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亜種(エリート)
亜種(エリート)
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陽が昇り明るくなった。
キノと共に村の西部をオーク探索している。
見晴らしのいい場所ではキノがスルスルと木に上り、首をキョロキョロと動かし上から周辺を見渡した。
昨日とは違いある程度あたりをつけている。
マッシュとふた手に分かれてヤツらを探す。
エンカウントしても今回は攻撃はしない。
勿論、単独が危険というのもあるが今の目的は別にある。
――――――――――――
この男(マッシュ)は不思議な奴だ。
飄々としているがまるで全てを見透かしている言動。
簡単な夕飯を共にしながら思っていた。
「さっき途中になったが、なんで亜種が生まれたと推測してるんだ?」
「うーん、どこから話すかな。北に行く程強いモンスターが現れるのは知っているよな? なぜそうだがは知ってるか?」
「北に行く程、黒素が濃くなるからだろ?」
「そうだ。逆に薄くなると弱くなる。黒素の濃さとモンスターの強さは比例しているって事だ、と考えると黒素が薄いと強いモンスターはいない、多分活動出来ないって事だろ。まず村が襲われないと思うのはそこだ。ここは薄い、強いヤツは活動出来ない、活動出来ない所には寄ってこない」
“なんでか? までは見当つかないがね”とマッシュはつけ加えた。
じゃあなぜ? 亜種が生まれた?
“あ!”ひとつの仮説が立った。
「【吹き溜まり】か!」
少し興奮気味に言い放つとそれを聞いていたマッシュがニヤリと口角を上げた。
「そういう事だと思うね」
【吹き溜まり】
この世界に点在するクレーター状の窪み。
長い年月を掛けて黒素が蓄積された場所だ。
影響がほぼない数Mc程度の小さいものから、数Mk単位の巨大なものまで様々だ。
危険だから巨大な窪みには決して近づいてはいけないと、子供の頃から教わっている。
「西と東南に【吹き溜まり】があると住人から教えて貰った。東南は小さいが、西は3Mkくらいだな、割りとでかかった。そして西に目撃談が固まってる、アイツは西の【吹き溜まり】の側でしか活動しないはずだ」
「なるほど」
相手を知る事によって霞んでいた先が少しずつ晴れてきた。
前に進む推進力となる。
マッシュは視線をこちらに向け続ける。
「理想としては普段なら巣などを持たないヤツらがどこかに拠点を持っていて、そこに一気に仕掛けるってのが理想なんだがな。単独行動をしていないって事は休息もバラバラで取ってはいないと思うんだが⋯⋯」
「でも、どうやって?」
「これでだ」
火山石を腰のバッグから取り出して見せた。
高温で熱したり、圧力を掛けると大爆発を起こすレアな石だ。
取り扱いやすく便に優れているが、希少な為比較的高価な代物。
導火線のついた筒まで取り出した。
その筒に火山石を入れて火を点け投げて使える。
「さっきは使う事になるとは思ってなかったので、準備していなかった」
マッシュは、少しだけ悔いる物言いをする。
ただ持っていても、あんな闇雲に突っ込まれたら使いようはなかったはずだ。
「あと最後にもう一点。ヤツらは多分、夜目が効かない可能性が高い。目撃談は全部日中だ」
「夜襲かけるって事か」
マッシュがニヤリとする。
「その蛇も鼻は効くだろ?」
「鼻かどうかは分からないが……キノ、夜でも大丈夫か?」
キノが鎌首をもたげてキルロを真っ直ぐ見た。
「まぁ、多分大丈夫だろ。アンタは? 眼鏡してるが大丈夫なのか?」
