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今日はいい日かもしれないです
じゅういち
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「(...お腹いっぱい...)」
お腹の中に食べた物が沢山詰まっている満足感を、生まれて初めて感じた。ハリス様に優しくしてもらって、お風呂にも入れてもらってご飯も沢山食べることが出来て、初めての感情を心に感じた。この気持ちは何なんだろう、暖かくて全然嫌な感じじゃない。
「(お腹出てる)」
包帯を巻かれた僕のお腹を、服越しに撫でた。いつもは飛び出た肋骨とは対照的な薄いお腹だけど、ご飯を沢山食べたお陰でほんの少しだけ下腹部が膨らんでいた。
「?」
そんな僕をハリス様が見ていた事に気がついた。何だろう、何か手伝って欲しいことでもあるのかな。何を頼まれても手伝うつもりだけど。
「...痛むか?」
「ぇ?」
ハリス様に聞かれた言葉がうまく理解できなかった。
「お腹、痛むか?」
「いえ大丈夫です...」
僕がお腹を触っていた理由が怪我が痛むからだと勘違いしたのかも知れない。痛くない訳じゃないけど、怪我なんて日常茶飯事だからもう慣れた。
「じゃあどうしてお腹を触っていたんだ?」
「お腹がふくらんでるなって、思って...ごめんなさぃ」
「どうして謝るんだ」
ハリス様に困った顔をさせてしまった。僕が変な行動をしてハリス様を誤解させてしまったから謝ったんだけど、それ以前に僕は人に謝ることがクセになってるのかもしれない。
「だが、お腹が出てるようには見えないけど…」
「出てますよ」
近寄ってきたハリス様にお腹を見せるために、僕は服の裾を持ち上げて包帯で巻かれた上半身を見せた。
「...膨らんでないよ...」
「え?」
いつもと比べて確かに大きくなってるはずなのに。
「触ったら分かるかもしれないです」
「触っても、いいのか?」
「はい」
ハリス様の大きな掌が優しく僕のお腹を撫でた。自分から言い出した事なのに内臓の詰まった大事な部分に触れられると、少し緊張してしまう。
「....やっぱり細いな...」
「?」
お腹が膨らんでいるはずなのに、ハリス様は僕のお腹を撫でながらそう呟いた。
「もっと食べさせないとな...」
ハリス様が小声でそう呟いた。どう反応すればいいのか分からなくて話せずにいたけど、これからもご飯を食べさせて貰えるなら凄く嬉しい。何もされずにハリス様の手が離れていって、少しほっとした。
「アルはここでゆっくりしててくれ。俺は洗濯してくるから」
「えっ?」
ハリス様が洗濯をしてくるって言った?一瞬自分の耳を疑った。
「僕は洗濯、できますよ?いつもお店でしていたので...」
「じゃあ元気になった後はよろしく頼むよ」
そう言って微笑むハリス様の表情を見て困惑した。
「今日も僕が洗濯をするんじゃないんですか...?」
「アルに無理をさせたくないからしなくていい」
「!!」
全部の家事をハリス様にしてもらっている状況に一番初めに感じたのは、嬉しさではなく大きな困惑だった。
「本でも読んでゆっくりしていてくれ」
「で、でも....」
もしかして僕は試されてるんだろうか。いくら怪我をしていると言っても家事をすることくらい出来た。確かに動くと生傷が痛むけど、少し我慢すればいいだけの事だ。
ここでやっぱり僕がやりますって言わないといけないのかな、と言葉の裏を読み取ろうとした。もしかして忠誠心を試されてるんだろうか。とあれこれ考えている間にハリス様は部屋から出ていってしまった。
「ぁ....」
追いかけた方がいいかな....?ハリス様は僕に何もしなくてもいいと言ったけれど、客観的に見てみれば使用人はソファーに座って寛いでいて、ご主人様に家事をやらせているんだ。そんなの、許されるはずがない。
やっぱり洗濯は僕がやらないといけないと決心して、ハリス様の後を追って部屋から出た。
「は、ハリス様....」
「ん?どうした?」
浴室に洗濯物を広げていたハリス様に後ろから声をかけた。
「やっぱり僕も手伝います!」
