鍛冶師と調教師ときどき勇者と

坂門

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モアルカコタン(小さな箱村)

奇襲

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「エーシャ、この仔アックスピークの面倒だけお願いね。【吹き溜まり】に連れていくには、まだ練度が足らないのよ」
「大丈夫ですよ。賢い仔ですし、村の方々も手伝ってくれるますので」

 エーシャが少し大げさに胸を張って見せる。
 ハルヲもその姿に笑顔を見せた。
 すぐに向かうつもりでいたのだが、マッシュに止められてしまう。
 キルロとユラには盛大な肩透かしだ。

「すぐ行かないのか?」
「ぶっ飛ばしに行こうや」
「まあまあ焦るな、一晩置いてから行こう。こちらが見失ったと油断させる。すぐに行ったら向こうも警戒しているだろう? 油断した一瞬を突きたいと思わんか。あとこちらの休養も必要だ。まずは回復に専念しよう。特にユラ、おまえさんだ」

 マッシュに名指しされ、膨れっ面を見せる。
 確かに小屋組も治療院組も働き詰めだ。アドレナリンとテンションで持ちこたえている現状マッシュの言葉が最適解なのは間違いない。

「言われた通り、ゆっくり休もうか」

 キルロはユラの肩を叩く。 
 頬を膨らましたまま、布団を頭から被ると小さな小山となった布団が、もぞもぞと動いていたがやがて止まった。
 分かったようなので、良しとするか。
 治療院はエーシャとハルヲの働きで、だいぶ落ち着きを取り戻していた。
 静まり返る病室に、寝息だけが微かに響く。
 後は経過観察と心のケア。やはり心のケアは一朝一夕では行かないよな。リンのケースは本人の資質も含めてラッキーなケースだったに違いない。
 新築の木の香りと治療院独特の消毒液の匂いが混じり合い、独特の雰囲気を醸し出す。
 動けないエーシャに代わり、住人達が良く動いてくれた。
 夕陽のオレンジ色が窓から差し込むと、外は急速に静寂が包み始める。
 ホントだったら楽しい夕餉の始まりなのに、そんな時間が早く迎えられるようになって欲しい。
 治療院に人が集まっているせいか、村全体はいつもにも増して暗い。
 キルロとネインは準備を兼ねて、間借りしている家へと戻った。
 ひと息つき、ベッドで大の字になる。
 治療院のベッドの方がフカフカなんだよな。
 そんな事を思いつつ、目を瞑った。
 まどろみが訪れ気持ちがほぐれていくと、唐突に聞こえてきたのは団欒での笑い声ではなく、助けを求める混乱した叫びだ。 
 やられた、仕掛けてくる可能性を失念していた。
 間借りしている家から、キルロとネインがいち早く飛び出す。
 声が聞こえてきた村の東。西に建つ治療院とは正反対の方向。
 治療院で休んでいる他のメンバーに伝えに行っている時間はない。
 急げ!
 二人は叫び声の方へと疾走した。
 村の東端へとたどり着くと、仄かに照らされる武装した男が二人視界に飛び込んだ。ゆらゆらと佇む二人組をふたりは険しい顔で見つめる。
 二人の手前でうずくまる人や、奥の方で倒れている人も視界に入り焦燥感を煽られた。
 
 クソ!
 
 キルロは駆けたまま抜刀し、そのまま斬りかかる。
 暗がりの中、異様に濁り、血走っている目と視線が交錯した。
 不気味な佇まいを見せる男に一瞬怯む。
 振り下ろした剣の切っ先が男の肩口を捉えた。緩慢な動きで男は後ろに身を引くと肩から腹に向かって大きな傷を作ったが、致命傷には至らない。
 切れた皮膚から血が滲むも、気にする素振りはなく、表情に変わりもなかった。
 浅かったか。
 構え直し再び男と対峙する。
 もう一人のナイフを持った男がこちらには一瞥もくれず、フラフラと煙を吐き出している家の扉をガチャガチャと回し、こじ開けようとしていた。
 ネインは男に向かって緑光を放つ。軽い衝撃音と共に男は吹き飛び、確かな手応えを感じる。
 だが、男はすぐに起き上がり不気味な薄ら笑いを浮かべると、何かをぶつぶつ言いながらネインへと飛びかかった。
 確かな手応えがあったはず?! なぜ、動ける?
ネインは虚を突かれ、突き出されたナイフへ咄嗟に盾を構えた。ナイフと盾が激しく擦れ火花が散る。
 肋骨どころか内蔵もいっているはず?! なぜ? どうして?
 相手の力強さにネインは困惑を隠せない。
 普通ではない。
 ナイフを握る男は口元から血を垂らしながら口を大きく開き、ネインに襲いかかる。
 暗がりに浮かび上がる血塗れの歯と濁り血走った目、口角の上がったその表情は明らかに笑っている。

