上 下
81 / 263
果樹の森

宴(パーティー)

しおりを挟む
 陽気な笑い声や罵声など様々な声が入り混じり、シャワーのように通りへ降り注ぐ。
 夜の帳が落ち、街灯の灯りが街路を照らし始めると人々のエネルギーが満ち溢れる。
 そんな街路を晴れやかな顔で、スミテマアルバレギオの一同は歩を進めていた。
 キノはフェインに肩車して貰い、キョロキョロと街並みを眺めると、楽しそうに笑顔を弾けさせている。
 平和な風景がここにはあり、穏やかな空気が包んでいた。
 
「ここよ」
 
 ハルヲが店の開き戸を放つと、喧騒が波のように押し寄せてきた。
 ポジティブな空気の圧が一気に押し寄せて来る。
 ハルヲが一歩店に入ると喧騒が嘘のように一瞬静まった。
 と思った瞬間、喧騒が爆発した。

『ハルーーー!』
『ハールさん!』
『ハルちゃーーん!』

 店のあちらこちらからハルを求める声が飛んでくると、メンバーは圧倒され一瞬怯んだ。
 当の本人は涼しい顔で手を振ったりして愛想を振りまき、キルロにも見慣れた光景でしかなかった。
 やれやれと嘆息して、店内を見渡していく。
 相変わらずだな、キルロがその光景を見ながら苦めの笑顔をこぼす。
 マッシュが呆気に取られている姿は珍しい、ハルヲの肩を叩きマッシュの方を指差すと、ハルヲも吹き出し笑みをこぼした。

「ハルちゃん、パーティー入ちゃって? なんでウチ来てくれないのー!」
「いやウチだ!」
「何言ってたんだウチだ!」
「ああー、もうやかましい。勝手に呑んでろ!」

 キルロが終わらない喧騒に終止符を打つべく水を差した。
 全く、なんも変わってねえなここは。
 ミドラスのヒューマン街の中にある、とある酒場。
 兎人ヒュームレプス達の第一陣が無事にヴィトリアに入り、工事も順調に進んでいる。あとは全部任す事にして、スミテマアルバレギオとしての介入に区切りをつけた。
 久しぶりに一息入れるタイミングと踏んで、ネインとユラの歓迎会を遅蒔きながら開催すべく、ハルヲの行き着けへと皆で足を運んだ。
 ここでのハルヲはアイドル的存在として皆に親しまれ、ハルヲ自身もここには昔から世話になっていた。
 ここの所バタバタしていたので久しぶりに足を運んだというのに、ここは変わらず受け入れてくれる。
 その変わらない空気にハルヲの表情も綻びを見せていた。

「ハル、奥空けておいたぞ。使え」
「店長ありがとう。皆こっちよ」

 店長の計らいで奥の個室を貸し切ってくれた。
 ハルヲは店長に礼を述べ、皆を案内する。
 扉を開き中へ入ると喧噪が遮られ落ち着いた雰囲気へと変わっていく。
 10名くらいで使えそうな切り出しのテーブルの上には、すでに料理が並べられ、部屋の隅には氷で冷やされている飲み物が準備されていた。

「じゃあ、早速オレから。今回は……」
「長い! 乾杯!」
『乾杯!!』
「待て! まだ何も言ってねえぞ!」

 キルロの挨拶を遮ったハルヲが乾杯の音頭をとると、部屋の中に笑顔が弾けた。
 たまには団長らしく挨拶させてくれてもいいのにと、いじけ気味にちびちびとエールを啜る。

「おほー、うんまいな」
「ですです」
「食べて、食べて、店長には言ってあるから遠慮はなしよ」
「ネイン! 呑んでいるかー!」
「団長もう酔われているのですか?!」
「アハハハ、おまえさん笑えるくらい弱いな」

