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宣言と祭り(フィエスタ)
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「いってぇえ! クソ⋯⋯」
肩で息するボロボロのキルロが、逃げ出す様に治療院の外へと転げ出た。腕や足からは血が滲み、こめかみから血を垂れ流す。顔面は原型を留めないほど腫れあがり、痛みで顔を歪めていた。
待合は滅茶苦茶に破壊され、激しい戦闘の傷跡を映す。やり切れない怒りの矛先が、小男へと向いて行った。
ニウダとキノは二階の窓から、転げ出るキルロの姿を覗き、表情を険しくさせて行く。今にも飛び出し兼ねないキノをニウダは必死に抑えていた。
ズズっと埃だらけになった体をゆっくり起こすと、獣人と小男もゆっくりとキルロのあとを追った。
勝ちを確信した小男は、嫌味な笑みを絶やさず、外で待ち構えていたキルロの包囲網は、じりじりと小さくなって行く。
「弱い物いじめは性に合わないのだよ。ヤクロウを差し出せ。それで終わりだ」
「⋯⋯知らねえって言ってんだよ。何度言えば分かるんだ⋯⋯バカなのか?」
キルロの強がりに、小男は余裕綽々とばかりに口端をせり上げた。大仰に青いマントを翻し、キルロに向けて腕を振り下ろす。
それを合図に、飛び掛かる包囲網。そこに唐突に向けられた存外な言葉に、収縮を見せた包囲の輪が止まった。
「邪魔だ。どけや! こいつら、ぶっ飛ばしていいのか?」
「まぁ、ちょっと待てって。ちょっと、ゴメンよ。よお! 団長! ブハッ! しばらく見ない間に、随分といい面構えになったな」
「すいません、すいません。通りますです」
包囲網を掻き分け、自ら包囲網の中へと飛び込む三人の姿を、キルロは驚きを持って迎えた。
「ハハ⋯⋯。相変わらずワンテンポ遅いぞ、頼むぜ」
「そうか? 正義の味方登場のタイミング的には、バッチリだと思うんだが⋯⋯ダメか?」
微笑み合うキルロとマッシュ。
緊迫した場面で軽口を叩き合う手練れの姿に、取り囲む獣人達が困惑を見せる。それは小男も同じで、振り下ろした腕は所在無く困惑を映していった。
「なぁ、もういいか?」
「ああ、そうだな。どうやら悪者のようだ、サッサと終わらせようかね」
「はいです」
マッシュの顔から一瞬で笑みは消え、ユラはぶつぶつと何かを唱える。フェインは両手に嵌めた鉄のグローブをガシャっと突き合わせ、前を見つめる瞳は鋭さを見せて行く。
「⋯⋯【炎柱】」
ユラの左手が赤く光る。ドワーフの有り得ない詠唱が、さらに混乱を呼び込んだ。
頭を低くしたユラが、困惑し硬直している小男へと迫る。ユラの手から放たれた炎が、小男へ炎の道を作って行く。目を剥く小男を焼く炎⋯⋯。
「⋯⋯うがぁあああああっ!」
だが、呻きを上げたのは側近の狼人。地面に転がった小男にその炎は届いていなった。突き飛ばした狼人の両手が、小男の代わりに燃えて行く。しばらく地面をのたうち回ったが、やがて静かになった。地面に転がる狼人の姿に、小男の顔面はみるみる蒼くなり狼狽を見せる。考えもしていなかった光景に、腰を抜かしたまま小男は動けない。ただ茫然と横たわる狼人を見つめるだけ。
「ちっ、邪魔しやがって」
ユラは不貞腐れながら、小男を睨む。
小男の混乱は、配下へと伝播し、囲む輪に動揺が走った。
「やれ!! やるんだ!」
側近の猫人が、小男に代わり吠えた。それを合図に【スミテマアルバレギオ】を囲む輪が一斉に小さくなって行く。
激しく斬り合う金属の音と、鈍い殴打音。低い呻きが鳴り止む事は無く。切っ先が、拳が、【スミテマアルバレギオ】へと届き始めた。
◇◇◇◇
急げ! 早く!
