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ヴィトリア
くちなし
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マッシュの言葉にハルヲの思考が一瞬停止する。
何このタイミング。
殺人に加担してしまったかのような不快感が襲ってくると体が勝手に震えだした。
両手で震えを押さえようと自身の二の腕をギュっと強く握っていく。
心臓の早鐘が止まらない。突然の出来事にパニックにならぬよう必死に言い聞かすので精一杯だった。
落ち着け。
何度となく自分の頭の中で繰り返す。だが、マッシュが放った言葉の衝撃は、増していくばかり。
「街の外れで、首を吊っていたんだと。早々に護衛兵が動いちまって、現場にはもう近づけん。しかし、何とも言えんタイミングだよな」
「自殺? いや、そんな……」
「だよな。ただ、護衛兵の連中はその線で片付けちまうようだ」
護衛兵が動かれてしまうと、こちらで思うようには動けない。
変に動けば関わりがあるのではないかと、いらぬ嫌疑が掛かってしまう。
動きようがないじゃない!
「死人に口無しとはこの事だな」
「ああ! もう!」
ハルヲは上手くいかない苛立ちを隠さず、頭を掻きむしった。
追い詰めすぎたのか、いやそこまでではないはずだ。
たかが襲撃未遂事件。
事務長をクビになったとしても、命に関わるような案件ではないはずだ。
横領の件は秘密裏に動いているのだから、死因に直接繋がるとは思えない。
何かがずれている。
「他殺……」
ハルヲの口元からこぼれた言葉にマッシュは頷く。
いや、でも誰が?
「それが一番しっくりくる。オレ達の知らない何かがあるってなら別だが、口封じってのが一番しっくりくる。何を隠す⋯⋯? ただもうこちらでは動けん」
護衛兵の動きも早過ぎる。
何か、仕組まれている印象しか受けない。
やられた。
「キルロの所に行きましょう」
ふたりは廊下を急ぐ。最低限の灯りと月明かりがぼんやりと足元を照らし出す。はっきりと見えない足元が、見えない事実と重なる。
イヤな感じ。
心臓の早鐘は依然打ちっ放しだった。
「嘘だろ……」
キルロは絶句する。
あれだけ毛嫌いしていたとはいえ、死んだとなるとさすがにショックは大きい。
「とりあえず皆を集めよう」
キルロはそれだけ言い、茫然と部屋を出て行った。
ハルヲは部屋でぐるぐると回る思考の渦に漂っていた。
フカフカのベッドに身を沈め、同じ所をぐるぐると回っている。
進みかけた所に襲う停滞感。
出来すぎている。
イヤなヤツだが、この段階で死ぬ必然性は感じられない。
“コンコン”という静かなドアのノックで思考の渦が止まる。
執事のヴァージさんが呼びに来てくれた。
ダイニングにはメンバーと家族が揃っていた。
事情を知らないキルロとマッシュ以外、なんで集められたのか想像も出来ず、口数は少ない。
只ならぬ事が起きているという事だけは、ひりついた空気から各々が感じ取っていた。
「夜分に突然すいません」
マッシュが頭を下げ口火を切った。
「私が夜の街を散策していた時にちょっとした騒ぎがありまして、近づいて見ると事務長のシバトフが死体であがっておりました。すでに護衛兵が動いており、詳しい事は分かりませんでしたが、自殺として護衛兵達は動いているという事です」
マッシュは客観的事実だけを淡々と伝え着席した。
家族は激しく動揺している中でも母イリアの動揺が尋常ではなかった。
顔は青ざめ、両腕で自分を抱きしめるかのように体を激しく震わせている。
目は見開き大きなテーブルのどこを見ているのか一点を凝視していた。
「お母様大丈夫ですか? 顔色が相当悪いですが」
ネインが気遣うように声を掛けると、ハルヲとマッシュに視線を送った。
ハルヲはその視線の意味が分からなかったが、マッシュは何かに気がついたようだ。
「ご家族の皆様、私達には想像も出来ないようなショックをお受けになっている事でしょう。真実を掴む為に私どもも手助けをしたいと思います。どうか護衛兵が来る前に事務長室の捜索の許可を頂けないでしょうか?」
マッシュは家族を見つめ許可を求めた。
許可?
