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潜行
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霞の中に浮ぶシルエット。霞の奥から巨躯がゆらりと浮かび上がってきた。
デカい!
まずはその大きさに圧倒される。
小さな家くらいはある胴体。低く唸りをあげ、こちらへ圧を掛けていた。
そしてその異形な姿。
胴体から伸びる首が四本?!
何だ? ありゃあ?!
「ケルベロス……」
ハルヲの口からこぼれた怪物の名。
三本の首に火を吐く絶望の象徴。
しかしこいつはなんだ? そうなのか?
四本の首を持つ大きな怪物がこの場を支配する。
右の首はに赤い目を持ち、左の首は青い目。
下顎から突き出る長い牙。
四本の首は地表を見下ろす。
取るに足らない存在ばかりと全てを見下した。
大地を踏み鳴らし、のそりと近づく圧倒的な存在に息を飲む。
「アハハハハ」
怪物の背中越しにただれたエルフが腰に手をやりふんぞり返ってやがる。忌々しい。
「あいつは何をチンタラやっているんだ」
「サッサと終わりにしちまおうよ」
その後ろでは武装したヤツらが、呑気におしゃべりなんかしてやがる。その余裕が、さらにイラつく。そして同時に感じる違和感⋯⋯。
視線の定まらない残党が剣を引きずり近づいてくる。
何も考えていない空っぽな、ただの器と化した人。
大きな怪物が軽く駆け出す。
おやつを差し出された子供のように無邪気に跳ねた。
ただそこに存在するのは、無邪気とは程遠い存在。
中央に鎮座している首が、まるで飴玉を舐るかのごとく残党を腰まで飲み込んでいった。
グシャッ。
口の中からくぐもった破砕音が鳴る。
その不快な音に眉をひそめる。
骨までもひと噛み。
長く伸びる牙の根元から真っ赤な血が滴る。
地面に真っ赤な血だまりが出来上がった。
血だまりに主を失った下半身がゆっくり倒れていく。
残りものを楽しむかのように、血だまりへと口を伸ばす。
また不快な音が響き渡った。
絶望の象徴とも取れる四本の首をもたげると、次のおやつを見定めにかかる。ゆっくりと首左右に振り次を求めた。
すべての目がこちらを向き、ジリジリと迫る。絶望を司る物が、キルロ達をじわじわと崖側へと追い込んでいった。
「なんで野郎は喰われねんだ?」
あのただれたエルフはケルベロスの真後ろ。なぜ食われない?
キルロの問いに誰も答えは持っていない。
一旦退くか?
ヒュン
逡巡する間もなく、空気を切り裂く音と共に矢が降り注いだ。
後方から放たれる矢の雨が退路を塞ぐ。
降り注ぐ矢の雨とケルベロスの圧に前にも後ろにも動けず釘付けとなる。
やられた!
ヤツらのほくそ笑む顔が浮かびイラつく。
降り注ぐ矢は払うしかない。打開策が見いだせないまま、降り注ぐ矢の雨へと後退を余儀なくされた。
致命傷を受けぬよう、ひたすらに凪払う。
アーマーを掠め、傷を作る。ユラのフードは穴が空き、下地のレザーアーマーが顔を出した。
「テイム……」
ハルヲの呟きにみんなの視線が、ハルヲをチラリと覗いた。
そんなバカな。
「あんなデカブツ、テイム出来るのか?」
「聞いたことないけど、ヤツらを襲わない理由がそれしか浮かばない」
ハルヲの中でもバカげていると思っていた。
言葉の端々に疑心が隠れているのが透けて見える。
テイム?
あの怪物を?!