「え?」
ハリス様は驚きと困惑が半々という表情を浮かべた。その反応は僕が想像していたものとは違って、もしかして行動を間違ってしまったんだろうかと少し後悔した。
「僕は使用人なので...家事は僕がしないといけないと、思って....」
「....気にしなくていい。アルは何もしなくていいからね」
「っ!」
その言葉はまるで、僕は役立たずだから何もするなと言われているように感じた。
「ぼくっ洗濯なら得意です!!」
「??」
「料理は、その....あまりした事がないですけど...」
嘘だ。料理なんてつまみ食いをしないようにと、一度もした事がなかった。でも嘘をついて、あまり、と言い換えた。
「お皿洗いも得意ですっ!お掃除もできます....っ」
掃除もできると言ったけど、ハリス様には僕の暮らしていたあの汚い部屋を見られているんだった。疑われるかもしれないという不安はあったけど、もう続きの言葉を止められなかった。
「だからっ僕は大丈夫です!お仕事、できます...!!」
拙い言葉だけど、何とかハリス様にアピールした。僕の必死の訴えを聞いたハリス様は喜ぶでもなく怒るでもなく、何故か悲しそうな表情をしていた。
「(あれ、なんで....?)」
その反応に、僕はすごく困惑した。
「(....アルは、仕事をしないと捨てられると思ってるのかな)」
アルの言葉を聞いていたハリスは、アルの心の内を想像した。小さい手の平をぎゅっと握り締めて必死に自分の価値を説明しようとするアルを見て、胸が締め付けられた。
「....?ハリス、様?」
「本当に大丈夫だから。これは俺のお願いだ、アル。怪我が治るまで何も仕事をしないでくれ」
「ぇ.....わかり、ました....」
「うん」
そう言ってハリス様は微笑んだ。正直まだ混乱してるけど、お願いだって言われたら納得するしかない。
じゃあせめてお湯を運ぶだけでも...と思ったけどこれ以上はしつこい気がして少し考えた後に部屋に戻る事にした。
「....すみません...」
ハリス様に家事をやらせてしまう事に対して、僕は謝った。
「謝らなくていい」
「はぃ、ごめんなさい...」
後ろ髪を引かれる思いでトボトボとリビングに戻った。リビングに戻った後はまたソファーに座ってぼーっとしていた。
「(あれ……今日はまだ、ハリス様に殴られてない)」
僕が変な事を言ってしまっても、ハリス様は殴るどころか怒りもしなかった。それでも、暴力を振るわれていないのはたまたまだと思う。今まで出会ってきた男性客はみんな、その激しさには個人差はあるものの僕を痛ぶってきたから。その中には初めは優しく接してきたお客さんだっていた。だからハリス様もそのパターンなんだと思った。そう言う人は初めは優しい分、本性を表した時には酷い折檻を受けた。だからハリス様の事は信用できなかった。
....うとうと...
元々酷く消耗していた上にお腹いっぱいにまでご飯を食べて、眠くならないはずがなかった。ふかふかのソファーの上で意識が落ちそうになっては必死に目を覚ましてを繰り返した。
それを十回ほど繰り返した後、洗濯を干し終わったハリス様が戻ってきた。
「眠たいのか?」
「ぃえっ大丈夫、です」
「本当の事を言ってもいいんだぞ?」
「大丈夫です!」
「...そうか」
ハリス様が僕の方へと近寄ってきた。
「アルの部屋に案内するからな」
「僕の、部屋...」
まさか自分の部屋があるとは思わなかった。どこだろう、物置きとかかな、と想像した。....ソファーは使っちゃだめかな....いや、屋根の下で寝させて頂けるだけでも感謝しないと。床の上でも熟睡する事ができるんだから。
「ここがアルの部屋だよ。普段は客人用の部屋だから、あまり面白みは無いと思うけど」
「!?!?」
ハリス様に案内された部屋は物置きなんかじゃなくて、広くて綺麗なベッドも置いてある客人用のお部屋だった。
「こ...こが....?」
「うん。アルの部屋を作るまではしばらくここで寝て欲しい」
「ぇ....と...っ」
こんな豪華なお部屋で僕が寝る?ただの使用人なんかが?それも、安値で売られた奴隷まがいの僕なんかが???