馬車の車輪は、ありえないほど軋んでいます、それでも⋯⋯。
キルロさんを囲む敵の姿に、マッシュさん達は馬車を飛び降りて駆けて行きました。
『おまえさんはここから離れて、隠れているんだ。いいな。おまえさんに何かあったら、ハルにぶっ飛ばされるからな、頼んだぞ』
そんな軽口を残して、マッシュさん達は行ってしまいました。心配無いと言わんばかりの穏やかな口調。それが逆に私の焦燥を煽りました。何か出来ないかと必死に考えます。
あんなに大勢をたった四人でなんて⋯⋯。
私に何か出来る事は? 何が出来る? 何をすべき? 何が必要⋯⋯。
気が付けば顔を上げ、馬車を走らせていました。
急げ。
手綱を握る手の平からじわりと汗が滲みます。悲鳴を上げる車輪、跳ね上がる車輪も気にしません。
たどり着ければそれでいい。
気が付けば、手綱をギュっと握り締めていました。
◇◇◇◇
しまった、焦った⋯⋯。
そう思った時にはすでにキルロの意識は飛んでいた。
明らかな油断。
頭の中は真っ黒に塗りつぶされ、糸の切れた操り人形のごとく、地面へと崩れ落ちて行く。
硬直している小男に向けて、安易に飛び込んで行ったキルロ。動かないはずの狼人の蹴りが、キルロの後頭部を見事なまでに打ち抜いた。両手を焼かれ、苦悶の表情を浮かべながらも、その足は主君の危機を救う。
「団長!」
拮抗していた力は一瞬の迷いに寄って、一気に小男達へと傾く。包囲網は見る見る小さくなって行き、【スミテマアルバレギオ】は防戦一方となって行った。
クソ。
思うように進まなかった事に、マッシュは盛大に顔をしかめた。
マッシュから、ユラから余裕は見る見る消えて行き、フェインの拳も攻撃を弾くのがやっと。
どうする?
打開する術を模索する余裕さえ与えてくれない連撃。
「っうっ⋯⋯」
「フェイン!」
「だ、大丈夫です」
「ちょっとだけヤバいな」
「ああ、ちょっとだけな」
追い込まれた三人が背中合わせで、包囲網に対峙する。
倒れているキルロの首に、猫人がゆっくりと刃を当てた。
「⋯⋯ハハ⋯⋯ハハハハ⋯⋯終わりだ。武器を⋯⋯」
「ぐはっ⋯⋯」
「かはっ⋯⋯」
小男のひきつる高笑いを遮る、包囲網からの呻き。
取り囲む円が崩れて行く。次々と吹き飛ぶ獣人の奥に、目で追うのもままならないほどの速さで動く、見慣れぬ獣人の姿。
これが本気の速さなのか。マッシュですら一瞬見惚れてしまうほどの瞬足で、敵をなぎ倒す。
その獣人は穴の空いた網の中へと飛び込み、【スミテマアルバレギオ】の前で凛とした立姿を見せた。そこに見せる長い手足と、特徴のある長い耳。
「カッコイイ、登場だな。カズナ」
「すまン。遅くなっタ」
マッシュはその心強い味方に口端を上げ、カズナはマッシュを一瞥する事無く包囲網を睨んだ。
「ちょ、ちょっと待って! ダメですよ!」
二階からのニウダの叫び。白い閃光が、この混乱に乗じた。
窓から真っ直ぐに白い閃光が、小男へ向かって飛び降りて行く。高さをものともしない柔らかな着地からの爆発的な飛び込み。振り返る事さえ許さずに、小男の背中を取ると、首元に白銀の刃を押し当てた。鈍く光る刃が、柔らかな首元の肉に触れる。
「ひ、ひぃー」
「キノ! まだ、殺してはダメですよ」
フェインの言葉にキノは無表情で一瞥した。
小男はその冷たい感触に腰を抜かし、獣人達はその姿に激しい困惑を見せる。
小さな白髪の幼女に脅され、腰を抜かす主君の姿。混乱と困惑を作るのに十分なまでの状況に、包囲網の剣先が激しい迷いを見せて行った。
