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初冒険と橙色の躊躇
エンカウントと橙色の実
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張り付いた瞼。開いてくれない瞼に力を入れ、ゆっくりと目を開けて行く。
霞む視界に映るのは、点々と輝く純白。それは満天の星空のようでもあり、既視感を覚える光景。
星? 違う⋯⋯。
白精石⋯⋯。
朧気なハルの意識にぼんやりと浮ぶ単語。徐々に覚醒する意識と比例をするかのように、心臓はバクバクと高鳴りを見せた。
落ちた! ここは?!
上半身を起こすと全容が見えて来た。ウナギの寝床程度しか無い狭い洞窟。
ハルひとりがやっとという広さ。壁一面に白精石が散りばめられ、ぎゅうぎゅうになりながら隣で横たわる男の姿。
「キルロ、あんた⋯⋯」
意識の無い姿に呼び掛けを止めた。自身の体に触れていき、痛みが無い事に天を仰ぐ。
また助けて貰ってしまった。
何でこうコイツはバカなのか。私の事などほっとけばいいものを⋯⋯。
蒼白の顔。狭い洞窟からはみ出ている足はあらぬ方向へと曲がっている。
ハルは盛大に顔をしかめ、入れ替わる様にキルロを洞内にそっと寝かした。
ヒールが使えれば⋯⋯。
もどかしい思いは、積み重なるばかり。
頭を振り、もどかしい思いを振り払っていく。まずは足を何とかしよう。
剣⋯⋯。
腰をまさぐり、剣を探す。装備は全て吹き飛んでしまっていた。防具も武器も身に付けていた物は吹き飛び、求める物はここには無い。
⋯⋯そうだ。
ハルはキルロの腰をまさぐり、目当ての物を探す。
よし、あった。
取り出したのは、腰に括り付けていた採取用の小さなピッケル。
ピッケルを片手に洞内から、外を覗く。【吹き溜まり】の底の底。危険が無いと思わない方が賢明だ。最大限の警戒を見せながら、洞内を後にした。
黒い霞のかかる空はその深さを隠す。岩壁は緩やかなスロープを描き、地面に叩きつけられたわけでは無いのだと理解した。
目の前に広がる鬱蒼な森から、添え木に使えそうな枝を手に入れ、洞窟へと戻る。
「【麻酔】」
折れ曲がった足をドワーフの血が力技で復元していった。添え木を当て、袖を引きちぎり、しっかりと縛り付ける。
出来るのはここまで⋯⋯。
目の前で横たわる血の気の無い顔と、口の周りにべったりと残る血の跡が、ハルの不安を煽るのに充分だった。
◇◇◇◇
「ガブ! ストップ! ひとりで行かないで~」
足を止め、小首を傾げこちらをじっと見つめて来ました。
純真無垢な眼で見つめられたら、強く怒れません。ガブなりに一生懸命なのは、充分に伝わって来ました。
街道を逸れて進めば進むほど、草葉は鬱蒼と行く手を阻み、私の足を鈍らせて行きます。思うように進まないのは鬱蒼と生える草葉のせいですから。決して、恐怖から足の運びが遅いわけではありません。
本当ですよ。
と思った矢先、ガサっと眼前で草葉が揺れました。
「ひゃっ!」
私は胸の前で持つ木の棒を握る手にブルブルと力が入ります。
アントンとグラバーは退屈そうに、緊張感の無い歩みを見せていました。緊張する場面では無いって事ですよね。分かっていますとも。
草葉が風で擦れる音。遠くで鳴く鳥の声。近くで鳴くおぞましい哭き声⋯⋯。
お、おぞましい??
