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亜種(エリート)

狼人(ウエアウルフ)

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 クソッ、クソッ、クソッ、クソッ……。
 
 目の前の狼人ウエアウルフを追いながら自戒の念に押し潰されそうだ。
 助けられなかった、目の前なのに救えなかった、救わなかった。
 自己嫌悪の欠片が次々と足元から絡みついてくるような不快感。
 
 ハッ、ハッ、ハッ……。
 
 口からは吐く息だけがこぼれ落ちる。
 この不快感も一緒にこぼれ落ちて欲しい。
 そして頭を空っぽにしてくれ。
 何も考えたくないのに耳が捉えた不快な断末魔ともに、後悔にも似た感情が心を犯して来た。
 今は、ひたすら走れ。
 脇目も振らずキノと共に一直線に。


 唐突に狼人ウエアウルフがスピードを落とし、後ろを振り返る。

「もう大丈夫だ。しかし、お前さん、ひでぇ顔してるぞ」

 低く穏やかな声で話しかけてきた。
 通常獣人の眼は良い、むしろ悪いという話を聞いたことがない。
 なのにこの男は、獣人の耳に掛けられように作った、特注とおぼしき眼鏡をかけている。
 眼鏡と整った顔立ちのせいか、理知的なにおいを漂わす不思議な奴だ。
 眼鏡の奥でつり上がりぎみの細目が、眼光鋭くこちらの様子を伺っていた。
 細身の手足は獣人らしく長い、レザーアーマーのみの軽装備は動きを妨げないように配慮しての事だろう。

「大丈夫だ」

 自分に言い聞かせるように答える。
 狼人ウエアウルフが立ち止まり、余り表情がない奴だが少し呆れがちに言い放つ。

「大丈夫っていうヤツは大概、大丈夫じゃない」

 言い返す言葉が見つからず言いよどむ。
 そんな姿を見て狼人ウエアウルフは穏やかに続ける。

「あんまり、気に病むなって言っても無理だろうが、お前さんは、お前さんの出来る最大限をあそこで見せたんだ。あれ以上は無理だ」

 空を仰ぐ、心のザラとした泡立ちはどうにもならない。
 狼人ウエアウルフは続ける。

「まぁ、間違いなくあそこにいた何人かは、お前さんに救われたはずだ。突っ込んで行ったバカ二人組に希望を見たが多分瞬殺、抱いた希望も瞬殺、そこで我に返ってお前さんの叫びを思い出し、まともな奴ならあそこから立ち去るだろう。立ち去らない奴は、抱いた希望が間違いだった事を認められず、クソみたいな希望と共に消えるだけだ。立ち去るという選択肢をお前さんは、唯一あの場で与えたんだ」

 答えが見つからず黙る。
 理解は出来るが納得出来ない。

「割り切れとは言わん、でも切り替えろ」

 狼人ウエアウルフが言い切った。


 村に到着すると数人の住人が様子を伺いにやってきた。
 まとめ役なのだろう、聞きづらそうに経過の報告を願い出ると狼人ウエアウルフがキルロを制止して説明を始めた。

「今、この村は非常に危険な状態に陥ってる」

 良く通る声で朗々と語り始める。
 住人達は集まって来て、ざわめき始めた。

「あの、どういう事でしょうか?」

 まとめ役ぽい、壮年の男性が問い返す。

「とても危険なオークが生まれ落ちてしまった。討伐に出た先発陣は、全滅に近い状況だ」

 住民のざわめきが大きくなっていく。
 気にする事無く狼人ウエアウルフは続ける。

「この村で一番早くギルドに到着出来る脚を持っているのは誰だ?」

 住人達を見回し狼人ウエアウルフが問いかける。一人の若者が、躊躇しながら手を上げた。

「私の早馬が一番早く到着出来ると思います」
「では、あなたにこの村の行方を託しましょう。ギルドに行き亜種が生まれ、村に危機が迫っていることを訴えて下さい。そして、援軍の要請をお願いするのです」

 若者はその言葉に表情を引き締めて強く頷く。
 
「それから今、書状をすぐに書くので、訴えるときに必ず渡して下さい」

 狼人ウエアウルフが羊皮紙とペン取り出し、急いでペンを走らせる。
 書状を受け取ると若者はすぐにギルドに向けて馬を走らせた。
 ざわつく住人達を横目にしながら人目のつかない所に三人は移動する。

「遅くなった、マッシュだ」

 狼人ウエアウルフは名乗ると手を差し出し、キルロはその手をしっかりと握り返した。

「キルロだ。こっちはキノ」

 村に戻り少し落ち着きが生まれ、マッシュに疑問を投げた。

「なあ、なんでオレ達を助けたんだ?」
「あの場で的確な判断出来てたのがお前さんだけだった。それだけの事だ」

 “そうか”と答えるも的確だったという実感はない。

「ギルドに訴えるって事は援軍を待って叩きに行くって事だよな?」
「まさか。ギルドに走らせるのはヤバさを煽らせて報酬を上げる為だ。住人が血相を変えて飛び込んで行けばギルドも動かざろうえない。書状には現状と護衛兵ガードを動かせ、さもなくば報酬を上げてクエストのランクアップして手練れを寄越せと書いた。護衛兵ガードを動かす事は、まずないからこれで報酬アップとなるはずだ」

