112 / 180
初冒険と橙色の躊躇
レア魔法と募る悔恨
しおりを挟む
「お願い⋯⋯もう一度」
ハルの懇願にマーラは悔しさを隠さず首を横に振った。
「ごめんなさい。もう魔力が尽きてしまいましたわ⋯⋯」
弾け飛んでしまう光玉に、マーラは何度となく詠った。
諦める事もせず、ただひたすらに詠い続けた。
その光玉に願いと祈りを託し、一同はただひたすらに見つめていた。
マーラの絶望的とも思えるその一言に、一同の表情は凍てつく。その言葉は横たわる蒼白のキルロを前にして、打つ手を失ったという現実を突きつけた。
だが、キルロを見つめるハルの青い瞳は諦めてはいない。まだひとり、希望の灯を消す事なく、顔を上げていった。
うな垂れるマーラ。ハルは両手をかざし、マーラに希望を託す。
「【譲魔】」
薄紫の光玉がマーラへ吸い込まれて行くと、マーラもシルも目を見張った。
聞いた事の無い詠唱。その効果にマーラは更に驚いた顔を見せる。
シルは信じられない未知の物に触れ、驚きと戸惑いをマッシュの耳元で囁いた。
「マッシュ、あれは何?」
「あれか。あれはハルのレア魔法だ。自身の魔力を分け与えるんだと」
「そ、そんなの文献の世界じゃない!」
「オレに言われてもな⋯⋯ハル本人は使い勝手の悪い魔法ばかりだって、良く嘆いているよ」
「使い勝手の悪いって⋯⋯」
マッシュの耳元で絶句するシル。その目の前でマーラは今一度表情を引き締める。
何度となく試みたヒールはことごとく泡のように消えた。その光景がイヤでもマーラの頭を過って行く。分けて貰ったとはいえ、これがラストチャンス。蒼白のまま、弱い呼吸を見せるキルロを前にして、大きく深呼吸をするマーラ。
失敗を許されぬ状況に、マーラの集中はまたひとつ上がって行く。
ハルは点滴を全開にして、落ちて行く輸液に祈りを込めた。
見守る一同の緊張が空気を張り詰めて行く。
「【癒白光】」
マーラの手から白光が落ちて行く。
横たわるキルロへその光玉がゆっくりと落ちて行く。
落ちろ。
その光玉の行方に一同は息を飲む。キルロの体に光玉が触れる。
そのまま⋯⋯お願い⋯⋯。
消えるな!
そのまま。
「ゴフッ!」
キルロの体が突然ビクっと跳ねた。キルロの口端から流れ落ちる血。
ハルは躊躇を見せず飛び込むと、自身の唇を重ね合わせた。口の中にある血溜まりを何度となく吸い出し、地面へと吐き捨てる。
ハルの口元には拭いきれなかった血の跡が頬まで伸びた。
血の跡など気にはしない。ハルはただキルロを見つめ、祈る。
光玉はゆっくりと、わずかながらキルロの体へと吸い込まれて行く。
想いを、祈りを、更に光玉へと向ける。
「もう大丈夫ですわ」
マーラの一言に誰もがどっと息を吐き出していった。
キルロの呼吸は落ち着きを見せて行き、安堵の空気が覆って行く。
重かった空気が軽くなって行くと、口元から笑みが零れ始めた。
「⋯⋯良かった」
ハルがポツリと漏らした言葉。そこには安堵とこの状況の原因を作ってしまったという悔恨が読み取れる。
煮え切らない思い。
蒼白のキルロを見つめ、その思いが溜め息となって零れ落ちて行く。
◇◇◇◇
戻られたハルさんに覇気が戻りません。
冒険の難易度は上がるばかりなのでしょうか。
疲弊した姿を見せまいと院長室に籠り、黙々と溜まっていた仕事をこなしています。一見、仕事に集中している様にも見えるのですが、表情にいつもの覇気は見る事が出来ませんでした。
触らぬ神に祟りなしでは無いですが、どう接するべきなのか、みんな手をこまねいています。何がハルさんから覇気を奪っているか分からない状況で、下手な事は口に出せないですからね。
何にせよ早く元気なハルさんが見たいと言うのはみんなの一致する想いです。そのみんなの想いは、空回りして、気遣いだけが先行していました。
私は意を決して、院長室の扉をコンコンと軽くノックします。
(どうぞ)
ハルさんの声が扉の向こうから聞こえ、私はそっと中を覗きました。
