ハルヲンテイムへようこそ

坂門

文字の大きさ
上 下
110 / 180
初冒険と橙色の躊躇

白い花弁と橙色の黄昏

しおりを挟む
 ど、ど、ど、どうしましょう!!!
 頭から血の気は引いて行き、全身から冷たい汗が噴き出します。
 パニックを起こす事すら忘れて、頭の中はまた真っ白になっていました。

「「⋯⋯グルゥゥゥゥゥ」」

 グラバーは今まで見せなかった低い唸りを上げています。アントンは何度となく地面をバチンと叩き威嚇を見せました。
 兎と虎の鋭いやる気。腕の中の小さな犬もブフブフといきっています。
 あなたがやる気だしてどうするのよ。
 そのみんなの姿は、私の頭を少しだけ冷やしてくれました。
 キョロキョロと穴を探します。どこか手薄になっている所が無い物か⋯⋯。
 前方に目をむけると、奥に控える赤い帽子を被るゴブリンの姿。首にも何か飾りらしき物をぶら下げ、手には私がさっき投げ捨てた木の棒を手にしていました。
 何ですかあのゴブリン?? 何、ちょっとおしゃれなんてしちゃっているのですか。
 
 ジリジリと囲む円は確実に縮まって来ています。
 私の視線は泳ぎ、打開策は相変わらず宙ぶらりんです。
 逃げ出せる穴を求めます⋯⋯。
 諦めちゃダメ。
 アントンもグラバーもガブもちゃんとウチに帰してあげなきゃ。
 と、とりあえず鞭。
 当てにならない鞭を握り締め、ジリジリと迫るゴブリンに対峙します。
 じわじわと縮まるゴブリンの包囲網に、背中にじわっと冷たい汗が噴き出して行きました。

 赤い帽子のゴブリンの背後で草葉が大きく揺れます。それはまるで一陣の突風。
 刹那、赤い帽子と共にゴブリンの首が吹き飛びました。
 こ、今度は、な、なんですかぁー!!
 叫びたいし、泣きたいし、次から次へともうなんでしょう!?
 吹き荒れる突風が次々にゴブリンの首を刎ね飛ばして行きます。それはほんの一瞬の出来事。仲間が次々に朽ちて行く様に、ゴブリンの動きが一瞬固まりました。

「アントン! グラバー! ゴー!」

 私は背後を指差し、鞭で地面を叩きます。呼応する兎と虎は、鋭い飛び出しを見せ、この隙を見逃しません。私はふたりが作ってくれた道へとガブと共に飛び込みます。
 それは兎と虎が作る真っ直ぐに伸びる血溜まりの道。

「ハァ! ハァ! ハァ⋯⋯」

 心臓が悲鳴を上げます。小さな犬を抱く腕に力を込めます。
 後ろから追って来ているのか、いないのか、確認する余裕などありません。ただ、ひたすらに両の足を動かして行きました。
 もつれる足。肺が爆発しそうなほど激しく呼吸を繰り返します。
 もう⋯⋯無理⋯⋯。
 私はガブを抱いたまま膝から崩れ落ちました。
 激しく肩を上下させながら、ゆっくりと後ろを振り返ります。
 そこにゴブリンの姿はありませんでした。
 
 私はここでやっと安堵が出来ました。アントンとグラバーも私の姿に足を止め、後ろの気配を確認しています。アントンとグラバーの弛緩した空気に、後ろから追う者はいないのだと再確認出来ました。

「⋯⋯はぁ~逃げきれた⋯⋯かな」

 乱れた呼吸と、激しく脈打つ心臓を落ち着かせて行きます。
 うな垂れている私の腕からガブはピョンと飛び降り、草葉の影へと消えてしまいました。

「ちょ、ちょっと!! ガブ!!!」

 追おうとしても、体は言う事を聞いてくれません。
 ゆっくりと立ち上がり、後を必死に追いますが、私の動きは緩慢そのものです。

「ガブ! もう何やっているの、帰ってらっしゃい⋯⋯」

 ガブは足を止め、私を見上げていました。その傍らには、白い小さな花が可愛らしく咲き誇っています。ラーサさんから借りているサンプルと照らし合わせ、ガブに向けて微笑んで見せました。
 これはまた、怒るに怒れないやつですね。

「よしよし。エライわね、良く見つけたね」

 私がガブの体をこれでもかというくらい撫で回すと、フンフンと鼻息荒く自慢げな素振りを見せ、私を見上げていました。

◇◇◇◇

 ヴィトリアの外れも外れに出来たばかりの集合住宅。青年はコツコツと静かな足取りで、階段を上って行く。子供達は笑顔で手を振り合い、明日の再会を約束して家路につく声をあげていた。あちらこちらから聞こえるその声を聴きながら、青年は静かに玄関の扉を開く。

「帰っタ」
「おかえりなさイ。カズナ」

 眉目秀麗なスマートな出で立ちを見せるふたりの兎人ヒュームレピス。並ぶふたりの美しさは、一枚絵のごとく不思議な非現実感を漂わせていた。
 カズナは居間のテーブルへと静かに腰を下ろし、一日の疲れが充実した物だったのか、満足気な表情を見せていく。

「今日、赤帽レッドキャップの群れに襲われていたハーフ猫を助けタ」
「あラ、いい事をしましたネ」
「兎と白虎を連れていタ」
「白虎? それってもしかしテ⋯⋯」
「あア、ハルの知り合いかも知れン」
「もしそうなラ、少しはお返しが出来たかも知れませんネ」
「あア」
「でモ、違っていたとしてモ、森で困っている人がいたら助けるのが私たチ。久しぶりに兎人ヒュームレピスらしい事が出来ましたネ」
「あア、そうだナ」

 カズナはそれだけ言い、窓の外へと視線を移した。夕焼けが部屋の中へ長い影を落とす。
 逆光のふたりの影が居間へと長く伸びていた。
 カズナの向かいにマナルも静かに腰を下ろし、外を見つめるカズナの姿にクスリと笑って見せた。

「照れる事はないじゃなイ」
「別に照れてなんかいなイ」
「フフフ、まぁいいカ」

 マナルもそう言って、カズナと共に窓の外に見える夕焼けを見つめていった。
 静かな時間が流れて行く。夕焼けがふたりを橙色に照らしていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

異世界もふもふ食堂〜僕と爺ちゃんと魔法使い仔カピバラの味噌スローライフ〜

山いい奈
ファンタジー
味噌蔵の跡継ぎで修行中の相葉壱。 息抜きに動物園に行った時、仔カピバラに噛まれ、気付けば見知らぬ場所にいた。 壱を連れて来た仔カピバラに付いて行くと、着いた先は食堂で、そこには10年前に行方不明になった祖父、茂造がいた。 茂造は言う。「ここはいわゆる異世界なのじゃ」と。 そして、「この食堂を継いで欲しいんじゃ」と。 明かされる村の成り立ち。そして村人たちの公然の秘め事。 しかし壱は徐々にそれに慣れ親しんで行く。 仔カピバラのサユリのチート魔法に助けられながら、味噌などの和食などを作る壱。 そして一癖も二癖もある食堂の従業員やコンシャリド村の人たちが繰り広げる、騒がしくもスローな日々のお話です。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~

丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。 一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。 それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。 ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。 ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。 もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは…… これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。

処理中です...