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最北
祈り
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「止んだな」
不意な呼びかけにキルロは少し驚いて見せる。
声の主、ミルバに振り返り短く答えた。
「そうだな」
視線を空に移しもう一度、星を仰ぐ。いつの間にか雲は晴れ満点の星を拝めた。
双尾蠍と対峙していたのが遠い昔のように感じる。あんなに短期間で死を体感したのは初めての事、正直心の整理がついたかと言えば、今だもどかしい思いが胸の奥に溜まっていた。
「スミテマアルバが運んでくれた荷物が我々の生命線だ、大袈裟じゃなくだ。良くぞ、たどり着いた。改めて礼を言うよ」
「ケルト達のお陰だ。礼はケルトに言ってくれ。アンタらだって最前線で厄介な仕事こなしているんだ、荷運びくらい、いくらでもするさ」
キルロは肩をすくめながら答える。
今回はラッキーだった。自分達だけでここに辿り着けたかと言えば疑問符が残る。そんな思いが強いのは自分だけではないはずだ。
「そういえばここは【イリスアーラレギオ(虹の翼)】しかいないのか?」
「今はそうだな。少し前まで【ノクスニンファレギオ(夜の妖精)】のパーティーがいたが、北西に向かった」
「そうか。さっきは出迎えってわけじゃないよな? なんであんな所うろついていたんだ?」
「ケルトのパーティーが予定日過ぎても現れなかったのでな。優秀なパーティーだったから厄介事に巻き込まれたに違いないと思って、様子を見に出たのだ。ちょっと遅かったな」
溜め息をつきながらミルバは答える。
もう少し早ければとキルロと同じように自責の念に苛まれているのかも知れない。
いや苛まれていたが、もう前を見据えている。
その姿を目の当たりにし、自分達の未熟さを感じてしまう。
「そうだ、双尾蠍の甲殻はレアだぞ。持って帰るならウチの解体屋貸すぞ。いろいろ思うかも知れんが、自分達の身を守るものにゴチャゴチャ線引きするな。いいものは活用しろ!」
バンとミルバに背中を叩かれると何か吹っ切れた気がした。
彼女の言葉は不思議と背中を押してくれる。
「そうだな、お願いするか」
キルロが答えるとミルバは満面の笑みで去っていった。
翌日は良く晴れた。
キルロは特に何するわけでもなく集落を見て回る。
【イリスアーラレギオ】が忙しく動き回っていた。
「おーい!」
犬人のミアンが遠めから声を掛け手招きしてきた。
オレか? とミアンの方へと向かう。
「ケルトが話したいってよ」
「なんだ? わかったよ、あとで顔出す。しかし、なんでかな⋯⋯」
“さあね?” と肩をすぼめミアンは去って行く。
キルロはそのままケルトのテントへと向かった。
「どうだい調子は?」
「もうだいぶいいよ、今日中には動ける。アンタのおかげだ」
昨日と比べるとだいぶ良さそうだ。
いろいろ考える事もあったのだろうが、少し落ち着いた印象を受けた。
「オレらは大した事していないよ。ミルバ達に言ってくれ。それはそうと話ってなんだ?」
「迷惑掛けついでにスミテマアルバにわがままを聞いて欲しいのだが、言うだけ言ってもいいか?」
キルロは黙って頷きケルトに続けるように促す。
「まず戻るときに一緒に連れて行って欲しいのと、その時にオレらが途中になっちまった精浄の続きをお願いしたい。まぁ、あと言いにくいんだが、アイツの墓とウチのメンバーに別れを告げて持ち帰れるものがあれば持って帰りたいんだ。もちろんそんなデカイもんは持って帰んないさ、家族や恋人、友人に渡せるものがあれば……」
ケルトは言葉を詰まらす、キルロは後ろ手に頭を掻きながら笑みを返した。
「かまわない。岩熊の墓の所は素材取りにいくつもりだし、パーティーの面々がいる所は通り道だ。精浄の仕方は教えてくれ、どうせいつかはやる事になるんだ、いい機会だよ」
「ありがとう」
ケルトが少しだけ笑みをうかべ感謝を伝えると、キルロは照れたように軽く手を上げて答えた。
「先行して解体しとく、半分とは言わんが三分の一か双尾の所、貰えねえかな」
ヤクラスが頭を掻きながら、言いにくそうに話し掛けてきた。
「アンタが解体屋か!? 好きなほう選んでくれていいぞ。どうせ全部は持って帰れないんだから」
「いいのか?! 解体しながら考えるか。あ! 解体は本業じゃないぞ、好きなだけだ」