「失礼します。ハルさん、今ちょっと宜しいですか」
コトリと握っていたペンを置き、青い瞳は私へと向きました。青い瞳の奥に見え隠れする憂いに、私は視線を下へと落としてしまいます。
「ええ。大丈夫よ。どうしたの?」
「はい、あのう、ひとつお願いがありまして」
穏やかな声ですが、元気はありません。やはりまだ、いつものハルさんには遠い感じがします。
「お願い? 私で出来る事なら」
「はい。ガブ⋯⋯犬豚の調教をお願いしたいのですが⋯⋯時間が出来た時で構いませんのでお願いします」
「そんな事なら、いつでも⋯⋯そうね、この仕事がひと段落したらやっちゃおうか。いい?」
「はい。宜しくお願いします」
私は頭を深々と下げて、踵を返します。ちょっとぎこちない足取りで扉へと向かいました。
扉のノブに手を掛けましたが、私はハルさんへと振り返ります。
「あ、あの、食べて寝るが元気の基本です。あまりひとりで無理されずに休む時は休んで、元気なハルさんに戻って下さい⋯⋯って、私なんかに言われなくとも分かっていますよね⋯⋯し、失礼しました!」
私は慌てて、院長室を飛び出しました。
何を言ってしまったのでしょう。
分かり切っている事を声高に言ってしまい、両頬が燃える様に熱いです。元気になって欲しいという思いは伝わったのでしょうか?
みんなが持っている元気になる魔法の言葉が私も欲しいです。いつになったら言える様になるのでしょうか。と言うか、そんな日は来るのでしょうか。
「ふぅ⋯⋯」
もどかしい思いも一緒に吐き出てくれればいいのに、いろいろとまだまだです。
やれやれですね。
◇◇◇◇
勢い良く飛び出したエレナの姿に、握り直したペンをまたコトリと置いた。
「はぁ~」
ハルには大きい院長用の椅子。その大きな背もたれに体を預け、宙を見つめた。
煮え切らない思い。
「エレナにまで心配されちゃった。私もまだまだね⋯⋯」
大きく背伸びをして、気持ちを入れ替えて見たが、もどかしさは消えてはくれない。
気が付けば何度となく自身の行動を思い起こし、何度となく悔いていた。それが意味の無い事と分かっていても、あの一瞬の判断を悔やんでも悔やみきれない。戻せるはずの無い時間を戻せれば、あの時飛び込まなければ⋯⋯。
グルグルと思考は同じ所を回るだけで、先に進む事は無かった。ただただ感情を浪費して、自分都合で疲弊して行く。
「ああっ、もう!」
自分自身に苛立つのを止めたいのに、自分自身がそれを止めない。
そしてまた俯く。
「イヤになるわ⋯⋯」
ハルしかいない部屋。やりきれない想いは募り、吐き出す言葉だけが虚しく吸い込まれていった。
◇◇◇◇
「【我に従い我は従う】」
ハルさんの手から桃色の光が放たれます。その光は私の腕に包まれているガブへと届きました。
「ぉぉ⋯⋯」
初めて見る調教に、思わず感嘆の声を上げてしまいます。時間にしてわずか数秒。桃色の光は直ぐに、ガブへと吸い込まれました。
「うん。よし」
ハルさんは静かに完了を伝えます。私はその声に腕の中にいるガブを覗き込みました。
聞いてはいましたが、何か変わった様子は感じませんね。
「物足りないって顔ね。エレナとガブの関係は何も変わらない。ガブにとってあなたが一番。調教は、あくまでも他の人とも仲良くする為の補助みたいなものよ。それじゃ、仕事あるんで戻るわね」
「あ、はい! ハルさん、ありがとうございました」
ハルさんは片手を上げて、小動物部屋をあとにされました。元気はやはり無かったです。帰って来てまだ数日。早々に切り替えは難しいのですね。
そんな元気の無いハルさんですが、またお店をあとにします。キルロさん、キノと三人でキルロさんの実家のある【ヴィトリア】へと出発しました。今回は冒険という言うわけでは無いらしく、危険は無いそうです。ただ、ハルさんの様子からあまり乗る気じゃないのは分かり易く伝わって来ました。
覇気の無いハルさんにキルロさんも戸惑い気味です。キノが相変わらずなのは救いになるのでしょうか?
