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坂門

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アックスピーク

望まぬ再来

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「でもさ、どうしてそのハメスなんちゃらってヤツの名前が分かったの?」

 フィリシアがお茶を片付けながら首を傾げていると、クスと入れ替わりに良く知る顔が現れた。

「あれ? 今日は休みか?」
「ですです」

 店の淀んだ空気を感じた狼と長身の女性が、店の中を見渡していた。

「言ったでしょ。優秀な人間がいるって。ふたりにネルソン家を洗って貰っていたのよ。そうだ、お願いしていたやつの準備をしてくれる」
「あぁ! なるほどそれでか⋯⋯。準備の方は任せてよ」

 現れたマッシュとフェインの姿にフィリシアは納得の姿を見せ、裏へと消えて行った。ハルが受付の椅子を指すと、ふたりは素直に腰を下ろして行く。マッシュもフェインも眼鏡の奥の瞳はギラつき剣呑な雰囲気を纏っていた。

「ふたりを待っていたの。エレナが攫われた。十中八九ヤツの仕業」

 ハルの最低限の説明。それだけで十分に伝わった。マッシュは口元に手を置き、フェインは両膝に置いた手をギュっと強く握り締め、怒りを露わにしていく。

「キノとユラ、ネインまでいたのに攫われた⋯⋯相当な手練れか?」
「それが、キノもユラも気が付けなかったのよ。私もふたりがいれば大丈夫だと高を括ってしまっていた」
「オレ達を待っていたって事は、まだ動いていないんだな?」
「そう。向こうの出方が分からないから⋯⋯」

 言い淀むハルから悔しさが伝わる。
 本当だったら今すぐにでも飛び出して行きたいのだろう。
 マッシュは嘆息する。
 次の出方を待つしか無かったか。守勢一辺倒⋯⋯。そらぁ、ストレスも溜まるよな。

「よし。それじゃあ早速、お前さんの代わりにオレ達が動こう。キノとユラが、気が付かなったって事は、もしかしたらだが攫ったヤツには悪意が無かったのかも知らん。そう考えるなら、エレナは無傷かもな。ただ、イスタバールでネルソンが怪しい動きを見せた。胡散臭い奴らをかき集めて何かを企んでいる⋯⋯。まぁ、単純に標的ターゲットはここって考えるのが、妥当だよな」
「そんなもの返り討ちにしてやる」
「だな。ネインもいるし、こっちの心配はしてない。で、エレンはどうやって探す?」
「それは簡単。ほら、来た」
「「??」」

 ハルが扉へと視線を移すと、マッシュとフェインも首を傾げながらそちらへと視線を移して行った。

「なるほどな。これなら間違いない」

 扉が開き現れたフィリシアを見つめ、マッシュは納得の姿を見せた。

「でしょう。頼むわね」
「造作ない」
「任せて下さいです。絶対エレナちゃんを連れて帰ります」
「帰って早々、申し訳ないわね」

 フェインはハルにニッコリと笑顔を見せ、問題無い事をアピールした。眼鏡の奥からは更なる鋭さを見せ、席を立つ。
 店を後にするふたりの背中。飛び出したい気持ちを抑え込み、ハルはふたりに思いを託していった。

◇◇◇◇

 店先に乱暴に停まる馬車の気配を扉越しに感じた。ハルの視線が扉に向くと、ネインも扉を見つめ、ユラの纏う空気が一変して行く。

「フィリシア、奥でモモとラーサと一緒にジッとしておいて」
「う、うん」

 避難を促すハルの言葉にフィリシアは素直に裏へと姿を消して行く。
 コンコンと扉を軽くノックする音。
 それを合図に待合の空気が一気に緊張した。

「どちら?」

 抑揚を抑えたハルの言葉。誰だか分かり切った上での問い掛け。

「失礼しますよ。ご機嫌はいかがですかな? 約束通りお伺いさせて頂きましたよ」
「約束? 機嫌? 相変わらず舐めた物言いね。回れ右して帰りな、今日はすこぶる虫の居所が悪いんでね」

 飄々とした佇まいのまま、単眼鏡モノクルの紳士然とした男は入口に立ちすくむ。心にさぞかし余裕があるのか、昨日のお供を引き連れ、悠然とした足の運びで待合へと足を踏み入れて来た。
 その姿にハルはあからさまな嫌悪は見せず、ただ淡々と冷たい瞳を向けた。その冷たい瞳は触れれば火傷してしまう程の冷たさを見せ、歓迎と正反対なのは一目瞭然。

