ハルヲンテイムへようこそ

坂門

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壁の向こう

重圧と噂と悔恨

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 夜の喧騒斬り裂く馬車の列が【ハルヲンテイム】に到着していきます。
 待ち構えていたラーサさんとフィリシアが入口の大扉を開け放ち、迎え入れていきました。

「1階の奥! 早く!」
「こっち! こっち!」

 ラーサさんは叫び、フィリシアは運び込まれる仔達を導線へと導きます。
 一歩間違えば、台無しになってしまう重圧プレッシャー。焦る気持ちを押し殺し、次々と運び込まれる仔達の後を追って行きました。
 重傷のイスタルタイガーと岩熊ラウスベアそして大型犬のセントニッシュ。軽傷のオルンカールと猟犬ビークテリア。軽傷と言っても四肢のどこかに欠損箇所があり、とても軽傷とは言えません。その姿は私達に焦燥を呼び起こし、店内は緊迫した空気に覆われていきました。

 ガラガラと喧騒を見せる店先に酒精アルコールを浴びた人々が群がるのは仕方の無い事。
 体の一部を失った仔達が次々に馬車から下ろされる様を、人々は怪訝な表情で見つめていきます。緊迫した空気に好奇の目を向け、その姿に顔をしかめ、虫の湧いた姿にあからさまな嫌悪の瞳さえ向ける人も⋯⋯。
 私達はそんな人々の好奇や嫌悪の瞳など気にしている余裕などありません。目の前の仔を助ける事に精一杯で、根も葉も無い事を口に出された所で、耳には届きません。それが悪意に満ちていたとしても、言い訳も咎める事も出来ませんでした。

◇◇◇◇

「何の騒ぎですかな?」
「さあな。そこの調教店テイムショップに何だかいっぱい運び込まれているんだよ」
 
 老輩の紳士が馬車群を覗き、いい感じに酩酊している小太りの男へ問いかけた。老輩の紳士は、その言葉を受けて、また覗き込む。

「ほう。どれ⋯⋯ああ、なるほど。怪我をしている動物モンスターを運び入れているのですね」
「おお、そうかい。こんな時間にバタバタとご苦労な事ですなぁ」

 フラフラと揺れながら酩酊中の小太りの男も、その様子を覗いて行く。大型種、小型種問わず、男達が店員らしき女の指示で運び込んでいた。緊迫した空気が、野次馬の心を掻き立てる。ざわつく空気が、喧騒を生み出していった。

「いやいや。申し訳ないが、あれは気持ちが悪いですな。傷に小虫が湧いていますよ」
「ああ? あ、本当だ。あんたの言う通りだな、あれは気持ち悪りぃー」

 小太りの男はわざとらしく身震いして見せる。

「小虫が湧くなんて⋯⋯。あんな病原菌まみれな動物モンスターを運び込んで、大丈夫なのですかね?」
「あ? 何がだ?」
「あなたも見たでしょう。虫が湧く程の病原菌まみれですよ。そんな動物モンスターを迎え入れたら⋯⋯店の中も病原菌まみれになってしまうのではないですかな」
「え? あ?! そうか? あーそうだよな! 病原菌だらけのやつを運び込んでいるんだもんな! それって、やばくない?」
「さぁ、どうでしょう? 私なら病原菌まみれのお店なんてお断りですけどね」
「⋯⋯だよなぁ。分かる。⋯⋯ってあれ? 爺さん?」

 小太りの男が振り向くと、そこにいた老輩の紳士はいなくなっていた。

「ガズ、何キョロキョロしてんだ?」
「いや、さっきまで爺さんがそこにいたんだけど⋯⋯ま、いっか。それより、ナーセブ。【ハルヲンテイム】は菌まみれでヤバイってよ。ざまぁだな」
「何言ってんだ?」
「いやいや、お前も見たろう。虫の湧いている動物モンスターを運び入れているの。あいつら病原菌まみれだってよ。だから虫が湧いてんだって」
「そうなのか? あれ、気持ち悪かったよな」

