鍛冶師と調教師ときどき勇者と

坂門

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希望と絶望

調教師と蛇ときどき鍛冶師

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「3~4日で帰るわ。宜しくね」
「気をつけて行けよ、あとこれも持っていけ」
 
 キルロはそう言って短槍を手渡す。ハルヲの身長ならちょうどいい槍になるだろう。
 “じゃあね”と片手を上げて去っていくハルヲを見送る。
 小さな背中を見送りながらこの短い旅が無事に終わるように祈った。
 知っているのは、この旅はハルヲにとって大切な事だということ。 
 
 それだけ分かっていれば十分だろ。




 ハルヲを見送り数日が経ったある日。
 今日も夕飯を終えキノとふたり、まったりとテーブルを挟んで向かいあっていた。

「さて、キノさん。のんびりもいいですがぼちぼち動いていかないとですな」

 椅子の上であぐらをかき、前後に揺れながら一人唸っていた。

「明日、ギルドに行って鍛冶か採取でも見てくるかね」

 相変わらず前後に揺れながら逡巡する。
 討伐系はしばらくパスだ。




 ギルド本部の入口をくぐると相変わらず人でごった返している。
 先ずは鍛冶だな。
 せっかく早い時間から来たというのに美味しいのは、きれいさっぱり取られた後だった。
 どんだけ、早いんだよ。
 悔しさを滲ませながら、鍛冶系をあとにしてさっさと採取クエストの方へと向かったが、こちらも同じような状況だった。
 贅沢は言わないから、何かないのか!?
 めぼしいものがないかと壁に貼られたクエスト依頼に目を凝らす。
 隅から隅まで見落としはないか?
 美味しいものはないか?

 ない⋯⋯。
 
 また明日出直すかと肩を落とし、出口へときびすを返すと二人組が掲示板にクエスト用紙を戻すのが目に入った。
 二人か。
キノと合わせてちょうどいいかもと手を伸ばす。
 鉄鉱石と回復薬の原料となる雲雀草アラウダヘルバの採取か。
 鉄鉱石は手持ちのでなんとかなるな、雲雀草アラウダヘルバか、北東の生息地まで行くのがちょっと億劫だが逆にそれだけだな……。

「……ハヴァ・ナイス・ハンティング」

 だからハヴァ・ナイス・ハンティングってなんだよ!

 心の中で突っ込む。
 毎回突っ込む。
 しかし結局、受付に用紙を提出していた。どうしただろう、なんだか負けた気がするのは気のせいだろうか⋯⋯。


 朝、街が本格的に動き出す前に店をあとにした。
 太陽が昇りきる前の閑散としている街の出口を目指す。冷えた空気が地面に吸い込まれ、下へ下へと下りていく。
 この凛とした空気が心地良い。
 ひとつ深呼吸をして、出口から森へと抜けていった。

「天気いいなぁ」

 穏やかな空を見上げ、キノに話しかける。自然とテンションは上がり、足取りは軽くなっていった。

 大きな吹き溜まりの極、真っ黒な大きな口が開く。その口に沿って進んで行く。
 ここを抜けると雲雀草アラウダヘルバの生息地だ。
 直径15Mkくらい、高さは20Miほど、ここら辺では一番大きい吹き溜まり。
 下をいくら覗きこんでも、黒い靄がかかり底は見えない。


 ドン!

 急に背中を押された。

 なんだ!?

 下を覗き込んだ態勢、まるでスローモーションのように吹き溜まりに体が吸い込まれて行く。
 ふちに手を掛けようと無理やり体を捻ると、がっちりした体躯の男と細身の男が見えた。二人のニヤケ顔が視界を掠め、伸ばした手を何度も握るが、無情にも空を掴むだけ。

 あいつら見たぞ
 どこで見た?
 キノは!!?

 絶望的な浮遊感が体を包む。
 手足をバタつかせて岩肌や岩壁から伸びている枝などに手足を打ちつけ、落下から少しでも逃れる為にもがく。
 岩肌や枝に手足が当たる度に鋭い痛みが走るが、お構いなしに手足を振り続けた。
 しばらくもしないうちに岩肌が少しずつ緩やかなスロープ状になってくる。
 緩やかなカーブを描く岩肌へ肩を激しく打ちつけた。
 鈍い音が体の中から響き、何度となく体は跳ねては打ちつけ、グルグルと視界が回り始める。
 キルロは回転が止まった事にすら気づかず、地面へうつ伏せ、動かなくなった。
 

 ゆっくりと目を開ける。
 掠れている意識が整理を欲しているが、それに答えるだけの覚醒には少し時間を要した。
 落とされた!
 吹き溜まりに!
 男に!
 キノは?
 ゆっくりと頭が覚醒していく。
 それと同時に体中に痛みが走る。
 痛みが引き金となり意識が覚醒した。