 メンバーだけでの会食は初めてか?
 今回も含めてずっとバタバタだったもんな、やっと一息だ。
 キルロはテーブルを囲む皆を見渡す。
 その姿にキルロも笑顔になる。
 皆でワイワイと何気ない話しをして、食べて飲んで笑い声が響き、皆が笑顔になった。
 明るい雰囲気に包まれ、その空気感にもフワフワと酔う感じがする。
 ふいに信頼出来る人を選べと言っていたアルフェンの言葉を思い出す。
 きっと自分は出会いに関してはツイている。間違いない。
 笑顔でどうでもいい話しが出来る事に感謝しよう。
酔っ払いながらそんな事を考えて、皆の笑顔を見つめていた。


『ハルちゃーん! またねー!』

 ひとしきり食べて飲んで笑った。
 客に見送られながら店をあとにする。
 少し飲み過ぎてフワフワするが、まあ家まで余裕余裕とキルロはフラつく足で皆と共に帰路についた。
 

 さすがに少し酔ったな。
 マッシュは皆から少し離れて歩いていた。
 まさか自分がパーティーに入るとはね、今さらながら不思議だ。
 後ろから皆の姿を眺めながら喧噪の中を漂う。
 面白いヤツらが揃った変わったパーティーだが、加入は正解だった。次から次へと良くもまあいろいろ起こるわな、全く飽きる事がないよ。
 それでいて存外優秀なんだよな⋯⋯不思議なパーティーだ。
 少しフワフワとする頭で、考えがユラユラと頭の中を漂う。
 頭を軽く振って浮遊する思考を沈殿させる。

「ようよう兄ちゃん、いいもんあるんだけど、どうだい?」

 背中越しにイヤな感じの声が掛かる。人が気持ち良くなっているのにとマッシュは無視を決め込む。

「兄ちゃん、待ちなって。見た事ないヤツだぜ」

 二人組だったのか冒険者然とした別の男が回り込んで前を塞ぐ。
 鬱陶しいな。
 前方の男に睨みを利かす。
 睨まれた男は“へへ”と、いやらしい笑いを浮かべるだけで、怯む事はしなかった。

「まあまあ、見るだけ見ろよ。コイツは今までとは違う酔い方できるぜ」
「チッ!」

 マッシュはイラ立ちを伝えんと盛大な舌打ちをする。
 後ろから声を掛けてきた男と二人、いつの間にか前方を塞がれ進めない。
 揉め事を起こすのも面倒だ、全く人が気持ち良く歩いている所を邪魔しやがって。
 男はニヤニヤといやらしい笑いを浮かべると、小袋から赤というには少し黄色かかった小さな粒状のものを手の平に乗せて見せてきた。
 怪しいにもほどがあるな、これカコの実だろ。

「ただのカコの実じゃねえか、いらんよそんなもの」

 マッシュの言葉に二人組は顔を見合わせ、笑みを浮かべた。
 なんだ気持ち悪いな、釣れたみたいな顔しやがって。

「流石だな、兄ちゃん。これカコの実だ。ただしちょっと細工してあってよ、普通のカコの実だとパキーンと目が覚めるだけだ。こいつはパキーンと目が冴えているのに、頭の中はフワフワ気持ちいい夢心地が続くんだ。すげえぞコイツは!」
「適当だな、そんな訳あるか」
「それがあるんだよ」

 相変わらずイヤらしい笑いを浮かべやがって。
 そんな都合のいい話あるかよ。
 立ち去ろうとするマッシュに手を差しだし遮る。
 面倒くさいな、カコの実使い道はないが、まあ持っていてもいいか。

「5000でいいよ」
「1000だ」
「無茶いうなよ、3500これ以上は勘弁してくれ」
「1500だ」
「あ、もう負けたよ3000だ」

 マッシュはひと呼吸置きポケットから3000ミルドを取り出した。

「このへんにいるからよ、また声掛けてくれ」

 男達は裏通りへと消えて行く。
 随分としつこかったな、手の平でカコの実を転がすとポケットへねじ込み喧噪の中、皆のあとを急ぎ足で追った。




 頭が痛い、昨日はしゃぎ過ぎたな。
 足元で眠るキノを起こさないようにそっとベッドを抜けだし、カップに水を注いだ。
 窓を開けるとシトシトと静かな雨が街の音を吸い取り、静かに降り注ぐだけだった。
 体を伸ばして欠伸をひとつすると、頭が少しずつ起きてきた。

