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トリミングフィエスタ
え? この仔がモデルさん?!
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「「「それではカットモデルとなる動物の発表です!」」」
控室に戻った私達に届く司会者さんの声に、私達は息を飲みます。
「「「こちら! オルンドールです!」」」
どよめきと共に女性の悲鳴にも似た歓声が控室まで届きます。
どんな仔なのでしょう? こちらから伺い知る術はありません。フィリシアは口をへの字に曲げ、少しばかり複雑な表情を見せていました。
「フィリシア、オルンドールってどんな仔?」
「エレナは⋯⋯見た事ないか⋯⋯こっちでは珍しい仔だもんね。大きなモップを全身に被ったみたいな仔だよ。大きさはそれほどでもないけど、毛が本当にモップみたいなんだ。洗うのが結構大変だったはず。エレナに来て貰って良かったよ。ひとりで参加の人は大変だね。頼むよ、エレナ!」
「う、うん、頑張るよ。でも、どう大変なの?」
「見ればすぐに納得すると思うけど、確か⋯⋯洗うのに水をめっちゃ使うんだよ。違ったかな⋯⋯? 毛が水を吸っちゃって、吸っちゃって本当に大変だった記憶が⋯⋯。でも、女の子の歓声が上がっていたでしょう? すっごく可愛い仔だよ⋯⋯あれ⋯⋯何か⋯⋯」
そう言ってフィリシアは何かを考え込んで行きます。
ひとりだと大変なくらい水を吸ってしまうってどういう事でしょう? 想像つきませんね。助手がいっぱいいる【オルファステイム】は有利って事ですか?
予選の流れを頭の中でおさらいしておきます。
体を濡らし、毛並みを鑑みて、濃度を調整した洗毛剤をつけます。まずは体を綺麗にしていくのです。軽く拭き上げたらカットに入ります。カットが終わったら高級整毛剤で艶を出し、水気をしっかりと取ってあげて、微調整して終わりです。
求められるのは速さと正確性。時間内に完了しないと失格になってしまいます。毎年結構な人達が間に合わないそうです。もちろん、間に合わそうとして雑な作業も減点対象になってしまいます。厳しいですね。
オルンドールは大きくないと言っていたので、拭き上げに人数はいりませんよね。やはり体を濡らす時の水運びが大変なのでしょう。カミオさんとかひとりだけど大丈夫かな? って、人の心配している場合じゃないですね。
大きな盥に、必要な道具を入れ準備して行きます。フィリシアは何かずっと考え込んでいます。大丈夫でしょうか?
(((時間になりました! 皆さん! 舞台上にお願いします! 時間になりました⋯⋯)))
準備に追われていると、あっという間に伝令が来てしまいました。
いよいよです。
バタバタしてしまいそうになる自分を無理矢理押し殺して行きます。ドキドキが止まりません。
顔を上げたフィリシアが、いつもと同じ涼しい顔を見せています。私は大きな盥を抱え、フィリシアの前を少し震える足で舞台へと向かいました。
「エレナ、洗毛剤は濃い目で準備して。ほとんど薄めなくていいよ」
「え!?」
フィリシアの囁き。
誰にも聞かれないように私の耳元で本当に小さく囁きました。周りを見渡すと、真剣な面持ちで皆さん前を向いています。やる気に溢れ、何かギラギラした物を感じました。
みんな何か強そうですよ。周りに気圧され、臆病風が吹いて行きます。
大丈夫。大丈夫。
フィリシアの落ち着きを背中で感じ、呪文のように繰り返しました。
舞台の階段をゆっくりと踏みしめて行きます。最後の一段、一瞬だけ足を止め大きく息を吐きだしました。
やれる事をやる。
そしてフィリシアから貰った言葉。
楽しもう。
舞台に上がると視界は一気に開かれます。フィリシアに向けられた歓声が、波のように襲って来ます。
フィリシアは軽く手を挙げて、その歓声に応えて見せました。
舞台の上には人数分16個の作業台が準備され、開始時間を今か今かと待ち構えています。
「「「みなさん出揃いました! それでは、可愛いカットモデルの入場ですー!」」」
「おわぁ! 何あの仔!」
思わず感嘆の声を上げてしまいました。係の方が連れているオルンドールは、思っていた以上にモップでした。というか、まんまモップが歩いているみたい。
観客からも再び歓声が上がります。この仔は反則的な可愛らしさですね。
上から大きなモップを被せられた犬が作業台に上で舌を出しています。目元まで毛で覆われていて、見辛くないのかな?
全身を覆うモップのような白というよりアイボリーに近い太い毛。毛の表面を触るとふわふわととても柔らかいのに、付け根の方はしっとり何か重そうに感じました。良く見ると何本もの毛を束ねて一本になっているみたいです。
不思議な毛質。フィリシアの言っていた通り、確かに水を良く吸いそうです。
「宜しくね」
フィリシアは作業台の上でお座りしているモップ犬に声を掛けると、全身をくまなく撫でています。モップ犬の瞳をずっと覗き込みながら、わしゃわしゃと。
「「「それではみなさん! 準備はいいですか?! 3、2、1⋯⋯スタートです!」」」
パンパンと乾いた火薬の音。司会者の方が大きな砂時計を逆さにして行きました。
私は急いでバケツを両手に、裏手に準備されている大きな水場へ走ります。まずは盥に水を張らないといけません。
「どいて~!」
カミオさんが大きな盥とバケツを手に水場へと飛び込んで行きます。
良く見ると【オルファステイム】の助手の方々も、大きな盥を手に走っていました。
ええー! カミオさん!
