58 / 263
最北
双尾蠍(デュオカプタスコーピオ)
しおりを挟む
「埒があかねえぞ」
キルロが痺れを切らし言葉を吐き出す。
ハサミが、尻尾が、次々に目の前を横切り、満足に近づけないでいる。
どれか一本でも落とせれば状況は改善されそうなものだが、打開策は見いだせないでいた。
定石通り目や脚を狙いたい。しかし、それを知っているかのごとく素早いハサミに拒まれ、キルロの剣もハルヲの鎚も届かない。突破口の見えないもどかしさを、積み上げていた。
(キリがないな)
マッシュは手を動かしながら打開策を講じる。
群がり続ける大量の幼生。その対処に手を焼いていた。
「キノ、まずはスピラから剥がすぞ」
「あいあーい」
二人は一斉にスピラにまとわりついている幼生を切り刻んで行く。
ナイフで、素手で幼生を引き剥がし、踏みつけ、斬り刻む。
スピラのまわりに幼生の亡骸が積み上がっていくと、スピラの体は開けられた小さな穴から血を滲ませていた。
マッシュがスピラの荷物を下ろしに掛かると、その無防備な姿に幼生は小さい口でマッシュの肉にかぶりつく。
多少の傷なんざぁ、お構いなしだ。
マッシュの体に出来上がる小さな傷から血が滲む。
身軽になったスピラ。溜まった鬱憤を牙と爪に乗せ、ひねり潰して、次々と頭の潰れた幼生が出来上がっていく。スピラその幼生を前に吠える。怒りのままに捻り潰していった。
マッシュもまとわりつく鬱陶しい幼生を自分の肉ごと引き剥がし、地面へと叩きつけては踏み潰していった。
「キノ、ケルトの方を頼む」
キノはケルトを必死に守る岩熊の元へと急いだ。
地面に転がるケルトに群がろうものなら岩熊の爪は容赦なく潰しにかかる。主を守ろうとまさしく獅子奮迅の動きを見せていた。
「こっちはアントンだ、スピラ来い」
幼生にまとわりつかれ、身動きとれないアントンの元へと急ぐマッシュ。そのあとをサーベルタイガーが追って行った。
「行きます!」
業を煮やしたフェインが振り下ろされるハサミの合間を縫って、正面から蠍の顔へと突っ込んで行く。
振り下したハサミは行き場を失い地面を叩き、やわらかな地面にめり込む。すかさず反対のハサミが横からフェインを狙う。その動きを読んでいたフェインは、横からの重いハサミを蹴り上げ、その勢いのまま顔目掛けて拳を振り下ろす。
その瞬間を狙っていたかのように蠍の猛毒がフェイン目掛けて振り下ろされた。
!!
フェインは蠍の尻尾を拳で跳ねのけると、それを分かっていたかのように、もうひとつの猛毒の尾がフェインを横から襲った。
物ともせずに顔を目掛け、真っ直ぐに駆けて行く。
迫る猛毒の尾を一瞥する事もなく、フェインは真っ直ぐに疾走する。
止まるな!
止めるな!
フェインはそのまま顔目掛けて拳を投げ打つ。渾身の一撃。
グチャと柔らかいものが潰れる。その音と共に破裂した眼球が黒い液状のように弾け、蠍の右目が飛び散った。
振り下した猛毒の尾は、勢いを失わずフェインを真っ直ぐに捉えていた。
フェインは拳を振り下ろしたまま、目を閉じ覚悟を決める。
ネインの視界に飛び込む蠍の顔へと迫るフェイン。反射的にフェインのあとを追う。余りに無謀な突っ込み見て、本能的に危険を感じたからかも知れない。
守らねば。
ただそれだけの思いで後を追う。
飛び散る眼球と振り下ろされる毒の尾、視界に飛び込む光景に焦燥感だけが先走る。
隙を見極めろ、フェインの突っ込みにキルロとハルヲは一瞬の集中を上げる。
振り下したハサミが地面にめり込んだ瞬間を二人は見逃さなかった甲殻の切れ間、ハサミの付け根にキルロが爪を立てると、柔らかな関節部分へサーベルタイガーの爪がめり込んで行く。
「ハアアアァァァァー!」
ハルヲが渾身の力で、関節に突き立ったキルロの剣をハンマーで叩いた。
砕けた刃の一部がキラキラと宙を舞う。キルロは剣が斬り通る確かな衝撃を感じる。
刹那、ハサミは大きな水しぶきを上げ地面へドサリと落ちていった。
フェインは横に突き飛ばされた。一瞬何が起こったのか分からない。
見開いた視界の先で尻尾の餌食となるネインの姿を捉えると、全てを悟る。
ネインはフェインに替わり尻尾の毒牙に掛かり地面へと倒れた。
「キルロさん!!!!」
切迫するフェインの叫び。
右目と左のハサミ、左の脚を一本失い、双尾蠍はパニックに陥った。闇雲に尻尾とハサミを振り回し、自らの危機を脱出しようともがく。
キルロはすぐに死角へと飛び込み、懐に転がるネインの救出を試みたが、闇雲に振り回される尻尾とハサミに隙が見つけられず、近づけない。
クソ!