「「「ギシャアアアアアアアア」」」
「ぎゃああああああああああああああああああ!! 来ないで! こ、来ないでーーー!!」
ギョロギョロと感情の無い黒目。緑色の人では無いとすぐに分かる皮膚の色。腰高程度しか無い小さくもおぞましい存在が草葉の影から飛び込んで来ました。
私は驚きと恐怖で、目を瞑ったまま手に握る木の棒をブンブンと振り回します。もう見なかった事にしたいですよ。
「もう⋯⋯こ⋯⋯来ない⋯⋯で⋯⋯あれ? ⋯⋯来ない?」
私はゆっくりと片目を開けました。傍らでは、何事もなかったかのようにアントンとグラバーが佇み、横たわる小さな怪物にガブは必死に頭突きをしていました。アントンの足元は赤く濡れ、グラバーの爪先にも赤い血の跡が付いています。
瞬殺ですか⋯⋯。アントンとグラバーがいれば問題無いとは言われていましたが、ここまでとは⋯⋯。
私はゆっくりとその横たわる怪物へと近づきます。恐る恐るってわけじゃないですよ。余裕ですよ。
「ガ、ガブ、ダメよ。こっちにいらっしゃい」
私はちらりと怪物を覗きながら、ガブを抱きかかえました。ピクリとも動かないそれを木の棒でそーっと突いてみます。だって、もし生きていたら危ないじゃないですか、ここは慎重に慎重を重ねないとですよ。
ツンツンと木の棒に合わせて、緑の体は揺れます。
ふふん。ほら、もう大丈夫。
私は横たわる怪物を、まじまじと見つめて行きました。生まれて初めて見る怪物。多分、ゴブリンってやつですね。確かにこれは調教出来る気はしません。
口からだらしなく舌を出して、自身の血溜まりに沈んでいます。その朽ちている姿さえおぞましく、私は思わず身震いしてしまいます。
今回のお試し冒険の課題。薬草の採取。ラーサさんから借りたサンプルを使ってガブに捜索させます。三種類あるうちのまだ一種類しか採取出来ていません。もう怖くて帰りた⋯⋯いや、ダメですね。ガブに冒険の適正がある所を見せなくては。
思いとは裏腹に体は正直です。自分でも分かるほど、腰が引けています。
「さぁ、あと二つ頑張って見つけようー。お、おう~」
自分を鼓舞してみました。
引けた腰は変わりませんが、気持ちは課題を完了する気満々です。
本当ですよ。
◇◇◇◇
一体どれほどの時間が過ぎたのか。
陽光の届かぬこの場所。時間の流れは停滞する空気が、止まっているかの様な錯覚に陥らせた。
膝を抱え、洞口から外を見つめる。鬱蒼とした森。
木が生えているという事は、水があるという事だ。いつぞやの【吹き溜まり】にも、清らかな小川が清涼な水を湛えていた。
ハルは意を決し、腰を上げる。
最大限の注意を払い、周辺を探索して行った。
静かな森。風も無いこの地では、草葉の擦れる音さえなかった。静寂は不安を運び、想像は良からぬ方へと転がって行く。
ハルは何度も頭を振り、想像を振り払う。今、目の前の事にまずは集中すると、何度も何度も自身に言いきかせていった。
怪物の気配すら無い、静寂を称える森。少しばかり奥に入るとすぐにたわわに実る、色鮮やかな橙色を見せる果実が目に映る。
ハルは三個ほどもいで、匂いを嗅いだ。鮮烈な良く知る甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐった。
オレンの実。
皮を剥くとさらにその香りは鮮烈さを増し、鼻腔の奥へと届く。ハルは意を決し、ひと房口の中へと投げ込む。噛み締めると新鮮な果汁が口の中を満たしていき、鉄の味を消し去った。滴る果汁はひりついた喉に潤いを与え、酸味と爽やかな甘さが口一杯に広がっていく。ハルはゆっくりと味わい、その実を飲み込んでいった。
味におかしい所は無しね。大丈夫かな?
洞窟に戻り、また膝を抱える。傍らに色鮮やかな橙色の実を置き、体に異変が起こらないかじっと待った。
コイツを抱えて、上を目指すか?
装備の無い状態、しかもコイツを抱えてエンカウントしたらどうする?
ここで助けを待つ? 誰かが来てくれるという淡い願いにすがる? みんなは私達が生きていると考える?
緩慢な時間が、答えの出ない思考をグルグルと繰り返すだけ。
「みんなを信じていいのかな⋯⋯」
零れる言葉は、淡い期待と自分の弱さ。
ハルは大きく息を吐き出し、自身の体に異変が無い事を確認すると、オレンの実に喰らい付いて行った。
最後のひとつに手を掛け、ひと房口の中へと放り込みしっかりと噛んで行く。
口の中一杯に広がる芳醇な果汁。
ハルはキルロの唇に自身の唇を重ね合わせ、果汁をキルロの口の中へと送り込んで行った。
口に付着する血の跡をなぞる様に果汁は滴り落ちて行く。
飲み込んで⋯⋯。
ハルはキルロの喉元を凝視する。
よし。
ゆっくりと上下する喉仏を確認すると、次から次とキルロの口の中へ果汁を送り込んで行った。
霞む視界に映るのは、点々と輝く純白。それは満天の星空のようでもあり、既視感を覚える光景。
星? 違う⋯⋯。
白精石⋯⋯。
朧気なハルの意識にぼんやりと浮ぶ単語。徐々に覚醒する意識と比例をするかのように、心臓はバクバクと高鳴りを見せた。
落ちた! ここは?!
