鍛冶師と調教師ときどき勇者と

坂門

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 はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。

 自分の吐く息とジュっと酸が草を溶かす音が聞こえる。
 花を見上げると花芯に向かう矢は吐き出される酸に阻まれ、辛うじて袋に突き刺さった矢はブラブラと揺れているだけだった。
 ダメージの蓄積は皆無。次にすべきは何だ? 思考を回そうにも、向かってくる酸がそれを拒む。

「ダメだ。意味がねえ!」

 キルロは叫ぶ、ハルヲの舌打ちが聞こえて来そうだ。

「裏もダメだ。硬すぎる!」

 マッシュの叫びもパーティーを憂鬱にしていく。
 見下ろす花は、パーティーを値踏みするかのように淡々と酸を吐き続ける。
 次なる餌をひたすらに求めた。
 
 !!

 ヤバイ。
 草葉に隠れた大きな石に足を取られる。もつれた所に降り注ぐ酸。
 咄嗟に盾を構えた。
 溶ける前に盾を捨てないと。
 ジュッっと金属に酸が降り注ぐ。酸に溶ける盾を投げようと盾を見やる。
 ?!
 溶けていない?
 腐食したように痕がついただけで、盾は無事。
 助かった。

「こいつ、鉄は溶かせねえ!」

 とは言うものの盾持っているのはキルロひとりだけ。
 攻略の糸口は相変らず見当たらない。

「もう一度!」

 ハルヲの叫びにシルは弓を構え、マッシュは茎を叩く。
 同じ事を繰り返したところで結果は見えている。
 ハルヲが舌を打ち、シルは弓を置き呼吸を整えた。
 シルは弦を引き直し、花を睨む。
 芯も袋もダメ。
 ならば!
 視線を下へ。
 根元を睨む。茂みに隠れた根元に向かい、矢継ぎ早に矢を放つ。
 力強く一直線な線を描き空気を切り裂きながら低空を飛ぶ。
 いくつもの矢が突き刺さる。
 花は今まで見せたことのない大きな動きを見せた。
 キシキシと脚を鳴らし、花は一直線にシルへと向かう。
 大きな花が激しく揺れながら、驚くべき速さを持って向かって行った。
 イヤがっている。
 シルは一目見て好機と判断。花に対峙し、矢を放ち続ける。
 距離はまだある! 撃て! 撃て!
 ギリギリまで撃て!

 クン

 突然、花がお辞儀をした。
 舐めるなとでも言うかのように、シルの目の前に大輪の花を咲かせる。
 あったはずの距離は一気に無くなってしまった。
 しまった! 想定外の動き。
 パーティーの空気が固まる。
 ヤバい! ヤバい! ヤバい!
 キルロの警鐘が赤い点滅を繰り返す。
 突然、眼前に現れた黄色の花芯に、シルの思考と体が固まる。
 飛び込め! 動け!
 キルロは止まった思考を動かし、強引にシルの前へと飛び込んで行く。
 吐き出される酸。

「がっはぁあ!」

 間に合わなかった。
 ガシュ、ガシュっと盾に酸が当たる後ろで、シルの呻きがあがっている。
 クソ!
 クソ!
 クソ!
 自分の不甲斐なさを悔いる。

「頼む! 90秒くれ!」
「代わる」

 キルロの叫びにマッシュが飛び込み盾を掴む。
 シルの両脇を抱え花芯から逃げる。
 右肩の服が溶け、露わになった肩口がジワジワと削られるかのように溶けていく。
 苦しみを耐えるシルの表情を見るのが辛い。
 急げ。
 急げ。
 急げ!

