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初冒険と橙色の躊躇
準備は大切です、集中して行きましょう
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「フィリシア、この木の棒は何?」
「エレナ、冒険の初心者といえば装備は木の棒ってのが相場でしょう」
「そうなの? こんな棒役に立つの?」
私はその見るからに頼りない木の棒を二、三回軽く振ってみました。
「うん? 役立たないよ。でも、エレナは剣とか持てないでしょう」
初めての冒険に向けて、フィリシアが準備を手伝ってくれていました。
右も左も分からない私をからかっているのか、本気なのか、分かり辛くて仕方ありませんよ。
「ぅ⋯⋯持てない。そんなの怖くて持てないよ」
「じゃあ、やっぱり木の棒を装備しないと、レベルが上がったら、次はナイフね」
「レベル??」
「まぁ、気にしなくていいよ。⋯⋯でも、流石にこれだとちょっとおまぬけ感があるわね。あ! そうだ! ハルさんのお古があったはず。ちょっと待っていて」
部屋を飛び出すと、すぐに丸く束ねてある鞭を手に戻って来ました。私のベルトに括り付けると、フィリシアは満足気に親指を立てて見せます。
「よし。調教師ぽくなった」
「なったって言われても、使えないよ」
「いいの、いいの。こういうのは意外と形が大事だから」
「そ、そうなの??」
腰にぶら下がる使い古しの鞭から、ズシリと重みを感じます。実際はそこまでではないのでしょうが、ハルさんが使っていたと聞いて歴史みたいなものを感じてしまいました。
「鞭、振ってみる?」
「振れるかな?」
廊下に出て、腰の鞭を解きます。廊下の先を見つめ、腕全体を使って⋯⋯。
「エイッ!」
へにょんと廊下の上で波を打っただけで、とても鞭を振ったとは言えない無様な姿。
「ぶっわははははは! エレナの力じゃ、そんなもんだよね」
「そんなに笑わなくてもいいじゃない!」
「あぁ、ごめん、ごめん」
「フィリシア! 見本を見せてよ!」
「ええー! 私も上手く出来ないよ」
そう言って、私から鞭を手にしました。
フィリシアは大きく振りかぶり、腕を鞭のようにしならせます。鞭はまるで生き物のようにフィリシアの腕先から真っ直ぐに伸びて行き、ピシッと床を叩く軽快な音を鳴らしました。その床を叩く音から威力が伝わり、私は思わず目を剥いてしまいます。だって、こんなに上手く出来るとは思っていなかったのですもの。
「こんなものかな」
私が驚いていると、フフンとフィリシアは口端を上げて見せます。
その勝ち誇った顔が、憎らしいです。
「ちゃんと出来るの、ずるいよ」
「出来てないよ~。ハルさんとか、アウロさんはもっと上手いよ。この程度でいいなら教えてあげてもいいけど。さてさて、どうするどうする?」
フィリシアはニヤニヤしながら、ウリウリと体を寄せてきました。
上から目線で楽しんでいますよ、絶対。とはいえ、背に腹は代えられません。
「よろしくお願いします」
「では、エレナ君。まずは腕の振りから教えて進ぜよう」
「⋯⋯フィリシア先生、お願いします」
「うむ」
フィリシアはニカっと笑って見せ、私の腕を取ると、腕の振り方から丁寧に教えてくれました。
◇◇◇◇
しくじった!
