ハルヲンテイムへようこそ

坂門

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アックスピーク

ヴィトリアに行ったのって⋯⋯そんな理由だったのですか?!

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「ただいまー!」

 裏口から届いた元気なハルさんの声に、受付にいる私達は顔を見合わせて安堵の笑みを零し合いました。
 良かった。いつものハルさんが戻って来ました。
 お客さんのいる手前、派手に喜ぶ事は出来ませんが、みんな心無し声が大きくなっています。

「ようこそハルヲンテイムへ!」

 ハルさんの元気に後押しされ、今日も元気に営業中です。

◇◇◇◇

「キルロさんね」
「だな」
「それしかないっしょ」
「??」

 三人は示し合わせたかの様に、お昼ご飯を前にして頷き合います。何がキルロさんなのでしょうか?
 私の困惑にフィリシアはいやらしく口端を上げます。フフンと勝ち誇ったかの様な、不遜な笑みを浮かべています。そのいやらしい笑みに、私の困惑は深くなる一方です。
 モモさんとラーサさんも、示し合わせたかのように不敵な笑みを浮かべ合いっていました。
 何だかみんな悪い顔になっていませんか?

「エレナは分かんないかぁ~。キルロさんがハルさんを復活させたのよ」
「おおー! なるほど。さすが、キルロさんって事だ」
「かぁっー! まだまだ、お子ちゃまね。ヴィトリア⋯⋯キルロさんの実家に行って、元気になった⋯⋯これは、もう⋯⋯」
「もう⋯⋯ぉわっ!」

 私はフィリシアの言葉に、固唾を飲み込みます。
 ガタっと、正面にいたモモさんがいきなり立ち上がると、胸の前で拳を握り締めていました。あまりの勢いに少しびっくりしちゃいましたよ。

「結・婚!!」
「えええええええええー%$$?!**$$⋯⋯!!?」
「ちょ、ちょっとエレナ声大きいって!」

 フィリシアが慌てて私の口を塞ぎます。もうびっくりし過ぎて、心臓がドキドキしちゃいます。け、結婚! あのふたりが⋯⋯。

「そらぁ、そう思うよな。冒険クエストでも無いのにヴィトリアに行くなんて。しかも、あんなに元気が無かったのに、帰って来た時の第一声、受付まで聞こえたんだぞ。あんなに急に元気なるなんて、それしか無いだろう」
『『そうそう』』

 ラーサさんの言葉にモモさんもフィリシアも大きく頷いて見せました。
 おお⋯⋯そうなのですか。
 妙に説得力がありますね。しかも、お似合いのおふたりです。

「凄い! 凄いです! おめでたいですね。あれ? でも、なんでハルさんは何も言わないのですか? いい事なのですから言ってくれても良いのではないですか?」

 私の言葉にモモさんが妖艶な笑みを返します。

「フフ。バカね、エレナ。ハルさんよ、照れているだけに決まっているじゃない」
「だよな。ああ見えて、かなりの恥ずかしがり屋さんだしな」
「いつ発表かな? ワクワクだね」

 なるほど、照れているだけですか。
 テーブルを囲む雰囲気はフワフワとみんな夢見心地です。久々の緩み切った空気に私も身を委ねました。
 プレゼントとかあげるのですかね? どうしましょう? 何も思い浮かばない⋯⋯。

 バタン!

「エレナー」

 乱暴に開いた扉から、飛び込んで来たキノ。
 三人の目がキラーンと輝いた気がしました。まるで獲物を見つけたハンターのようです。

「キノ、ご飯食べるのでしょう。こちらに座りなさい」
「あいあーい」
「ジュース飲むか?」
「うん」
「お疲れのところマッサージでもしましょうか? お嬢様」
「うん??」

 フィリシアの言葉には怪訝な表情を浮かべましたが、素直にテーブルへと着きました。
 三人はズイっと一心不乱に食べているキノに顔を寄せて行きます。

「で、キノ。ヴィトリアは楽しかった」
「うん」

 モモさんが様子見のジャブを打ちます。

「ハルさんとキルロさんは仲良しだったよな」
「うん。なかよしよ」

 ラーサさんはニヤリと口端を上げます。その表情に確信に近づいたという自信が見て取れました。

「キルロさんのご両親にふたりは挨拶していた?」
「うん? あいさつ? してたよ」

 フィリシアに釣られ、モモさんもラーサさんもニヤリと不敵に口端を上げます。
 こ、これは、間違い無いですかね。何だか私も興奮してきました。
 いや、でも、ちょっと落ち着きましょう。キノの言う事ですよ。決定的な証拠を手に入れた的な反応は、危険な気がするのです。
 これはキノを側で見ている私の経験則。

「お疲れー」

 キラーンと再び三人の目が鋭い光を放ちます。扉から顔を出すハルさんの姿を、手ぐすねを引いて待っていた三人が、『へへへ』と半笑いで扉へと視線を向けました。

「ぅっ、うんん。ハルさん、どうぞこちらへお座り下さい」

 咳払いをひとつして、モモさんがラーサさんとの間に席を作ります。ハルさんは食い入るようなハンター達の視線に、首を傾げながらもゆっくりと腰を下ろしました。

「な、何よ。なんかかしこまっちゃって。どうかしたの?」
「あれだ、ハルさん、何か言う事があるんじゃないのか?」
「言う事? 何? 何かあったかな??」

 ラーサさんは横目でハルさんを見つめ、不敵に言い放ちます。ハルさんは眉間に皺を寄せ、困惑を深めます。ハンター達の視線は更に疑惑を深め、口端はせり上がって行きました。