ネインの呻く声が届き、焦燥感だけが先走る。
フェインが残されたハサミに目掛けて飛び出した。
双尾蠍はフェインの動きを警戒して、すぐに反応を見せる。
その隙を狙え。
キルロとハルヲは双尾蠍の顔前に横たわるネインを引きずり出すことに成功した。
双尾蠍から距離を取るためにネインを引きずり離脱を図る。
フェインはキルロ達の姿を確認すると反対方向へと誘導をしていく。隻眼の蠍の目に、自らを写し込むかのように、ハサミに向けて何度も拳と蹴りを見舞った。
ヤバイ。
ネインの顔色が白を通り越し、紫がかっている。
フェインの動きを見て、キルロも勝負に出た。
「ハルヲ! フォロー! 《レフェクト・レーラ・キュア》」
切迫するネインの状態、逡巡する間もなくすぐに詠唱を開始する。
安全圏とは言えない距離。双尾蠍は目と鼻の先でフェインを相手取り、フェインの当てる拳の音が背中越しに聞こえた。
ハルヲは双尾蠍の視線が自分には向いてないと感じ、尻尾側へと回る。
狙うはやはり付け根。甲殻がない尻尾の付け根、そこにダメージが与えられれば。
尻尾側へ回り込むと力の限りハンマーを打ちつける。
鈍い破砕音とともに付け根から液体が漏れ始めた。
その瞬間、怒り狂った双尾蠍は振り返り、ハルヲを切断しようと大きく開いたハサミを振り下ろす。
しまった!
巨大なハサミがハルヲの小さな体を飲み込む。フェインは目を剥きハサミの方へと飛び込んで行った。
キルロは背中越しに双尾蠍が離れて行っているのを感じ、治療に専念する。
大丈夫だ、すぐに楽にしてやる。
外傷はそこまでではない。ゆっくりと取り込まれる光球を見つめ、目の前のネインに集中をあげた。
「大方片づいたな」
マッシュが周りを見渡し山と積まれた幼生の骸を見下ろす。
荷物を下ろし身軽になったスピラとアントン、ケルトを下ろした岩熊達の奮闘もありなんとか片づいた。
各々細かい傷から血を流してはいるが致命傷になる外傷もなく、安堵する。
「キノ、皆と一緒にケルトと荷物を頼むぞ」
「あいあーい」
キノはスピラに手を置き頷く、それを見たマッシュは双尾蠍へと向かおうとすると“オウ、オウ”と岩熊が短く鳴き、ついて来ようとした。
「おまえさんは待っていろ」
岩熊にそれだけ言い、駆け出した。岩熊はマッシュのあとを追う。前を向くマッシュはそれに気づいてはいなかった。
(マズい)
ハルヲは向かってくるハサミに絶望を感じる。
左右から閉じるハサミへ、咄嗟に手に持つハンマーを横に持った。
ハンマーが支えとなり、ハサミはかろうじて閉じないでいた。
巨大なハサミの中に出来た狭小な空間。ハンマーによって辛うじて出来たその狭い空間にハルヲの小さな体は辛うじて潰れる事なく保たれていた。
ハサミから抜け出せるほどの隙間はなく、ギリギリと締め付けるハサミにハンマーが悲鳴を上げているのが分かる。
イヤな汗が背中や額から吹き出し為す術なく、無力感に苛まれる。
「ハルさん!」
フェインの叫びにハサミの隙間から視線だけ向ける。
ハサミに向けて拳を向けるが振り下ろされる尻尾に邪魔され、思うように当てられなかった。
「ヤバいな」
ハルヲの状況が目に入るとマッシュは誰に言うでもなく呟く。
双尾蠍へと急ぐ、ハルヲを救うべく格闘しているフェインのフォローに当たるべく|疾走する。