 ふたりの会話が伝播して行く。その言葉は人々の好奇をさらに煽っていった。

「あんたも見たのかい? かわいそうだが気持ち悪かったな」

 小太りの男とひょろりと背の高い男の会話。そこにまたひとりと酩酊状態の獣人が絡んで来た。

「哀れだよな。店も病原菌まみれになっちまうってさ」
「ええ!? そうなのか? それなのに受け入れるのか? 立派だね~。けど、行きたくはねえなぁ」
「だよな」
「なになに? どうした?」
「あの店によう⋯⋯」

 またひとり、またひとり⋯⋯。
 いつの間にか【ハルヲンテイム】は汚染された店として、人々に認知されていく。それはほんの一瞬の間に駆け巡った根も葉も無い噂話レベル。
 ただ、酔っている者達にとっては、格好のアテとなり人々を饒舌にさせていった。

「やべ、降ってきた」

 北方から降り出した雨が強く地面を叩き出す。酩酊した人々は散り散りと温もりを求め店へと戻った。打ち付ける雨音は強くなる一方。だが、【ハルヲンテイム】にその音は届かない。

◇◇◇◇

「ああああああああ!」

 激しい雨が打ち付ける中、私は吠えていた。
 岩熊ラウスベアが、極大のハサミでふたつに割れていく。
 

 難敵を前にしてボロボロの【スミテマアルバレギオ】。
 尻尾までいれたら人の三倍はある双尾蠍デュオカプタスコピオ。二本の鞭のようにしなる毒尾。極大のハサミ。刃の通さない甲殻。苦戦どころか、突破口の糸口さえままならなかった。
 
 ぬしである【アウルカウケウスレギオ(金の靴)】のパーティーは壊滅。岩熊ラウスベアが教えてくれた唯一の生き残りは救出出来た。その帰り道、帰還を急ぐ私達の前にそいつは現れた。最悪の接触エンカウント。そのタイミングの悪さを呪った。
 壊滅させたのは間違い無くこいつだ。対峙した瞬間それは分かった。

 ラウスベアは、私の制止など聞く耳を持たない。その姿は潰されたパーティーへの仇討だった。それは私達を救おうという動きでは無いのは直ぐに理解する。だが、結果的に私達は救われた。あれは間違い無く失った仲間への弔いと復讐。
 
 鋭い毒尾を有らん限りの力で引きちぎった瞬間。容赦の無いハサミがラウスベアの体をふたつに割った。
 怒り。悲しみ。ラウスベアを止め切れなかった後悔。
 ぬしを思うラウスベアの思いが、私の心臓を握り潰す。
 痛い。苦しい。
 何かが切れる。タガが外れる音がする。
 少し小さめの戦鎚ウォーハンマーを、極大の頭へと打ち付けていた。何度も何度も。
 怒り、煮え切れない思い、悲しみ、それら全てをその戦鎚ウォーハンマーへと込める。
 穴の空いた頭から緑色の体液が吹き出す。叩く度にそれは吹き出した。
 生臭い甲殻類特有の体液を頭から被ろうとも止まらない。止められなかった。
 思いが空になるまで、吠えて叩き続ける。

 パシッ。

 頬に伝わる衝撃。
 痛みは感じないが、私は反射的に頬に手を当てる。肩で息をしながら顔を上げるとそこには、右手を振り抜いたキルロの姿があった。

「ハルヲ。終わりだ」

 その言葉に全身の力が抜けて行く。膝を地面に落とすと、泥水が跳ねた。
 肩で息をしながら顔を天へと向ける。灰色の空が汚れた体を洗い流す。目を閉じ、しばらく動けないでいた。やり切れない思いまでは、洗い流してはくれない。
 あの仔を助けてあげたかった。
 打ち付ける雨。私は落ちる涙を雨粒で誤魔化した。
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