鍛冶師と調教師ときどき勇者と

坂門

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希望と絶望

調教師(テイマー)

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「アウロー!」

 店に帰還と同時にアウロを呼びつけた。

「お帰りなさい、ハルさん」
「また、すぐ出なきゃならないの。詳しい話しは追々するので、とりあえずキノの調子を確認して貰える」

 焦りの色を隠さずまくし立てると、アウロは緊張感を走らせ黙って頷き返し、キノを連れて体調を確認し始めた。

「クエイサー、あなたは大丈夫? スピラ、お疲れ様アナタは休みなさい。グラバー!」

 ハルヲが寝そべっているサーベルタイガーに声を掛けると、のそっとハルヲの側に寄ってきた。
 “宜しくね”と、胴を軽くパンパンと叩く。

「モモ! クエイサーに餌と栄養剤を多めで」
「ラーサ! ギルドに行って緊急クエスト発注してきて、書状はコレ」
「エレナ! 犬豚ポルコドッグ連れて行くからマイキーにリード、それと急ぎでアイツ家行って靴か服とって来て」
「フィリシア! 荷物が多いので大型兎ミドラスロップ連れて行くから、アントンの準備をして!」

 “それから、それから⋯⋯”と矢継ぎ早に指示を飛ばし、自分自身の準備を進めていく。
 焦らないように冷静に冷静にと言い聞かせながら、急か急かと動いているとポンと不意に肩を叩かれた。

「落ちつきましょう。焦っていい事はないですから。キノは体力が少し落ちていただけで、大丈夫でしたよ」

 アウロに肩を叩かれて、ハッと動きが止まる。
 思っている以上に焦っていたようだ。

「そうね、ありがとうアウロ」

 “ふぅー”と大きく息をつく。

「吹き溜まりに向かうのですよね。準備はこちらでしますから、ちょっと休んで体力を少しでも回復させてください。止めるのは無理そうですから。皆、全力でサポートしますよ」

 “さあさあ、休んで”とハルヲを椅子に座らせ食事を準備した。
 ハルヲの変わりにアウロが指示を飛ばし、装備の準備、チェックを始める。
 その姿を眺めながら千切ったパンを口元に運んだ。
 気休めのクエスト発注、誰か引っかかってくれればラッキーだが【吹き溜まり】の人探しなんて誰もやりたがらない。
 すなわち自分が倒れたら終わりという事だ。共倒れにならないようにしないと。

「ハルさん、気をつけて。絶対無理しないで下さい」
「わかってるわ」

 アウロの気遣いに応える。
 準備が整い出発となった。
 従業員が口々に心配や無事を祈ってくれている。真剣な表情でハルヲを見つめた。

「キノ、キルロさん見つけて来てね」

 エレナはキノを抱きしめる。
 サーベルタイガー二頭、荷運び用の大型兎ミドラスロップ犬豚ポルコドッグそして、蛇。動物だらけのパーティーが【吹き溜まり】へ向けて出発した。

「行って来る! あと宜しく」




 意識を取り戻した途端のエンカウント、右手には剣ではなく長ナイフを装備した。
 左手が使えない今、取り回しはこちらの方がいい。
 ダイアウルフは低く唸り、犬歯を剥き出しに牽制している。
 ならば。
あえてこちらから剥き出しの犬歯へ突っ込んで行った。虚を疲れたダイアウルフは一瞬戸惑いを見せる。

「シッ!」

その隙をついて喉元にナイフを突き立てると甲高い悲鳴を上げ、口からだらしなく舌を垂らし白目をむいた。
 まずは一匹。
 すぐさま二匹目とナイフをかざした瞬間、動かせない左腕側から一匹突っ込んできた。
 肘だけ曲げ篭手盾で凌ぐ。ダイアウルフの突っ込みは脳天まで電気が走り、その衝撃に一瞬動きが止まってしまう。
 コイツら通常のダイアウルフより動きが早くねえか?
 【吹き溜まり】だからか? どちらにせよオーク亜種エリートに比べれば、大した事はない。
 跳ね返し、転がるダイアウルフに、すぐさま頭にナイフを突き立て切り裂いた。鼻まで二つに裂かれ、血を吹き出しながら横倒しとなると自身の血溜まりに沈んでいく。
 仲間の屍を気にする素振りも見せず飛び越え、キルロに食らいつこうと最後の一匹が口角を広げ向かってきた。キルロは怯むことなく、眉間目掛けてナイフを突き出す。刃が眉間にめり込み、ナイフの根元から血が滴り落ちた。


 一戦交えて逆に冷静になった。
 やるべき事を考えよう。
 上に登るなら囲っている岩肌に沿って登れる場所を探せばいいのか。
 登れる場所なんてあるのか?
 一瞬、ネガティブな思考が顔出すが、その弱腰に首を振る。自分の中にその思いを押し込み蓋をし、必死に足掻く法を模索していく。

 岩肌を見上げながら静かに歩く、淀んだ空気が靄となり陽の光を吸い取ってしまい届く光は半分。
 靄のかかり見えない空をひたすら仰いだ。

 次から次へとモンスターが牙を、爪を、咆哮を上げ襲いかかる。
 出会ってはナイフを突き立て、斬る、屠る。
 レベルの高いモンスターと出会ってないのがせめてもの救いか。
 斬れば斬るほど、屠れば屠るほど、流した血の数だけ体力が削られて行く。
 息は荒くなり、牙や爪で裂かれた衣服から皮膚が剥き出しになると、抉られた皮膚から流れ落ちた血が乾き赤黒く染まっていった。
 周りに気を配り、痛む左肩をかばいながらゆっくりと進む。

『グルゥ……』

 今までとは違う低い唸りが耳に届いた。
 体中が粟立つその唸りに神経を集中させる。
 低い唸りの方へゆっくりと視線を向けると、体長3Miはありそうなな熊が赤い目をさらに血走らせながらゆらりと近づいてきた。
 熊というには耳が長い、牙が発達し過ぎて閉じられない。その口角からよだれを垂れ流し、醜悪さは増していた。
 鋭い爪を携えた腕を振りながら、二足歩行で距離を詰めてくる。
 堂々としたその姿に、一瞬怯んでしまう。
 臆病になりそうな心を無理やり胸の奥へと押し込んだ。

 バグベアー?!