後ろからついて来ている岩熊には気づいていない。
マッシュがフェインと共にハサミに向かって行くと尻尾へ向かう影が視界を掠めた。
後ろについて来ていた岩熊が尻尾へ飛び込む。
尻尾を抱え込むと激しく左右に振った、咆哮を上げ怒りのままに引きちぎろうと激しく振り続けた。
ブチンと何かが千切れた激しい音が鳴る。ハルヲが叩いていた根元から緑色の液体が吹き出す。
尻尾を抱えたまま岩熊が地面へと転がっていった。
双尾蠍は挟んでいたハルヲを離すと、岩熊に振り返る。
「ツッ!」
ハルヲは地面に投げ出され体を地面に打ち付けた。
その瞬間、目に飛び込んできたのは胴体から真っ二つになる、岩熊の姿。
断末魔上げることもなく、ハラワタをぶちまけ、血の海を作り出して行く。
一瞬何が起こったのか分からなかった。
視界に入ってきたのは真っ二つになり、絶命している岩熊の姿。
ハルヲの体が震え、感情が、思考が、ぐちゃぐちゃに頭の中をかき乱し、抑えの利かない感情が爆発する。
『ぁああああああああああ!!!』
雄叫びを上げる。
今まで見た事のない形相でハンマーを握り締めた。
ただひたすらに感情にまかせ、双尾蠍の頭を殴りつける。
襲いかかるハサミなど気にも止めずひたすらに一点を殴りつけていく。
「大丈夫です、ありがとうございました。行きます!」
治療が終わったと同時に殴りつけるハルヲの姿を見るとネインが飛び込んでいった。
無理するなっていっても無駄か。
キルロもネインの後を追った。
飛び込んだネインはハルヲに振り下ろされるハサミを盾で受け流す。
マッシュとフェインもハサミに向けて攻撃の手を緩めない。
鈍い破砕音が鳴る。
雨音に混じりすぐに消えた。
振り上げられたハサミが力なく地面を叩き泥水を跳ね上げる。
ハルヲが吹き出す緑色の液体にまみれている。突き破った甲殻からハンマーを振り下ろす度に緑色の液体が跳ね上がりハルヲを汚す。
それでもハルヲは叩き続けていた。
「終わりだ」
止まらないハルヲに声を掛ける。
それでも止まらない。
パン!
キルロがハルヲの頬を叩く。
「終わりだ」
ハルヲは動きを止めると膝から力なく崩れ落ち、顔を空に向けた。
雨が顔に打ちつけ、少しずつ汚れを洗い流していった。
キルロが痺れを切らし言葉を吐き出す。
ハサミが、尻尾が、次々に目の前を横切り、満足に近づけないでいる。
どれか一本でも落とせれば状況は改善されそうなものだが、打開策は見いだせないでいた。
定石通り目や脚を狙いたい。しかし、それを知っているかのごとく素早いハサミに拒まれ、キルロの剣もハルヲの鎚も届かない。突破口の見えないもどかしさを、積み上げていた。
(キリがないな)
マッシュは手を動かしながら打開策を講じる。
群がり続ける大量の幼生。その対処に手を焼いていた。
「キノ、まずはスピラから剥がすぞ」
「あいあーい」
二人は一斉にスピラにまとわりついている幼生を切り刻んで行く。
ナイフで、素手で幼生を引き剥がし、踏みつけ、斬り刻む。
スピラのまわりに幼生の亡骸が積み上がっていくと、スピラの体は開けられた小さな穴から血を滲ませていた。
マッシュがスピラの荷物を下ろしに掛かると、その無防備な姿に幼生は小さい口でマッシュの肉にかぶりつく。
多少の傷なんざぁ、お構いなしだ。
マッシュの体に出来上がる小さな傷から血が滲む。