世の中にはいろんな奴がいるんだな、こっちは助かるからいいけど解体って楽しいかな? どちらかと言えば面倒だと思うのだが⋯⋯。
ケルトの容態を鑑みて予定より一日多く休みを取って、出発となった。
出発間際にヤクラスがやってきた、解体は無事終わったようだ。
「ばっちりバラしといた! 考えてさ、尻尾貰ったよ。双尾はレアだからな」
「そうか、助かったよ」
満面の笑みを湛え、喜びを隠さず告げてきた。お礼を告げるとヤクラスは“気をつけてな!”と言い残し立ち去る。
こちらも出発しよう。
雨のせいだったのか、足取りが重かったせいか、帰りはあっという間にバラされている双尾蠍の元にたどり着いた。
こんなに近かったのか。
ケルトは黙って岩熊の前でしゃがみ込み、木で組んだ十字架をじっと見つめている。
甲殻の積み込みを完了すると、ケルトの姿を遠巻きに皆で見守った。
「行こう」
ケルトが立ち上がりこちらに振り返った。
「もういいのか?」
「アンタらのおかげでまた会える。また来るさ」
キルロの問いに笑みを浮かべ返す。
少しだけ吹っ切れたのかもしれない。ケルトの顔を見てそう感じた。
「ここらへんからだ」
ケルトが周りを見渡し、バックパックから地図と魔具を取り出した。
地図を頼りに掘り起こし埋め直す。
ただそれだけなのだが、地図と照らし合わせが難しい。
フェインが地図を片手に、四苦八苦していた。
「慣れちまえば、なんてこたぁないよ」
ケルトの言葉を聞きながら、フェインは地図とにらめっこしていた。
残りといってもそれほどの数でもなく、滞りなく精浄作業は終了する。
これでしばらくはこの辺りを安全に行き来できる。
現実と向かい合わなければならない足取りは重かった。
日差しは陽気に木々の葉の隙間からチラチラと照りつけるが、重い空気に誰も言葉を発しない。
程なくしてケルトはパーティーメンバーと再会した。
装備と骨が少し残っているだけの状態、人だった面影はだいぶ薄まり残骸だけが朽ちるのを待っていた。
穴を掘り、隣り合うように弔う。
ケルトはひとりひとりに声を掛けていくと、最後の方は嗚咽が混じる。
後ろで眺めていたフェインもその様子に涙していた。
「みんな、敵は取ったぞ。ゆっくり休め……」
ケルトの言葉を合図にして皆で一礼し祈りを捧げた。
不意な呼びかけにキルロは少し驚いて見せる。
声の主、ミルバに振り返り短く答えた。
「そうだな」
視線を空に移しもう一度、星を仰ぐ。いつの間にか雲は晴れ満点の星を拝めた。
双尾蠍と対峙していたのが遠い昔のように感じる。あんなに短期間で死を体感したのは初めての事、正直心の整理がついたかと言えば、今だもどかしい思いが胸の奥に溜まっていた。
「スミテマアルバが運んでくれた荷物が我々の生命線だ、大袈裟じゃなくだ。良くぞ、たどり着いた。改めて礼を言うよ」
「ケルト達のお陰だ。礼はケルトに言ってくれ。アンタらだって最前線で厄介な仕事こなしているんだ、荷運びくらい、いくらでもするさ」
キルロは肩をすくめながら答える。
今回はラッキーだった。自分達だけでここに辿り着けたかと言えば疑問符が残る。そんな思いが強いのは自分だけではないはずだ。
「そういえばここは【イリスアーラレギオ(虹の翼)】しかいないのか?」
「今はそうだな。少し前まで【ノクスニンファレギオ(夜の妖精)】のパーティーがいたが、北西に向かった」
「そうか。さっきは出迎えってわけじゃないよな? なんであんな所うろついていたんだ?」
「ケルトのパーティーが予定日過ぎても現れなかったのでな。優秀なパーティーだったから厄介事に巻き込まれたに違いないと思って、様子を見に出たのだ。ちょっと遅かったな」
溜め息をつきながらミルバは答える。
もう少し早ければとキルロと同じように自責の念に苛まれているのかも知れない。
いや苛まれていたが、もう前を見据えている。
その姿を目の当たりにし、自分達の未熟さを感じてしまう。
「そうだ、双尾蠍の甲殻はレアだぞ。持って帰るならウチの解体屋貸すぞ。いろいろ思うかも知れんが、自分達の身を守るものにゴチャゴチャ線引きするな。いいものは活用しろ!」
バンとミルバに背中を叩かれると何か吹っ切れた気がした。
彼女の言葉は不思議と背中を押してくれる。
「そうだな、お願いするか」
キルロが答えるとミルバは満面の笑みで去っていった。
翌日は良く晴れた。
