鍛冶師と調教師ときどき勇者と

坂門

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鍛冶師と調教師ときどき兎

人材

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 喧噪の裏通り、中心部を抜け西へと向かう。
 落ち着きを持って佇む三階建ての二階部分に【キルロメディシナ】の文字がしっかりと刻まれていた。
 盛大な落胆と共に鍵を開け建物中へと進入していく、エーシャの所と似た作りだな。
 まずはここをまかす人材を探さないと。
 治療師ヒーラーか……。
 待てよ。
 今現在、体を壊した人はどうしているんだ?
 もしかしたら無償でやっている治療師ヒーラーがいたりするのかな?

「あ、あの~、ここはいつからかのう?」

 入口をのぞき込んで話しかけてきた老婆の姿があった。
 お、ちょうどいい。

「もうちょっとかな、ちょっと待ってな。それよりばあさん、調子が悪いのか? どこが調子悪い?」
「腰と膝が痛くてのう」
「ちょっとここ座って」

 待合いの椅子へと腰掛けさせ腰へと手をかざす。

《レフェクト》
 
 吸い込まれる光の玉に老婆はいたく感動し、驚いた顔を見せる。膝にも同じように処置を施して上げると何度も頷いて見せた。

「良し、いいだろう。ばあさん、代わりにちょっと教えてくれよ。体壊した時、ここの人たちはどうしているんだ?」
「中心部の南側にヤクロウという猫人キャットピープルがいてな、食べ物とかと引き換えに診てくれるんだわ」
「そうか、ありがとな。お大事に、あんまし無理するなよ」

 老婆は一礼すると去っていった。
 ヤクロウか一度あってみよう、とりあえずはマナルに会いに行かなくては。

 
 兎人ヒュームレピスの居住区へと向かうと今日も子供達が建物の前で遊んでいた。
 心が和む生活のひとコマだ。

「坊主達! 何して遊んでいるんだ?」

 キルロが穏やかに問い掛けると蜘蛛の子を散らすかのように子供達がその場を立ち去っていった。
 またこのパターン、キルロはガクリと肩を落とす。
 仕方ない裏の畑を見てみるか。
 裏手にまわると仄かに土の香りが漂ってくる。
 こんな街中の土で何が育つのか? ふと疑問が沸いてくる。痩せた栄養価の低い土だよな。
 畑を見渡してもマナルもカズナの姿も見て取れなかった、遠目で畑を耕している住人に声を掛ける。

「おーい! マナル知らないか?」
「わからん、家じゃないか?!」
「ありがとう!」

 ここにはいないのか、畑の大きさのわりに働いている人の数が少ないな。
 畑に点在する兎人ヒュームレピスの働く姿を見て感じていた。



 見覚えのある扉を軽くノックする。

「マナルー!」

 しばらくせずに扉からマナルが顔を出した。
 昨日の今日での訪問に少し驚いた素振りを見せたが、笑顔で向かい入れてくれた。

「悪いな、度々。今、大丈夫か?」
「はイ、大丈夫ですヨ」

 マナルは柔和な笑みでお茶を勧めてくれた。
 飲んだことのない味だが、仄かに甘くとても美味しい。

「これは美味いな」
「良かっタ、裏の畑で育てているのですヨ。葉はお茶ニ、種は挽いて粉にして水でこねて焼いて食べまス。私たちの大事な主食なのですヨ」
「へえー、そうなんだ。あそこの土でちゃんと育つのか?」
「育ちますヨ、太陽の光がいっぱいあれば問題なしでス。そういえば今日ハルさんハ?」
「あ、あいつは店あるからキノと一緒に帰った。マナルとカズナに宜しくって」
「そうですカ、宜しくお伝えてくださイ」

 キルロはマナルへ頷き二杯目のお茶を口につける。
 さてどう切り出すかな。

「そういやあ、カズナは?」
「森に狩りに行ってまス」
「そうか。なあ、マナル。今日はお願いがあって来たんだ」
「私に出来る事であれバ」

 マナルは笑顔を向けてくれる。
 屈託のない本当の笑顔につられ笑顔になっていく。

「ネスタとヴァージ知っているよな。あの二人の仕事量が増え過ぎて補佐する人材を探しているんだ。それでマナル、あの二人のことを手伝って貰えないか?」

 マナルへ穏やかに告げる。
 構えて貰っては困る、いつものマナルでいいんだ。
 マナルは視線を逸らすと窓の外を眺める。分からないという不安を必死に払拭しようと考えを巡らしていた。
 キルロは黙ってそれを見守る。
 どんな答えが返ってきてもそれを尊重すると決めていた。
 ゆっくり考えてくれていい。
 やがてマナルはひとつ頷くと笑顔を向けた。

「やりまス。私で出来る事があれバ。そうすると決めていましたのデ」
「ありがとう!」

 キルロは両手でマナルの手を取るとマナルは顔を真っ赤にして照れていた。
 うん?