「あ、これか。オレの場合は良すぎるんだ、夜目が効きすぎてな。特に日中生活に支障を来すんでかけてるだけだ。狼は基本夜行性だろ」
「そっちか!」
マッシュは小瓶取り出し続けた。
「うまい事拠点を叩いて終わればいいが、逃した場合はコイツを使う。月の光に反応して光るがそこまで強くない。こいつを叩き込めれば気休め程度かもしれないが、目安程度にはなるだろう」
「そんなものまで持ってるのか!? アンタ、オークのクエを受けるレベルじゃないぞ? 相当な手練れに感じるけど。こちらは頼りになって助かるんだけどさ⋯⋯」
「大差ないさ。単独の依頼で一番高かったから受けただけだ」
視線を少し逸らしながら言葉を漏らす。
気を入れ直すようにまたキルロに視線を戻した。
「で、明日だが陽が出たら、早速ヤツらの捜索を開始だ。あとでマップの照らし合わせをして、ふた手に分かれるぞ。エンカウントしないように後をつけ、拠点がないかの確認が優先だ。陽が落ち始めたら一回集合。陽が落ちたら行動開始、一気に叩くぞ」
黙って頷き返した。
―――――――――――――――
特に収穫なく探索を終えてしまった。
少しでも有益な情報を得たかったがこれといったものはなく俯き加減で集合場所に向った。
時間待たずマッシュも現れる。
「すまん、こっちは収穫なしだ」
「こっちはビンゴだ」
マッシュが表情を引き締める。
「巣かどうかは分からないが固まって休息を取っている。陽が落ちたら行くぞ」
黙って頷く、何も出来ていない自分が不甲斐ない。
ひと仕事前の補給を取りつつ、作戦の再確認をする。
ほとんどの仕事をマッシュが行い、キルロ達がフォローにまわる。
マッシュの作戦の遂行から立案、キルロは単純に感嘆していた。
「すまないな、ほとんど役に立てず」
「そんな事ないさ、ひとりじゃ無理だ。手練れのパーティーだったら正面突破で行ける程度の相手だ、気負い過ぎるなよ」
眼鏡を外し、切れ長の眼をキルロ達に向けた。
夕闇の光りが地平線に飲み込まれ闇が覆い始める。
“いくぞ”と促されヤツらの休憩ポイントを目指す。
真っ暗な森を進む、木々とのこすれる音だけがやけにうるさい。
マッシュがスピードを落とした、近いという事だろう。
止まれのハンドサインに緊張感が一気に増していく。
月明かりにオーク達の姿がぼんやりと浮かび上がった。
『行く!』
暗闇へと消える。
脱兎のごとく駆けていった。
また見守ることしか出来ない。
生唾を飲みこもうとするも口の中がカラカラだった。
ゆっくりと息を吐こう。
ゆっくりと剣を抜く。
『『ドオオオオオ』』
爆音を伴って二本の火柱が立つ。
始まりの狼煙が上がった。
駆ける。
爆ぜる木々の音が鳴り響く。
「スマン、しくじった」
燃える木々を背に橙色に照らされるマッシュが眉間に皺を寄せ戻る。
ニ体の巨躯が炎に燻され体皮を焼いていた。
炎の揺らめきのに合わせて揺らめく大きな影が見える。
『『『ゴァァアアアアアア』』』
吼える、滾る、爆ぜる。
炎に照らされ亜種の姿が確認出来た。
黒い表皮は闇に紛れるも、炎がそれを炙り出す。
匂いを嗅いでいる?
世話しなく動く首から何かを探し求めているのか。
草木の燃える匂いとオークの焼けるイヤな匂いしかしない。
燃えるオーク。
橙色に照らし出される亜種が、横たわるオークを前にして粘る唾液を口から垂らす。
ギチャ、ギチャ⋯⋯。
「食いやがった……」
胃からイヤなせり上がりを感じ、必死にこらえる。
食欲を満たそうとかがむ亜種へマッシュが駆けた。
チラチラと手から光が漏れている。
キルロと蛇も駆ける、続く、置いていかれるな。
食という欲求に忠実すぎるだろう、キルロは簡単に背後を取ると、剥き出しになった後頭部へ剣を振り下ろす。
終われ!
刃が首元を捉える。
ゴツ⋯⋯。
!!