キルロは特に何するわけでもなく集落を見て回る。
【イリスアーラレギオ】が忙しく動き回っていた。
「おーい!」
犬人のミアンが遠めから声を掛け手招きしてきた。
オレか? とミアンの方へと向かう。
「ケルトが話したいってよ」
「なんだ? わかったよ、あとで顔出す。しかし、なんでかな⋯⋯」
“さあね?” と肩をすぼめミアンは去って行く。
キルロはそのままケルトのテントへと向かった。
「どうだい調子は?」
「もうだいぶいいよ、今日中には動ける。アンタのおかげだ」
昨日と比べるとだいぶ良さそうだ。
いろいろ考える事もあったのだろうが、少し落ち着いた印象を受けた。
「オレらは大した事していないよ。ミルバ達に言ってくれ。それはそうと話ってなんだ?」
「迷惑掛けついでにスミテマアルバにわがままを聞いて欲しいのだが、言うだけ言ってもいいか?」
キルロは黙って頷きケルトに続けるように促す。
「まず戻るときに一緒に連れて行って欲しいのと、その時にオレらが途中になっちまった精浄の続きをお願いしたい。まぁ、あと言いにくいんだが、アイツの墓とウチのメンバーに別れを告げて持ち帰れるものがあれば持って帰りたいんだ。もちろんそんなデカイもんは持って帰んないさ、家族や恋人、友人に渡せるものがあれば……」
ケルトは言葉を詰まらす、キルロは後ろ手に頭を掻きながら笑みを返した。
「かまわない。岩熊の墓の所は素材取りにいくつもりだし、パーティーの面々がいる所は通り道だ。精浄の仕方は教えてくれ、どうせいつかはやる事になるんだ、いい機会だよ」
「ありがとう」
ケルトが少しだけ笑みをうかべ感謝を伝えると、キルロは照れたように軽く手を上げて答えた。
「先行して解体しとく、半分とは言わんが三分の一か双尾の所、貰えねえかな」
ヤクラスが頭を掻きながら、言いにくそうに話し掛けてきた。
「アンタが解体屋か!? 好きなほう選んでくれていいぞ。どうせ全部は持って帰れないんだから」
「いいのか?! 解体しながら考えるか。あ! 解体は本業じゃないぞ、好きなだけだ」
世の中にはいろんな奴がいるんだな、こっちは助かるからいいけど解体って楽しいかな? どちらかと言えば面倒だと思うのだが⋯⋯。
ケルトの容態を鑑みて予定より一日多く休みを取って、出発となった。
出発間際にヤクラスがやってきた、解体は無事終わったようだ。
「ばっちりバラしといた! 考えてさ、尻尾貰ったよ。双尾はレアだからな」
「そうか、助かったよ」
満面の笑みを湛え、喜びを隠さず告げてきた。お礼を告げるとヤクラスは“気をつけてな!”と言い残し立ち去る。
こちらも出発しよう。
雨のせいだったのか、足取りが重かったせいか、帰りはあっという間にバラされている双尾蠍の元にたどり着いた。
こんなに近かったのか。
ケルトは黙って岩熊の前でしゃがみ込み、木で組んだ十字架をじっと見つめている。
甲殻の積み込みを完了すると、ケルトの姿を遠巻きに皆で見守った。
「行こう」
ケルトが立ち上がりこちらに振り返った。
「もういいのか?」
「アンタらのおかげでまた会える。また来るさ」
キルロの問いに笑みを浮かべ返す。
少しだけ吹っ切れたのかもしれない。ケルトの顔を見てそう感じた。
「ここらへんからだ」
ケルトが周りを見渡し、バックパックから地図と魔具を取り出した。
地図を頼りに掘り起こし埋め直す。
ただそれだけなのだが、地図と照らし合わせが難しい。
フェインが地図を片手に、四苦八苦していた。
「慣れちまえば、なんてこたぁないよ」
ケルトの言葉を聞きながら、フェインは地図とにらめっこしていた。
残りといってもそれほどの数でもなく、滞りなく精浄作業は終了する。
これでしばらくはこの辺りを安全に行き来できる。
現実と向かい合わなければならない足取りは重かった。
日差しは陽気に木々の葉の隙間からチラチラと照りつけるが、重い空気に誰も言葉を発しない。
程なくしてケルトはパーティーメンバーと再会した。
装備と骨が少し残っているだけの状態、人だった面影はだいぶ薄まり残骸だけが朽ちるのを待っていた。
穴を掘り、隣り合うように弔う。
ケルトはひとりひとりに声を掛けていくと、最後の方は嗚咽が混じる。
後ろで眺めていたフェインもその様子に涙していた。
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