左右の首がもたげる。
両端の口から白煙が上がる。
右の煙は上へ、左の煙は下へ。
何かヤバイ、心音の高鳴りが警鐘を鳴らす。
何かが来る⋯⋯それは間違いない。
「下がれーー!!」
キルロが叫びを上げた。
矢の雨を無視しても、後退を余儀なくされる。
前から、上からと逃げ場のない攻撃に防戦するしかなかった。
『『ゴオオオオオオ』』
轟音を伴い炎が、氷が、吐き出された。
メチャクチャだ。
一面が焦土と化し、一面が凍土と化す。
燻る煙と水蒸気が舞い上がり一面の視界を奪う。
その影に絶対的支配者の大きな影が揺らめいた。
《トゥルボ・レーラ》
ネインが静かに詠う。
かざした手の平から、緑色の大きな光の束を揺らめく影へと放った。
立ち込める白煙を吹き飛ばし怪物のど真ん中を狙い撃つ。
白煙を吹き飛ばす突然の反撃に首を下へと振り下ろした。首を支える関節とそれを支える巨大な筋肉が丸見えになる。
ゴガッ
何かが割れた。
大きな光の束が無防備な首元を射抜く。
特大な破裂音を首元から鳴らすと、ケルベロスはお辞儀をしたまま吼える。
「チッ!」
ただれたエルフはその様子に舌打ちした。
盛り上がりを見せていた筋肉はいびつな形を見せ、怪物は光の出元へと爆ぜる。
矢の雨が止んだ。飛び込む怪物の邪魔をしないようにか? あの怪物を味方認定している⋯⋯。
頭を垂れたまま駆ける姿は滑稽だが、その目は鋭く光る。
両端の首はもたげられ、中の首は垂れたまま、あれなら届く、剣を握る手に力をこめる。
「統率している首があるとは考えられませんか? 四本も首があるのに動きが統率されています。司令塔の役目をしている首があるのでは?」
「十分にあり得るわね」
ネインの言葉に全員の視線が中の首の一本。まだなんの動きも見せていない、垂れている首の直ぐ右。首をもたげ、こちらを睨むその首へ、全員が視線を向けた。
司令塔を潰せ。
「マッシュ、左右に展開して懐に潜れないか? ネイン、もう一発いけるか?」
「狙います」
「フェイン、ユラ、行けるか?」
マッシュの問い掛けに黙って頷くと三人は一斉に茂みの中へと消えた。
ネインの盾に隠れ、ハルヲは矢を放つ。
放つ矢に勢いはなく、硬い表皮に簡単に弾き返された。
行く。
キルロは前へと距離を詰めていく。
お辞儀した頭を叩きに向かう。
わざわざ頭を差し出してくれているのだ、叩くしかねえ。
怪物の首は近づく肉を喰らおうと、岩のような頭を左右に振り、血塗られたままの長い牙が目の前に現れたおやつに嬉々とする。
つまずき、転び、寸でのところでかわす。
吹き飛ばそうと巨大な頭がキルロの眼前を掠めていく。
生臭い息とともに牙が向かってくる。
手の届く所にあっても反撃の糸口は見つからない。
目の前を緑色の光が通り過ぎる。
後ろで余裕を決め込む、ただれたエルフが手のひらをこちらへかざしていた。
「ぶあっはははは、ほれ! ほれ!」
緑光が何本と襲いかかる。
頭が襲いかかる。
牙が襲いかかる。
クソ。
両端の首をもたげ、口の辺りからまた白煙がこぼれる。
またか。
「来るぞ! 下がれー!!」
キルロが叫ぶ。
両端の首が燻る煙を漏らしながら、大きな口を開けた。
ヤバッ!
どうする?!
周辺が咆哮と共に再び焦土と化し、凍土と化す。
立ち込める白煙。
「キルロー!」
ハルヲが叫ぶ。
白煙に煙る巨大な影しか見えない。
ケルベロスの首下に人影が揺れる。
キルロはあえて首下へと飛び込み炎と氷を免れた。
キルロの刃が首元を捕らえ斬り上げる。
簡単に弾かれる。
なんつう硬さ。
黒い表皮が傷つける事さえ許さない。どこか刃の通せる所はないものか。
見上げる怪物の巨躯に死角が見つからない。
白煙が空へと消えていく、いびつな姿勢の怪物が再びあらわになった。
頭を振り、牙を向く。
転がり、つまずき、避ける。
同じことの繰り返しだ。
打開しろ、考えろ、動きを止めるな。
「いきます!」
ネインが詠い終わった事を力強く叫んだ。
収束された眩しいほどの緑光が、手のひらから特大の光となり、怪物に向かって放たれた。
デカい!