フェインはその隙を見逃さない。鉄のブーツがキルロに向いた刃を蹴り飛ばす。宙をクルクルと舞うその剣は、決着がついたと暗に示していた。
肩で息するボロボロのキルロが、逃げ出す様に治療院の外へと転げ出た。腕や足からは血が滲み、こめかみから血を垂れ流す。顔面は原型を留めないほど腫れあがり、痛みで顔を歪めていた。
待合は滅茶苦茶に破壊され、激しい戦闘の傷跡を映す。やり切れない怒りの矛先が、小男へと向いて行った。
ニウダとキノは二階の窓から、転げ出るキルロの姿を覗き、表情を険しくさせて行く。今にも飛び出し兼ねないキノをニウダは必死に抑えていた。
ズズっと埃だらけになった体をゆっくり起こすと、獣人と小男もゆっくりとキルロのあとを追った。
勝ちを確信した小男は、嫌味な笑みを絶やさず、外で待ち構えていたキルロの包囲網は、じりじりと小さくなって行く。
「弱い物いじめは性に合わないのだよ。ヤクロウを差し出せ。それで終わりだ」
「⋯⋯知らねえって言ってんだよ。何度言えば分かるんだ⋯⋯バカなのか?」
キルロの強がりに、小男は余裕綽々とばかりに口端をせり上げた。大仰に青いマントを翻し、キルロに向けて腕を振り下ろす。
それを合図に、飛び掛かる包囲網。そこに唐突に向けられた存外な言葉に、収縮を見せた包囲の輪が止まった。
「邪魔だ。どけや! こいつら、ぶっ飛ばしていいのか?」
「まぁ、ちょっと待てって。ちょっと、ゴメンよ。よお! 団長! ブハッ! しばらく見ない間に、随分といい面構えになったな」
「すいません、すいません。通りますです」
包囲網を掻き分け、自ら包囲網の中へと飛び込む三人の姿を、キルロは驚きを持って迎えた。
「ハハ⋯⋯。相変わらずワンテンポ遅いぞ、頼むぜ」
「そうか? 正義の味方登場のタイミング的には、バッチリだと思うんだが⋯⋯ダメか?」
微笑み合うキルロとマッシュ。
緊迫した場面で軽口を叩き合う手練れの姿に、取り囲む獣人達が困惑を見せる。それは小男も同じで、振り下ろした腕は所在無く困惑を映していった。
「なぁ、もういいか?」
「ああ、そうだな。どうやら悪者のようだ、サッサと終わらせようかね」
「はいです」
マッシュの顔から一瞬で笑みは消え、ユラはぶつぶつと何かを唱える。フェインは両手に嵌めた鉄のグローブをガシャっと突き合わせ、前を見つめる瞳は鋭さを見せて行く。
「⋯⋯【炎柱】」
ユラの左手が赤く光る。ドワーフの有り得ない詠唱が、さらに混乱を呼び込んだ。
頭を低くしたユラが、困惑し硬直している小男へと迫る。ユラの手から放たれた炎が、小男へ炎の道を作って行く。目を剥く小男を焼く炎⋯⋯。
「⋯⋯うがぁあああああっ!」
だが、呻きを上げたのは側近の狼人。地面に転がった小男にその炎は届いていなった。突き飛ばした狼人の両手が、小男の代わりに燃えて行く。しばらく地面をのたうち回ったが、やがて静かになった。地面に転がる狼人の姿に、小男の顔面はみるみる蒼くなり狼狽を見せる。考えもしていなかった光景に、腰を抜かしたまま小男は動けない。ただ茫然と横たわる狼人を見つめるだけ。
「ちっ、邪魔しやがって」
ユラは不貞腐れながら、小男を睨む。
小男の混乱は、配下へと伝播し、囲む輪に動揺が走った。
「やれ!! やるんだ!」
側近の猫人が、小男に代わり吠えた。それを合図に【スミテマアルバレギオ】を囲む輪が一斉に小さくなって行く。
激しく斬り合う金属の音と、鈍い殴打音。低い呻きが鳴り止む事は無く。切っ先が、拳が、【スミテマアルバレギオ】へと届き始めた。
◇◇◇◇
急げ! 早く!
