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ハルヲンテイムへようこそ
これって初仕事なのですか?!
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私はパっと目を覚まします。
気が付けば診察ベッドの上。私はホッと胸を撫で下ろし、夢なら覚めて欲しくない⋯⋯初めてそんな事を思っていました。
「起きたねぇ。まだ寝ていても良かったのに」
ラーサさんののんびりとした声色に夢じゃなかったとほっとします。
「い、いえ、すいません」
「いやいや、食べて寝るは元気になる基本だよ。覚えておきなねぇ」
そう言いながらラーサさんは、小瓶を片づけていました。
「さて、点滴も終わったし、次に行こう」
「次? ですか?」
また次?
ラーサさんの言うがままに後について行きます。少し大きい開き戸の中に入ると、綺麗なハーフ犬人さんが、ごはんを食べていました。
「さて、エレナ。ここで問題です。元気になる基本は寝ると何?」
「食べる?」
「正解~。て事で、食べようか」
「え?! 今日はキルロさんの所でいっぱい食べましたよ」
「それは朝ごはん、これは昼ごはん。モモ~おっつう」
「ラーサ、お疲れ。この子は?」
ごはんを食べる手を止め、私達を見つめます。少しウエーブした亜麻色の髪が艶々と輝く綺麗なお姉さんという感じのハーフ犬人さんが、興味深く見つめてきます。半開きの瞳は目尻が少し下がり、少しばかり妖艶な雰囲気を醸し出していました。
「エレナ・イルヴァンと言います。よ、よろしくお願いします」
「あらぁ~新人さん! 嬉しい! モモ・ルドヴィアよ。宜しく」
「んじゃあ、エレナにお昼食べさせてあげて。あとはよろ~」
「はいはい。それじゃあ、エレナ、そこにおかず、あっちにパンとスープがあるから好きなだけ食べなさい」
好きなだけ? 2ミルドしかないのに?
私が困惑しているとモモさんは、不思議そうに私を見つめます。
「どうしたの? 何か食べられない物でもあった?」
「あ、いえ、その⋯⋯2ミルドしか持ってないので、食べられる物はないかなぁ⋯⋯って」
今度はモモさん頬に手を当てて困惑しているのでしょうか、考え込んでしまいました。
「あれ? うーん? えーと、あなたは今度ここで働く新人さんよね?」
「あ、はい。お世話になると⋯⋯」
「ここは従業員用の食堂で、無料で食べ放題よ。お金なんて必要ないのだから、たくさん食べなさい。それにあなたは痩せすぎよ、肉をつけなさい、肉。適当に取って来て上げるからそこに座って、ほら」
あれよあれよという間に、目の前に山盛りのごはんが並べられていきます。私はその量にびっくりしていると、モモさんはさらに目尻を下げました。
「若いのだからいっぱい食べなさい。ここの仕事は体力勝負よ、食べるのも仕事」
「は、はい!」
どうやら私の初仕事は、目の前に置かれた山盛りのごはんを平らげる事みたいです。私は黙々と口に放り込んでいきます。
「美味しい⋯⋯」
野菜と肉がたっぷりと入ったミルク色のトロトロスープ。塩と胡椒でしっかりとした味付けながらクリーミーな甘さが後からやってきます。そのままでも美味しいのですが、モモさんのマネをして、パンを浸してひと口食べてみます。
こ、これは。口の中が幸せです。パンもふわふわで、口の中でとろけます。
「フフフ。ホントに美味しそうに食べるわね」
「はっ! すいません。仕事でした」
「ウフフフ、いいのよ。美味しくいただきましょう。美味しそうに食べるエレナを見ていると、こっちも嬉しくなっちゃう」
破顔するモモさんに私も幸せ、そしてお腹もパンパンで幸せ。何日分食べたかな?
「食べ終わったわね。じゃあ、次。いらっしゃい」
また、次ですね。
今度は何でしょう?