 北に行かないといないはず!
 本気か!?
 【吹き溜まり】だからか!

 後ろは岩壁がそそり立ち退路を塞ぐ。
 目を見開いたバグベアーは、咆哮も上げずにスピードを上げ一気に距離を詰める。
 赤い目がキルロ一点に向いた。
 鋭い爪を携えた右腕を振り下ろす。




 森の中を抜けて行く、エンカウントするモンスターを足蹴にしながら、ハルヲ達異質のパーティーは一直線に【吹き溜まり】へと向かって行く。
 早く!
 早く!
 早く!

 焦る気持ちを抑えきれず、地を蹴る足の運びが速くなる。
 【吹き溜まり】が近くなると、スルルとキノが前に出た。

「キノについてくよ」

 皆に声を掛ける。
 キノは【吹き溜まり】の極をグングンと迷いなく進む。
 ハルヲ達一向も遅れまいと必死についていった。
 キノがパタッと動きを止めてハルヲを見上げる。

「ここ……」

 下を見下ろすが靄って底が見えない。
 イヤな思いが足元からせり上がってくる。
 首を左右に強く振りイヤな思いを霧散させた。
 さて、どうやって下りるか⋯⋯道なんてきっとない。

「みんなはここ下りられるの?」

 キノがスルルと下りてく。
 クエイサーとグラバーのサーベルタイガーコンビも器用に足場を見つけて軽やかに下りて行き、マイキーも短い足を器用に使い下りて行った。
 アントンのバックパックを背負い、抱っこするようにアントンと自分を縛った。
 ロープの張りを確かめ、ゆっくりと下りていく。体にまとわりく焦燥感に押し潰されないようにと自分自身に言い聞かせながら、ゆっくりとロープを伝って行った。




 バグベアーの一撃が岩盤を砕く、まるで柔らかい土くれでも殴ったかのように岩盤は抉れ、飛び散った。
 飛び散る岩が恐怖となって襲ってくる。
 
 こいつは、ヤバい。
 喰らったら終わる。
 圧倒的な力が恐怖を隆起させていく。
 外したことなどお構いなしに再び腕を振り上げるバグベアーの姿。
 動かなきゃ、動かなきゃ、止まるなと硬直する自分自身に言い聞かせる。
 心拍は跳ね上がり、呼吸も荒くなっていく。
 バグベアーの左腕が、キルロの右手を狙い振り下ろす。
 右が潰れたら終わりだ。
反射的に体をひねり、左腕の篭手盾でバグベアーのパワーを受け止めた。

「がはっつ!!」

 キルロは鈍く太い衝撃音と同時に自らの体を投げ打ち、衝撃を散らす。衝撃を逃れようと試みたが、丸太で殴らたような衝撃が篭手盾から脳天へと響き、体ごと吹き飛ばされた。
 受け身が取れない体は、背中から激しく落ち左腕の衝撃と背中からの激しい痛みに襲われる。

「いってぇー!!」

 思わず口から漏れる。こんな直撃喰らったら体がいくつあっても足りない。
 勢いを多少減らして、これか。
 長ナイフを鞘に納め背中の剣に装備をシフトする、リーチがちょっとでもある方がいい。
 血走った目を剥き、仕留め損なった怒りに鼻息荒く、猛スピードで突っ込んでくる。
 あまり得意じゃないが⋯⋯。
距離を詰められる前に投げナイフで牽制する。立て続けに投げた一本が左目に命中した。
 
 良し!

 しかし、命中した事によってバグベアーの怒りが頂点に達した。

『『グラァアアアア!!』』

 激しい咆哮を上げるとよだれを撒き散らし、左目にナイフが刺さったままスピードを上げ怒りのままに突進してきた。
 剣を構え対峙する。怒りの塊が剥き出しの本能のままに向かってくる。
 高鳴る心拍がうるさい、吼えているはずのヤツの咆哮が聞こえない。
 目を見開きヤツの動向をただひたすらに注視する。
 バグベアーの右腕が振り下ろされた。
 その瞬間、潰した左目の死角に飛び込む。
 醜悪な爪が左肩を掠める。顔をしかめながらもキルロは勢いを殺さず突っ込んだ。キルロはバグベアーの左腕に剣を振り上げる。

ドサッという重みのある音と血飛沫を上げ、腕が地面に転がった。
 
 やったか?!
 
 地面に転がる腕を視界に捉えた刹那、怒りに任せたバグベアーの裏拳が襲ってきた。
 岩でも飛んできたのかと思えるほどの衝撃がキルロを襲うと、視界は一瞬でブラックアウトする。枯れ葉のようにあっけなく吹き飛ばされ地面を転がって行き、キルロなすすべなく小川へと落ちた。ゆるやかな流れのままにキルロは流されていく。
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