身軽になったスピラ。溜まった鬱憤を牙と爪に乗せ、ひねり潰して、次々と頭の潰れた幼生が出来上がっていく。スピラその幼生を前に吠える。怒りのままに捻り潰していった。
マッシュもまとわりつく鬱陶しい幼生を自分の肉ごと引き剥がし、地面へと叩きつけては踏み潰していった。
「キノ、ケルトの方を頼む」
キノはケルトを必死に守る岩熊の元へと急いだ。
地面に転がるケルトに群がろうものなら岩熊の爪は容赦なく潰しにかかる。主を守ろうとまさしく獅子奮迅の動きを見せていた。
「こっちはアントンだ、スピラ来い」
幼生にまとわりつかれ、身動きとれないアントンの元へと急ぐマッシュ。そのあとをサーベルタイガーが追って行った。
「行きます!」
業を煮やしたフェインが振り下ろされるハサミの合間を縫って、正面から蠍の顔へと突っ込んで行く。
振り下したハサミは行き場を失い地面を叩き、やわらかな地面にめり込む。すかさず反対のハサミが横からフェインを狙う。その動きを読んでいたフェインは、横からの重いハサミを蹴り上げ、その勢いのまま顔目掛けて拳を振り下ろす。
その瞬間を狙っていたかのように蠍の猛毒がフェイン目掛けて振り下ろされた。
!!
フェインは蠍の尻尾を拳で跳ねのけると、それを分かっていたかのように、もうひとつの猛毒の尾がフェインを横から襲った。
物ともせずに顔を目掛け、真っ直ぐに駆けて行く。
迫る猛毒の尾を一瞥する事もなく、フェインは真っ直ぐに疾走する。
止まるな!
止めるな!
フェインはそのまま顔目掛けて拳を投げ打つ。渾身の一撃。
グチャと柔らかいものが潰れる。その音と共に破裂した眼球が黒い液状のように弾け、蠍の右目が飛び散った。
振り下した猛毒の尾は、勢いを失わずフェインを真っ直ぐに捉えていた。
フェインは拳を振り下ろしたまま、目を閉じ覚悟を決める。
ネインの視界に飛び込む蠍の顔へと迫るフェイン。反射的にフェインのあとを追う。余りに無謀な突っ込み見て、本能的に危険を感じたからかも知れない。
守らねば。
ただそれだけの思いで後を追う。
飛び散る眼球と振り下ろされる毒の尾、視界に飛び込む光景に焦燥感だけが先走る。
隙を見極めろ、フェインの突っ込みにキルロとハルヲは一瞬の集中を上げる。
振り下したハサミが地面にめり込んだ瞬間を二人は見逃さなかった甲殻の切れ間、ハサミの付け根にキルロが爪を立てると、柔らかな関節部分へサーベルタイガーの爪がめり込んで行く。
「ハアアアァァァァー!」
ハルヲが渾身の力で、関節に突き立ったキルロの剣をハンマーで叩いた。
砕けた刃の一部がキラキラと宙を舞う。キルロは剣が斬り通る確かな衝撃を感じる。
刹那、ハサミは大きな水しぶきを上げ地面へドサリと落ちていった。
フェインは横に突き飛ばされた。一瞬何が起こったのか分からない。
見開いた視界の先で尻尾の餌食となるネインの姿を捉えると、全てを悟る。
ネインはフェインに替わり尻尾の毒牙に掛かり地面へと倒れた。
「キルロさん!!!!」
切迫するフェインの叫び。
右目と左のハサミ、左の脚を一本失い、双尾蠍はパニックに陥った。闇雲に尻尾とハサミを振り回し、自らの危機を脱出しようともがく。
キルロはすぐに死角へと飛び込み、懐に転がるネインの救出を試みたが、闇雲に振り回される尻尾とハサミに隙が見つけられず、近づけない。
クソ!