「とぼけなくてもいいでしょう。言って楽になって下さいよ。ほらほら。キノから言質も取れているのですよ、ハルさん」
「言質? キノ、あなた何か言ったの?」
「?」

 フェインは勝ち誇った笑みを見せ、キノは干し肉を頬張りながら、首を傾げて見せるだけです。
 テーブルを囲い、疑惑と困惑が渦巻いていました。
 何となくイヤな予感がするのは私だけでしょうか? 私は巻き込まれないように、静かに視線をキノに向け、関係の無いフリ⋯⋯。

「エレナ」

 声の方へとゆっくり視線を向けると、眼前のハルさんが『どういう事だ』とその青い瞳は静かに語り掛けて来ました。困惑するハルさんの苛立ちみたいな物が直接的に伝わり、その圧に冷たい汗がツツーと落ちます。私は苦笑いを返して、やり過ごそうと必死でした。

『『エレナ』』

 ハンター達は、『行け!』と首を振ります。
 三人からの迫る圧力。この間のレッドキャップなんてかわいいものですね。
 これはもう爆死覚悟で、行くしか無いですか⋯⋯。

「はぁ⋯⋯。あ、あのですね。そのう⋯⋯何と言いますか⋯⋯」
「何よ? はっきり言いなさい」
「⋯⋯はい」

 私は俯き、嘆息しながら口を開いて行きました。
 ハルさんの静かな苛立ちが、緊張を誘います。

(行け)
(行けって)
(行きなさい)

 ハンター達からダダ漏れてくる心の声に、眦を掻きながら顔を上げます。

「ハ、ハルさん!」
「な、何よ、いきなり⋯⋯」
「け、け、け、け⋯⋯結構大変ですよね」
「うん? 何が」
「⋯⋯はわっ!」

 隣のフィリシアが脇腹を突っついてきました。分かっていますよ、もう。

「ハルさん⋯⋯」
「何」
「け、け、け、け⋯⋯毛繕いのコツを今度教えて下さい」
「毛繕い? いいけど⋯⋯別に⋯⋯」

 ハンター達の視線が痛いです。轟々と燃え上がるその瞳の熱が、私の背中を無理矢理押しました。

「け、結婚するのです⋯⋯か?! お、おめでとうございます⋯⋯ですか??」
「へ?」

 一時の静寂。ハンター達の好奇心剝き出しの瞳は爛々と輝き、ハルさんは困惑を深め過ぎて行動不能フリーズ状態です。
 あれ? やっぱり⋯⋯。
 もちゃもちゃと食べ続けるキノの咀嚼音だけが、時を刻みます。
 困惑しながらも、ハルさんは怪訝な視線を私に向けました。

「どういう事?」
「あのですね。皆さんが、ハルさんとキルロさんが結婚するのだと主張されまして⋯⋯ヴィトリアに行かれたのは、おふたりがキルロさんのご両親に御挨拶に行ったのだと⋯⋯」

 ボン! と音が出そうなほど、ハルさんの顔がみるみる赤く染まって行きます。頭のてっぺんから煙が出るのではないかと思えるほど、真っ赤に染まって行きました。

「ななななななななな、なんでそうなるのよ!! どどどどどどどどど、どこからそんな話が出てくるのよ!!!」

 動揺が凄いです。壊れかけのハルさんです。この光景、前にも見た事ありますね。
 ハンター達の思惑は、やっぱり大きく外しました。各々、不服そうな苦い表情を作ります。

「どこからも何もねぇ⋯⋯。キルロさんと冒険クエストでも無いのにキルロさんの実家に行くなんて⋯⋯ねえ⋯⋯」

 モモさんは頬に手を当て、首を傾げます。

「だよな。あんなに元気無かったのに、いきなり元気になって帰って来たし⋯⋯」

 ラーサさんはそう言って、肩をすくめました。

「そうそう。キノも挨拶したって言っていたし、状況証拠は完璧だったんだよ。本当にしないの?」
「し、し、しないわよっ!!」

 フィリシアの一言に、ハルさんの大きな声が響き渡りました。
 見事なまでに茹で上がったハルさんに、ハンター達のテンションはみるみるうちに萎んで行きます。ちょっと残念な気もしますが、多分そうだろうなって思っていたので、私的には予想通りってやつですね。
 盛り上がりは一気に沈静化、食堂は一気に静かになりました。
 
 ただ、その静けさも一時でした。
 バタッ!
 乱暴の開け放たれた扉から、膝に手を置き激しい息遣いのアウロさんが現れました。

「ハァッ! ハァッ! ハ、ハルさん!! すぐ来て下さい!」

 顔だけ上げ、ハルさんの名を呼ぶアウロさん。その緊迫した姿に、私達も一気に緊張をして行きました。
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