まずはその大きさに圧倒される。
小さな家くらいはある胴体。低く唸りをあげ、こちらへ圧を掛けていた。
そしてその異形な姿。
胴体から伸びる首が四本?!
何だ? ありゃあ?!
「ケルベロス……」
ハルヲの口からこぼれた怪物の名。
三本の首に火を吐く絶望の象徴。
しかしこいつはなんだ? そうなのか?
四本の首を持つ大きな怪物がこの場を支配する。
右の首はに赤い目を持ち、左の首は青い目。
下顎から突き出る長い牙。
四本の首は地表を見下ろす。
取るに足らない存在ばかりと全てを見下した。
大地を踏み鳴らし、のそりと近づく圧倒的な存在に息を飲む。
「アハハハハ」
怪物の背中越しにただれたエルフが腰に手をやりふんぞり返ってやがる。忌々しい。
「あいつは何をチンタラやっているんだ」
「サッサと終わりにしちまおうよ」
その後ろでは武装したヤツらが、呑気におしゃべりなんかしてやがる。その余裕が、さらにイラつく。そして同時に感じる違和感⋯⋯。
視線の定まらない残党が剣を引きずり近づいてくる。
何も考えていない空っぽな、ただの器と化した人。
大きな怪物が軽く駆け出す。
おやつを差し出された子供のように無邪気に跳ねた。
ただそこに存在するのは、無邪気とは程遠い存在。
中央に鎮座している首が、まるで飴玉を舐るかのごとく残党を腰まで飲み込んでいった。
グシャッ。
口の中からくぐもった破砕音が鳴る。
その不快な音に眉をひそめる。
骨までもひと噛み。
長く伸びる牙の根元から真っ赤な血が滴る。
地面に真っ赤な血だまりが出来上がった。
血だまりに主を失った下半身がゆっくり倒れていく。
残りものを楽しむかのように、血だまりへと口を伸ばす。
また不快な音が響き渡った。
絶望の象徴とも取れる四本の首をもたげると、次のおやつを見定めにかかる。ゆっくりと首左右に振り次を求めた。
すべての目がこちらを向き、ジリジリと迫る。絶望を司る物が、キルロ達をじわじわと崖側へと追い込んでいった。
「なんで野郎は喰われねんだ?」
あのただれたエルフはケルベロスの真後ろ。なぜ食われない?
キルロの問いに誰も答えは持っていない。
一旦退くか?
ヒュン
逡巡する間もなく、空気を切り裂く音と共に矢が降り注いだ。
後方から放たれる矢の雨が退路を塞ぐ。
降り注ぐ矢の雨とケルベロスの圧に前にも後ろにも動けず釘付けとなる。
やられた!
ヤツらのほくそ笑む顔が浮かびイラつく。
降り注ぐ矢は払うしかない。打開策が見いだせないまま、降り注ぐ矢の雨へと後退を余儀なくされた。
致命傷を受けぬよう、ひたすらに凪払う。
アーマーを掠め、傷を作る。ユラのフードは穴が空き、下地のレザーアーマーが顔を出した。
「テイム……」
ハルヲの呟きにみんなの視線が、ハルヲをチラリと覗いた。
そんなバカな。
「あんなデカブツ、テイム出来るのか?」
「聞いたことないけど、ヤツらを襲わない理由がそれしか浮かばない」
ハルヲの中でもバカげていると思っていた。
言葉の端々に疑心が隠れているのが透けて見える。
テイム?
あの怪物を?!