戸惑うキルロさんが手綱を引き、ゆっくりと【ヴィトリア】を目指す馬車が動き始めます。
ハルの懇願にマーラは悔しさを隠さず首を横に振った。
「ごめんなさい。もう魔力が尽きてしまいましたわ⋯⋯」
弾け飛んでしまう光玉に、マーラは何度となく詠った。
諦める事もせず、ただひたすらに詠い続けた。
その光玉に願いと祈りを託し、一同はただひたすらに見つめていた。
マーラの絶望的とも思えるその一言に、一同の表情は凍てつく。その言葉は横たわる蒼白のキルロを前にして、打つ手を失ったという現実を突きつけた。
だが、キルロを見つめるハルの青い瞳は諦めてはいない。まだひとり、希望の灯を消す事なく、顔を上げていった。
うな垂れるマーラ。ハルは両手をかざし、マーラに希望を託す。
「【譲魔】」
薄紫の光玉がマーラへ吸い込まれて行くと、マーラもシルも目を見張った。
聞いた事の無い詠唱。その効果にマーラは更に驚いた顔を見せる。
シルは信じられない未知の物に触れ、驚きと戸惑いをマッシュの耳元で囁いた。
「マッシュ、あれは何?」
「あれか。あれはハルのレア魔法だ。自身の魔力を分け与えるんだと」
「そ、そんなの文献の世界じゃない!」
「オレに言われてもな⋯⋯ハル本人は使い勝手の悪い魔法ばかりだって、良く嘆いているよ」
「使い勝手の悪いって⋯⋯」
マッシュの耳元で絶句するシル。その目の前でマーラは今一度表情を引き締める。
何度となく試みたヒールはことごとく泡のように消えた。その光景がイヤでもマーラの頭を過って行く。分けて貰ったとはいえ、これがラストチャンス。蒼白のまま、弱い呼吸を見せるキルロを前にして、大きく深呼吸をするマーラ。
失敗を許されぬ状況に、マーラの集中はまたひとつ上がって行く。
ハルは点滴を全開にして、落ちて行く輸液に祈りを込めた。
見守る一同の緊張が空気を張り詰めて行く。
「【癒白光】」
マーラの手から白光が落ちて行く。
横たわるキルロへその光玉がゆっくりと落ちて行く。
落ちろ。
その光玉の行方に一同は息を飲む。キルロの体に光玉が触れる。
そのまま⋯⋯お願い⋯⋯。
消えるな!
そのまま。
「ゴフッ!」
キルロの体が突然ビクっと跳ねた。キルロの口端から流れ落ちる血。
ハルは躊躇を見せず飛び込むと、自身の唇を重ね合わせた。口の中にある血溜まりを何度となく吸い出し、地面へと吐き捨てる。
ハルの口元には拭いきれなかった血の跡が頬まで伸びた。
血の跡など気にはしない。ハルはただキルロを見つめ、祈る。
光玉はゆっくりと、わずかながらキルロの体へと吸い込まれて行く。
想いを、祈りを、更に光玉へと向ける。
「もう大丈夫ですわ」
マーラの一言に誰もがどっと息を吐き出していった。
キルロの呼吸は落ち着きを見せて行き、安堵の空気が覆って行く。
重かった空気が軽くなって行くと、口元から笑みが零れ始めた。
「⋯⋯良かった」
ハルがポツリと漏らした言葉。そこには安堵とこの状況の原因を作ってしまったという悔恨が読み取れる。
煮え切らない思い。
蒼白のキルロを見つめ、その思いが溜め息となって零れ落ちて行く。
◇◇◇◇
戻られたハルさんに覇気が戻りません。
冒険の難易度は上がるばかりなのでしょうか。
疲弊した姿を見せまいと院長室に籠り、黙々と溜まっていた仕事をこなしています。一見、仕事に集中している様にも見えるのですが、表情にいつもの覇気は見る事が出来ませんでした。
触らぬ神に祟りなしでは無いですが、どう接するべきなのか、みんな手をこまねいています。何がハルさんから覇気を奪っているか分からない状況で、下手な事は口に出せないですからね。
何にせよ早く元気なハルさんが見たいと言うのはみんなの一致する想いです。そのみんなの想いは、空回りして、気遣いだけが先行していました。
私は意を決して、院長室の扉をコンコンと軽くノックします。
(どうぞ)
ハルさんの声が扉の向こうから聞こえ、私はそっと中を覗きました。
「失礼します。ハルさん、今ちょっと宜しいですか」
コトリと握っていたペンを置き、青い瞳は私へと向きました。青い瞳の奥に見え隠れする憂いに、私は視線を下へと落としてしまいます。