モモさんの後ろを、陽光が射し込む廊下を歩いて行きます。大きな窓が暖かなぬくもりを廊下に迎い入れ、気持ちいい光に目を細めます。今までこんな事思った事も無かった。私の中で確実に何かが変わっていっていると感じます。
ざわざわとした喧騒が耳朶をくすぐり始めました。目の前の大きな扉から、たくさんの人の気配がして、私の体と表情は自然と強張ってしまいます。
「大丈夫」
モモさんが耳元で囁くと、両開きの扉を勢い良く開きました。
『ハルヲンテイムへ、ようこそ!』
フィリシアさんが、ラーサさんが、明るくお客様を迎え入れています。
小さな犬を抱えた淑女が、大きな兎を連れた冒険者に、テンションの上がった仔を必死に押さえ込む飼い主の獣人、待合いの雰囲気に震えている仔を必死になだめている方もいます。多種多様な動物を連れた人達が待合いで自身の番を今か今かと待っていました。
「ここが受付。この店の顔ね」
初めて見る光景に圧倒されていると、モモさんが私の両肩に手を置き教えてくれました。
フィリシアさんとラーサさんは、主の話を聞き、処置について相談をしています。
フィリシアさんが一羽の色鮮やかな大きな鳥を前にして、難しい顔をしていました。
「あ! モモ! いいとこいた。ちょっとこの仔診て貰える」
「いいわよ。それじゃ、エレナ、あそこにアウロさんいるでしょう。アウロさんの所にいってらっしゃい」
「はい!」
右隅の受付で大きな兎を連れた冒険者と話しているアウロさんの元に向かいます。1Mi以上はありそうな大きな耳の垂れた兎が鼻をヒクヒクさせながら大人しくうつ伏せていました。グレーと白のまだら模様のモフモフと黒いまん丸な瞳に目を奪われます。
か、かわいい。
「アウロ、すまん。ちょっと荷物下ろした隙にモンスターの襲撃にあっちゃって、気が付いたら、こいつ一目散に突っ込んでいてさぁ、どうにもならなかった。お陰で助かったは、助かったんだけど、怪我させちまった、大丈夫かな?」
「まぁ、元気ですし、ざっと見た感じ傷は多いですが掠り傷です、心配は入りません。こいつはちょっと血の気が多いので仕方ないです。エラダさんのお役立ったなら何よりですよ」
アウロさんは心配の素振りを見せる冒険者さんに笑顔を見せます。冒険者さんもアウロさんの言葉に安堵したみたいで、大きく息を吐きだしました。
「良かった。それで、怪我させちまった追加料金なんだが⋯⋯」
「あ! いいです、いいです。エラダさんはいつも、ウチの仔達を大切に扱っていただいていますから。今日もちゃんと傷の件を報告して頂きましたし、また宜しくお願いします」
笑顔のアウロさんに冒険者さんは、安堵の笑みを浮かべてお店を出て行きました。
「フィリシア! ごめん、アントン診て貰えるー」
「了解ですー!」
横にいるフィリシアさんに声を掛けると、私の方を向きます。何が起きるのか分からず、私はあわあわと戸惑ってしまいました。
「お待たせ。それじゃあ、行こうか」
アウロさんの後に続き私は受付を後にすると、二階へと上がって行きます。
二階は一階と違い大きな扉は少なく、小さな扉がたくさん並んでいました。先程の賑わいが嘘のように静かで、落ち着いた空気が流れています。
「あらためまして、エレナちゃん。アウロ・バッグスです。一階は、動物達の世話をする施設で、二階と三階はのみんなの部屋と入院施設があります。とは言うものの、二階と三階はほとんど使ってないんだけどね。使う事になったら、掃除して整備してって感じで使える所を広げている感じ」
「ハルさんから聞きました。徐々に広げていると。あの、さっきの大きな仔はどうしたのですか?」
「ああ、大型兎かい。あの仔はミドラスロップのアントン。大きくて力が強いから冒険者が荷物持ちとして、よく帯同させるんだ。ウチでは病気や怪我はもちろん、ペットトリマーや、調教済みの仔のレンタルなんかも取り扱っている。ここはミドラス随一の調教店。僕はそう思っている」
「一番⋯⋯」
「そうだよー。だってサーベルタイガーが三頭もいるんだよ! そんなショップどこ見たってないよ! サーベルタイガーというのは幻の聖獣と言われていてね、見る事が出来ただけでラッキーって言われているのに、ここは世話まで出来るんだよ! そもそもね! 生態事態が不明な所も多くて⋯⋯⋯⋯」
熱を帯びるアウロさんに圧倒されます。話の半分以上、専門的過ぎて分かりませんでしたが、動物達が大好きだという事はとても良く分かりました。私は相槌をうつのがやっとで、扉の前で続けるアウロさん熱ぽい語りは止まる事を知りません。
「アウロー!」
扉の向こうから、ハルさんの声が聞こえます。その声に我に返ったアウロさんが他の部屋より少し大きい両開きの扉を気まずそうに押し開きました。
ハルさんの身長にはちょっと大きく感じる立派な書斎机の奥に、嘆息しているハルさんがいらっしゃり、私を見ると笑顔で頷いていました。
気が付けば診察ベッドの上。私はホッと胸を撫で下ろし、夢なら覚めて欲しくない⋯⋯初めてそんな事を思っていました。
「起きたねぇ。まだ寝ていても良かったのに」
ラーサさんののんびりとした声色に夢じゃなかったとほっとします。
「い、いえ、すいません」
「いやいや、食べて寝るは元気になる基本だよ。覚えておきなねぇ」
そう言いながらラーサさんは、小瓶を片づけていました。
「さて、点滴も終わったし、次に行こう」
「次? ですか?」
また次?