鈍い音が切っ先から鳴っただけで跳ね返される。
少しの跡がついただけだ。
食事の邪魔をするなと、キルロに向かって腕が振られる。
岩のような拳が眼前を横ぎる。
何も出来ずに一度後ろへ離れた。
傷すらつけられなかった。
クソ。
悔しさだけが積み重なる、何も出来ない自分がふがいない。
木々の爆ぜる音が小さく足元で燻ると、暗闇が森へ覆いかぶさる。
黒い体皮が暗闇に溶けていく。
マズい。
チラチラと動く光の点、マッシュか。
暗闇から亜種を引きずり出そうと何度となく接近を試みる。
食を満たしたのだろう顔を上げ、首を何度も掻くと光の点をイラついた目で追う。
亜種が重く緩慢な手の動きで、光の点を握り潰そうと振りまわす。
潰す。
近づく。
相反する思いがぶつかる。
木々の燻りが橙色の点となると、視界のほとんどが黒一色に塗りつぶされた。
『『ゴブッ、ゴブッ、ゴブッ』』
短く吼え暗闇にイラつきを表す。
世話しなく動く光の点が焦りを表す。
『『『ゴァァアアアアアア』』』
怒りがこぼれた。
左右の腕を激しく振り回し土を石を枝を幹を巻き上げる。
ゴン、ガン、ゴツっと左腕の小盾が様々な音を鳴らす。
光の点が動けない。
近づけない。
蛇を背にして盾を構えることしか出来ない。
吼える度に瓦礫が爆ぜる。
暗闇から見えない何かが次々と襲いかかる。
チッ!
動けない、なにか手立てを考えねば。
盾が鳴らす音に思考がうまく回らない、焦りだけがぐるぐると思考を巡る。
思考の停滞に鼓動は上がる、何かせねばと焦りを生む。
悪循環の環が出来上がってしまう。
抜けださねば。
光の点が近づいてきた、キルロ達も駆け出す。
「すまん。180秒、いや90秒くれ!」
マッシュが光の小瓶を差しだす。
『『『ゴァァアアアアアア』』』
吼える、瓦礫が再び爆ぜる。
「ゴフッ」
瓦礫の直撃。
マッシュが吹き飛ぶと光が転がり落ちた。
地面を所在なく転がる光にマッシュは痛みに耐えながら手を伸ばす。
キルロの盾は派手な打撃音を鳴らす。
遠い。
すぐそこの光が遠い。
爆ぜる瓦礫に身動きが取れない。
吼える、ようやく動かなくなった光に満足でもしたかのように短い呼吸音を鳴らしながら、亜種が光へ駆け寄る。
亜種の踏み鳴らす地響き。
爆ぜる瓦礫。
手を伸ばしても届かない光にもどかしさだけが募る。
白い線? 白い光?
一筋の白い線が、地面に転がる光へと地を這う。
亜種と白光が、光へと駆けて行く。
マッシュの手の先に転がる光を咥えると、亜種を引き剥がす。
「行け!!」
痛みに耐えるマッシュが思いを告げる。
『『『ガアアアアアアアア』』』
自らの手の先でこぼれ落ちた光に吼える。
怒りのまま追う。
地響きが光に迫る。
「逃げろー!」
キルロが叫び、あとを追う。
願う、逃げろ、速く追いつかねば、早く、速く。
『『ゴァァアアアアアア』』
怒り、吼える。
亜種は、怒りのままに暴れる。
瓦礫が光に向かってまたしても爆ぜた。
!!
白光に向かう小さな岩。その岩は真っ直ぐキノを捉え直撃する。
光が止まってしまった。
「キノー!!」
キルロが吼える。
速く!
速く!
早く!
光に向かって駆ける。
亜種より先に届け。
駆ける亜種に盾を叩く。
派手な音を鳴らせ。
亜種の動きを止めろ。
けたたましい金属音に、首をもたげ音を探す。
釣れた。
刹那、駆ける、見逃すな。
亜種の横をすり抜け、光を握り締める。
キノが気になるが、今はヤツを剥がす。
来い、こっちだ!
サッサと来い!
暗闇に白目がうっすらと浮かび上がる。
見下ろす目。
来い!
来い!!
光をその目に晒す。
『『ゴァァアアアアアア』』
吼える、光に向かって駆け出す。
逃げろ、考えるな、駆け出せ。
背後から足音が低く鳴り響く。
汗が擦れて出来た無数の傷にしみていく。
走れ!
走れ!