左右の首がもたげる。
両端の口から白煙が上がる。
右の煙は上へ、左の煙は下へ。
何かヤバイ、心音の高鳴りが警鐘を鳴らす。
何かが来る⋯⋯それは間違いない。
「下がれーー!!」
キルロが叫びを上げた。
矢の雨を無視しても、後退を余儀なくされる。
前から、上からと逃げ場のない攻撃に防戦するしかなかった。
『『ゴオオオオオオ』』
轟音を伴い炎が、氷が、吐き出された。
メチャクチャだ。
一面が焦土と化し、一面が凍土と化す。
燻る煙と水蒸気が舞い上がり一面の視界を奪う。
その影に絶対的支配者の大きな影が揺らめいた。
《トゥルボ・レーラ》
ネインが静かに詠う。
かざした手の平から、緑色の大きな光の束を揺らめく影へと放った。
立ち込める白煙を吹き飛ばし怪物のど真ん中を狙い撃つ。
白煙を吹き飛ばす突然の反撃に首を下へと振り下ろした。首を支える関節とそれを支える巨大な筋肉が丸見えになる。
ゴガッ
何かが割れた。
大きな光の束が無防備な首元を射抜く。
特大な破裂音を首元から鳴らすと、ケルベロスはお辞儀をしたまま吼える。
「チッ!」
ただれたエルフはその様子に舌打ちした。
盛り上がりを見せていた筋肉はいびつな形を見せ、怪物は光の出元へと爆ぜる。
矢の雨が止んだ。飛び込む怪物の邪魔をしないようにか? あの怪物を味方認定している⋯⋯。
頭を垂れたまま駆ける姿は滑稽だが、その目は鋭く光る。
両端の首はもたげられ、中の首は垂れたまま、あれなら届く、剣を握る手に力をこめる。
「統率している首があるとは考えられませんか? 四本も首があるのに動きが統率されています。司令塔の役目をしている首があるのでは?」
「十分にあり得るわね」
ネインの言葉に全員の視線が中の首の一本。まだなんの動きも見せていない、垂れている首の直ぐ右。首をもたげ、こちらを睨むその首へ、全員が視線を向けた。
司令塔を潰せ。
「マッシュ、左右に展開して懐に潜れないか? ネイン、もう一発いけるか?」
「狙います」
「フェイン、ユラ、行けるか?」
マッシュの問い掛けに黙って頷くと三人は一斉に茂みの中へと消えた。
ネインの盾に隠れ、ハルヲは矢を放つ。
放つ矢に勢いはなく、硬い表皮に簡単に弾き返された。
行く。
キルロは前へと距離を詰めていく。
お辞儀した頭を叩きに向かう。
わざわざ頭を差し出してくれているのだ、叩くしかねえ。
怪物の首は近づく肉を喰らおうと、岩のような頭を左右に振り、血塗られたままの長い牙が目の前に現れたおやつに嬉々とする。
つまずき、転び、寸でのところでかわす。
吹き飛ばそうと巨大な頭がキルロの眼前を掠めていく。
生臭い息とともに牙が向かってくる。
手の届く所にあっても反撃の糸口は見つからない。
目の前を緑色の光が通り過ぎる。
後ろで余裕を決め込む、ただれたエルフが手のひらをこちらへかざしていた。
「ぶあっはははは、ほれ! ほれ!」
緑光が何本と襲いかかる。
頭が襲いかかる。
牙が襲いかかる。
クソ。
両端の首をもたげ、口の辺りからまた白煙がこぼれる。
またか。
「来るぞ! 下がれー!!」
キルロが叫ぶ。
両端の首が燻る煙を漏らしながら、大きな口を開けた。
ヤバッ!
どうする?!
周辺が咆哮と共に再び焦土と化し、凍土と化す。
立ち込める白煙。
「キルロー!」
ハルヲが叫ぶ。
白煙に煙る巨大な影しか見えない。
ケルベロスの首下に人影が揺れる。
キルロはあえて首下へと飛び込み炎と氷を免れた。
キルロの刃が首元を捕らえ斬り上げる。
簡単に弾かれる。
なんつう硬さ。
黒い表皮が傷つける事さえ許さない。どこか刃の通せる所はないものか。
見上げる怪物の巨躯に死角が見つからない。
白煙が空へと消えていく、いびつな姿勢の怪物が再びあらわになった。
頭を振り、牙を向く。
転がり、つまずき、避ける。
同じことの繰り返しだ。
打開しろ、考えろ、動きを止めるな。
「いきます!」
ネインが詠い終わった事を力強く叫んだ。
収束された眩しいほどの緑光が、手のひらから特大の光となり、怪物に向かって放たれた。
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