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坂門

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悲しみの淵

相変わらずお久しぶりです

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「いや、そんな客は来てないぞ」
「そっか、ありがとう」

 フィリシアは軽く別れの挨拶を交わし、調教店テイムショップをあとにしました。
 これで何軒目でしょうか? 診療を行っている調教店テイムショップに片っ端から突撃して行きます。ほとんどの店が知った顔らしく、すぐに来店の履歴を調べて下さいます。
 ただ、そこにオランジュさんとおぼしき人物は皆無。フィリシアの知っている所、捜索中に目に付いた所、私達は躊躇なく飛び込んで行きましたが、求めている答えは得られませんでした。


「どこか内緒にしている所があったのかな?」

 ほとんどというか、ミドラスにある店は全部行ったのでは無いでしょうか?
 診療を行っていると思える所は、すべて回ったと思います。
 私達は噴水広場のベンチへと腰を下ろしました。夕食の準備にはまだ少し早い時間。立ち並ぶ屋台の方々も、心なしかゆったりと構えていました。
 これだけ見つからないと、誰かが隠しているのではないかと思ってしまいますよ。フィリシアは私の言葉に目を閉じて、逡巡の素振りを見せていました。

「いや。それはないかな。少なくとも怪しい動きを見せた店は無かった気がする。エレナはどう?」
「わ、私? う~ん。分からないけど⋯⋯みんなちゃんと接してくれた感じがする」
「だよね」

 私はフィリシアに首を振るだけで、フィリシアも大きな溜め息をついて天を仰ぎます。

「あらぁ~、ふたりともこんな所で油売って余裕ね。【ハルヲンテイム】はそんなにヒマなのかしら? 私の所なんてあれ以来忙しくて、忙しくて⋯⋯。エレナちゃん、私の所来ちゃう? どう? どう? どう?」
「カミオさん!」

 私達をいきなり覗き込む派手な姿のカミオさんに、一瞬言葉を失ってしまいます。相変わらず存在感が凄いですね。
 いつもと同じ、ニコニコと明るい笑顔を私達に向けてくれます。ちょっと暗くなりかけていた私には、いつもの明るいカミオさんが眩しく映りました。

「ちょっと、空気を読んでよ。こっちはシリアスモードなの。いつでも、馬鹿みたいに笑ってられないのよ」
「馬鹿みたいって何さ! なぁにがぁ、シリアスよ。こっちだっていつも真剣よ。見くびらないでちょうだい!」
「いつもヘラヘラしているくせに、何言ってんだか。真剣なんて言葉、あんたの辞書に無いでしょう」
「あるわよ!」
「無いね」
「ある!」
「ストーップ! ストーップです! ほらもう、そんな言い合いなんてしないで下さいよ」

 なぜこのふたりはいつもこうなるのですかね? 仲が良いのか悪いのかさっぱりですよ。
 私はふたりの間で大きく溜め息をついて見せると、ふたり揃って口ごもりました。

「フィリシア、カミオさんに当たるのは、良くないと思う。カミオさん、すいません。ちょっと煮詰まってしまって、悩んでいるのです」

 ふてくされるフィリシアを尻目に私が代わって頭を下げます。カミオさんは頭をポリポリと掻いて、ちょっとバツ悪そうに視線を外に向けました。でも、すぐに微笑みを返してくれます。

「エレナちゃんに言われちゃったら、しょうがないわね。あなたってば、本当にいい娘ね。ウチに来ない? 歓迎するわよ」
「いやぁ⋯⋯」
「行くわけないでしょう! 【ハルヲンテイム】の大事な戦力なんだから」
「何でよ! その【ハルヲンテイム】に大事な戦力を取られたのはこっちよ。返して貰ったっていいじゃない」
「ストーップ!!」