「時間も惜しいので単刀直入にいきましょうか。本日は最後の交渉に伺いました。アックスピークの雛を譲って頂きましょう。5000万ミルドでいかがですか? 礼儀を尽くした金額だと思いますがね」

 淡々とそれでいて不遜な態度。動物モンスター一羽と見れば破格も破格、有り得ない額の提示だ。
 なりふり構わぬ姿勢を見せているクセに、手順はしっかりと踏まえる辺りが余計に苛立たせた。
 契約書にサインさえあれば、後から追及された所で言い逃れはいくらでも出来る。保険をしっかりと作っておこうとする、そのずる賢さに苛立ちが止まらない。
 逡巡するハルの姿を、ハメスは静かに見守っていた。その姿に首を縦に振ると思っているのは、余裕を見せる不遜な態度からありありと伝わってくる。

「ねえ、あんたバカなの? 売らないって言っているでしょう? 何度言えば分かるのよ」

 ハメスのこめかみがピクっと反応を見せた。刹那、ガラガラと大型馬車の停車音が扉越しに届く。バタバタと何人もの地面を踏む音。扉の向こうから漂う一触即発の雰囲気。

「穏便に事を進めたいのですよ。あなたが首を縦に振って、サインすればいいだけの話。そんなに難しい話では無いと思うのですがね。如何なものですかな」

 ハルは大きく嘆息し、呆れて見せた。下らない戯言とばかりに、冷えた瞳はハメスを見下して行く。

「ハメス⋯⋯だからあんたは動物モンスターの価値すら分からない、ブリーダーとして三流⋯⋯いや、五流なのよ。チンピラを集めていい気になっているみたいだけど、三下をいくら集めても脅しにならないの。分かる?」

 自分の名が呼ばれた事に、表情が変わる。淡々とそして飄々と余裕を見せていたその顔が、一瞬の迷いを見せた。
 ネルソン、ハメスと立て続けに名乗った覚えの無い名を口に出され、現状の把握に苦心する。泳ぐ視線から余裕は消え去り、あからさまな動揺が見え隠れし始めた。ハルは追い打ちを掛けるかのごとく、その姿を冷たく見下ろして行く。

「脅す? 何の事でしょう? ああ、そう言えばハーフの女の子は元気ですかな? 従業員の方々は、今日は見当たりませんが」
「はぁ~」

 ハルは俯き、呆れた様子で首を何度も横に振って見せた。早々にエレナと言う切り札を切って来た姿に、余裕が無くなったのは明らか。ハルは顔を上げ、ハメスを睨む。先程までの冷えた瞳は業火のごとき怒気を孕み、今にも仕留めんとハメスへ視線を向けた。

「なんかさぁ、あんた勘違いしているみたいだね。追い込んでいるのはそっちじゃなくて、こっち。おかげ様で、ウチの従業員はみんな元気よ、これでいい?」
「そんな分けが無⋯⋯」
「あれぇ~、何であんたが否定するの? それって、あんたが、ウチの子に手を出したって事でいいんだよな! ユラ! ネイン!」
「おう」
「【風牙ヴェントファング】」

 自分の名が呼ばれるや否や、ユラは受付の長机を軽やかに飛び越えて行った。一瞬でハメスの隣に立つ男の眼前へと距離を詰める。目を剥く男に振り下ろす、杖の先にある小さな鎚。避ける素振りさえ与えず、男の脳天を直撃した。躊躇の無い流れる様な一連の動きに、勝負は一瞬で終わってしまう。
 ネインが放った風の刃。狼人ウエアウルフを扉ごと吹き飛ばし、外へと追いやった。地面で呻く狼人ウエアウルフの姿に、集まったチンピラ達が怯んで行く。

「すいません。やり過ぎました」
「いいわよ。別に」

 前を向いたまま謝辞を述べるネインに、何事も無かったのごとくハルは答える。
 困惑と動揺の激しいハメスは、躓きながら踵を返す。その動揺は激しく、無様に慌てふためく姿を晒した。

「お、お前達は、裏に回れ! アックスピークの雛を捕まえた者に報酬は三倍出すぞ!!」
『『おお⋯⋯』』

 感嘆の声を上げ、チンピラ達が裏口へと向かう。ハメスもまた裏口へと駆け出した。

「ユラ! ネイン! ここを任す」
「了解いたしました」
「おう、任せろ」

 ハルは受付から裏へと急ぐ。
 腰の皮箱から笛を取り出し、思い切り息を吹き込んだ。

「スピラ! グラバー!」

 ハルの叫びに、部屋から二頭の白虎サーベルタイガーが飛び出し、後に続いた。
 小さなドワーフエルフが、大きな白虎を従え、廊下を駆け抜けて行く。


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