なんと、カミオさんひとりで大きな盥とバケツを運んでいますよ。【オルファステイム】さんが、三人掛かりでやっとなのに、どういう事ですか??
「「「おっと! 王者フィリシアが、いきなり洗毛剤を掛けたー! 大丈夫なのでしょうか?」」」
ええー! 今度はフィリシア?! 何しているの?!
バケツを運んでいた私の耳もびっくりです。あの仔、まだ濡らしてもいないのに大丈夫なのフィリシア?? とはいえ立ち止まっている余裕などありません。私は両手のバケツを握り締め、フィリシアの元へと急ぎます。
「フィリシア、お待たせ。洗毛剤掛けたって言っていたけど大丈夫なの? フィリシア?」
フィリシアはじっとカミオさんを見つめていました。
すでにカミオさんの盥には、しっかりと水は張られ、バケツにもなみなみと水が汲んであります。
私はそれを見て、慌てて盥に水を流し込もうとバケツを持ち上げます。
「エレナ、待って」
「え?!」
バケツを持ち上げる手を止めました。周りはどんどんと盥に水を張っていっています。私は焦りながらも、フィリシアの視線の先を覗きました。
カミオさんは水を張ったバケツにハサミや櫛を投げ入れています。
何をしているのでしょう? 折角、滑りを良くしているのに意味が無くなってしまいますよ。
「エレナ、バケツ一個こっちに」
「は、はい」
何か閃いたのか、フィリシアはいきなり顔をこちらに向けました。
水を張ったバケツを渡すとカミオさんと同じようにハサミや櫛を投げ入れて行きます。
ああー、折角、昨日手入れしたのに⋯⋯。
私の昨日の苦労が⋯⋯。
「エレナ、盥にじゃんじゃんお願い」
「え?! は、はい!」
悩んでいる暇あるなら、手を動かせってやつですね。
私は再び水場へと駆け出します。
いやぁ、もう、序盤から何が何だかですよ。予想していた事なんて何一つ役立っていません。この先もこの感じが続くのですよね。もう、その覚悟だけはしておきます!
控室に戻った私達に届く司会者さんの声に、私達は息を飲みます。
「「「こちら! オルンドールです!」」」
どよめきと共に女性の悲鳴にも似た歓声が控室まで届きます。
どんな仔なのでしょう? こちらから伺い知る術はありません。フィリシアは口をへの字に曲げ、少しばかり複雑な表情を見せていました。
「フィリシア、オルンドールってどんな仔?」
「エレナは⋯⋯見た事ないか⋯⋯こっちでは珍しい仔だもんね。大きなモップを全身に被ったみたいな仔だよ。大きさはそれほどでもないけど、毛が本当にモップみたいなんだ。洗うのが結構大変だったはず。エレナに来て貰って良かったよ。ひとりで参加の人は大変だね。頼むよ、エレナ!」
「う、うん、頑張るよ。でも、どう大変なの?」
「見ればすぐに納得すると思うけど、確か⋯⋯洗うのに水をめっちゃ使うんだよ。違ったかな⋯⋯? 毛が水を吸っちゃって、吸っちゃって本当に大変だった記憶が⋯⋯。でも、女の子の歓声が上がっていたでしょう? すっごく可愛い仔だよ⋯⋯あれ⋯⋯何か⋯⋯」
そう言ってフィリシアは何かを考え込んで行きます。
ひとりだと大変なくらい水を吸ってしまうってどういう事でしょう? 想像つきませんね。助手がいっぱいいる【オルファステイム】は有利って事ですか?
予選の流れを頭の中でおさらいしておきます。
体を濡らし、毛並みを鑑みて、濃度を調整した洗毛剤をつけます。まずは体を綺麗にしていくのです。軽く拭き上げたらカットに入ります。カットが終わったら高級整毛剤で艶を出し、水気をしっかりと取ってあげて、微調整して終わりです。
求められるのは速さと正確性。時間内に完了しないと失格になってしまいます。毎年結構な人達が間に合わないそうです。もちろん、間に合わそうとして雑な作業も減点対象になってしまいます。厳しいですね。
オルンドールは大きくないと言っていたので、拭き上げに人数はいりませんよね。やはり体を濡らす時の水運びが大変なのでしょう。カミオさんとかひとりだけど大丈夫かな? って、人の心配している場合じゃないですね。
大きな盥に、必要な道具を入れ準備して行きます。フィリシアは何かずっと考え込んでいます。大丈夫でしょうか?
