鍛冶師と調教師ときどき勇者と

坂門

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イスタバール

エンカウントフェス

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「さあ、行こうか」

 キルロの掛け声と共に馬車の番を引き受けてくれたネスタが手綱を引いていく。
 早朝、住人達の見送りに手を振り返す。
 朝もやが足元に立ち込めて朝のにおいがする。
 覚醒仕切っていない頭が馬車と同じリズムを刻む。

「付けてやろうか?」
「いいわよ、自分でやるから」

 “そうか”とキルロが静かに言うと、ハルヲに白く輝く4個のピアスを渡す。
 少し大きめ半透明の白いピアスをハルヲは左の耳へ器用に付けていく。
 取り付けるとどこか所在なく、落ち着かない様子で左耳を気にする仕草を見せていた。

「なかなかいいじゃん。さすがオレの仕事」

 キルロが笑みを浮かべ胸をはって見せると、フェインも物珍しそうにハルヲの左耳を眺めていた。

「いいですね。とても良くお似合いですよ。私もピアスにしたくなるかもです」
「ハルヲ、一緒だね」

 フェインは笑顔で褒め、キノはハルヲの側で覗き込むように笑顔を向けるとハルヲは照れくさそうに笑みを浮かべ、左耳を気にする仕草を止めた。

 揺れる馬車に運ばれていく。
 太陽が高くなって行くと、朝の凛とした空気は穏やかな空気へと変わっていった。
 
 


 勇者の村(ブレイヴコタン)から北東にほどなく進むと森の中に突然、口をパックリと開く【吹き溜まり】が現れた。
 直径は約1.5Mk。中型の【吹き溜まり】だ。
 タントの話だと大きくはないが、やや深いので注意との事。
 
「おさらいしておこう。今回の目的は探索と採取。採取は地図に示してある場所に黒金岩アテルアウロルベンという真っ黒な岩に白精石アルバナオスラピスがへばりついているのでそれを採掘、見ればわかるって言っていたな。探索は未開拓部分での黒金岩アテルアウロルベンの発見とマッピング。フェイン頼むぞ。前衛はオレとマッシュ、中衛はハルヲ、キノはスピラとアントンをしっかり守ってくれよ。しんがりはフェイン、頼むぞ」

 キルロの言葉に皆が黙って頷き合う。

「よし行こう」
「皆様、ご無事でのお帰りを心待ちにしております。気をつけて」

 キルロの静かな声で動き始める。
 馬車の番で残る、ネスタが皆を見送りにひとつ頷き潜り始めた。



 
 縄梯子を突起した岩に括り付けて下りていく、ロープで下るよりだいぶ楽だ。
 ちょっとしたことだが随分と助かる。
 キノとスピラは梯子使わず器用に下りて行く、タントの言っていた通り結構深い。
 相変わらず底が見えない中を下へ下へと伝って行く、このじりじりと下がる感覚がいつまでたっても慣れない。
 

 しばらく下ると底の方からバタバタする音やモンスターの断末魔が聞こえてきた。
 まさか交戦中?
 キノとスピラしかまだ下りていないぞ、先に下り始めていたマッシュがいち早く気づき下るスピードを一気に上げた。
 底に近づけば近づくほどモンスターの咆哮が大きくなってくる。他の面々も下るスピードを上げ急いで底を目指す。
 心臓がイヤな高鳴りをみせた。


 案の定キノ、マッシュ、スピラが通常とは違う100Mcほどの黒いゴブリンの群れを早々に相手取っていた。
 亜種? エリート? 
 動きを見る限りエリートではないようだ。
 逆手に2本のナイフを持つキノがくるくる踊るように次々に屠っている。
 スピラの爪、マッシュの長ナイフのひと振りが小型のモンスターを二匹、三匹と一気に始末していく。
 底についた途端のエンカウント、剣を構えて群れへと突っ込む。強さは感じないが、数が厄介だ。
 屠った先から次か次へと沸き、終わりの見えない感じが疲労感を運んでくる。
 吐く息は荒くなり、体力だけが削られて行く。
 倒しても、倒しても、お構いなしにゴブリン達は棍棒を片手に突っ込んでは、雑に棍棒を振り下ろす。
 ギラつく目が本能のままに動いていることを示し、無数の視線がパーティーに向いた。

「キリがねえな、これ」
「黙ってやるしかないわねっ!」

 キルロはボヤキ、ハルヲは剣を止めず鼓舞する。
 自分の吐く息の音がうるさい。
 右から左から仕留めると前から後ろから“ゴッ”と棍棒が振り下ろされ、小さなダメージを蓄積していく。
 多少のヒットはお構いなしだ、大きなダメージにならなければ構わない。
 ひたすらに剣を振れ。
 パーティーの体力が大きく削られ、最後の1匹をハルヲの槍が射抜いた。