ヤバい、吹き溜まりの底だ。

 体をゆっくりと起こし周りを見渡す。
 いろいろな生物の鳴き声が混じりあい耳朶を掠めていく。
 確実にその声のいくつかは危険な存在だ。
 痛みもそうだが先刻から息苦しく、重苦しい感覚が包んでいる。
 簡潔に言えば、とてつもない不快感。
 霞がかっていて視界が悪い。
 腕や足を動かす、痛みはあるが足は動く、ただ左肩は上がらない、外れたか折れたかしているな。
 ヒールをかける事が出来れば......。
 自分自身にはかける事の出来ない家系を呪う。ヒーラーとしては失格だ。
 自分の不甲斐なさに嫌気がさす。
 今は耐えるしかないのか。
 痛む左肩を押さえ、ゆっくりと立ち上がった。

 しかし、あの男達どこかで見たぞ。
 記憶の引き出しを必死に開ける。

 あっ!

 アイツらギルドでクエスト用紙戻した二人組だ!
 待て! ガタイのいい方は街で美味しいクエがあるって、誘ってきたヤツじゃないか。

 !!

 キノ!

 ヤバい、アイツらキノ狙いだ。
 心拍数がはね上がる。
 背中にイヤな汗が流れ、肌が粟立つ。

 チッ! やられた。

 早いとこ、ここから抜け出さないと。
 しかし、闇雲に動いてもマイナスだ。考えろ。
 状況と打開策を。
 しかしどうすればいい?
 上を見上げても高さが分からない。
 片腕だけで上りきれる自信もない。しかし、なんとかしない事にはキノが。
 思考がグルグルと同じ所で回ってしまい、先に進まない。

 ガサッと草葉が揺れる。
 草葉の陰から獲物を捉えた鋭い目つきを向ける三匹のダイアウルフ。薄汚れた犬歯を剥き出しにして、こちらに低い唸りをあげていた。




「無事到着ね」

 二頭のサーベルタイガー、クエイサーとまだ若いスピラに声を掛ける。
 道中、危ない場面があって短槍を失ってしまった。
 謝りたくはないが、おかげで助かった。なくした謝罪はしないとね。
 店は大丈夫かな。アウロが、うまくやってくれているとは思うけど。
 まぁ、とりあえず店に帰ろう。

 グルゥッ⋯⋯。
 
 クエイサーが低く唸った。
 その方向を見ると男が二人、ズタ袋を抱え歩いているのだが、ズタ袋の中身ガサゴソ激しく動いている。

「ちょっとアンタ達その中を見せてごらん。未テイムのモンスターは、人混み御法度って知っているだろ」

 冷ややかに言い放つ。
 生き物をないがしろにする奴は許せない。
 舐めた事していたら、後悔させてやる。

「いやいや、登録済みだ。問題ない」

 男は慌てた様子で立ち去ろうとした。

「だったら袋になんか入れずに普通に連れてやれよ」

 “チッ!”と小さな舌うちをすると男達は走り出した。

「クエイサー! スピラ! ゴー!」

 地を蹴るサーベルタイガーのスピードに敵うはずもなく、簡単に抑え込まれた。
 地面に無様にうつ伏せる男達を一瞥し、ハルヲは急いで袋を開ける。
 思いもよらぬものが視界に入り、ハルヲは絶句した。

「キノ……」

 ハルヲの勘が赤色を灯す、マズい事が起きている。

「おい! こいつの主はどうした!」

 そっぽを向いてしらばっくれる。
 小物が舐めやがって。
 ハルヲは冷たい視線を送る。

「クエイサー」

 指を三本出し、下に向けると抑えつけている男にクエイサーは牙を向けた。

「や、やめさせろ、そうだヤツは吹き溜まりに落ちたんだ。そう、だからこの蛇を保護してやったんだよ、な、な」
「そうだ、落ちるのを見かけたんで保護しただけだー! もう離してくれ」
「落ちるのを見かけただぁ、どこでだ!」

 ハルヲの怒りが爆発した。

「北東のふ、吹き溜まり」

 震える声で男が絞り出した。

「チッ!」

 ハルヲは不機嫌を隠さず派手な舌打ちをする。
 弱りぎみのキノがハルヲを突っつく。

「分かっているよ、キノ」

 ハルヲが頭を撫でた。

「お前らの顔は覚えた。逃げられると思うよな、クエイサー! スピラ! バック」

 男達を解放した。
 証拠がない事にはコイツらを罰する事が出来ない。
 男達は腰の抜けた状態で無様に逃げ出した。
 キノが相変わらずハルヲを突っつく。

「大丈夫、あのバカは死んだりしない。きっと助かるわ、だから安心しなさい。絶対見つけてあげるから。一度店に戻って準備しましょう」

 キノに向かって、ゆっくりと諭すようにハルヲは話しかけた。
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