 そんな事考えてたのか。
 呆気に取られているキルロを横目に続ける

「報酬アップがあっていいレベルだろう、アレは。オレとお前さんで、あいつを叩くぞ。クエストが刷新され、新しい冒険者が来るまで4日はあるはずだ。それだけあれば充分だ」
「他のヤツらはどうする……」

 キルロが言いかけると、キノが村の入口を気にする素振りを見せる。
 住人達がまたざわめき始めていた。
 不審に思いざわめきの方へ向かうと、傷だらけの冒険者が四人程帰還して来たばかりで、他に見当たらない。戻って来れなかったヤツらは、多分、そういう事なのだろう。
 落ち着き始めていた心がまた粟立ち始め、キルロの顔は険しいものとなっていく。
 マッシュもその光景に視線を向けた。

「他のヤツらはもう心が折れている。立ち上がるヤツがいれば、もちろん共闘を願い出るが……お前さん、アレ見て立ち上がるヤツいると思うか?」

 マッシュの言葉に返す言葉が見つからなかった。
 歩けるヤツはまだマシだ。片腕をもがれているヤツ、中には両足があらぬ方向に曲がって呻き続けてるヤツもいる。キルロは反射的に向かった。
 住人達も手伝い、さながら野戦病院の有り様だ。

 《レフェクト》
 《レフェクト・レーラ》

 戻って来た冒険者に片っ端から静かに呪文を詠う。
 “すまねぇ”と話す気力のある冒険者はキルロに感謝を述べるが、キルロは黙って首を横に振る事しか出来ない。

「へぇ~、おまえさんヒールを使えるのか。面白いヤツだな」

 マッシュが感嘆する。
 
「少しだけだ」

 キルロは、呟くように答える。

「ヒールが使えるから、あの場で助けられたかもなんて思ってないよな?」

 マッシュが皮肉ぽい口調で続けた。
 治癒系だろうが攻撃系だろうが、唱えてる間は一種の瞑想に近い状態になる。
 強力なものほど瞑想に近い状態は長くなり、最前線で援護もなく呪文を唱えるなんて裸でモンスターの前に寝転ぶようなものだ。
 あの場で援護もなしに呪文を唱えるなんて自殺行為に等しい。

「思っていたら、何も言わずに突っ込んでるよ」
「そらそうか」

 マッシュは軽く頷きながらキルロの答えに納得した。

「なあ、あのオークおかしくないか? マッシュはあんな変わり種にあった事あるのか?」
「変わり種はあるが、あんなオークはない」
「そうか。しかも、なんで群れないはずが群れているのだろ?」
「これはあくまでも憶測に過ぎないんだが、圧倒的な力の差を持つ亜種エリートが生まれた事で亜種エリートを頂点とする、小さなヒエラルキーが出来てしまったんじゃないかと。今まで横一線だったものが、イレギュラーで縦にも線が出来てしまい、群れというイレギュラーも発生してしまったんじゃないかと思うんだが、どうかな」

 合点の行く説明だ。
 もしそうなら、通常の群れで動くヤツらとは違い連携というものに関しては稚拙な可能性が高い。

「という事は連携は甘そうだな」
「ああ、そこは間違いないだろ。連携して何かをするって事はないだろうな」
「突くとしたらそこか?」
「どうかな、そこは突くというより考えなくても良いって感じじゃないか」

 突破口になるほどの事柄ではないか。

「なぁ、お前さん。なんで強力な亜種エリートが、たまたまとはいえ生まれたんだと思う?」

 今度はマッシュがキルロに聞いてきた。
 そんな事考えた事もなかった。
 なぜ? に理由があるのか? 咄嗟に思考をめぐらしてはみたものの何も浮かばない。

「マッシュは知っているのか?」

 首を横に振るとマッシュは顔を上げて村の出口付近を見つめた。

「これも憶測の域を出ないが……それより……なぁ、お前さん……」

 マッシュが冒険者を応急処置している住人達に視線を送る。

「バカな冒険者を救えなかった事をいつまでも悔やむな。おまえさんが守るべきあそこで必死に面倒を見てくれている住人達じゃないのか? 違うか?」

 マッシュの言葉が突き刺さった。
 あまりに当たり前の事を指摘されたに過ぎないのだが、スッポリと抜け落ちていた事に気づかされ、自分のマヌケさえを悔いる。

「確かにそうだ、アンタの言う通りだ」
「分かればいいさ。まぁ、アイツ(オーク)らがこの村を襲うことは無いと思うけどな」
「そうなのか?」
「憶測に過ぎないから住人には内緒だ。どちらにせよ討伐しない事には西側の生活圏が潰れたままだからな」
「へえ、優しい面も持ってるんだな、住人の為なんて」
「あたりまえだろう」

 マッシュがニヤリと笑った。
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