「団長、こいつらなんかおかしいですよ」
「だよな。カコの実でも齧っているのか?!」

 キルロも圧されていた。一撃がやたらと重い。
 こちらの攻撃は軽く受け流すだけで、傷つくことを気にせずに突っ込んでくる。
 繰り出される重い一撃が困惑するキルロを襲う。
 ホントに、こいつはこんなパワーある奴なのか?
 そうは見えねぇ。全くもって気持ち悪い違和感のつきまとうヤツらだ。
 ヘラヘラと笑っているような表情を作り、傷つくことはお構いなしに突っ込んでくる。困惑は得体の知れない恐怖へと変わり、キルロの体を強張らせた。
 騒ぎを聞きつけ住人が数人顔を出すと、キルロは男から目を放さず叫ぶ。

「あんた達! そこの倒れている人達を早く治療院へ! そこにオレの仲間もいるんで呼んできてくれ! 頼む!」

 一瞬躊躇する素振りを見せたが倒れている人を目にすると、数人が飛び出し、慌てた素振りを見せながらも搬送を始めた。
 どっちか捕らえて、いろいろ聞き出したいんだが⋯⋯そんな余裕はないか。
 そもそも、こいつら聞ける状態じゃなさそうだ。
 気持ち悪さだけが際立つ。
 動きは遅いが攻撃は重い。
 ただ、単調に振り下ろすことしか出来ていない。良く見ろ。冷静にいけ。
 キルロは緩慢な動きで振り下ろされた剣を避けると、男の腕に向けて剣を振り下ろす。
 肉を通り骨に当たる感触が手に伝わる。そこからさらに力を込め一気に振り抜くと右腕の肘より先が剣を握ったままドサっと地面に落ち、先を失った肘からは血が吹き出した。
 男はまるで何が起こったか分からないような仕草を見せ、自分の右腕を眺めた。
 剣を握ったまま地面に転がる自分の腕を見つめると、おもむろに自分の腕を拾う。
 口元に笑みを浮かべ嬉々とした表情で拾った自分の腕で殴りかかってきた。
 異常だ、イカれてる。
 どうして人がここまで狂える?
 キルロは混乱し佇む。目の前の血塗れの男が意気揚々と自分の腕を手にして、殴りかかって来る異常。
 なんだこの異様な光景は。狂っている。
 思考と行動が停止してしまう。

「団長!」

 ネインの叫びと共に緑光が男へと放射され、男は視界から吹き飛んで行く。
 我に返ると二つの骸が転がっていた。

「すまんネイン、助かった」
「大丈夫ですか?」
「ああ……」

 二つの骸を目の前になんともやりきれない気分だ。
 あれは人か? 人の行動か?
 心に重石がずしりとのしかかり、心が圧迫され締め付けられる。

 マッシュ、フェインが駆けつけてきた。
 マッシュが骸を見やり眉間に皺を寄せると所持品を漁り始める、手に取っては捨てそれを繰り返していた。
 片腕の骸の胸ポケットをまさぐる手が止まる。
 ポケットから皮の小袋が出てくると中を確認して、自分のポケットにねじ込んだ。

「住人の容態は?」
「芳しくない。今ハルとエーシャがつきっきりで治療に当たっている。命は取り留めたが腕と足の神経をやられちまったらしい、元通りにはどうやら」

 マッシュは首を横に振る。
 くやしさが滲んで何度となく悔やむ。

「しくじったな」
「だな。全くもって自分が不甲斐ない」

 キルロとマッシュは大きく溜め息をついた。

「しかし村を襲うにしては中途半端だな、たった二人って。しかも様子を聞く限りカコの実かなんか確実に齧っているだろ」

 マッシュはポケットにしまっていた皮の小袋を取り出した。
 フェインが悔しさ滲ます二人を見つめ少し言い淀む。

「あの……、もし私達が【吹き溜まり】に出発していたら、二人で充分だったのではと思いますです」

 悔やむマッシュに、フェインが声を掛けた。
 そうだ、確かにフェインの言う通りだ。
 たまたまオレ達が残っていたから、これで済んだとも言える。もし住人しかいなかったら……考えただけで寒気がする。
 被害にあった人には申し訳ないが、最小限に抑えたとも言えるのか。
 だが、心は煮え切らない。もう一歩早ければと悔やまずにはやはりいられず、キルロは空を仰いだ。

「フェインの言う通りだと思う、そう考えるとアイツらは読み違えをしているって事だ。オレ達がもう引いたと思っている」
「だな。奇襲はまだ生きている。それと逆に考えれば、二人しか送り込めなかったという可能性もある。ユラとキノの小屋への奇襲は結構な戦力を削いだ可能性もあるって事だ」
中央セントラルに村の警備お願いできないかな? ここからそう遠くないよな」
「だな。ヘッグで誰か走って貰おう」

 キルロとマッシュは頷き合うと治療院へと向かった。
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