『『『ガアアアアアアアア』』』
亜種が激しく吼えた。
ガラガラと派手な音が鳴り響く。
マズい、瓦礫が再び爆ぜる。
背中から届くその粉砕音にイヤな汗が流れると脈動が跳ね上がる。
「かはっ!」
背中から何かが襲いかかった。
前へと吹き飛ぶ。
岩? 木? イヤどうでもいい、放すな。
拳だけには力を入れておく。
呼吸が出来ない。
苦しい。
立て。
走れ。
肩をいくら揺らしても肺に空気が入っていかない。
苦しい。
足音が近づく。
動け、体、走れ、足。
急に腕を掴まれ茂みへと引きずられる。
「すまん。待たせた」
マッシュがひったくるように光を掴むと、亜種の眼前に光と何かを置いた。
茂みに飛び込むマッシュと息を潜める。
見た事のある匂いを嗅ぐ仕草。
再び欲求を満たそうと光に向かって屈む。
ゴォン!
こもった爆発音が鳴った。
顔の穴という穴から白い煙りが立ち上るのが月明かりに映る。
亜種の巨躯が、ゆったりと仰向けに倒れていく。
茂みから飛び出す、痛みも忘れ、ここを逃してはならない。
構える剣を180度回転させると、虎の爪が現れる。
煙を吐く喉笛に何本もの虎の爪が肉を削ぐ。
内側から焼かれた喉の肉を削ぎ落す。
口元から漏れていた弱い吐息が穴の空いた喉笛から漏れ出すと、口元は完全に沈黙する。
逆手に剣を持ち直し空いた喉笛の穴へ切っ先を突き通す。
漏れる空気に合わせて血がこぼれ、吹き出した。
マッシュの刃が柔らかな眼球を通り脳へと突き通すと、亜種が完全に沈黙した。
「終わった」
身体中の痛みが襲いかかって我に返る。
背中を中心に体中に電気でも走ったかのように痛みが駆け巡る。
「キノー!」
辺りを見渡すも暗闇しか目に入らない。
暗闇から体中に血の乾いた跡が見受けられるマッシュがキノを抱え現れた。
ぐたっと力の抜けた状態でマッシュに抱えられ、こちらに向かってくる。
痛みも忘れ駆け寄った。
「大丈夫だと思うが、ヒール掛けられるか?」
安堵のため息と共に詠唱をする。
《レフェクト》
《レフェクト》
キノとマッシュにヒールを掛けると、その場にへたり込んだ。
「お疲れさん」
マッシュが軽い調子と笑顔で、労ってくれた。
キノと共に村の西部をオーク探索している。
見晴らしのいい場所ではキノがスルスルと木に上り、首をキョロキョロと動かし上から周辺を見渡した。
昨日とは違いある程度あたりをつけている。
マッシュとふた手に分かれてヤツらを探す。
エンカウントしても今回は攻撃はしない。
勿論、単独が危険というのもあるが今の目的は別にある。
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この男(マッシュ)は不思議な奴だ。
飄々としているがまるで全てを見透かしている言動。
簡単な夕飯を共にしながら思っていた。
「さっき途中になったが、なんで亜種が生まれたと推測してるんだ?」
「うーん、どこから話すかな。北に行く程強いモンスターが現れるのは知っているよな? なぜそうだがは知ってるか?」
「北に行く程、黒素が濃くなるからだろ?」
「そうだ。逆に薄くなると弱くなる。黒素の濃さとモンスターの強さは比例しているって事だ、と考えると黒素が薄いと強いモンスターはいない、多分活動出来ないって事だろ。まず村が襲われないと思うのはそこだ。ここは薄い、強いヤツは活動出来ない、活動出来ない所には寄ってこない」
“なんでか? までは見当つかないがね”とマッシュはつけ加えた。
じゃあなぜ? 亜種が生まれた?