岩のごとき凶器と化した、極大の頭がハルを襲った。
「がはっ!」
意識は一瞬白く飛び、口の中は鉄の味で満たされていく。
二階建ての家屋と同等の、巨大な四つ首のケルベロス。火を吐き、氷を吐き、人を喰らう。
足の運びは緩慢。だが、その強靭な皮膚と鋭い動きを見せる長い首。そして、この巨大な怪物を援護する焼けただれた痩身のエルフと、そのエルフが率いる集団。
多勢に無勢。劣勢は判断を鈍らせて行く。
抗うにも、突破口すら見当たらず、攻撃をいなすのがやっとの状況だった。
キルロの決死のおとりに光明を見出す。
それは、出来たと思った隙。
焦りがハルの判断を見誤らせた。吹き飛ぶハルの姿にキルロは焦燥と危機を募らせ叫ぶ。
「ハルヲー!!」
襲い掛かる追撃の巨大な首。振られるのは岩のごとき頭。
キルロはハルの元へと飛び込み、体ごと突き飛ばした。
転がるふたりの頭を極大の頭が掠めていく。その恐怖に体を縮こませ、一瞬の硬直を見せた。
すぐそこに迫る崖。その迫る圧が逃げ道を塞いでいく。
静かに口を開く崖。
黒素が立ち込め、底の見えない崖。
全身の痛みに立ち上がる事さえままならぬハルと、打開策を必死に求めるキルロ。
ふたりを踏み潰さんと、ケルベロスのストンプが襲った。キルロはハルを突き飛ばし、キルロ自身も転がって行く。
地響きが体を震わす。
ハルとキルロの間で、ケルベロスの巨大な足が地面を抉っていた。キルロは悪寒を走らせ、ハルは覚束ない体で、ユラユラと起き上がる。
再び振られる岩のごとき頭。迫る頭と足元の崖。逃げ場を失っている事を、ハルは朧気な意識の中で理解した。抗う事はもはや不可能。打開策は見出せぬまま、ハルは飛びそうな意識で立ちすくむだけだった。
クソ!
キルロが、ハルへと飛び込む。ハルの頭を抱え込み、包み込むようにハルの体を抱き抱えた。ハルを抱くキルロの体は宙を舞い、崖の下へとダイブを決行する。
一か八か、それは無謀ともいえる賭け。
空を切るケルベロスの頭を見上げ、ハルをしっかりと抱きかかえた。
ハルはキルロの腕の中、何が起きているのか理解する事も出来ず意識は途絶えていった。
「エレナ、冒険の初心者といえば装備は木の棒ってのが相場でしょう」
「そうなの? こんな棒役に立つの?」
私はその見るからに頼りない木の棒を二、三回軽く振ってみました。
「うん? 役立たないよ。でも、エレナは剣とか持てないでしょう」
初めての冒険に向けて、フィリシアが準備を手伝ってくれていました。
右も左も分からない私をからかっているのか、本気なのか、分かり辛くて仕方ありませんよ。
「ぅ⋯⋯持てない。そんなの怖くて持てないよ」
「じゃあ、やっぱり木の棒を装備しないと、レベルが上がったら、次はナイフね」
「レベル??」
「まぁ、気にしなくていいよ。⋯⋯でも、流石にこれだとちょっとおまぬけ感があるわね。あ! そうだ! ハルさんのお古があったはず。ちょっと待っていて」
部屋を飛び出すと、すぐに丸く束ねてある鞭を手に戻って来ました。私のベルトに括り付けると、フィリシアは満足気に親指を立てて見せます。
「よし。調教師ぽくなった」
「なったって言われても、使えないよ」
「いいの、いいの。こういうのは意外と形が大事だから」
「そ、そうなの??」
腰にぶら下がる使い古しの鞭から、ズシリと重みを感じます。実際はそこまでではないのでしょうが、ハルさんが使っていたと聞いて歴史みたいなものを感じてしまいました。
「鞭、振ってみる?」
「振れるかな?」
廊下に出て、腰の鞭を解きます。廊下の先を見つめ、腕全体を使って⋯⋯。
「エイッ!」
へにょんと廊下の上で波を打っただけで、とても鞭を振ったとは言えない無様な姿。
「ぶっわははははは! エレナの力じゃ、そんなもんだよね」
「そんなに笑わなくてもいいじゃない!」
「あぁ、ごめん、ごめん」
「フィリシア! 見本を見せてよ!」
「ええー! 私も上手く出来ないよ」
そう言って、私から鞭を手にしました。
フィリシアは大きく振りかぶり、腕を鞭のようにしならせます。鞭はまるで生き物のようにフィリシアの腕先から真っ直ぐに伸びて行き、ピシッと床を叩く軽快な音を鳴らしました。その床を叩く音から威力が伝わり、私は思わず目を剥いてしまいます。だって、こんなに上手く出来るとは思っていなかったのですもの。
「こんなものかな」
私が驚いていると、フフンとフィリシアは口端を上げて見せます。
その勝ち誇った顔が、憎らしいです。
「ちゃんと出来るの、ずるいよ」
「出来てないよ~。ハルさんとか、アウロさんはもっと上手いよ。この程度でいいなら教えてあげてもいいけど。さてさて、どうするどうする?」
フィリシアはニヤニヤしながら、ウリウリと体を寄せてきました。
上から目線で楽しんでいますよ、絶対。とはいえ、背に腹は代えられません。
「よろしくお願いします」
「では、エレナ君。まずは腕の振りから教えて進ぜよう」
「⋯⋯フィリシア先生、お願いします」
「うむ」
フィリシアはニカっと笑って見せ、私の腕を取ると、腕の振り方から丁寧に教えてくれました。
◇◇◇◇
しくじった!
岩のごとき凶器と化した、極大の頭がハルを襲った。
「がはっ!」
意識は一瞬白く飛び、口の中は鉄の味で満たされていく。
二階建ての家屋と同等の、巨大な四つ首のケルベロス。火を吐き、氷を吐き、人を喰らう。
足の運びは緩慢。だが、その強靭な皮膚と鋭い動きを見せる長い首。そして、この巨大な怪物を援護する焼けただれた痩身のエルフと、そのエルフが率いる集団。
多勢に無勢。劣勢は判断を鈍らせて行く。
抗うにも、突破口すら見当たらず、攻撃をいなすのがやっとの状況だった。
キルロの決死のおとりに光明を見出す。
それは、出来たと思った隙。
焦りがハルの判断を見誤らせた。吹き飛ぶハルの姿にキルロは焦燥と危機を募らせ叫ぶ。
「ハルヲー!!」
襲い掛かる追撃の巨大な首。振られるのは岩のごとき頭。
キルロはハルの元へと飛び込み、体ごと突き飛ばした。
転がるふたりの頭を極大の頭が掠めていく。その恐怖に体を縮こませ、一瞬の硬直を見せた。
すぐそこに迫る崖。その迫る圧が逃げ道を塞いでいく。
静かに口を開く崖。
黒素が立ち込め、底の見えない崖。
全身の痛みに立ち上がる事さえままならぬハルと、打開策を必死に求めるキルロ。
ふたりを踏み潰さんと、ケルベロスのストンプが襲った。キルロはハルを突き飛ばし、キルロ自身も転がって行く。
地響きが体を震わす。
ハルとキルロの間で、ケルベロスの巨大な足が地面を抉っていた。キルロは悪寒を走らせ、ハルは覚束ない体で、ユラユラと起き上がる。
再び振られる岩のごとき頭。迫る頭と足元の崖。逃げ場を失っている事を、ハルは朧気な意識の中で理解した。抗う事はもはや不可能。打開策は見出せぬまま、ハルは飛びそうな意識で立ちすくむだけだった。
クソ!
キルロが、ハルへと飛び込む。ハルの頭を抱え込み、包み込むようにハルの体を抱き抱えた。ハルを抱くキルロの体は宙を舞い、崖の下へとダイブを決行する。
一か八か、それは無謀ともいえる賭け。
空を切るケルベロスの頭を見上げ、ハルをしっかりと抱きかかえた。
ハルはキルロの腕の中、何が起きているのか理解する事も出来ず意識は途絶えていった。
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