「静かだ」

 口元からこぼれる。
 今日はのんびり休むかな、頭痛いし。

「ごめんくださーい、早駆けでーす」

 店の入口で書状を渡されると、宛名を確認した。
 ユクランカペレ。
 勇者絡みのクエストか。休みはなしだな。
 封は開けず、皆に集合を掛けるべく準備に入った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

聖女のはじめてのおつかい~ちょっとくらいなら国が滅んだりしないよね?~

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女メリルは7つ。加護の権化である聖女は、ほんとうは国を離れてはいけない。 「メリル、あんたももう7つなんだから、お使いのひとつやふたつ、できるようにならなきゃね」 と、聖女の力をあまり信じていない母親により、ひとりでお使いに出されることになってしまった。

ロイヤルブラッド

フジーニー
ファンタジー
この世界には、特別な王の血を引く一族が数多存在する。 そして、それぞれがこの世に生を受けたその瞬間から特殊な力を身に宿している。 そんな彼らはいつしか “ロイヤルブラッド” そう呼ばれるようになった。 そして、ここに男が1人___ 青年の名は、アグネロ。 彼は今日も旅を続ける、ロイヤルブラッドを探す為に。 王家の血をめぐる壮大な王道ファンタジー! ※ネタバレを防ぐために、内容紹介は、あえて詳しく書いておりません。 会話が多く、テンポよく読める作品を意識しています。登場人物の言葉の使い方や、口調などにより、クスッと笑えたり、心に刺されば良いなと思い、執筆しております。 苦手な方もいらっしゃるかと思いますが、何卒、温かい目で応援してください! 目指せ!コミカライズ!

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

前世持ち公爵令嬢のワクワク領地改革! 私、イイ事思いついちゃったぁ~!

Akila
ファンタジー
旧題:前世持ち貧乏公爵令嬢のワクワク領地改革!私、イイ事思いついちゃったぁ〜! 【第2章スタート】【第1章完結約30万字】 王都から馬車で約10日かかる、東北の超田舎街「ロンテーヌ公爵領」。 主人公の公爵令嬢ジェシカ(14歳)は両親の死をきっかけに『異なる世界の記憶』が頭に流れ込む。 それは、54歳主婦の記憶だった。 その前世?の記憶を頼りに、自分の生活をより便利にするため、みんなを巻き込んであーでもないこーでもないと思いつきを次々と形にしていく。はずが。。。 異なる世界の記憶=前世の知識はどこまで通じるのか?知識チート?なのか、はたまたただの雑学なのか。 領地改革とちょっとラブと、友情と、涙と。。。『脱☆貧乏』をスローガンに奮闘する貧乏公爵令嬢のお話です。             1章「ロンテーヌ兄妹」 妹のジェシカが前世あるある知識チートをして領地経営に奮闘します! 2章「魔法使いとストッカー」 ジェシカは貴族学校へ。癖のある?仲間と学校生活を満喫します。乞うご期待。←イマココ  恐らく長編作になるかと思いますが、最後までよろしくお願いします。  <<おいおい、何番煎じだよ!ってごもっとも。しかし、暖かく見守って下さると嬉しいです。>>

ガチャと異世界転生  システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!

よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。 獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。 俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。 単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。 ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。 大抵ガチャがあるんだよな。 幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。 だが俺は運がなかった。 ゲームの話ではないぞ? 現実で、だ。 疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。 そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。 そのまま帰らぬ人となったようだ。 で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。 どうやら異世界だ。 魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。 しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。 10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。 そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。 5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。 残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。 そんなある日、変化がやってきた。 疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。 その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。

異世界薬剤師 ~緑の髪の子~

小狸日
ファンタジー
この世界では、緑の髪は災いを招く「呪いの子」と呼ばれていた。 緑の髪の子が生まれる時、災害が起きると言われている。 緑の髪の子は本当に災いを招くのだろうか・・・ 緑の髪の子に隠された真実とは・・・ 剣と魔法の世界で、拓は謎に立ち向かう。

処理中です...