“あ!”ひとつの仮説が立った。
「【吹き溜まり】か!」
少し興奮気味に言い放つとそれを聞いていたマッシュがニヤリと口角を上げた。
「そういう事だと思うね」
【吹き溜まり】
この世界に点在するクレーター状の窪み。
長い年月を掛けて黒素が蓄積された場所だ。
影響がほぼない数Mc程度の小さいものから、数Mk単位の巨大なものまで様々だ。
危険だから巨大な窪みには決して近づいてはいけないと、子供の頃から教わっている。
「西と東南に【吹き溜まり】があると住人から教えて貰った。東南は小さいが、西は3Mkくらいだな、割りとでかかった。そして西に目撃談が固まってる、アイツは西の【吹き溜まり】の側でしか活動しないはずだ」
「なるほど」
相手を知る事によって霞んでいた先が少しずつ晴れてきた。
前に進む推進力となる。
マッシュは視線をこちらに向け続ける。
「理想としては普段なら巣などを持たないヤツらがどこかに拠点を持っていて、そこに一気に仕掛けるってのが理想なんだがな。単独行動をしていないって事は休息もバラバラで取ってはいないと思うんだが⋯⋯」
「でも、どうやって?」
「これでだ」
火山石を腰のバッグから取り出して見せた。
高温で熱したり、圧力を掛けると大爆発を起こすレアな石だ。
取り扱いやすく便に優れているが、希少な為比較的高価な代物。
導火線のついた筒まで取り出した。
その筒に火山石を入れて火を点け投げて使える。
「さっきは使う事になるとは思ってなかったので、準備していなかった」
マッシュは、少しだけ悔いる物言いをする。
ただ持っていても、あんな闇雲に突っ込まれたら使いようはなかったはずだ。
「あと最後にもう一点。ヤツらは多分、夜目が効かない可能性が高い。目撃談は全部日中だ」
「夜襲かけるって事か」
マッシュがニヤリとする。
「その蛇も鼻は効くだろ?」
「鼻かどうかは分からないが……キノ、夜でも大丈夫か?」
キノが鎌首をもたげてキルロを真っ直ぐ見た。
「まぁ、多分大丈夫だろ。アンタは? 眼鏡してるが大丈夫なのか?」
「あ、これか。オレの場合は良すぎるんだ、夜目が効きすぎてな。特に日中生活に支障を来すんでかけてるだけだ。狼は基本夜行性だろ」
「そっちか!」
マッシュは小瓶取り出し続けた。
「うまい事拠点を叩いて終わればいいが、逃した場合はコイツを使う。月の光に反応して光るがそこまで強くない。こいつを叩き込めれば気休め程度かもしれないが、目安程度にはなるだろう」
「そんなものまで持ってるのか!? アンタ、オークのクエを受けるレベルじゃないぞ? 相当な手練れに感じるけど。こちらは頼りになって助かるんだけどさ⋯⋯」
「大差ないさ。単独の依頼で一番高かったから受けただけだ」
視線を少し逸らしながら言葉を漏らす。
気を入れ直すようにまたキルロに視線を戻した。
「で、明日だが陽が出たら、早速ヤツらの捜索を開始だ。あとでマップの照らし合わせをして、ふた手に分かれるぞ。エンカウントしないように後をつけ、拠点がないかの確認が優先だ。陽が落ち始めたら一回集合。陽が落ちたら行動開始、一気に叩くぞ」
黙って頷き返した。
―――――――――――――――
特に収穫なく探索を終えてしまった。
少しでも有益な情報を得たかったがこれといったものはなく俯き加減で集合場所に向った。
時間待たずマッシュも現れる。
「すまん、こっちは収穫なしだ」
「こっちはビンゴだ」
マッシュが表情を引き締める。
「巣かどうかは分からないが固まって休息を取っている。陽が落ちたら行くぞ」
黙って頷く、何も出来ていない自分が不甲斐ない。
ひと仕事前の補給を取りつつ、作戦の再確認をする。
ほとんどの仕事をマッシュが行い、キルロ達がフォローにまわる。
マッシュの作戦の遂行から立案、キルロは単純に感嘆していた。
「すまないな、ほとんど役に立てず」
「そんな事ないさ、ひとりじゃ無理だ。手練れのパーティーだったら正面突破で行ける程度の相手だ、気負い過ぎるなよ」
眼鏡を外し、切れ長の眼をキルロ達に向けた。
夕闇の光りが地平線に飲み込まれ闇が覆い始める。
“いくぞ”と促されヤツらの休憩ポイントを目指す。
真っ暗な森を進む、木々とのこすれる音だけがやけにうるさい。
マッシュがスピードを落とした、近いという事だろう。
止まれのハンドサインに緊張感が一気に増していく。
月明かりにオーク達の姿がぼんやりと浮かび上がった。
『行く!』
暗闇へと消える。
脱兎のごとく駆けていった。
また見守ることしか出来ない。
生唾を飲みこもうとするも口の中がカラカラだった。
ゆっくりと息を吐こう。
ゆっくりと剣を抜く。
『『ドオオオオオ』』
爆音を伴って二本の火柱が立つ。
始まりの狼煙が上がった。
駆ける。
爆ぜる木々の音が鳴り響く。
「スマン、しくじった」
燃える木々を背に橙色に照らされるマッシュが眉間に皺を寄せ戻る。
ニ体の巨躯が炎に燻され体皮を焼いていた。
炎の揺らめきのに合わせて揺らめく大きな影が見える。
『『『ゴァァアアアアアア』』』
吼える、滾る、爆ぜる。
炎に照らされ亜種の姿が確認出来た。
黒い表皮は闇に紛れるも、炎がそれを炙り出す。
匂いを嗅いでいる?