(((時間になりました! 皆さん! 舞台上にお願いします! 時間になりました⋯⋯)))
準備に追われていると、あっという間に伝令が来てしまいました。
いよいよです。
バタバタしてしまいそうになる自分を無理矢理押し殺して行きます。ドキドキが止まりません。
顔を上げたフィリシアが、いつもと同じ涼しい顔を見せています。私は大きな盥を抱え、フィリシアの前を少し震える足で舞台へと向かいました。
「エレナ、洗毛剤は濃い目で準備して。ほとんど薄めなくていいよ」
「え!?」
フィリシアの囁き。
誰にも聞かれないように私の耳元で本当に小さく囁きました。周りを見渡すと、真剣な面持ちで皆さん前を向いています。やる気に溢れ、何かギラギラした物を感じました。
みんな何か強そうですよ。周りに気圧され、臆病風が吹いて行きます。
大丈夫。大丈夫。
フィリシアの落ち着きを背中で感じ、呪文のように繰り返しました。
舞台の階段をゆっくりと踏みしめて行きます。最後の一段、一瞬だけ足を止め大きく息を吐きだしました。
やれる事をやる。
そしてフィリシアから貰った言葉。
楽しもう。
舞台に上がると視界は一気に開かれます。フィリシアに向けられた歓声が、波のように襲って来ます。
フィリシアは軽く手を挙げて、その歓声に応えて見せました。
舞台の上には人数分16個の作業台が準備され、開始時間を今か今かと待ち構えています。
「「「みなさん出揃いました! それでは、可愛いカットモデルの入場ですー!」」」
「おわぁ! 何あの仔!」
思わず感嘆の声を上げてしまいました。係の方が連れているオルンドールは、思っていた以上にモップでした。というか、まんまモップが歩いているみたい。
観客からも再び歓声が上がります。この仔は反則的な可愛らしさですね。
上から大きなモップを被せられた犬が作業台に上で舌を出しています。目元まで毛で覆われていて、見辛くないのかな?
全身を覆うモップのような白というよりアイボリーに近い太い毛。毛の表面を触るとふわふわととても柔らかいのに、付け根の方はしっとり何か重そうに感じました。良く見ると何本もの毛を束ねて一本になっているみたいです。
不思議な毛質。フィリシアの言っていた通り、確かに水を良く吸いそうです。
「宜しくね」
フィリシアは作業台の上でお座りしているモップ犬に声を掛けると、全身をくまなく撫でています。モップ犬の瞳をずっと覗き込みながら、わしゃわしゃと。
「「「それではみなさん! 準備はいいですか?! 3、2、1⋯⋯スタートです!」」」
パンパンと乾いた火薬の音。司会者の方が大きな砂時計を逆さにして行きました。
私は急いでバケツを両手に、裏手に準備されている大きな水場へ走ります。まずは盥に水を張らないといけません。
「どいて~!」
カミオさんが大きな盥とバケツを手に水場へと飛び込んで行きます。
良く見ると【オルファステイム】の助手の方々も、大きな盥を手に走っていました。
ええー! カミオさん!
なんと、カミオさんひとりで大きな盥とバケツを運んでいますよ。【オルファステイム】さんが、三人掛かりでやっとなのに、どういう事ですか??
「「「おっと! 王者フィリシアが、いきなり洗毛剤を掛けたー! 大丈夫なのでしょうか?」」」
ええー! 今度はフィリシア?! 何しているの?!
バケツを運んでいた私の耳もびっくりです。あの仔、まだ濡らしてもいないのに大丈夫なのフィリシア?? とはいえ立ち止まっている余裕などありません。私は両手のバケツを握り締め、フィリシアの元へと急ぎます。
「フィリシア、お待たせ。洗毛剤掛けたって言っていたけど大丈夫なの? フィリシア?」
フィリシアはじっとカミオさんを見つめていました。
すでにカミオさんの盥には、しっかりと水は張られ、バケツにもなみなみと水が汲んであります。
私はそれを見て、慌てて盥に水を流し込もうとバケツを持ち上げます。
「エレナ、待って」
「え?!」
バケツを持ち上げる手を止めました。周りはどんどんと盥に水を張っていっています。私は焦りながらも、フィリシアの視線の先を覗きました。
カミオさんは水を張ったバケツにハサミや櫛を投げ入れています。
何をしているのでしょう? 折角、滑りを良くしているのに意味が無くなってしまいますよ。
「エレナ、バケツ一個こっちに」
「は、はい」
何か閃いたのか、フィリシアはいきなり顔をこちらに向けました。
水を張ったバケツを渡すとカミオさんと同じようにハサミや櫛を投げ入れて行きます。
ああー、折角、昨日手入れしたのに⋯⋯。
私の昨日の苦労が⋯⋯。
「エレナ、盥にじゃんじゃんお願い」
「え?! は、はい!」
悩んでいる暇あるなら、手を動かせってやつですね。
私は再び水場へと駆け出します。
いやぁ、もう、序盤から何が何だかですよ。予想していた事なんて何一つ役立っていません。この先もこの感じが続くのですよね。もう、その覚悟だけはしておきます!
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