鍛冶師と調教師ときどき勇者と

坂門

文字の大きさ
上 下
36 / 263
イスタバール

リスタート

しおりを挟む
「ようやく、一息つけるな」

 洞口の奥へと進む。今はこの深い闇が安息の場と化した。
 疲れた体を思い思いに投げ出し、安堵の溜め息を漏らす。

「ですねですね」
「エンカウントの高さより、一個体の強度がこの間より高い気がするんだよな」
「ですねですね、前より少し面倒臭くて時間かかっちゃいましたです」

 フェインが思い出して、疲れた顔を見せた。

「だな。火山石ウルカニスラピスもひとつ使っちまったしな」
「あの数はキツイです」
「だな」

 マッシュも嘆息を漏らす。
 岩壁に囲まれた洞窟で、パーティーがやっと人心地つけた。
 疲労の色を隠せないほど、パーティーは疲弊している。
 まだ何も出来ていないのが現状だが、一度ここでリセットをしたい。

「ちょっとアンタ背中見せてごらん」
「いいよ、大したことないから」

 “いいからー!”っと半ば強引にハルヲは、キルロをうつ伏せにした。
 “あぁ……”と背中を見たハルヲが声にならない声を上げ、額に手を当てた。

「アントン」

 ハルヲが呼ぶと大きな体をヒョコヒョコさせながら、ハルヲの側にやってくる。背負っているバックパックから、皮の小箱を取り出した。

《トストィ》

 ハルヲは背中の傷に沿うように指を滑らせ、小さく詠う。

「麻酔まで使えるのか?!」

 マッシュがハルヲの詠に目を剥いた。
 フェインは羨望の眼差しで、ハルヲを見つめる。
 ハルヲはそんな二人を一瞥だけして、皮の小箱から消毒液と針と糸を取り出す。
 バグベアーの爪でパックリと開いたキルロの腰を、消毒して縫い始めた。

「凄いですね! でも痛そうです」
「今は麻酔効いて痛くないはずよ、痛くても縫うけど。傷を縫うってだけなら人も動物も変わらないわよ。コイツの場合は特にね」
「ハハハ」
「マッシュ! そこで笑うな」

 フェインは物珍しそう見入っていた。
 マッシュは灯りを手に患部を照らし、ハルヲの治療を見守っている。

「よし。とりあえずはオーケーよ」
「わるいな」

 装備を直しながら感謝を告げると、ハルヲは笑みを向け返事した。

「キノは大丈夫か?」
「元気!」
「そうか、またスピラとアントン頼むぞ」
「あいあーい」

 キノが元気なのは何よりだ。明るい材料のひとつになる。
 疲労困憊のパーティーの口数は少なく黙々と補給と休息を取っていく。 
 今は弛緩した空気に身を委ね、回復に専念しよう。


「しかし、またバグベアーに追い掛けられた。そんなのばっかだよ」
「運命よ、運命、諦めなさい」
「そんな運命受け入れられるか!」

 キルロとハルヲが軽口を叩き合っていると、パーティーもだいぶ復活の兆しが見えてきた。
 目にも力強さが戻り、ポジティブな空気がパーティーを包む。
 ぼちぼちリスタートするか。

「フェイン、マップいいか」
「はいです」

 キルロの前にマップを広げ、ハルヲとマッシュもそれを覗きこんだ。

「ここから一番近い採取ポイントはどこだ?」
「そうですね、ここが一番近いです」

 フェインはキルロにマップの一点を指差す。
 ハルヲは腕を組み、マッシュは顎に手をやりながらマップを見つめた。

「まずはそこで採取しよう。そこからすぐ西が未開拓だ、マッピングも兼ねて西を目指すのはどうだろ?」
「悪くないんじゃないか」
「そうね」

 マッシュとハルヲも賛同した。
 フェインも頷き探索のリスタートの準備に掛かる。

「次に同じような状況になったら、すぐさま撤退しよう。クエスト失敗でも仕方ない。退路確保を第一優先で」

 キルロが皆を見回しながら告げる。

「わかったわ」

 ハルヲを筆頭に皆が頷き同意した。
 あれだけの群れにもう一度囲まれたら、体力的にきつ過ぎる。
 危険な綱渡りをする必要はない。リーダーとして全員を無事に帰す、それが何よりも大切な事だ。それより優先される事案はない。