「ええ。大丈夫よ。どうしたの?」
「はい、あのう、ひとつお願いがありまして」
穏やかな声ですが、元気はありません。やはりまだ、いつものハルさんには遠い感じがします。
「お願い? 私で出来る事なら」
「はい。ガブ⋯⋯犬豚の調教をお願いしたいのですが⋯⋯時間が出来た時で構いませんのでお願いします」
「そんな事なら、いつでも⋯⋯そうね、この仕事がひと段落したらやっちゃおうか。いい?」
「はい。宜しくお願いします」
私は頭を深々と下げて、踵を返します。ちょっとぎこちない足取りで扉へと向かいました。
扉のノブに手を掛けましたが、私はハルさんへと振り返ります。
「あ、あの、食べて寝るが元気の基本です。あまりひとりで無理されずに休む時は休んで、元気なハルさんに戻って下さい⋯⋯って、私なんかに言われなくとも分かっていますよね⋯⋯し、失礼しました!」
私は慌てて、院長室を飛び出しました。
何を言ってしまったのでしょう。
分かり切っている事を声高に言ってしまい、両頬が燃える様に熱いです。元気になって欲しいという思いは伝わったのでしょうか?
みんなが持っている元気になる魔法の言葉が私も欲しいです。いつになったら言える様になるのでしょうか。と言うか、そんな日は来るのでしょうか。
「ふぅ⋯⋯」
もどかしい思いも一緒に吐き出てくれればいいのに、いろいろとまだまだです。
やれやれですね。
◇◇◇◇
勢い良く飛び出したエレナの姿に、握り直したペンをまたコトリと置いた。
「はぁ~」
ハルには大きい院長用の椅子。その大きな背もたれに体を預け、宙を見つめた。
煮え切らない思い。
「エレナにまで心配されちゃった。私もまだまだね⋯⋯」
大きく背伸びをして、気持ちを入れ替えて見たが、もどかしさは消えてはくれない。
気が付けば何度となく自身の行動を思い起こし、何度となく悔いていた。それが意味の無い事と分かっていても、あの一瞬の判断を悔やんでも悔やみきれない。戻せるはずの無い時間を戻せれば、あの時飛び込まなければ⋯⋯。
グルグルと思考は同じ所を回るだけで、先に進む事は無かった。ただただ感情を浪費して、自分都合で疲弊して行く。
「ああっ、もう!」
自分自身に苛立つのを止めたいのに、自分自身がそれを止めない。
そしてまた俯く。
「イヤになるわ⋯⋯」
ハルしかいない部屋。やりきれない想いは募り、吐き出す言葉だけが虚しく吸い込まれていった。
◇◇◇◇
「【我に従い我は従う】」
ハルさんの手から桃色の光が放たれます。その光は私の腕に包まれているガブへと届きました。
「ぉぉ⋯⋯」
初めて見る調教に、思わず感嘆の声を上げてしまいます。時間にしてわずか数秒。桃色の光は直ぐに、ガブへと吸い込まれました。
「うん。よし」
ハルさんは静かに完了を伝えます。私はその声に腕の中にいるガブを覗き込みました。
聞いてはいましたが、何か変わった様子は感じませんね。
「物足りないって顔ね。エレナとガブの関係は何も変わらない。ガブにとってあなたが一番。調教は、あくまでも他の人とも仲良くする為の補助みたいなものよ。それじゃ、仕事あるんで戻るわね」
「あ、はい! ハルさん、ありがとうございました」
ハルさんは片手を上げて、小動物部屋をあとにされました。元気はやはり無かったです。帰って来てまだ数日。早々に切り替えは難しいのですね。
そんな元気の無いハルさんですが、またお店をあとにします。キルロさん、キノと三人でキルロさんの実家のある【ヴィトリア】へと出発しました。今回は冒険という言うわけでは無いらしく、危険は無いそうです。ただ、ハルさんの様子からあまり乗る気じゃないのは分かり易く伝わって来ました。
覇気の無いハルさんにキルロさんも戸惑い気味です。キノが相変わらずなのは救いになるのでしょうか?
戸惑うキルロさんが手綱を引き、ゆっくりと【ヴィトリア】を目指す馬車が動き始めます。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
14
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる