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アウロ・バッグスの憂鬱
取れる所から取る精神を学ぶのです
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「エレナ、ありがとう代わるよ」
ほっと一息ついている所へ背中越しにハルさんの声が聞こえ、私はハルさんの後ろへと下がります。
「マッシュさんの方はもういいのですね。ゴンをレンタルする事にしました。あとはお会計だけです」
「ゴンね。間違いないわ⋯⋯お待たせしました。ワンウィークで1万5千ミルドになります。予告ありの延長の場合一日千ミルド、予告なしでの延長は2千ミルドになりますのでお気をつけ下さい」
「はいはい。セバス、お支払いして」
「ありがとうございます。この仔ならきっとお役に立てると思いますよ。それでは一週間後に」
ハルさんと一緒に頭を下げ、おばさまを見送ります。私は頭を下げながら少し驚いていました。私の計算が合っていれば相場の2倍です。
“取れる所から取る”
ハルさんがいつも言っていますが、こうもサラリと見せられて少し驚いてしまいました。
「エレナ、いい選択したじゃない」
「ハルさんにそう言って頂けたら安心ですね。あのう⋯⋯料金高くない? ですか?」
ハルさんは口端を上げて、悪そうな笑みを口元に浮かべます。
ハルさん悪い顔。私が少しひいていると、いつもの笑みを見せてくれました。
「高いけど、きっとゴンがネズミを退治してあの派手派手おばさんは満足するわよ。そしてこう思うはず、“高い金を払ったかいがあった”ってね。払った金額に見合う物をこちらが提供出来ればそれはきっと高くはない⋯⋯でしょう」
「そういうものですか」
「エレナ、ちょっとついて来て。あなたに見せたい物がある」
「はい⋯⋯」
見せたい物?
三階の一番奥まった所にある広い部屋。
中に入ると窓が取り込む陽光が部屋を満たしていました。とても日の当たりの良い気持ちの良い部屋です。他の部屋と違って明るい雰囲気で穏やかな部屋。大小様々なケージが並んでいますがほとんどが空でした。
奥まったケージの列に十頭もいませんが、大小様々な動物達が、ケージの中で丸まっています。ハルさんが近づくと匂いで分かるのか老犬がよろよろと立ち上がり擦り寄ろうとおぼつかない足取りを見せました。
「テム。いいのよ、寝てなさい」
ハルさん一声掛けると手をかざします。
「【入眠】」
静かに詠うと老犬はゆっくりと崩れ落ち深い眠りに落ちていました。他のケージに目を移すとどの仔も元気があるとは言えません。むしろどの仔も覇気を失い、うな垂れている仔ばかりでした。
「この仔は、猟犬として何年も頑張ったんだって。主を失って、この仔も動けなくなって、流れ流れてここに辿り着いた。とても頭の良い仔なのよ」
ケージに手を伸ばし、優しく頭を撫でていました。慈しみ深いその横顔に、私は吸い込まれるように見とれていると、ふいにハルさんはこちらに向き直します。
「ここにいる仔達はもう助からない、ゆっくりとお迎えを待つ仔達の部屋、ここは最後の部屋。緩和部屋」
「助からない⋯⋯ち、治療すれば⋯⋯」
ハルさん静かに首を横に振りました。そこに付け入る隙はありません。ケージの中で丸まっている仔達が一瞬、毛布にくるまるだけだった私と重なりましたが、明るい部屋のせいなのでしょうかそこまで淀んだ空気を感じませんでした。
「お店によっては苦しまないように殺してしまう所もあるしね⋯⋯」
「生きているのにですか!? ダメじゃないですか!」
憤りを見せる私に、ハルさんはあえての笑顔を向けます。
「アハハ、落ち着いて。そんなに悪い事だと私は思わない。エレナがもし、もう助からない状態で、すごく痛くて苦しいだけの日々を送らなくてはいけなかったらどうする?」
「⋯⋯それはとても辛いです」
「ここにいる仔のほとんどがそんな感じ。自然界であれば動けなくなるイコール死を意味する。私達がこうやって延命させているのは、私達のエゴでしかないのかも知れない。だから、苦しまずに楽に殺してあげるのも実は優しさなのかも知れない⋯⋯けど、私の性には合わないし、その度胸もない。だから、こうしてただ、痛みを取ったり眠らせたりしてなるべく苦しまずに自然の死を迎えられるように見守っているの⋯⋯」
「私もそっちがいいです」
「そう。良かった」
ハルさんの優しくも儚げなに表情にドキっとしてしまいました。私が持ち合わせていない強さを見た気がします。
死というゴールが決まっているのに最善を尽くす。
ハルさんは、ケージの中の仔達に声を掛けては眠らせ、麻酔を掛けていました。ハルさんのその姿を見つめ、その仔にとって何が必要なのか常に考えて行動を取らなければいけないのだと強く心に思います。
「そうそう。なんでエレナをここに連れて来たかと言うと、こういう部屋があるよって言うのと、ここの仔達はここに流れついた仔がほとんどだからお金が取れないのよ。だから⋯⋯」
「あ! 取れる所から取る!」
「そういう事。あの派手派手おばちゃんが、ここのお金も出してくれているのよ」
そう言うとハルさんの慈しみの表情が、口端を上げた悪い笑みに変わっていました。
ほっと一息ついている所へ背中越しにハルさんの声が聞こえ、私はハルさんの後ろへと下がります。
「マッシュさんの方はもういいのですね。ゴンをレンタルする事にしました。あとはお会計だけです」
「ゴンね。間違いないわ⋯⋯お待たせしました。ワンウィークで1万5千ミルドになります。予告ありの延長の場合一日千ミルド、予告なしでの延長は2千ミルドになりますのでお気をつけ下さい」
「はいはい。セバス、お支払いして」
「ありがとうございます。この仔ならきっとお役に立てると思いますよ。それでは一週間後に」
ハルさんと一緒に頭を下げ、おばさまを見送ります。私は頭を下げながら少し驚いていました。私の計算が合っていれば相場の2倍です。
“取れる所から取る”
ハルさんがいつも言っていますが、こうもサラリと見せられて少し驚いてしまいました。
「エレナ、いい選択したじゃない」
「ハルさんにそう言って頂けたら安心ですね。あのう⋯⋯料金高くない? ですか?」
ハルさんは口端を上げて、悪そうな笑みを口元に浮かべます。
ハルさん悪い顔。私が少しひいていると、いつもの笑みを見せてくれました。
「高いけど、きっとゴンがネズミを退治してあの派手派手おばさんは満足するわよ。そしてこう思うはず、“高い金を払ったかいがあった”ってね。払った金額に見合う物をこちらが提供出来ればそれはきっと高くはない⋯⋯でしょう」
「そういうものですか」
「エレナ、ちょっとついて来て。あなたに見せたい物がある」
「はい⋯⋯」
見せたい物?
三階の一番奥まった所にある広い部屋。
中に入ると窓が取り込む陽光が部屋を満たしていました。とても日の当たりの良い気持ちの良い部屋です。他の部屋と違って明るい雰囲気で穏やかな部屋。大小様々なケージが並んでいますがほとんどが空でした。
奥まったケージの列に十頭もいませんが、大小様々な動物達が、ケージの中で丸まっています。ハルさんが近づくと匂いで分かるのか老犬がよろよろと立ち上がり擦り寄ろうとおぼつかない足取りを見せました。
「テム。いいのよ、寝てなさい」
ハルさん一声掛けると手をかざします。
「【入眠】」
静かに詠うと老犬はゆっくりと崩れ落ち深い眠りに落ちていました。他のケージに目を移すとどの仔も元気があるとは言えません。むしろどの仔も覇気を失い、うな垂れている仔ばかりでした。
「この仔は、猟犬として何年も頑張ったんだって。主を失って、この仔も動けなくなって、流れ流れてここに辿り着いた。とても頭の良い仔なのよ」
ケージに手を伸ばし、優しく頭を撫でていました。慈しみ深いその横顔に、私は吸い込まれるように見とれていると、ふいにハルさんはこちらに向き直します。
「ここにいる仔達はもう助からない、ゆっくりとお迎えを待つ仔達の部屋、ここは最後の部屋。緩和部屋」
「助からない⋯⋯ち、治療すれば⋯⋯」
ハルさん静かに首を横に振りました。そこに付け入る隙はありません。ケージの中で丸まっている仔達が一瞬、毛布にくるまるだけだった私と重なりましたが、明るい部屋のせいなのでしょうかそこまで淀んだ空気を感じませんでした。
「お店によっては苦しまないように殺してしまう所もあるしね⋯⋯」
「生きているのにですか!? ダメじゃないですか!」
憤りを見せる私に、ハルさんはあえての笑顔を向けます。
「アハハ、落ち着いて。そんなに悪い事だと私は思わない。エレナがもし、もう助からない状態で、すごく痛くて苦しいだけの日々を送らなくてはいけなかったらどうする?」
「⋯⋯それはとても辛いです」
「ここにいる仔のほとんどがそんな感じ。自然界であれば動けなくなるイコール死を意味する。私達がこうやって延命させているのは、私達のエゴでしかないのかも知れない。だから、苦しまずに楽に殺してあげるのも実は優しさなのかも知れない⋯⋯けど、私の性には合わないし、その度胸もない。だから、こうしてただ、痛みを取ったり眠らせたりしてなるべく苦しまずに自然の死を迎えられるように見守っているの⋯⋯」
「私もそっちがいいです」
「そう。良かった」
ハルさんの優しくも儚げなに表情にドキっとしてしまいました。私が持ち合わせていない強さを見た気がします。
死というゴールが決まっているのに最善を尽くす。
ハルさんは、ケージの中の仔達に声を掛けては眠らせ、麻酔を掛けていました。ハルさんのその姿を見つめ、その仔にとって何が必要なのか常に考えて行動を取らなければいけないのだと強く心に思います。
「そうそう。なんでエレナをここに連れて来たかと言うと、こういう部屋があるよって言うのと、ここの仔達はここに流れついた仔がほとんどだからお金が取れないのよ。だから⋯⋯」
「あ! 取れる所から取る!」
「そういう事。あの派手派手おばちゃんが、ここのお金も出してくれているのよ」
そう言うとハルさんの慈しみの表情が、口端を上げた悪い笑みに変わっていました。
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