鍛冶師と調教師ときどき勇者と

坂門

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潜行

day1 痕跡

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 ブラブラと縄梯子が揺れるのを合図に下へ下へと靄の中へ次々に吸い込まれて行く。
 最後のキルロが底に着くと、7人とサーベルタイガーのパーティーが底へとたどり着いた。
 焦る心を抑え慎重に進む。心の底の方でボコボコと煮え立つような怒りが、常に鎮座して自然と表情は厳しくなっていた。
 陽の光を遮る底は、相変わらず薄暗く気持ちのいい所ではない。ジメジメとしている所がヤツらにはお似合いってところか。
 右半身が焼けた、ただれたエルフの痕跡をまずは探そう。
 草が踏みしめられている先を見つめ、東側をゆっくりと進む。
 手分けして探したいのだが、何が出るか分からない底で少人数での行動はリスクが高い。
 デカイ所なら人数掛けてローラー出来るが、ウチみたいな弱小にはとうてい無理な話。
 あ、でもローラーされる事を頭に入れて対策練っているかも? いや、それとも見つかるはずがないと、高を括っているのか。 
 
 マッシュが慎重に痕跡を探して行く。折れた草、ちょっとした靴の跡、どんな些細なものでも見逃すまいと、にらみを利かした。
 痕跡はゴツゴツした岩壁に沿って歩いている。岩壁に何かあるのか?
 しばらく進むがどうにも違和感というか、イヤな雰囲気がまとわりついて離れない。
 芳しくない兆候が感じ取れ、胸のざわつきが止まらない。
 皆もどうやら同じ事を感じている。

「ないですね」

 ネインが声を掛けてきた。
 そう、無さ過ぎる。
 下に降りてからエンカウントが一度もない。
 さすがに全くいないというのは異常な気がする。
 厄介なものが隠れていると考えるのが妥当か。
 遠くで聞こえる鳥のさえずりに危険な香りは感じない。
 不気味な静けさが漂う。

「エンカウントがないからアジトにしたのかしら?」
「どうかな。厄介なのがいるぞ、このパターン」
「そうよね。そう考えると今度はアジトとして使うには使いづらい場所ってなるわよね」

 ハルヲもキルロもこの現状をどう捉えるべきか頭を悩ます。
 淀む空気に停滞する思考。スッキリとしない感じが気持ち悪い。
 常に膜が張っていて見えてこない何かを必死に覗こうと目を凝らす。そんな感覚に覆われ、見えてこない何かに苛立ちすらおぼえる。
 マッシュが顔を上げると西へと折れた。
 壁側に洞窟はないのか?
 西側を目指しゆっくりと歩を進める。
 辺りを見回すと、一面腰近くまである草葉が覆う広い平原が広がっていた。
 風に揺れる草葉の音でさえ、うるさく感じる。
 マッシュが立ち止まり前方へ視線を向けると、つられるように皆も視線を向けた。
 崖?
 前方に続く地面が途切れている、かといって囲んでいるはずの岩壁もそこにはなかった。
 途切れている方へ向かい、下を覗き込んだ。
 今にも飲み込みそうな、靄のかかった空間が広がっていた。
 さらに底があるって事か?

「さらに下に向かったのかな?」
「どうかな、そんな感じはないんだよな⋯⋯」

 下に降りた痕跡を探す。
 マッシュで見つけられないものを、オレ達が見つけられるとは思えないのだが⋯⋯。
 一同が痕跡を求めて足元を必死に覗き込んでいく。

「ハッハ~、見~つけた。ギャハハハハ」

 突然の声に一同の視線がそちらに向く。
 100Mi程先に人影が見える。静かな所にバカみたいな声が響き渡る。
 右半身がただれたエルフ、一目見て分かる。ヤツだ。
 下舐めずりしながら下卑た笑い声を響かす。
 見下ろした態度が気に入らねえ。
 キルロが男に睨みを利かしていると横をすり抜けようとする影が⋯⋯、キルロは慌てて手を伸ばし襟首を捕まえる。

「ユラ待て! 慌てるな」

 ユラが今まで見せたことのない形相で真っ直ぐ男を捉えていた。
 ユラは何も言わずキルロを睨む。
 行かせろ。
 言葉に出さずに伝える。 

「あー、まだ生きていたのかてめえ。頑丈なチビだな」

 ユラを確認すると男は途端に不機嫌さを露わにし、冷たい視線を投げてくる。
 ユラが黙って男に睨み返す。

「まぁ、いいか~、ここで終わりだし~」

 男は口元から笑みが消え目を見開く。茂みの奥から武装した人間が20名程姿を現した。
 男は俯くと上目で睨みを利かせ“やれ”と静かに言葉を発する。
 ただれたエルフの合図に、武装した敵がキルロ達を囲み始めた。

「あのクソ野郎の超短縮詠唱に気をつけろ」

 ユラの言葉に一気に警戒を上げる。ネインと同じか、敵となると厄介だな。
 パーティーも抜刀し迎え討つ。じりじりとパーティーを囲む包囲網は、小さくなってくる。
 どういく?
 キルロは視線を動かし相手の動きを注視する。
 突然何本もの緑色の閃光がキルロの横を抜けていった。
 ネインの詠唱が包囲する敵の一角へ、一直線に向かっていく。
 盾を構えた大男が辛うじて受け止めると大きくバランスを失った。
 それを見逃さずマッシュが斬り込んでいく。
 今度は盾を構える大男の横をすり抜けるように緑光が、マッシュへと向かってくる。
 “チッ”と小さく舌打ちし横へと跳ね閃光をかわした。
 マッシュは追い打ちをかわすように一端後ろへと下がり、再び好機を伺う。
 ただれたエルフから次々に緑光が放たれると、それが合図となり一斉にキルロ達へ襲いかかってきた。
 乱戦か。
 避けたかったが、向こうは人数でゴリ押す気だ。
 力のある斬撃がキルロを襲う。篭手の盾で受け止めると派手な打撃音を鳴らし、衝撃が左腕全体に伝わる。
 濁り血走った目、この目は知っている。村を襲ったヤツらと同じ目だ。
 こいつらも何か齧っているのか?
 単調で緩慢な動き。なのに妙な力強さと、攻撃を受けても気にも留めない様がやりづらい。