「どうした? 顔真っ赤だぞ」
「ア、いエ、そノ、兎人ヒュームレピスは恋人や家族しか手を繋がないので、まだちょっと慣れなくテ」
 
 キルロは反射的に手を離した。

「ごめんごめん。気がつかなくて申し訳ない」
「いエ、いいんでス。こちらでは受け入れて頂いタ、という証明ですかラ。少しずつ慣れていかないト」
「くれぐれも焦らずに。あと兎人ヒュームレピスの文化も大切にしてくれよ、全部が全部こちらに合わす必要はないからな。ぶつかる事やとまどう事があったらその都度しっかりとすり合わせをしていこう」
「はイ、それで補佐とは具体的にどうすればいいのですカ?」
「当面はネスタやヴァージがどうしているか学んでくれればいい。気がついた事や願い事があればその都度二人に伝えて欲しい。ゆくゆくは裏通りの人でここを回していければって考えているんだ」
「責任重大ですネ」
「そんなに気を負わないでくれ。普通にしていれば、マナルなら大丈夫だ。ネスタもヴァージも二つ返事で了承したんだぞ。自信持っていいぞ、あの二人が即了承したんだから」

 キルロはマナルに笑みを持って告げる、自然体でいるのはきっと難しい。
 こちらで出来るだけフォローしてあげないと。

「まずは治療院と学校かな? あ、あと裏の畑って人は足りているのか?」
「敷地が広いのデ、人手はもっとあっていいかと思いまス」
「んじゃ、畑もだな」

 意外と人手が必要だぞ。
 働き手が増えるのはいい事だと思うのだが、実際の所はどうなんだ?
 裏通りの今この現状ってやつを、知る必要があるな。

「マナル、まだ時間は大丈夫か? もし大丈夫ならひとり早速会ってみたいヤツがいるんだ」
「大丈夫でス」

 二人は老人に教えて貰ったヤクロウの元へと向かった。



 
「爺さん! ちょっと待ってろ。こっちが先だ、あ、コラ! それ触るな!」

 ヤクロウのテントには人が溢れ返っていた、白衣を纏った白髪の猫人キャットピープルが大声を上げながらひとりで捌いている。
 こらぁ話どころじゃないな。
 ヤクロウという男は治療師ヒーラーではなく、薬剤師のようだ。
 患者の症状に合わせて必死に薬草を調合していた。
 キルロとマナルはその様子に圧倒されつつ、この人集りをなんとかしないと話も出来ないと覚悟を決める。
 二人は顔を見合わせ苦い笑いをお互いに浮かべると、人集りを押し分けヤクロウの元へと向かった。

「ちょっと、ゴメンよ。ヤクロウ、アンタと話がしたい。けどこれじゃ話になんないから手伝う。まずはこっちで診るからあと頼む。話はそれからだ。おーい! こっちに並べこの女子の言うとおりにしろよ!」
「皆さマ、こちらに一列でならんでくださイ!」

 ヤクロウの有無を言わさず、キルロは椅子を引きずり出すと勝手に診察を始めた。
 マナルは声を上げ患者を捌いていく。
 その手際の良さにヤクロウは目を見張った、最初は怪訝な表情を浮かべていたが額に汗し患者と向き合う二人に口角を上げてみせる。
 これを毎日ひとりで捌いていたのか、皆の為に。
 素直に感服する、やれと言われても出来るもんじゃない。
 三人は黙々と患者を捌いていく。
 切れない患者の列に軽い眩暈を起こした。

「あ、スマン! 魔力切れだ」
「こっちも薬終わった、今日はここまでだ。お前ら帰れー!!」

 キルロとマナルは、ぐったりと椅子に体を預ける。
 疲れた。

「助かったがおまえらなんだ?? 金なら払えんぞ」
「ああ、突然悪かったな。アンタと話しがしたかっただけなんだ。マナルもお疲れ様。これ毎日か?」
「そうだ、この後明日の分の薬草を取りに森に行くがな」

 キルロとマナルが目を見張る、なんて元気なおっさんなんだ。

「あ、オレはキルロ。こっちはマナル。ヤクロウ宜しく」
「随分と投げやりな挨拶だな。まあ、嫌いじゃないがな。で話ってなんだ。金ならないぞ」
「そういう話じゃねえよ、裏通りの西に診療所建っているの知ってるか?」 
「おお、あれか。あれがなんだ?」
「あそこアンタに頼むわ、マナルを筆頭にアンタのバックアップをするから、あと宜しく頼むよ」

 ヤクロウが眉間に皺を寄せ険しい表情を浮かべる。
 こいつはなに訳分からない事を言い出すんだと言葉に出さずとも伝わってきた。

「頼むよって言われて、はいそうですかってなるわけなえだろう」
「はあ~。私はいマ、ハルさんの気持ちが少し分かりましタ。ヤクロウさン、私共に手を貸して貰えないでしょうカ。診療所をやって頂ける方を私たちは探していまス。こちらの住人からヤクロウさんの話を伺っテ、お願い出来ないか伺わせて頂きましタ。どうでしょうカ?」
 
 マナルの話にヤクロウは耳を傾けた。
 話はわかったようだが腕を組み、うな垂れ、ずっと唸っている。
 確かに唐突な話だ。だがらと言って断って貰っては困る、こっちは頼むと決めたんだから。
 断っても、食らいついてやる。
 一連の流れを鑑み、そう心に決めていた。
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