鍛冶師と調教師ときどき勇者と

坂門

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潜行

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 ネインの視界に飛び込んで来た、信じられない光景。
 キルロがハルヲを庇うように抱きかかえ、二人は谷底へと吹き飛んで行った。
 信じたくない絶望的な光景にネインは目を見開く。
 ハルヲの後は必死に追っていたネインの足と思考が硬直してしまった。
 
「ネインー!!!」

 フェインもまた、絶望的な光景を目にして茫然自失になりかける。
 一瞬の出来事のはずが、まるでスローモーションのように二人が谷底へと吸い込まれて行った。
 茫然としているネインの姿に我に返り、ありったけの声で叫ぶ。
 ネインはその叫びに我に返る。待機しているはずのキノとクエイサーが谷底へと一直線に向かって行く姿が視界に入った。

「キノ! クエイサー! 待ちなさい!!」

 ネインは慌てて、キノとクエイサーに駆け寄る。
 キノとクエイサーに何かあれば団長と副団長殿に立つ瀬がない。
 キノが真剣な眼差しをネインに向けてきた。

「分かっています。二人とも必ず救いに行きます。今は少しだけ待ちなさい。いいですか?」

 ネインは諭すように話しかける。
 キノは納得した顔を全く見せず、キルロ達が飛ばされた方へと目を向ける。
 思いは重々承知していますよ。
 ネインは小さなキノの肩に手をやり、もどかしさを理解している事を伝えた。
 キノとクエイサーをもう一度待機させる為にフェインとネインの二人も、ケルベロスから急いで距離を置く。
 ケルベロスが追ってこない?
 肩で息をしながら二人ともがケルベロスの方へ振り返る。中の首がうなだれたまま、ケルベロスが200Mi程先で佇んでいるだけだった。
 
「なぜ追ってこない?」
「この会話どっかでもしたと思いますです」

 二人は顔を見合わせる。
 
 【果樹の森】

 ハルヲの言葉を思い出す。

『あの音どこかで』
 
 そうだ、兎人ヒュームレピスのカズナがゴブリン達を操る時に鳴らしていた音だ。
 ハルヲのテイムとは何かが違う。
 ただ、何が違うのかが分からない。
 ゴブリン達と同じと単純に考えるなら、近づかなければ攻撃はされないが、キルロ達を救いに行くにはあの巨躯は明らかに障害となりうる。絶望を纏う巨躯にどう対抗する?
 逡巡するネインに、漂い始める手詰まり感。
 今、しっかりしないでどうする、団長と副団長殿の為にも何か手立てを⋯⋯。

 ただれたエルフが鳴らしていた打器を奪えれば、どうだ? ケルベロスの動きを止められる可能性が高いのでは。
 ユラとマッシュはケルベロスの向こうだ。
 ネインは逡巡する、最短で谷底のふたりを救える方法を。




 何人いる?
 結構いるよな。
 マッシュが茂みの影から覗くと、剣やナイフで出鱈目に草を刈り、二人の影を追っている何人もの姿が見て取れた。
 一人二人なら突っ込むんだけどな。
 視線の先には5、6人のパーティーが三つ程。視線を世話しなく動かし、二人の影を探している。
 15人くらいか、雑な所はあるが結構出来そうなヤツらなんだよな。
 剣や槍、ナイフなど装備は多様だが防具は皆軽装系が多い、素早いヤツが多いのか。
 火山石ウルカニスラピスでも投げる?
 いや、茂みが燃えて隠れる所がなくなるのはこっちに不利だ。
 あっちはどうだ?
 視線をケルベロスの方へと移す。
 ちょっと遠いな、マッシュは目を凝らす。
 首は垂れたままだ、動きがない? 倒した? 倒してはいないか。
 あれはどういう状況なんだ? うまくいっているのか、いっていないのか⋯⋯。
 そういや、ユラはどこだ? あいつ隠れるのがうまいな。
 どこいるのか、わかんねえや。 
 闇雲に突っ込むのは愚策。
 敵の視界に入らないようにゆっくりと移動を始めた。


 先程から魔法も矢も止んだままだ。
 ネインとフェインはケルベロスが動き出す距離を計るべく、少しずつ接近して行く。
 
「フェイン」

 ネインが小さく呼ぶと臥せるようにハンドサインを送り、茂みの影へ隠れる。
 ただれたエルフがケルベロスに近づいているのが遠目で見えた。
 ケルベロスだけでも厄介なのに。
 男がまるでケルベロスを引き連れるかのように、ただれたエルフの後をゆっくりとついて行き遠ざかって行く。
 こちらが片づいたと思っている?
 距離を置き茂みの影に隠れながらあとを追う。
 いくつかのグループが茂みを捜索している姿が遠目で見える。マッシュとユラ?
 ケルベロスが止まった。誰かがケルベロスへ近づいて行き何かしている。
 手をかざしている? 詠唱? まさかヒール!?
 マズい、折角与えたダメージが、イヤでもあの大きさにヒール効くのか?
 ダメだ、迷うな。
 ネインは盾を構え、矢継ぎ早に魔法を撃ちまくりながら飛び込んで行く。
 何本もの緑光をケルベロスへ放射していった。
 ケルベロスに命中したところで、やはり浅い。
 ろくなダメージは与えられないが、ヒールを掛けようとしていた女はイヤがり、ケルベロスから離れた。
 ケルベロスは鬱陶しい光の先にいるネインの方を向き駆け出した。