上半身を起こすと全容が見えて来た。ウナギの寝床程度しか無い狭い洞窟。
ハルひとりがやっとという広さ。壁一面に白精石が散りばめられ、ぎゅうぎゅうになりながら隣で横たわる男の姿。
「キルロ、あんた⋯⋯」
意識の無い姿に呼び掛けを止めた。自身の体に触れていき、痛みが無い事に天を仰ぐ。
また助けて貰ってしまった。
何でこうコイツはバカなのか。私の事などほっとけばいいものを⋯⋯。
蒼白の顔。狭い洞窟からはみ出ている足はあらぬ方向へと曲がっている。
ハルは盛大に顔をしかめ、入れ替わる様にキルロを洞内にそっと寝かした。
ヒールが使えれば⋯⋯。
もどかしい思いは、積み重なるばかり。
頭を振り、もどかしい思いを振り払っていく。まずは足を何とかしよう。
剣⋯⋯。
腰をまさぐり、剣を探す。装備は全て吹き飛んでしまっていた。防具も武器も身に付けていた物は吹き飛び、求める物はここには無い。
⋯⋯そうだ。
ハルはキルロの腰をまさぐり、目当ての物を探す。
よし、あった。
取り出したのは、腰に括り付けていた採取用の小さなピッケル。
ピッケルを片手に洞内から、外を覗く。【吹き溜まり】の底の底。危険が無いと思わない方が賢明だ。最大限の警戒を見せながら、洞内を後にした。
黒い霞のかかる空はその深さを隠す。岩壁は緩やかなスロープを描き、地面に叩きつけられたわけでは無いのだと理解した。
目の前に広がる鬱蒼な森から、添え木に使えそうな枝を手に入れ、洞窟へと戻る。
「【麻酔】」
折れ曲がった足をドワーフの血が力技で復元していった。添え木を当て、袖を引きちぎり、しっかりと縛り付ける。
出来るのはここまで⋯⋯。
目の前で横たわる血の気の無い顔と、口の周りにべったりと残る血の跡が、ハルの不安を煽るのに充分だった。
◇◇◇◇
「ガブ! ストップ! ひとりで行かないで~」
足を止め、小首を傾げこちらをじっと見つめて来ました。
純真無垢な眼で見つめられたら、強く怒れません。ガブなりに一生懸命なのは、充分に伝わって来ました。
街道を逸れて進めば進むほど、草葉は鬱蒼と行く手を阻み、私の足を鈍らせて行きます。思うように進まないのは鬱蒼と生える草葉のせいですから。決して、恐怖から足の運びが遅いわけではありません。
本当ですよ。
と思った矢先、ガサっと眼前で草葉が揺れました。
「ひゃっ!」
私は胸の前で持つ木の棒を握る手にブルブルと力が入ります。
アントンとグラバーは退屈そうに、緊張感の無い歩みを見せていました。緊張する場面では無いって事ですよね。分かっていますとも。
草葉が風で擦れる音。遠くで鳴く鳥の声。近くで鳴くおぞましい哭き声⋯⋯。
お、おぞましい??