馬車の車輪は、ありえないほど軋んでいます、それでも⋯⋯。
キルロさんを囲む敵の姿に、マッシュさん達は馬車を飛び降りて駆けて行きました。
『おまえさんはここから離れて、隠れているんだ。いいな。おまえさんに何かあったら、ハルにぶっ飛ばされるからな、頼んだぞ』
そんな軽口を残して、マッシュさん達は行ってしまいました。心配無いと言わんばかりの穏やかな口調。それが逆に私の焦燥を煽りました。何か出来ないかと必死に考えます。
あんなに大勢をたった四人でなんて⋯⋯。
私に何か出来る事は? 何が出来る? 何をすべき? 何が必要⋯⋯。
気が付けば顔を上げ、馬車を走らせていました。
急げ。
手綱を握る手の平からじわりと汗が滲みます。悲鳴を上げる車輪、跳ね上がる車輪も気にしません。
たどり着ければそれでいい。
気が付けば、手綱をギュっと握り締めていました。
◇◇◇◇
しまった、焦った⋯⋯。
そう思った時にはすでにキルロの意識は飛んでいた。
明らかな油断。
頭の中は真っ黒に塗りつぶされ、糸の切れた操り人形のごとく、地面へと崩れ落ちて行く。
硬直している小男に向けて、安易に飛び込んで行ったキルロ。動かないはずの狼人の蹴りが、キルロの後頭部を見事なまでに打ち抜いた。両手を焼かれ、苦悶の表情を浮かべながらも、その足は主君の危機を救う。
「団長!」
拮抗していた力は一瞬の迷いに寄って、一気に小男達へと傾く。包囲網は見る見る小さくなって行き、【スミテマアルバレギオ】は防戦一方となって行った。
クソ。
思うように進まなかった事に、マッシュは盛大に顔をしかめた。
マッシュから、ユラから余裕は見る見る消えて行き、フェインの拳も攻撃を弾くのがやっと。
どうする?
打開する術を模索する余裕さえ与えてくれない連撃。
「っうっ⋯⋯」
「フェイン!」
「だ、大丈夫です」
「ちょっとだけヤバいな」
「ああ、ちょっとだけな」
追い込まれた三人が背中合わせで、包囲網に対峙する。
倒れているキルロの首に、猫人がゆっくりと刃を当てた。
「⋯⋯ハハ⋯⋯ハハハハ⋯⋯終わりだ。武器を⋯⋯」
「ぐはっ⋯⋯」
「かはっ⋯⋯」
小男のひきつる高笑いを遮る、包囲網からの呻き。
取り囲む円が崩れて行く。次々と吹き飛ぶ獣人の奥に、目で追うのもままならないほどの速さで動く、見慣れぬ獣人の姿。
これが本気の速さなのか。マッシュですら一瞬見惚れてしまうほどの瞬足で、敵をなぎ倒す。
その獣人は穴の空いた網の中へと飛び込み、【スミテマアルバレギオ】の前で凛とした立姿を見せた。そこに見せる長い手足と、特徴のある長い耳。
「カッコイイ、登場だな。カズナ」
「すまン。遅くなっタ」
マッシュはその心強い味方に口端を上げ、カズナはマッシュを一瞥する事無く包囲網を睨んだ。
「ちょ、ちょっと待って! ダメですよ!」
二階からのニウダの叫び。白い閃光が、この混乱に乗じた。
窓から真っ直ぐに白い閃光が、小男へ向かって飛び降りて行く。高さをものともしない柔らかな着地からの爆発的な飛び込み。振り返る事さえ許さずに、小男の背中を取ると、首元に白銀の刃を押し当てた。鈍く光る刃が、柔らかな首元の肉に触れる。
「ひ、ひぃー」
「キノ! まだ、殺してはダメですよ」
フェインの言葉にキノは無表情で一瞥した。
小男はその冷たい感触に腰を抜かし、獣人達はその姿に激しい困惑を見せる。
小さな白髪の幼女に脅され、腰を抜かす主君の姿。混乱と困惑を作るのに十分なまでの状況に、包囲網の剣先が激しい迷いを見せて行った。
フェインはその隙を見逃さない。鉄のブーツがキルロに向いた刃を蹴り飛ばす。宙をクルクルと舞うその剣は、決着がついたと暗に示していた。
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