ネインの呻く声が届き、焦燥感だけが先走る。
フェインが残されたハサミに目掛けて飛び出した。
双尾蠍はフェインの動きを警戒して、すぐに反応を見せる。
その隙を狙え。
キルロとハルヲは双尾蠍の顔前に横たわるネインを引きずり出すことに成功した。
双尾蠍から距離を取るためにネインを引きずり離脱を図る。
フェインはキルロ達の姿を確認すると反対方向へと誘導をしていく。隻眼の蠍の目に、自らを写し込むかのように、ハサミに向けて何度も拳と蹴りを見舞った。
ヤバイ。
ネインの顔色が白を通り越し、紫がかっている。
フェインの動きを見て、キルロも勝負に出た。
「ハルヲ! フォロー! 《レフェクト・レーラ・キュア》」
切迫するネインの状態、逡巡する間もなくすぐに詠唱を開始する。
安全圏とは言えない距離。双尾蠍は目と鼻の先でフェインを相手取り、フェインの当てる拳の音が背中越しに聞こえた。
ハルヲは双尾蠍の視線が自分には向いてないと感じ、尻尾側へと回る。
狙うはやはり付け根。甲殻がない尻尾の付け根、そこにダメージが与えられれば。
尻尾側へ回り込むと力の限りハンマーを打ちつける。
鈍い破砕音とともに付け根から液体が漏れ始めた。
その瞬間、怒り狂った双尾蠍は振り返り、ハルヲを切断しようと大きく開いたハサミを振り下ろす。
しまった!
巨大なハサミがハルヲの小さな体を飲み込む。フェインは目を剥きハサミの方へと飛び込んで行った。
キルロは背中越しに双尾蠍が離れて行っているのを感じ、治療に専念する。
大丈夫だ、すぐに楽にしてやる。
外傷はそこまでではない。ゆっくりと取り込まれる光球を見つめ、目の前のネインに集中をあげた。
「大方片づいたな」
マッシュが周りを見渡し山と積まれた幼生の骸を見下ろす。
荷物を下ろし身軽になったスピラとアントン、ケルトを下ろした岩熊達の奮闘もありなんとか片づいた。
各々細かい傷から血を流してはいるが致命傷になる外傷もなく、安堵する。
「キノ、皆と一緒にケルトと荷物を頼むぞ」
「あいあーい」
キノはスピラに手を置き頷く、それを見たマッシュは双尾蠍へと向かおうとすると“オウ、オウ”と岩熊が短く鳴き、ついて来ようとした。
「おまえさんは待っていろ」
岩熊にそれだけ言い、駆け出した。岩熊はマッシュのあとを追う。前を向くマッシュはそれに気づいてはいなかった。
(マズい)
ハルヲは向かってくるハサミに絶望を感じる。
左右から閉じるハサミへ、咄嗟に手に持つハンマーを横に持った。
ハンマーが支えとなり、ハサミはかろうじて閉じないでいた。
巨大なハサミの中に出来た狭小な空間。ハンマーによって辛うじて出来たその狭い空間にハルヲの小さな体は辛うじて潰れる事なく保たれていた。
ハサミから抜け出せるほどの隙間はなく、ギリギリと締め付けるハサミにハンマーが悲鳴を上げているのが分かる。
イヤな汗が背中や額から吹き出し為す術なく、無力感に苛まれる。
「ハルさん!」
フェインの叫びにハサミの隙間から視線だけ向ける。
ハサミに向けて拳を向けるが振り下ろされる尻尾に邪魔され、思うように当てられなかった。
「ヤバいな」
ハルヲの状況が目に入るとマッシュは誰に言うでもなく呟く。
双尾蠍へと急ぐ、ハルヲを救うべく格闘しているフェインのフォローに当たるべく|疾走する。
後ろからついて来ている岩熊には気づいていない。
マッシュがフェインと共にハサミに向かって行くと尻尾へ向かう影が視界を掠めた。
後ろについて来ていた岩熊が尻尾へ飛び込む。
尻尾を抱え込むと激しく左右に振った、咆哮を上げ怒りのままに引きちぎろうと激しく振り続けた。
ブチンと何かが千切れた激しい音が鳴る。ハルヲが叩いていた根元から緑色の液体が吹き出す。
尻尾を抱えたまま岩熊が地面へと転がっていった。
双尾蠍は挟んでいたハルヲを離すと、岩熊に振り返る。
「ツッ!」
ハルヲは地面に投げ出され体を地面に打ち付けた。
その瞬間、目に飛び込んできたのは胴体から真っ二つになる、岩熊の姿。
断末魔上げることもなく、ハラワタをぶちまけ、血の海を作り出して行く。