世話しなく動く首から何かを探し求めているのか。
草木の燃える匂いとオークの焼けるイヤな匂いしかしない。
燃えるオーク。
橙色に照らし出される亜種が、横たわるオークを前にして粘る唾液を口から垂らす。
ギチャ、ギチャ⋯⋯。
「食いやがった……」
胃からイヤなせり上がりを感じ、必死にこらえる。
食欲を満たそうとかがむ亜種へマッシュが駆けた。
チラチラと手から光が漏れている。
キルロと蛇も駆ける、続く、置いていかれるな。
食という欲求に忠実すぎるだろう、キルロは簡単に背後を取ると、剥き出しになった後頭部へ剣を振り下ろす。
終われ!
刃が首元を捉える。
ゴツ⋯⋯。
!!
鈍い音が切っ先から鳴っただけで跳ね返される。
少しの跡がついただけだ。
食事の邪魔をするなと、キルロに向かって腕が振られる。
岩のような拳が眼前を横ぎる。
何も出来ずに一度後ろへ離れた。
傷すらつけられなかった。
クソ。
悔しさだけが積み重なる、何も出来ない自分がふがいない。
木々の爆ぜる音が小さく足元で燻ると、暗闇が森へ覆いかぶさる。
黒い体皮が暗闇に溶けていく。
マズい。
チラチラと動く光の点、マッシュか。
暗闇から亜種を引きずり出そうと何度となく接近を試みる。
食を満たしたのだろう顔を上げ、首を何度も掻くと光の点をイラついた目で追う。
亜種が重く緩慢な手の動きで、光の点を握り潰そうと振りまわす。
潰す。
近づく。
相反する思いがぶつかる。
木々の燻りが橙色の点となると、視界のほとんどが黒一色に塗りつぶされた。
『『ゴブッ、ゴブッ、ゴブッ』』
短く吼え暗闇にイラつきを表す。
世話しなく動く光の点が焦りを表す。
『『『ゴァァアアアアアア』』』
怒りがこぼれた。
左右の腕を激しく振り回し土を石を枝を幹を巻き上げる。
ゴン、ガン、ゴツっと左腕の小盾が様々な音を鳴らす。
光の点が動けない。
近づけない。
蛇を背にして盾を構えることしか出来ない。
吼える度に瓦礫が爆ぜる。
暗闇から見えない何かが次々と襲いかかる。
チッ!
動けない、なにか手立てを考えねば。
盾が鳴らす音に思考がうまく回らない、焦りだけがぐるぐると思考を巡る。
思考の停滞に鼓動は上がる、何かせねばと焦りを生む。
悪循環の環が出来上がってしまう。
抜けださねば。
光の点が近づいてきた、キルロ達も駆け出す。
「すまん。180秒、いや90秒くれ!」
マッシュが光の小瓶を差しだす。
『『『ゴァァアアアアアア』』』
吼える、瓦礫が再び爆ぜる。
「ゴフッ」
瓦礫の直撃。
マッシュが吹き飛ぶと光が転がり落ちた。
地面を所在なく転がる光にマッシュは痛みに耐えながら手を伸ばす。
キルロの盾は派手な打撃音を鳴らす。
遠い。
すぐそこの光が遠い。
爆ぜる瓦礫に身動きが取れない。
吼える、ようやく動かなくなった光に満足でもしたかのように短い呼吸音を鳴らしながら、亜種が光へ駆け寄る。
亜種の踏み鳴らす地響き。
爆ぜる瓦礫。
手を伸ばしても届かない光にもどかしさだけが募る。
白い線? 白い光?