そんなもの取らなくても、散々忍びこんでいたクセに何を今さら?
「それは構いませんよ。むしろ真実に近づけるのであれば、こちらからお願いしたいくらいです。私どもも突然の事でどう整理していいのか⋯⋯恥ずかしながら少々混乱をきたしておりますので」
父ヒルガがマッシュへ快諾すると、イリアの様子が変貌する。
「な、亡くなられた方の部屋を漁るマネはいかがなものかと……」
焦り過ぎて口がうまく回っていない。
イリアの動揺は目に見えて明らかだった。
マッシュは大きく頷きながら、イリアを一瞥する。
その瞳には諦めにも似た悲哀がこもっていた。
「仰る通りですね」
「では!」
マッシュがイリアの言葉を肯定すると、イリアは安堵の表情を浮かべマッシュの方へと顔を向けた。
マッシュはイリアへ笑顔を向ける。
「イリアさん、なぜシバトフは自殺したのでしょうかご存知ですか? 護衛兵達はちょっと調べて適当な理由をつけ自殺した、で終わりですよ。なぜそのような行動を取ったかまでは調べません。よろしいのですか? それとも何か私共が調べては困る理由でもおありですか?」
イリアが俯きながら目を見開いた。
マッシュは表情ひとつ変えず淡々と言い放つ。
家族は少しばかり不思議そうにふたりのやりとりを見守っていた。
マッシュが突っ込んだ言葉⋯⋯。
そうか、調べられては困るのだ。
そういう事か。
ハルヲはその瞬間ネインの視線の意味に気がついた。
「お袋、もういいだろう。調べない事にはどうしようもないんだ。この家の事でもあるんだし構わないだろう」
キルロの言葉にイリアはボロボロと大粒涙をこぼすと、堰を切ったように涙が溢れだした。
両手で顔を覆い、肩を震わす。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
イリアは何度も謝罪を繰り返した。
何このタイミング。
殺人に加担してしまったかのような不快感が襲ってくると体が勝手に震えだした。
両手で震えを押さえようと自身の二の腕をギュっと強く握っていく。
心臓の早鐘が止まらない。突然の出来事にパニックにならぬよう必死に言い聞かすので精一杯だった。
落ち着け。
何度となく自分の頭の中で繰り返す。だが、マッシュが放った言葉の衝撃は、増していくばかり。
「街の外れで、首を吊っていたんだと。早々に護衛兵が動いちまって、現場にはもう近づけん。しかし、何とも言えんタイミングだよな」
「自殺? いや、そんな……」
「だよな。ただ、護衛兵の連中はその線で片付けちまうようだ」
護衛兵が動かれてしまうと、こちらで思うようには動けない。
変に動けば関わりがあるのではないかと、いらぬ嫌疑が掛かってしまう。
動きようがないじゃない!
「死人に口無しとはこの事だな」
「ああ! もう!」
ハルヲは上手くいかない苛立ちを隠さず、頭を掻きむしった。
追い詰めすぎたのか、いやそこまでではないはずだ。
たかが襲撃未遂事件。
事務長をクビになったとしても、命に関わるような案件ではないはずだ。
横領の件は秘密裏に動いているのだから、死因に直接繋がるとは思えない。
何かがずれている。
「他殺……」
ハルヲの口元からこぼれた言葉にマッシュは頷く。
いや、でも誰が?