ラーサさんの言うがままに後について行きます。少し大きい開き戸の中に入ると、綺麗なハーフ犬人さんが、ごはんを食べていました。
「さて、エレナ。ここで問題です。元気になる基本は寝ると何?」
「食べる?」
「正解~。て事で、食べようか」
「え?! 今日はキルロさんの所でいっぱい食べましたよ」
「それは朝ごはん、これは昼ごはん。モモ~おっつう」
「ラーサ、お疲れ。この子は?」
ごはんを食べる手を止め、私達を見つめます。少しウエーブした亜麻色の髪が艶々と輝く綺麗なお姉さんという感じのハーフ犬人さんが、興味深く見つめてきます。半開きの瞳は目尻が少し下がり、少しばかり妖艶な雰囲気を醸し出していました。
「エレナ・イルヴァンと言います。よ、よろしくお願いします」
「あらぁ~新人さん! 嬉しい! モモ・ルドヴィアよ。宜しく」
「んじゃあ、エレナにお昼食べさせてあげて。あとはよろ~」
「はいはい。それじゃあ、エレナ、そこにおかず、あっちにパンとスープがあるから好きなだけ食べなさい」
好きなだけ? 2ミルドしかないのに?
私が困惑しているとモモさんは、不思議そうに私を見つめます。
「どうしたの? 何か食べられない物でもあった?」
「あ、いえ、その⋯⋯2ミルドしか持ってないので、食べられる物はないかなぁ⋯⋯って」
今度はモモさん頬に手を当てて困惑しているのでしょうか、考え込んでしまいました。
「あれ? うーん? えーと、あなたは今度ここで働く新人さんよね?」
「あ、はい。お世話になると⋯⋯」
「ここは従業員用の食堂で、無料で食べ放題よ。お金なんて必要ないのだから、たくさん食べなさい。それにあなたは痩せすぎよ、肉をつけなさい、肉。適当に取って来て上げるからそこに座って、ほら」
あれよあれよという間に、目の前に山盛りのごはんが並べられていきます。私はその量にびっくりしていると、モモさんはさらに目尻を下げました。
「若いのだからいっぱい食べなさい。ここの仕事は体力勝負よ、食べるのも仕事」
「は、はい!」
どうやら私の初仕事は、目の前に置かれた山盛りのごはんを平らげる事みたいです。私は黙々と口に放り込んでいきます。
「美味しい⋯⋯」
野菜と肉がたっぷりと入ったミルク色のトロトロスープ。塩と胡椒でしっかりとした味付けながらクリーミーな甘さが後からやってきます。そのままでも美味しいのですが、モモさんのマネをして、パンを浸してひと口食べてみます。
こ、これは。口の中が幸せです。パンもふわふわで、口の中でとろけます。
「フフフ。ホントに美味しそうに食べるわね」
「はっ! すいません。仕事でした」
「ウフフフ、いいのよ。美味しくいただきましょう。美味しそうに食べるエレナを見ていると、こっちも嬉しくなっちゃう」
破顔するモモさんに私も幸せ、そしてお腹もパンパンで幸せ。何日分食べたかな?
「食べ終わったわね。じゃあ、次。いらっしゃい」
また、次ですね。
今度は何でしょう?
モモさんの後ろを、陽光が射し込む廊下を歩いて行きます。大きな窓が暖かなぬくもりを廊下に迎い入れ、気持ちいい光に目を細めます。今までこんな事思った事も無かった。私の中で確実に何かが変わっていっていると感じます。
ざわざわとした喧騒が耳朶をくすぐり始めました。目の前の大きな扉から、たくさんの人の気配がして、私の体と表情は自然と強張ってしまいます。
「大丈夫」
モモさんが耳元で囁くと、両開きの扉を勢い良く開きました。
『ハルヲンテイムへ、ようこそ!』
フィリシアさんが、ラーサさんが、明るくお客様を迎え入れています。
小さな犬を抱えた淑女が、大きな兎を連れた冒険者に、テンションの上がった仔を必死に押さえ込む飼い主の獣人、待合いの雰囲気に震えている仔を必死になだめている方もいます。多種多様な動物を連れた人達が待合いで自身の番を今か今かと待っていました。
「ここが受付。この店の顔ね」
初めて見る光景に圧倒されていると、モモさんが私の両肩に手を置き教えてくれました。
フィリシアさんとラーサさんは、主の話を聞き、処置について相談をしています。
フィリシアさんが一羽の色鮮やかな大きな鳥を前にして、難しい顔をしていました。
「あ! モモ! いいとこいた。ちょっとこの仔診て貰える」
「いいわよ。それじゃ、エレナ、あそこにアウロさんいるでしょう。アウロさんの所にいってらっしゃい」
「はい!」
右隅の受付で大きな兎を連れた冒険者と話しているアウロさんの元に向かいます。1Mi以上はありそうな大きな耳の垂れた兎が鼻をヒクヒクさせながら大人しくうつ伏せていました。グレーと白のまだら模様のモフモフと黒いまん丸な瞳に目を奪われます。
か、かわいい。
「アウロ、すまん。ちょっと荷物下ろした隙にモンスターの襲撃にあっちゃって、気が付いたら、こいつ一目散に突っ込んでいてさぁ、どうにもならなかった。お陰で助かったは、助かったんだけど、怪我させちまった、大丈夫かな?」
「まぁ、元気ですし、ざっと見た感じ傷は多いですが掠り傷です、心配は入りません。こいつはちょっと血の気が多いので仕方ないです。エラダさんのお役立ったなら何よりですよ」
アウロさんは心配の素振りを見せる冒険者さんに笑顔を見せます。冒険者さんもアウロさんの言葉に安堵したみたいで、大きく息を吐きだしました。
「良かった。それで、怪我させちまった追加料金なんだが⋯⋯」
「あ! いいです、いいです。エラダさんはいつも、ウチの仔達を大切に扱っていただいていますから。今日もちゃんと傷の件を報告して頂きましたし、また宜しくお願いします」
笑顔のアウロさんに冒険者さんは、安堵の笑みを浮かべてお店を出て行きました。
「フィリシア! ごめん、アントン診て貰えるー」
「了解ですー!」
横にいるフィリシアさんに声を掛けると、私の方を向きます。何が起きるのか分からず、私はあわあわと戸惑ってしまいました。
「お待たせ。それじゃあ、行こうか」
アウロさんの後に続き私は受付を後にすると、二階へと上がって行きます。
二階は一階と違い大きな扉は少なく、小さな扉がたくさん並んでいました。先程の賑わいが嘘のように静かで、落ち着いた空気が流れています。
「あらためまして、エレナちゃん。アウロ・バッグスです。一階は、動物達の世話をする施設で、二階と三階はのみんなの部屋と入院施設があります。とは言うものの、二階と三階はほとんど使ってないんだけどね。使う事になったら、掃除して整備してって感じで使える所を広げている感じ」
「ハルさんから聞きました。徐々に広げていると。あの、さっきの大きな仔はどうしたのですか?」
「ああ、大型兎かい。あの仔はミドラスロップのアントン。大きくて力が強いから冒険者が荷物持ちとして、よく帯同させるんだ。ウチでは病気や怪我はもちろん、ペットトリマーや、調教済みの仔のレンタルなんかも取り扱っている。ここはミドラス随一の調教店。僕はそう思っている」
「一番⋯⋯」
「そうだよー。だってサーベルタイガーが三頭もいるんだよ! そんなショップどこ見たってないよ! サーベルタイガーというのは幻の聖獣と言われていてね、見る事が出来ただけでラッキーって言われているのに、ここは世話まで出来るんだよ! そもそもね! 生態事態が不明な所も多くて⋯⋯⋯⋯」
熱を帯びるアウロさんに圧倒されます。話の半分以上、専門的過ぎて分かりませんでしたが、動物達が大好きだという事はとても良く分かりました。私は相槌をうつのがやっとで、扉の前で続けるアウロさん熱ぽい語りは止まる事を知りません。
「アウロー!」
扉の向こうから、ハルさんの声が聞こえます。その声に我に返ったアウロさんが他の部屋より少し大きい両開きの扉を気まずそうに押し開きました。
ハルさんの身長にはちょっと大きく感じる立派な書斎机の奥に、嘆息しているハルさんがいらっしゃり、私を見ると笑顔で頷いていました。
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