《レフェクト・サナティオ・トゥルボ》

 大きな岩陰にシルを引きずり込むと間髪入れずに、静かに詠唱する。
キルロの手の平から大きな光の玉がシルの肩口へと下りていく。
 少し黄色味を帯びた白い光の玉に痛みをこらえながらシルは目を剥いた。
 それは黄金の光にも見える。
 ハルヲも矢を放ちながら視界の片隅に映るそれに目を見張った。
 ゆっくりと吸い込まれる光玉と比例するようにシルの肩口が回復していく。
 痛みの消えてく様に、シルはずっとキルロを見つめていた。

「よし。大丈夫か?」
「完璧よ」
「八割だ、無理するな」

 シルは黙って頷くと前線へ飛び出した。

「団長、変わってくれ」

 マッシュから盾を受けとった。
 ハルヲの元へと駆けてナイフを手渡す。

「ハル、合図したらこいつをアイツの折れ曲がっている所へ差し込んでくれ。茎のあそこだ」
「わかった」

 マッシュが折れ曲がっている茎を指差す。
 ハルヲはナイフを受け取ると裏へと疾走して行った。
 お辞儀している今がチャンスだ。
 中身が酸ならイケる。
 マッシュは花がキルロに気を取られているのを確認し、後方から静かに近づく。
 
邪魔、邪魔、邪魔。
 
花はひたすらキルロの排除を目論んでいる。
マッシュはその様子を見つめ、慎重に近づいた。

「ハル!」

 マッシュの叫び。
 くの字に曲がった茎の隙間へナイフをがっちりと滑り込ませる。

「下がれ! 下がれ! 下がれ!」

 マッシュの再度の叫びにキルロ、ハルヲ、シルが花から飛び退く。
 全員が退いたのを確認する。
 地面に接地している袋へ火山石ウルカニスラピスを投げ込むと、マッシュも同じように飛び退いた。
 数秒の沈黙。
 長く感じる。誰もが行く末を見守った。

 ドゴォオ!!

 くぐもった爆破音が袋から鳴ると入口から酸が飛び出し回りを溶かしていく。
 飛び散るかと思った袋は形を残している。
 花のそれはもう反射なのだろう。
 爆発音におののくと、花を掲げ直すべく跳ね上がった。

 ガキッ。

 ナイフが元に戻る事を許さない。
 接合部に無理な力がかかる。

 パキッ

 接合部から軽い亀裂音が鳴る。
 底の抜けた袋から酸が漏れ、根元へと降り注ぐ。自ら酸を浴び、苦しみ暴れる。
 接合部がユラユラと揺れ始めさらに酸を撒き散らしていく。
 嫌がる根元が逃れようとさらに暴れ、花はどんどんと大きな揺れを見せた。
 
 パキンッ。

 弱った接合部が暴れる花の重さに耐えられなかった。
 大きな音を立て花が枯れて朽ち果てたかのように地面へと落ちていく。
 重しの無くなった根元がカサカサと逃げる。
 見えない。
 茂みに隠れ、それを確認できない。
 しまった! キルロ達は眉間に皺を寄せる。
 フェインが唐突に立ちはだかった。茂みの揺れる先、鉄のグローブを構え先を睨む。

「ハァアアアアアア!!」

 目を見開き、カサカサと逃げるその根元一点を見つめ拳に体重をのせた。
 重い一撃が破砕音を鳴らしていく。
 苦痛から逃れるべくキシキシと脚を動かす。
 それを見たフェインが破砕音を何度も鳴らし逃走を許さない。
 
「オオオオオー!」

 キルロが剣を握り締め根元へと飛び乗ると、切っ先を力の限り叩きつけた。
 めり込む刃にキシキシと鳴っていた音が間延びしていく。
 音は止み、完全に沈黙した。

「終わったかな? 皆、お疲れ!」

 剣を引き抜き、キルロが笑顔で皆を労う。
 疲労の色は濃いが安堵した空気に一同は一息つけた。

「キノ、スピラ、プロトン」
「はーい」
「キノもお疲れさま。ありがとう」

 ハルヲは返事と共に現れたキノの笑顔を見つめ、みんなの頭を撫でていった。
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