 ケルベロス?
 ユラは茂みの影からケルベロスが近づくのを確認する。
 倒せなかったのか? 失敗したのか?
 なんもないといいけどな。
 5人ほどのパーティーが、そばをウロウロして動けない。
 マッシュはどこだ? アイツ隠れるのうめえなぁ、わからんぞ。
 ケルベロスの方から炸裂音が風に乗って届くと、敵がケルベロスの方へ気を取られているのが見て取れた。
 ネインいったな、ユラが口角を上げる。
 ゆっくりと気配を消し敵の背後へと近づく。

《イグニス》
 
 ユラは静かに詠唱し自分の手に赤い光が収束していくのをジリジリと待つ。
 自分の手と敵の背後を交互に確認しながらその時を待つ。
 今!
 ユラは茂みから立ち上がると赤い光は炎となり敵を襲った。
 炎を浴び、叫びをあげ、髪は燃え、服に火がつき体中が炎に包まれ、地面でのた打ち回る。
 のた打ち回る敵の頭へ、ユラは杖を振り下ろし潰していく。

「いたぞー!」

 敵が一斉にユラへと向かって来た。
 あれはキツいな。
 ユラ茂みの奥へと再び消える。




 ケルベロスの両端の口から白い煙が立ち込めまた収束を見せる。
 右から左から振られる首と、踏み潰そうと振り上がる足に、フェインもネインも手を焼き避けるので精一杯だった。
 ヒーラーの女はなんとか引き剥がしたが、ケルベロスの背中越しに不気味に男が睨みを利かしている。
 大きいのを撃ったとしてもまた、ただれたエルフに相殺される可能性は高い。アイツの持っている打器を奪えれば⋯⋯。
 ケルベロスの両端の首がもたげられた。
 来る。

「下がれ!」

 ネインが叫んだ瞬間緑光が二人を襲った。足元に着弾すると地面を抉り上げ、二人の足をすくい上げる。
 足は地面から離れ宙を舞うと、体の制御が利かなくなる。ケルベロスの背中越しに見下す笑い顔がネインの視界が捉えた瞬間、視界一杯に炎が迫ってきた。
 咄嗟に盾を構えフェインを庇うと、炎は盾ごと二人を飲み込んでいく。




 マッシュはゆっくりと隠れながらケルベロスの背中越しにいる、ただれたエルフへと近づいて行った。
 ただれたエルフが放った緑光と、炎に飲み込まれる二人の姿。
 その光景が視界に入り、心拍が跳ね上がる。
 あれを狙ってやがったのか。
 距離が遠くてもバランス崩す事は出来ると踏んでの余裕か。
 クソっ。
 力の限り地を蹴り上げ二人の元へ急ぐ。マッシュの目に映るのは、ケルベロスが二人へと近づいていく様。
 喰う気か。
 火山石ウルカニスラピスに火をつけ投げる。
 効果ないだろうが一瞬でも足止め出来れば。
 爆音と共に火柱が立つと、立ち上がるフェインの姿が見えた。
 ケルベロスも一瞬動きが止まる。

「下がれ!!」

 マッシュの叫びに黒く煤け、体中に水膨れを作っているフェインが、ネインの襟首を掴み必死に下がり始める。
 マッシュは疾走する。二人の元へと限界まで速さを見せた。
 マッシュも肩で息をしながら合流し、二人でネインを力の限り引き摺った。

「離れたら追って来ませんです」
「どういうこった?」
「【果樹の森】のゴブリンと同じです」

 【果樹の森】のゴブリンと同じ?
 必死に引き摺りながら考えようとしたが、とりあえずケルベロスから距離取ればいいのか。
 それだけを考えよう。
 迫るケルベロスに圧を背中に感じながら必死に駆ける。

「多分、もう、大丈夫、です」

 息を激しく切らしながらフェインが告げる。
 マッシュも激しく息を乱しながら後ろを振り向くと、200Mi程先でケルベロスが佇んでいた。
 そういう事か。
 早速ネインの様子を見る。息はあるが全身は黒く煤け、火傷の箇所が多く見受けられた。
 特に皮膚が剥き出しになっていた所は大きな水膨れとなり見るも無惨な状態だ。
 フェインも煤けた顔をして水膨れもひどい。ネインのおかげで直撃は避けたようだが、相応のダメージを食らってしまったか。
 マッシュはケルベロスを睨み、違和感を覚える。

「団長とハルは?」

 フェインは首を横に振る。

「キルロさんがハルさんを庇いながら、二人揃って谷底へ落ちて行きました」
「ウソだろ……」

 マッシュが絶句する。
 鈍よりと暗い底に夜が訪れ始め、マッシュやフェインの心にも暗い闇を落とす。
 マズいな。

「マッシュ、キルロもハルも大丈夫。早く探しに行こう」

 いつの間にかキノとクエイサーが側に来ていた。
 マッシュはキノの頭に手を置いた。
 取り急ぎはネインをなんとかしなければ、クエイサーの荷物から急いで薬を探す。
 それらしくものは揃っているが、専門的過ぎてわからんな。
 焦りがズシリとのしかかってく。
 ネインの呼吸も弱くなり、見るからに容体も悪化していた。

「あらあら、お困りかしら?」

 魅惑的な女の声に、マッシュは顔上げる。

「シル!?」

 マッシュは驚嘆の声を上げた。
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