一筋の白い線が、地面に転がる光へと地を這う。
亜種と白光が、光へと駆けて行く。
マッシュの手の先に転がる光を咥えると、亜種を引き剥がす。
「行け!!」
痛みに耐えるマッシュが思いを告げる。
『『『ガアアアアアアアア』』』
自らの手の先でこぼれ落ちた光に吼える。
怒りのまま追う。
地響きが光に迫る。
「逃げろー!」
キルロが叫び、あとを追う。
願う、逃げろ、速く追いつかねば、早く、速く。
『『ゴァァアアアアアア』』
怒り、吼える。
亜種は、怒りのままに暴れる。
瓦礫が光に向かってまたしても爆ぜた。
!!
白光に向かう小さな岩。その岩は真っ直ぐキノを捉え直撃する。
光が止まってしまった。
「キノー!!」
キルロが吼える。
速く!
速く!
早く!
光に向かって駆ける。
亜種より先に届け。
駆ける亜種に盾を叩く。
派手な音を鳴らせ。
亜種の動きを止めろ。
けたたましい金属音に、首をもたげ音を探す。
釣れた。
刹那、駆ける、見逃すな。
亜種の横をすり抜け、光を握り締める。
キノが気になるが、今はヤツを剥がす。
来い、こっちだ!
サッサと来い!
暗闇に白目がうっすらと浮かび上がる。
見下ろす目。
来い!
来い!!
光をその目に晒す。
『『ゴァァアアアアアア』』
吼える、光に向かって駆け出す。
逃げろ、考えるな、駆け出せ。
背後から足音が低く鳴り響く。
汗が擦れて出来た無数の傷にしみていく。
走れ!
走れ!
『『『ガアアアアアアアア』』』
亜種が激しく吼えた。
ガラガラと派手な音が鳴り響く。
マズい、瓦礫が再び爆ぜる。
背中から届くその粉砕音にイヤな汗が流れると脈動が跳ね上がる。
「かはっ!」
背中から何かが襲いかかった。
前へと吹き飛ぶ。
岩? 木? イヤどうでもいい、放すな。
拳だけには力を入れておく。
呼吸が出来ない。
苦しい。
立て。
走れ。
肩をいくら揺らしても肺に空気が入っていかない。
苦しい。
足音が近づく。
動け、体、走れ、足。
急に腕を掴まれ茂みへと引きずられる。
「すまん。待たせた」
マッシュがひったくるように光を掴むと、亜種の眼前に光と何かを置いた。
茂みに飛び込むマッシュと息を潜める。
見た事のある匂いを嗅ぐ仕草。
再び欲求を満たそうと光に向かって屈む。
ゴォン!
こもった爆発音が鳴った。
顔の穴という穴から白い煙りが立ち上るのが月明かりに映る。
亜種の巨躯が、ゆったりと仰向けに倒れていく。
茂みから飛び出す、痛みも忘れ、ここを逃してはならない。
構える剣を180度回転させると、虎の爪が現れる。
煙を吐く喉笛に何本もの虎の爪が肉を削ぐ。
内側から焼かれた喉の肉を削ぎ落す。
口元から漏れていた弱い吐息が穴の空いた喉笛から漏れ出すと、口元は完全に沈黙する。
逆手に剣を持ち直し空いた喉笛の穴へ切っ先を突き通す。
漏れる空気に合わせて血がこぼれ、吹き出した。
マッシュの刃が柔らかな眼球を通り脳へと突き通すと、亜種が完全に沈黙した。
「終わった」
身体中の痛みが襲いかかって我に返る。
背中を中心に体中に電気でも走ったかのように痛みが駆け巡る。
「キノー!」
辺りを見渡すも暗闇しか目に入らない。
暗闇から体中に血の乾いた跡が見受けられるマッシュがキノを抱え現れた。
ぐたっと力の抜けた状態でマッシュに抱えられ、こちらに向かってくる。
痛みも忘れ駆け寄った。
「大丈夫だと思うが、ヒール掛けられるか?」
安堵のため息と共に詠唱をする。
《レフェクト》
《レフェクト》
キノとマッシュにヒールを掛けると、その場にへたり込んだ。
「お疲れさん」
マッシュが軽い調子と笑顔で、労ってくれた。
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