 ヤクロウのテントの外を人が埋め尽くす。広くはないテントに喧騒が押し寄せた。
 狭い道の両端をところ狭しと露天が並び、人々が吟味しながら闊歩している。
 そんな喧騒も我関せずと、険しい表情でヤクロウは鋭い視線をふたりに向けていた。

「まあ、ここじゃなんだし治療院に行ってみないか?」

 キルロの申し出に更に怪訝な表情を浮かべるながらも渋々と頷く。
 とりあえず話を聞いてはくれそうだ、ただの頑固者って訳ではない。
 三人は無言のまま治療院を目指す。


「ああ?! おまえの名前じゃねえか?!」

 【キルロメディシナ】の文字が見えるとヤクロウは怪訝な表情のまま言い放つ。

「ああ、あれか。あれは手違いかなんかだ。引き受けてくれるなら【ヤクロウメディシナ】に変更するぞ」
「イヤなこったぁ」

 ヤクロウは舌打ち混じりに言うと顔しかめる。
 入口からすぐの待合室へ入ると、ヤクロウもマナルも建物の中を見回し、想像していたよりしっかりした作りに感嘆の表情を見せた。
 
「適当に座ってくれよ、なかなかいい作りだろう。二階には診察室と入院施設、三階は入院施設が入っているんだ」

 ヤクロウはまた怪訝な表情に戻っていた。
 狐につままれた感じなのか、どう処理すればいいのか分からないこの状況を考えあぐねているのだろう。
 振って沸いたこの状況に一目散に食いつかれても、それはそれで信用出来ない。
 やはりこの男の信用を得るべきだ。
 そうキルロは改めて感じる。

「なあ、こんだけの施設あんだから、おまえがやればいい。治療師ヒーラーなんだからよ」
「ん? オレ鍛冶師だぞ。ミドラスで鍛冶屋やってんだ」
 
 ヤクロウもマナルもキルロの答えに目を見開いた。
 あれ?! マナルにも言ってなかったか。

「バカ言うな。あんだけバカスカヒール掛けておいて、違うなんてあるか!」
「そう言われても、違うもんは違うからな⋯⋯」

 ヤクロウの顔がより険しくなる。
 ただでさえ理解不能なこの状況に、さらに理解不能な返事が返ってきた。
 腕を組み、首を傾げて逡巡する素振りを見せていく。
 硬めの長椅子に深く腰掛けしばらく考えると、大きく溜め息をつきキルロに対し眼光鋭く睨みを利かす。
 答えがうまく見つからないのだろう、当然といえば当然か。

「なあ、ここを簡単に建てられるほどお前の鍛冶屋は儲かってんのか?」
「悲しくなるから聞くな」
「そもそも、お前がここやればいい。だいたい、どっから金出ているんだよ?」
「ちゃんと引き受けてくれるとなったら金の出どこは教えるよ。今言えるのはやばい金じゃないって事くらいまでかな。引き受けてくれたら給料も出る。もちろん従業員にも。オレの鍛冶屋はミドラスだから無理だ。それに裏通りのことは裏通りの人に任せるのが最良だろう?」

 ヤクロウの険しい表情は変わらないずっと眉間に皺を寄せ、怪しいものを見るかのように睨んだまま続けた。

「そもそも、お前になんのメリットがある? ここに開くことでなんの得があるんだ?」
「得?」

 考えてもいなかった返しにキルロは腕を組み俯き唸る。
 得ね……。
 ヤバイ、何にも思いつかない。
 何だろう?
 何かないか?
 口をへの字に曲げ必死に考える。
 あまりの必死さにマナルが思わず吹き出す。

「フフフフ。ヤクロウさン、キルロさンはきっと何も考えてないですヨ。私たちの時もそうでしタ。私たちをここで生活が送れるようにしてくれましたガ、キルロさンには何の得もありませんでしたヨ。むしろ大変なだけだったのでハと思いまス。きっとここもそうですヨ。今度は学校を建てるみたいですシ、損得を考えて動いてはいないのですヨ」
「マナル! 人を考えなしみたいに言うなよ。考えているぞ……少しは⋯⋯」

 マナルの言葉を否定しようとしたが、否定出来る材料を持ち合わせていなかった事に話しながら気がつき、キルロの言葉は尻すぼみになる。

「はぁ。この兎っ娘の言う通りなら、こいつただのバカなんじゃねえのか」
「兎っ……? いエ、そんな事はありませんヨ。少なくとも私たちはキルロさンに救われましタ。周りの方々も優秀でそんな人達もキルロさンについて行きまス、もちろん私たちモ」

 マナルは穏やかに、しかし力強さを持ってヤクロウに言葉を投げた。
 ヤクロウもマナルの思いをしっかり受け取ると表情から険しさが消えた。

「じゃあ、質問を変えよう。なんでここに治療院を建てた?」
「お、それか! それはここにあった方がいいからだ」

 即答する。
 迷うことなく自信をもって答えた。

「へ? それだけか」
「それだけってなんだよ。これだけ人がいるんだからあった方がいいだろう? ないほうがいいのか?」
「そらぁ、あった方がいいが……」
「だろ、だから建てたんだ」

 キルロは得意満面に胸を張り、ヤクロウは頭を抱えた。
 その姿をみてマナルがまた吹き出す。
 ヤクロウは首に手を回し苦笑いを浮かべていく。
 その様子にキルロも笑みを浮かべた。

「しかし、なんで唐突にオレに声掛けた? 他にもいるだろう?」
「まあ、ただ治療院をやるだけならアテはなくはないが、ここでやるとなったら話は別だ。アンタはここの住人の信頼をすでに得ている。余所者が来て診るよりアンタがいる所の方が住人は安心だ。隣で一緒に診察して、アンタはここの人たちの為に診ていた。それだけで信用出来る。ここの住人の為に作ったのに私利私欲に走るヤツはダメだ」
「そんなものは、わかんねえだろう。いざ蓋を開けてみたら、てめえの懐しか見ねえかもしんねえぞ」
「イヤ、アンタはしないね。そんなヤツならこんなにゴネたりしない、二言目には了承しているさ」

 ヤクロウは溜め息をつくと何度も頷く。
 キルロの口角が上がり、マナルもそれを見て笑みを湛えた。

「分かったよ、ただのバカじゃあねえってのは分かった。ここの住人にはプラスにしかならねえ。やりゃあいいんだろう」
「宜しく頼むよ。キルロ・ヴィトーロインだ」
「マナル・キカハでス」
「ヤクロウ・アキだ。うん? ちょっと待て!? ヴィトーロインって? あの? うん? お前が??」

 ヤクロウが胡散臭いものでも見るかのような目つきで、キルロをまじまじと見つめた。
 
「金はヴィトーロインメディシナ(治療院)から出ているよ。これは内密だ。ちゃんとした治療師ヒーラーを探すが、それまではウチの家族が交代で診るからしばらくは毎日治療師ヒーラーがいるわけじゃないけど、まあ、ヤクロウがいてくれれば開けておいていい」
「お前、お坊ちゃまか。いや、しかしその雰囲気の欠片もねえな」
「ほっとけ」

 いくら言っても疑惑のまなざしをむけるヤクロウに、キルロは顔を盛大にしかめて見せた。

「しかし、なんで金の出所を内緒にするんだ? 悪いことしてねえんだからいいじゃねえか」
「ウチが無料とか安い金額で診察しているのバレたら、金持ちからぼったくれなくなるだろ」

 キルロはニヤリと不敵な笑みを見せる。
 ヤクロウもその笑みに不適な笑みで答えた。

「その考え嫌いじゃない」
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