「ぐはっ! しんどっー、みんなは大丈夫か?」
「疲れましたね」

 フェインが珍しく疲れを見せていた。
 ハルヲやマッシュ、キノも肩で息をしている。

「ちょっとだけ一息入れよう」
「そうね」

 キルロの言葉にメンバー達が腰に手をやり、息を整え次に備えた。
 以前と違い、白精石アルバナオスラピスのおかげで不快感がないのは助かる。

「残念だが来るぞ」

 マッシュが前方を見すえ、皆に告げた。
 エンカウントが早すぎる。
 息を整えるヒマもなく、ダイアウルフの群れが突っ込んで来た。
 ハルヲがロングボウ構え矢を放ち、再戦の狼煙を上げる。
 ハルヲの弓を合図に各自が装備し、構えていく。
 ハルヲの矢が何頭か射抜いて見せたが、いかせん数が多すぎる。このまま乱戦になるのを覚悟しなければ。
 キルロは軽く舌打ちをして構え直した。
 ダイアウルフは大きく広げた口角がパーティーに食らいつこうと、牙を見せ次々に飛び込んでくる。
 低くい唸り声を上げ、薄汚れた牙を向く。
 しなやかに動く前足の爪が、肉を削ごうと襲いかかる。
 アーマーに爪が襲いかかり、金属の乾いた擦音を響かせる。
 牙が頭に目掛けて飛び込んでくる。
 クソ! 本気か?!
 集中を切らせない。
 囲まれるも何もなく、またひたすらに剣を振り、拳を振るい、屠り仕留める。
 斬り落としたダイアウルフの首が、そこら中に転がり、頭の潰れた骸を積み上げた。
 甲高いダイアウルフの断末魔と、パーティーの荒い息づかいだけが耳に届く。
 目の前に現れるモンスターにひたすら剣を振るう。
 腕や足に届く牙や爪に構うな。
 振り続けろ。
 今一度剣を握り締めた。

「さすがにこれキリがないぞ、フェイン! 援護するからマップでレストポイントチェックしてくれ」
「わかりました!」
「ハルヲ! 援護するぞ!」

 ハルヲとキルロでフェインを挟み援護する。
 フェインは地図を広げレストポイントを必死に探した。

「ここから北東に行った所に洞窟の記載はありますが、なにぶん古いので絶対の安全は保証出来ませんです!」
「構わない、とりあえずそこ目指すぞ! フェインを先頭につっきるぞ! ケツはオレとマッシュだ!」
「了解した!」
「行けーー!!」

 キルロが声を上げるとフェインとハルヲが道を作らんと拳を振るい、剣を振る。
 キノとスピラは横からの攻撃に対抗する、マッシュは後ろからショートボウで全体をフォローした。
 モンスターの波へと突っ込んでいく。
 前方、横、後方とあらゆる方向から牙と鋭い爪が襲いかかる。
 モンスターの数は増えていく一方。
 遅々として進まないパーティーに焦りの色が出始めた。

「焦るな!」

 マッシュが後方から皆に言葉を投げつける。
 皆、頷く余裕さえなく剣を、拳を振り続けていた。

「くそっ」

 小手盾で牙を防いでも鋭い爪がキルロの胸あてを擦り金属の擦れる音が鳴り止まない。
 ダイアウルフの爪や牙が少しずつパーティーを捕らえ始め、頬や腿、腕など爪や牙が届いた痕跡として傷を増やしていた。

「マズいな」
「どうした?!」

 マッシュのつぶやきにキルロが反応する。

「シーラットの群れだ、ダイアウルフと合流するぞ」
「捌ききれないぞ!?」

 くすんだ灰色の群れが、さざ波のようにダイアウルフに合流しようとしていた。
 体長50Mcはある大型のネズミ。
 ヒゲの代わりに魚のヒレのようなものがついておりその見た目からシーラットと呼ばれている。
 個体ならば問題ないが群れとなるとその俊敏さは厄介だ。

「仕方ない、後ろのやつらはすっ飛ばす。団長! 前に上がって大至急、道を作れ!」
「わかった!」
 
 パーティーの推進力を上げるべくキルロが前線へ参加する。

「後ろのヤツらはマッシュにまかす! スピード上げるぞ!」

 キルロが鼓舞する。
 自分も含めて限界が近いのも知っていた。
 ここが踏ん張り所、飛び込んでくる牙や爪をお構いなしに前へ前へと力を振り絞り推進力に変える。
 進め!
 もう一歩前だ。
 爪が眼前を何度となく過ぎていく。
 ダイアウルフの牙とともに生暖かい吐息が皮膚にあたる。
 構うな!
 進め!
 ハルヲとフェインも攻撃の勢いを一段と上げる。
 槍の切っ先は眉間を捕らえ、鉄の拳は頭を潰していく。
 増えていく牙と爪。上げろ! 前へのスピード。
 両立出来ない二つの事柄、それでも今は進むしかない。
 剣の切っ先は常に前を向けた。

 後方から地響きを伴って爆発音が轟き、火柱が見えた。
 火柱によって上空に舞い上がるモンスターが確認出来る。
 火山石ウルカニスラピスか。
 後方覆っていた圧迫感が薄れたように感じる。
 後方はこれで大丈夫か? 余計な事は考えず前だけを見よう。

「もうひといきだ! 踏ん張れ!」

 自分に言い聞かせるようにキルロが再び鼓舞する。
 あげろ! あげろ! 心の中で呪文のように唱え続けた。
 腕に、背中にどれだけ爪を受けたかなど今はどうでも良い。
 ひたすら前へ、前へ、パーティーを押し進めろ。
 マッシュも後方の残りを片付けると前線へ合流した。パーティーの力を前方へ一点集中する。
 一気にパーティーのスピードは上がる。パーティーの勢いに、ダイアウルフの勢いは落ちていった。

「もうすぐです!」

 ポイントが近い事をフェインが告げた。
 その一言に集中を上げる。
 傷だらけになりながらもスピードは落とさない。
 牙を向ける最後のダイアウルフにフェインが最後の力を振り絞り、拳を振るう。
 顎を砕かれ宙を舞うと、力なく地面へと転がっていった。
 倒れている無数のダイアウルフを背にさらにスピードを上げ、レストポイントを目指す。
 これ以上エンカウントしないように祈りながら洞窟のある岩場を駆け上がった。

「ここです」

 底からなだらかなスロープ状になっている岩場を上がった所。フェインが指さすその洞窟は真っ暗な口を開いていた。
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