一瞬何が起こったのか分からなかった。
視界に入ってきたのは真っ二つになり、絶命している岩熊の姿。
ハルヲの体が震え、感情が、思考が、ぐちゃぐちゃに頭の中をかき乱し、抑えの利かない感情が爆発する。
『ぁああああああああああ!!!』
雄叫びを上げる。
今まで見た事のない形相でハンマーを握り締めた。
ただひたすらに感情にまかせ、双尾蠍の頭を殴りつける。
襲いかかるハサミなど気にも止めずひたすらに一点を殴りつけていく。
「大丈夫です、ありがとうございました。行きます!」
治療が終わったと同時に殴りつけるハルヲの姿を見るとネインが飛び込んでいった。
無理するなっていっても無駄か。
キルロもネインの後を追った。
飛び込んだネインはハルヲに振り下ろされるハサミを盾で受け流す。
マッシュとフェインもハサミに向けて攻撃の手を緩めない。
鈍い破砕音が鳴る。
雨音に混じりすぐに消えた。
振り上げられたハサミが力なく地面を叩き泥水を跳ね上げる。
ハルヲが吹き出す緑色の液体にまみれている。突き破った甲殻からハンマーを振り下ろす度に緑色の液体が跳ね上がりハルヲを汚す。
それでもハルヲは叩き続けていた。
「終わりだ」
止まらないハルヲに声を掛ける。
それでも止まらない。
パン!
キルロがハルヲの頬を叩く。
「終わりだ」
ハルヲは動きを止めると膝から力なく崩れ落ち、顔を空に向けた。
雨が顔に打ちつけ、少しずつ汚れを洗い流していった。
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説

2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

ダンジョン美食倶楽部
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
長年レストランの下働きとして働いてきた本宝治洋一(30)は突如として現れた新オーナーの物言いにより、職を失った。
身寄りのない洋一は、飲み仲間の藤本要から「一緒にダンチューバーとして組まないか?」と誘われ、配信チャンネル【ダンジョン美食倶楽部】の料理担当兼荷物持ちを任される。
配信で明るみになる、洋一の隠された技能。
素材こそ低級モンスター、調味料も安物なのにその卓越した技術は見る者を虜にし、出来上がった料理はなんとも空腹感を促した。偶然居合わせた探索者に振る舞ったりしていくうちに【ダンジョン美食倶楽部】の名前は徐々に売れていく。
一方で洋一を追放したレストランは、SSSSランク探索者の轟美玲から「味が落ちた」と一蹴され、徐々に落ちぶれていった。
※カクヨム様で先行公開中!
※2024年3月21で第一部完!

Link's
黒砂糖デニーロ
ファンタジー
この世界には二つの存在がいる。
人類に仇なす不死の生物、"魔属”
そして魔属を殺せる唯一の異能者、"勇者”
人類と魔族の戦いはすでに千年もの間、続いている――
アオイ・イリスは人類の脅威と戦う勇者である。幼馴染のレン・シュミットはそんな彼女を聖剣鍛冶師として支える。
ある日、勇者連続失踪の調査を依頼されたアオイたち。ただの調査のはずが、都市存亡の戦いと、その影に蠢く陰謀に巻き込まれることに。
やがてそれは、世界の命運を分かつ事態に――
猪突猛進型少女の勇者と、気苦労耐えない幼馴染が繰り広げる怒涛のバトルアクション!

勇者PTを追放されたので獣娘たちに乗り換えて楽しく生きる
まったりー
ファンタジー
勇者を支援する為に召喚され、5年の間ユニークスキル【カードダス】で支援して来た主人公は、突然の冤罪を受け勇者PTを追放されてしまいました。
そんな主人公は、ギルドで出会った獣人のPTと仲良くなり、彼女たちの為にスキルを使う事を決め、獣人たちが暮らしやすい場所を作る為に奮闘する物語です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる