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坂門

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初冒険と橙色の躊躇

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「アハハ、ウフフフ⋯⋯」

 気持ち悪い笑みを浮かべる男が、純白の大鳥に跨り、中央セントラルを颯爽に駆け抜けていた。

「何? あれ?」
「シル様、ご覧にならない方が良いかと。この季節です、気が触れた者でありましょう」
「そう? でも、珍しい鳥ね⋯⋯うん? あれ? あの子⋯⋯」
「どうかされましたか?」

 シルはエルフには珍しいボブカットの女エルフを一瞥する事もなく、男と大鳥の行方を目で追って行く。その様子を覗き込む童顔のエルフ。

「あれれ? シルどうしたの?」
「シル様だ。ユト、何度言ったら分かる」
「様って柄じゃないじゃん。だいたい、シル様なんて呼んでいるのは、カイナだけじゃないか」
「まぁまぁ、ふたりとも落ち着いて。でも、本当にウチのリーダーどうしたのかしら?」

 一点を見つめるシルの姿に小柄なエルフは首を傾げて見せた。

「あれ、ハルの所の子よ。なんで、あの子が(勇者の)城に入って行くの?」

 門番に止められた男はペコペコと何度も頭を下げ、必死に書状を見せている。奥からひとり衛兵ガードが出て来ると、書状を確認して大きく頷いて見せた。男はほっと胸を撫で下ろし、踵を返すと、また気持ち悪い笑みを浮かべながら純白の大鳥とともに去って行く。
 書状を手渡した。勇者宛て? でも、どうしてあの子が⋯⋯。
 シルは城を凝視し、逡巡する。後ろに控えるパーティーのメンバーは怪訝な表情で、その様子を見守るだけだった。

「ハルってあれだろ、シルお気に入りのハーフエルフだろう。何か頼まれたんじゃないの? 【スミテマアルバレギオ】の副団長だし、勇者宛てに書状を出したっておかしくないじゃん」

 童顔のユトが後ろ手に声を掛けても、シルの逡巡は続いた。

「勇者絡みにお店の子を使うのは、ハルらしくないわ。普通だったら【スミテマアルバレギオ】の誰かが走るはず⋯⋯行くわよ」
「行くわよってどこにですの?」

 小柄なマーラはさらに首を傾げる。

「もちろん、城に。書状の内容を聞き出すわよ」

 こうなると、何を言っても聞かないのは良く分かっていた。メンバー達は嘆息しながら、シルの後ろを渋々とついて行った。


「いたいた、ミース!」

 城の中に突入すると、見知った顔を求めてキョロキョロと廊下を進む。腰まで届こうかという黒髪を揺らす剣士の後ろ姿を見つけ、シルはニヤリと笑って見せた。

「⋯⋯シル。どうしたこんな所で」

 そばかすが印象的な聡明な女性剣士。切れ長の瞳は、いつもと同じ冷静な視線をシルに向けた。

「(勇者)アルフェンの所は、ヒマなの? こんな所で油を売って余裕じゃない」
治療師ヒーラーの後釜がまだ見つかっていないのだから仕方ない。動きたくとも動けん。タントもいつ間にか、おらんしな。まったく、どこを飛び回っているのやら」

 嘆息ぎみのミースの言葉に、見知ったタントの姿が無い事に気が付いた。大方、胡散臭い事を嗅ぎ回っているに違いない。相変わらずなことね。

「エーシャの後釜か⋯⋯。そうだ、それよりさ、ハルの所の子が書状を持って来たでしょう? アルフェン宛てじゃないの? 何かあったんでしょう? ねぇ、教えてよ」
「お前は、相変わらず嗅ぎ付けるのが早いな」
「フフ~ン。褒め言葉として受け取っておくわ」

 “はぁ~”と、ミースは大きく息を吐き出し、諦めたように口を開いて行った。

「まぁ、多分、お前も関係がある事だ。ミドラスの側にある小さな村。そこで冒険クエスト中の【スミテマアルバレギオ】から、中央セントラルに緊急での応援要請を持って来た。反勇者ドゥアルーカかと思われる者による、村の襲撃の可能性があるとの事だ」

 反勇者ドゥアルーカという単語に、シルを含めてパーティー一同の表情が一気に厳しいものへと変わった。その空気の変化にミースは口端を上げて見せる。

「【スミテマアルバレギオ】はその首謀者とおぼしき、痩身のエルフを追って村の側にある【吹き溜まり】へ潜るそうだ」
「で、その【吹き溜まり】ってどこ?」
「さぁな。その小さな村にエーシャがいる。エーシャに聞けば分かるんじゃないか」

 シルの表情からは、いつもの笑顔は消え、ヒリついた空気を全身に纏っていた。パーティーのメンバーもシルの空気に押され、不敵な表情を浮かべると、次の一手に向けて剣呑な雰囲気を見せて行く。

「【スミテマアルバレギオ】を追うわよ」
「了承致しました、シル様」
「そうこなくちゃ。シルを乙女にさせる【スミテマアルバレギオ】の団長にも会えるね」
「ユト、遊びに行くわけじゃありませんことよ」
「分かっているって」
「⋯⋯行くよ」

 シルの静かな号令の下、【ノクスニンファレギオ(夜の妖精)】副団長率いるパーティーは、大鳥の男の後を追うように中央セントラルを後にして行った。

◇◇◇◇

「ぷはぁ」

 草葉を掻き分けて、獣道を進みます。陽光は木々の隙間を縫って、チラチラと照らしていました。私の行く手を阻む、腰ほどの草葉を掻き分けて目的である薬草を求めます。
 ガブがフンフンと匂いを求め、私のパーティーは奥へ奥へと向かっていました。
 私のパーティーって何か響きがカッコイイですね。
 ガブを先頭に、大型兎ミドラスロップのアントン、白虎サーベルタイガーのグラバーが、ピョンピョン、のしのしと後に続きます。
 私はバックパックを背負い、手にはフィリシアから手渡された木の棒。腰にはハルさんのお古である調教師テイマー用の鞭を携え、初めての冒険クエストを進行中です。
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