「とりあえず、レストポイントが確保出来たのは何よりだな。回復に集中出来るのはデカい。ウチのマッパーは優秀だ」

 マッシュが笑みを浮かべてフェインを誉めると、フェインは案の定顔を真っ赤にして“いや、あの、そんな事は”と手足をワタワタさせる。

「ちょっとウチのマッパーで遊ばないでよね~」

 ハルヲは笑いながらマッシュに釘を刺すと、フェインはさらに困惑を深めていく。
 元気な姿を確認してキルロは腰を上げた。

「よし、そろそろ行こうか!」

 キルロが告げる。
 皆も同意し脚に力を込める。
 洞窟を出発しスロープ状の岩場を下り底へと向かった。

 鬱蒼とした木々の間を抜けて行く。
 フェインの案内でマッシュが道を切り開き、パーティーはゆっくりと歩を進め目的地を目指す。
 先ほどのエンカウントで狩り尽くしたのだろうか、不気味な程静かだ。
 パーティーの足音と漏れる吐息だけが耳を掠めている。

「静かね」
「だよな。いなけりゃいないで、楽でいいんだけど」

 後方の警戒にあたっているハルヲとキルロが言葉を交わす。
 今の状況を良しとするか、考えあぐねていた。

「この辺りのはずです」

 フェインがポイント到達を告げた。
 皆で足元を探索し始めた。ナイフで邪魔な草を刈り、黒金岩アテルアウロルベンを探す。

「あんまり離れないように!」

 草を刈りながらキルロが声を掛ける、なかなか見つからない。
 心のどこかで焦っているのか。
 “見ればわかる”って言っていたけど、ホントにわかるのだろうか? そんな疑念すら湧いてくる。

「あったー!」

 キノが声をあげる。
 皆がキノの方に振り返ると、足早に駆け寄った。

「これか……」

 キルロがその石を見つめる。
 黒く光り凸凹のほとんどないツルッとした50Mc程の漆黒の岩。皆が見惚れるほど、綺麗に見える不思議な岩だ。確かにこれなら、見てすぐわかる。間違いようがない。
 早速、岩の底を確認するべく、ひっくり返そうと岩を手にする。

「よっと、軽っ!?」

 思わず口から漏れるほど軽かった。子供でも持ち上げられそうな軽さだ。
 ツルッとした底に一カ所ポコッとこぶし大に、出っ張った場所が見受けられた。
ここだな。
当たりをつけると腰に備えているピッケルで慎重に削っていく。
 岩肌は柔らかくポロポロと面白いように剥がれ落ちていき、白い半透明、仄かにキラキラするものが少しずつ現れてきた。
 白精石アルバナオスラピスだ。間違いない。
 黒金岩アテルアウロルベンを丁寧に削いでいくと、コロっとまるで植物の種のように白精石アルバナオスラピスが転がり落ちた。
 落ちた白精石アルバナオスラピスを手に取ると、キルロは皆を見回し笑みを浮かべ、皆も笑みを返し視線を交わしあった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

Link's

黒砂糖デニーロ
ファンタジー
この世界には二つの存在がいる。 人類に仇なす不死の生物、"魔属” そして魔属を殺せる唯一の異能者、"勇者” 人類と魔族の戦いはすでに千年もの間、続いている―― アオイ・イリスは人類の脅威と戦う勇者である。幼馴染のレン・シュミットはそんな彼女を聖剣鍛冶師として支える。 ある日、勇者連続失踪の調査を依頼されたアオイたち。ただの調査のはずが、都市存亡の戦いと、その影に蠢く陰謀に巻き込まれることに。 やがてそれは、世界の命運を分かつ事態に―― 猪突猛進型少女の勇者と、気苦労耐えない幼馴染が繰り広げる怒涛のバトルアクション!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

処理中です...