「「「ギシャアアアアアアアア」」」
「ぎゃああああああああああああああああああ!! 来ないで! こ、来ないでーーー!!」
ギョロギョロと感情の無い黒目。緑色の人では無いとすぐに分かる皮膚の色。腰高程度しか無い小さくもおぞましい存在が草葉の影から飛び込んで来ました。
私は驚きと恐怖で、目を瞑ったまま手に握る木の棒をブンブンと振り回します。もう見なかった事にしたいですよ。
「もう⋯⋯こ⋯⋯来ない⋯⋯で⋯⋯あれ? ⋯⋯来ない?」
私はゆっくりと片目を開けました。傍らでは、何事もなかったかのようにアントンとグラバーが佇み、横たわる小さな怪物にガブは必死に頭突きをしていました。アントンの足元は赤く濡れ、グラバーの爪先にも赤い血の跡が付いています。
瞬殺ですか⋯⋯。アントンとグラバーがいれば問題無いとは言われていましたが、ここまでとは⋯⋯。
私はゆっくりとその横たわる怪物へと近づきます。恐る恐るってわけじゃないですよ。余裕ですよ。
「ガ、ガブ、ダメよ。こっちにいらっしゃい」
私はちらりと怪物を覗きながら、ガブを抱きかかえました。ピクリとも動かないそれを木の棒でそーっと突いてみます。だって、もし生きていたら危ないじゃないですか、ここは慎重に慎重を重ねないとですよ。
ツンツンと木の棒に合わせて、緑の体は揺れます。
ふふん。ほら、もう大丈夫。
私は横たわる怪物を、まじまじと見つめて行きました。生まれて初めて見る怪物。多分、ゴブリンってやつですね。確かにこれは調教出来る気はしません。
口からだらしなく舌を出して、自身の血溜まりに沈んでいます。その朽ちている姿さえおぞましく、私は思わず身震いしてしまいます。
今回のお試し冒険の課題。薬草の採取。ラーサさんから借りたサンプルを使ってガブに捜索させます。三種類あるうちのまだ一種類しか採取出来ていません。もう怖くて帰りた⋯⋯いや、ダメですね。ガブに冒険の適正がある所を見せなくては。
思いとは裏腹に体は正直です。自分でも分かるほど、腰が引けています。
「さぁ、あと二つ頑張って見つけようー。お、おう~」
自分を鼓舞してみました。
引けた腰は変わりませんが、気持ちは課題を完了する気満々です。
本当ですよ。
◇◇◇◇
一体どれほどの時間が過ぎたのか。
陽光の届かぬこの場所。時間の流れは停滞する空気が、止まっているかの様な錯覚に陥らせた。
膝を抱え、洞口から外を見つめる。鬱蒼とした森。
木が生えているという事は、水があるという事だ。いつぞやの【吹き溜まり】にも、清らかな小川が清涼な水を湛えていた。
ハルは意を決し、腰を上げる。
最大限の注意を払い、周辺を探索して行った。
静かな森。風も無いこの地では、草葉の擦れる音さえなかった。静寂は不安を運び、想像は良からぬ方へと転がって行く。
ハルは何度も頭を振り、想像を振り払う。今、目の前の事にまずは集中すると、何度も何度も自身に言いきかせていった。
怪物の気配すら無い、静寂を称える森。少しばかり奥に入るとすぐにたわわに実る、色鮮やかな橙色を見せる果実が目に映る。
ハルは三個ほどもいで、匂いを嗅いだ。鮮烈な良く知る甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐった。
オレンの実。
皮を剥くとさらにその香りは鮮烈さを増し、鼻腔の奥へと届く。ハルは意を決し、ひと房口の中へと投げ込む。噛み締めると新鮮な果汁が口の中を満たしていき、鉄の味を消し去った。滴る果汁はひりついた喉に潤いを与え、酸味と爽やかな甘さが口一杯に広がっていく。ハルはゆっくりと味わい、その実を飲み込んでいった。
味におかしい所は無しね。大丈夫かな?
洞窟に戻り、また膝を抱える。傍らに色鮮やかな橙色の実を置き、体に異変が起こらないかじっと待った。
コイツを抱えて、上を目指すか?
装備の無い状態、しかもコイツを抱えてエンカウントしたらどうする?
ここで助けを待つ? 誰かが来てくれるという淡い願いにすがる? みんなは私達が生きていると考える?
緩慢な時間が、答えの出ない思考をグルグルと繰り返すだけ。
「みんなを信じていいのかな⋯⋯」
零れる言葉は、淡い期待と自分の弱さ。
ハルは大きく息を吐き出し、自身の体に異変が無い事を確認すると、オレンの実に喰らい付いて行った。
最後のひとつに手を掛け、ひと房口の中へと放り込みしっかりと噛んで行く。
口の中一杯に広がる芳醇な果汁。
ハルはキルロの唇に自身の唇を重ね合わせ、果汁をキルロの口の中へと送り込んで行った。
口に付着する血の跡をなぞる様に果汁は滴り落ちて行く。
飲み込んで⋯⋯。
ハルはキルロの喉元を凝視する。
よし。
ゆっくりと上下する喉仏を確認すると、次から次とキルロの口の中へ果汁を送り込んで行った。
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