 いやぁ、大事な戦力なんて言われてしまって、内心ではニヤニヤしてしまいます。フィリシアからそんな言葉を聞けるなんてちょっと⋯⋯いや、かなり嬉しいです。

「ていうかさ、あんた達は何をそんなに落ち込んでいるの? 聞かしてごらんなさい」

 カミオさんは大きな体を縮こませて、私の横にチョコンと腰を下ろしました。
 フィリシアが大きく息を吐き出し、口を開いて行きます。

「ウチに来た仔が、飼い主の意向で他の店に行っちゃったんだけど、その仔は死んでしまった⋯⋯」
「あら、まぁ!」

 大袈裟に驚くカミオさんをひと睨みして、フィリシアは言葉を続けます。

「症状的に重傷だったけど、きちんと治療すれば死んじゃう事は無かったはずなんだよ。飼い主が連れて行った調教店テイムショップで、いい加減な治療をされたとしか思えない。だから、その店を探しているんだけど⋯⋯」

 そこまで言うとフィリシアは、もどかしさに口ごもってしまいました。私がフィリシアの言葉を引き継ぎます。

「全然見つからないのです。フィリシアの知っている店、目に付いたお店。顔を出して話を聞いて貰ったのですが、どこにもその飼い主さんは現れていないのです」
「なるほど。でも、何でそんなに必死になって探すの? もう、ほっとけばいいんじゃない?」

 口ごもるフィリシアに代わって私が続けると、カミオさんは首を傾げました。
 フィリシアはその姿に前を見つめたまま、また口を開いて行きます。そこには何とも言えない憤りを感じました。

「まずはさ、死んだ原因をウチに押し付けて逃げた。それと、そんないい加減な仕事をする店が許せない。動物モンスター達を何だと思っているのよ⋯⋯」

 私のモヤモヤをフィリシアが言語化してくれました。
 このモヤモヤは、紛れもなく動物モンスターを、ポロを、ぞんざいに扱った事に対する怒り。

「それは聞き捨てならない話ね。【モーガンテイム】は行った?」
「行ったよ」
「じゃあ、じゃあ⋯⋯」

 カミオさんからも笑顔は消え、真剣な表情で次々にお店の名前を上げてくれました。ただ、残念ながらすでに話を聞きに伺ったお店ばかりで、カミオさんは更にお店を捻り出そうと必死に考えてくれます。

「あ! そう言えば東の外れに調教店テイムショップぽい店を見かけたって人がいたわ。看板は無かったけど、たくさんの動物モンスター達を建物の中に連れ込んでいたから、調教店テイムショップでも出来るのかね? なんて話をしてくれたお客さんがいたわよ。でもさ、実際の所、調教店テイムショップかと言えば怪しいわよね。東の外れに店を構えるなんてありえないもの」

 東の外れ。私が昔住んでいた辺りです。カミオさんの言う通り、調教店テイムショップの需要は限りなくゼロでしょう。動物モンスターを連れ込んでいたから調教店テイムショップだと言うのは、確かに乱暴な感じがします。

「東ねぇ⋯⋯」

 フィリシアも同じ事を思っているのか、どう捉えるべきか迷っていました。ただ、手詰まり状態であるのも間違いありません。
 フィリシアは少し間を置き続けます。

「でもさ、もしその店が調教店テイムショップを謳っているとしたら、めちゃくちゃ怪しいよね。ただ、そうだったとして、オランジュさんがそんな所まで足を運ぶかな⋯⋯?」
「なぁに、あなたらしくないわね。ウジウジ考える前に行ってみればいいじゃない。行って違っていたら違っていたで、いいじゃないの」

 フィリシアは少しムッと表情を険しくしましたが、すぐに肩をすくめて見せました。

「悔しいけどカミオの言う通りね。大体でいいから、そこの場所教えてよ」
「ようやく、あなたらしくなったわね。聞いた話だと⋯⋯」

 フィリシアはカミオさんの言葉にうんうんと頷いて行きました。
 
 フィリシアの迷いの無い足の運びは、真っ直ぐに東へと向きます。足早に進むフィリシアの横に並び、私も足早に前を向いて行きました。
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