「それが一番しっくりくる。オレ達の知らない何かがあるってなら別だが、口封じってのが一番しっくりくる。何を隠す⋯⋯? ただもうこちらでは動けん」
護衛兵の動きも早過ぎる。
何か、仕組まれている印象しか受けない。
やられた。
「キルロの所に行きましょう」
ふたりは廊下を急ぐ。最低限の灯りと月明かりがぼんやりと足元を照らし出す。はっきりと見えない足元が、見えない事実と重なる。
イヤな感じ。
心臓の早鐘は依然打ちっ放しだった。
「嘘だろ……」
キルロは絶句する。
あれだけ毛嫌いしていたとはいえ、死んだとなるとさすがにショックは大きい。
「とりあえず皆を集めよう」
キルロはそれだけ言い、茫然と部屋を出て行った。
ハルヲは部屋でぐるぐると回る思考の渦に漂っていた。
フカフカのベッドに身を沈め、同じ所をぐるぐると回っている。
進みかけた所に襲う停滞感。
出来すぎている。
イヤなヤツだが、この段階で死ぬ必然性は感じられない。
“コンコン”という静かなドアのノックで思考の渦が止まる。
執事のヴァージさんが呼びに来てくれた。
ダイニングにはメンバーと家族が揃っていた。
事情を知らないキルロとマッシュ以外、なんで集められたのか想像も出来ず、口数は少ない。
只ならぬ事が起きているという事だけは、ひりついた空気から各々が感じ取っていた。
「夜分に突然すいません」
マッシュが頭を下げ口火を切った。
「私が夜の街を散策していた時にちょっとした騒ぎがありまして、近づいて見ると事務長のシバトフが死体であがっておりました。すでに護衛兵が動いており、詳しい事は分かりませんでしたが、自殺として護衛兵達は動いているという事です」
マッシュは客観的事実だけを淡々と伝え着席した。
家族は激しく動揺している中でも母イリアの動揺が尋常ではなかった。
顔は青ざめ、両腕で自分を抱きしめるかのように体を激しく震わせている。
目は見開き大きなテーブルのどこを見ているのか一点を凝視していた。
「お母様大丈夫ですか? 顔色が相当悪いですが」
ネインが気遣うように声を掛けると、ハルヲとマッシュに視線を送った。
ハルヲはその視線の意味が分からなかったが、マッシュは何かに気がついたようだ。
「ご家族の皆様、私達には想像も出来ないようなショックをお受けになっている事でしょう。真実を掴む為に私どもも手助けをしたいと思います。どうか護衛兵が来る前に事務長室の捜索の許可を頂けないでしょうか?」
マッシュは家族を見つめ許可を求めた。
許可?
そんなもの取らなくても、散々忍びこんでいたクセに何を今さら?
「それは構いませんよ。むしろ真実に近づけるのであれば、こちらからお願いしたいくらいです。私どもも突然の事でどう整理していいのか⋯⋯恥ずかしながら少々混乱をきたしておりますので」
父ヒルガがマッシュへ快諾すると、イリアの様子が変貌する。
「な、亡くなられた方の部屋を漁るマネはいかがなものかと……」
焦り過ぎて口がうまく回っていない。
イリアの動揺は目に見えて明らかだった。
マッシュは大きく頷きながら、イリアを一瞥する。
その瞳には諦めにも似た悲哀がこもっていた。
「仰る通りですね」
「では!」
マッシュがイリアの言葉を肯定すると、イリアは安堵の表情を浮かべマッシュの方へと顔を向けた。
マッシュはイリアへ笑顔を向ける。
「イリアさん、なぜシバトフは自殺したのでしょうかご存知ですか? 護衛兵達はちょっと調べて適当な理由をつけ自殺した、で終わりですよ。なぜそのような行動を取ったかまでは調べません。よろしいのですか? それとも何か私共が調べては困る理由でもおありですか?」
イリアが俯きながら目を見開いた。
マッシュは表情ひとつ変えず淡々と言い放つ。
家族は少しばかり不思議そうにふたりのやりとりを見守っていた。
マッシュが突っ込んだ言葉⋯⋯。
そうか、調べられては困るのだ。
そういう事か。
ハルヲはその瞬間ネインの視線の意味に気がついた。
「お袋、もういいだろう。調べない事にはどうしようもないんだ。この家の事でもあるんだし構わないだろう」
キルロの言葉にイリアはボロボロと大粒涙をこぼすと、堰を切ったように涙が溢れだした。
両手で顔を覆い、肩を震わす。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
イリアは何度も謝罪を繰り返した。
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