「こいつら齧っているぞ。動きは単調だ、焦るなよ!」

 キルロの言葉に黙って頷く。落ち着いて捌けば問題はない。気持ち悪いというか不気味さに表情が厳しくなっていく。
 ヘラヘラと笑って、どこを見ているのか分からない表情で、ひたすらに刃を向けてくる。
 前後左右問わず振り下ろされる刃。それに気を取られていると、ただれたエルフからの詠唱が飛んできて、思うように攻撃が出来ずもどかしさを募らせる。

「ネイン!」

 ユラが叫ぶとネインの影でユラが詠唱を始めた。
 ネインがユラの盾となり、盾の影から敵へ向けて緑光を放ち続け牽制する。
 ネインの光に吹き飛ぶ姿。だが、すぐに起き上がり剣を構え、また突っ込んできた。
 村で対峙した経験のあるネインは、驚きもせずに冷静に放ち続けていく。
 揺れるな。
 ネインは盾の隙間から敵を覗き、冷静に対処していった。

「行くぞ!」

 ユラの手から赤い光が放たれ炎となる。
 ネインはその炎に風の勢いを乗せる。
 炎のスピードが風の勢い得ると、風切り音を鳴らしながら、敵を焼き尽くして行く。
 炎で焼いても、絶命するまで剣を振り続ける敵の異常さにユラは顔しかめる。
 呻くこともなく、体から火があがろうとも、まるで何事もなかったかのように向かって来る異常さに目を見開いた。
 フェインもまた殴っても蹴っても腕が逆に曲がっていようと、かまうことなく突っ込んでくる敵の異常さに肌が粟立つ。
 顔をしかめながらフェインは殴り蹴り続ける。今まで味わったことのない戦場の異様な雰囲気がたまらなく不快に感じた。
 
「キノ! 下がれ、クエイサーを頼む!」

 サーベルタイガーのクエイサーを守る為キノを後ろへ下げ戦場から離す。
 こんな戦場には巻き込みたくない。こいつらはあまりにも異常だ。
 ただれたエルフの超短縮詠唱に手こずりながらも、ひたすらに屍を作っていく。
 どんなに斬っても殴っても、最後の最後まで動くヤツらに手応えを感じられない。
 それでも手を休めずに振り続けた。
 地面に転がる濁った瞳は動いていた時と変わらず焦点が定まっていない。
 生きていても死んでいても同じ瞳とは……。

 敵の人数もあとわずかだ。
 こちらも無傷とは言わないが大きなダメージはなし。
 掠った傷から血が滲んでいるが、気にするほどではない。
 あと一押し。
 ネインの詠唱で敵が吹き飛び道が拓けた。そこに出来た道にユラが突っ込んで行く。
 一点突破。
 ただれたエルフへ、突進を見せる。
 しっかりと地面を蹴り上げ低い態勢でネインの作ってくれた道を突き進む。
 もっと早く!
 もっと低く!
 ただれたエルフの詠唱が襲う。ユラは緑光を掻い潜り、疾走する。
 怒りや悲しみを爆発力に変えて行く。
 ユラを見つめるただれたエルフの表情が変わった。口を堅く結び、眉間に皺を寄せていく。
 行く!!
 ユラは杖を下から上へ、男の顎を砕かんと振り上げた。
 男の口角が上がる。
 後ろに身を引くとユラのハンマーは男の目の前の空を切った。
 この間と一緒と思うなよ!
 ユラはそこから杖を強引に横へと軌道変更をする。
 ユラのハンマーが、目を見開くただれたエルフの頬を叩く。
 浅い。
 強引に軌道を変えた分力が乗り切らなかった。
 男は横に吹き飛び地面へと転がった。

「このクソチビ! 痛えだろうが!!」

 ただれたエルフは頬を押さえ立ち上がると、“来い”と後方に手を振る仕草をする。
 ただれたエルフのさらに奥から面倒くさそうな男と女、都合20名程が姿を現した。
 次から次へと、どっから湧いてくるんだ?

「何やってんだ、さっさと片づけろよ」
「そうよ、面倒くさい」

 現れたヤツらは男へ口々にボヤいた。
 こいつらは今相手にしていたヤツらとは違う。
 ユラはそう直感し一度下がった。

「団長、めんどうそうなヤツら出てきちまったぞ」

 ユラの一言にキルロの表情が険しくなる。
 ユラがそこまで言うなんて珍しい。厄介なヤツらが顔を出したのか。
 100Mi程離れた、ただれたエルフのさらにその奥に人影が確認出来た。

 コキキ

 ただれたエルフから何かを擦ったような音が聞こえた。
 
「この音どこかで……」

 ハルヲが記憶の糸を辿る。
 
『グゥルル……』

 どこからともなく低く響く唸りが聞こえてきた。
 この唸り大型種か、このタイミングでエンカウントかよ。
 
 なんだ? こりゃあ?!
 
 キルロは盛大な舌打ちと共にその姿を目にした。
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