人に優しくしてもらった時についその言葉を疑ってしまうのは、長年染みついた癖のようなものだった。
「僕は...ベッドで寝てもいいん、ですか?」
「当たり前だ」
「.....」
「部屋に置いてあるものは全部使っていいからな」
「全部....」
ベッドの他には一人用の机が置いてあって、その上にはノートとペンもあった。両方とも僕なんかじゃ手が届かないような高級品で、許可されたとしても使う気は微塵も無かった。
「ほ..本当にベッドを使ってもぃいん、ですか?床じゃなくて....?」
見るからに柔らかそうなマットレスに、見たこともないくらいに白いシーツの布をチラチラと横目で見た。本当に床じゃなくてベッドで寝てもいいのか、僕はまだ信じ切れずにいた。
「使ってもいいんだよ」
「!!」
優しく微笑みながら言ってもらえて、やっと信じることができた。
「ぁりがとう、ございます....」
「逆に、床でなんて絶対に寝させないから」
「…?」
ハリス様の言葉にどうしてだろうと疑問に思った。
「じゃあアル、おやすみ」
「ぇ、はいっおやすみ、なさい」
ハリス様の柔らかい笑みに、僕も精一杯の笑顔を返した。
ハリス様が部屋から出て行ってしまった後、僕は一人残された。改めて入り口の扉付近から内装を見渡してみると、僕が長年暮らしていたお店の部屋の四倍ほどの広さがあった。僕がこんなに豪華な部屋にいるなんて、不相応だと感じた。
それから派手というほどではないけど装飾の凝った壁紙や家具たちを、信じられない目で観察した。ハリス様の家に来てから驚くようなことばかりで、これからこの家に何年も住むはずなのに、この環境に慣れる自分が想像できなかった。
僕は恐る恐る一番気になっていたベッドに近づいた。そのシミ一つない真っ白なシーツに触れようとしたけど、自分の血の滲んだ指先が目に入って急いで手を引っ込めた。ハリス様に薬を塗って頂いた手は傷口が既にかさぶたになっていて、触れただけで血がつく事はなさそうだけど。でももし汚してしまったらと思うと、怖くて触れなかった。
「あ....!」
はっと思い出した。綺麗な部屋に浮かれていて、しなければいけない大事な仕事を忘れていたんだった。ベッドなんて気にしてる場合じゃなかったのに。
それにしても、ハリス様はどうして部屋から出て行ったんだろう。しかも、おやすみって言っていたし。少し違和感を感じながらも、僕はハリス様に会いに行く事になんの疑問も持たなかった。
お腹の中に食べた物が沢山詰まっている満足感を、生まれて初めて感じた。ハリス様に優しくしてもらって、お風呂にも入れてもらってご飯も沢山食べることが出来て、初めての感情を心に感じた。この気持ちは何なんだろう、暖かくて全然嫌な感じじゃない。
「(お腹出てる)」
包帯を巻かれた僕のお腹を、服越しに撫でた。いつもは飛び出た肋骨とは対照的な薄いお腹だけど、ご飯を沢山食べたお陰でほんの少しだけ下腹部が膨らんでいた。
「?」
そんな僕をハリス様が見ていた事に気がついた。何だろう、何か手伝って欲しいことでもあるのかな。何を頼まれても手伝うつもりだけど。
「...痛むか?」
「ぇ?」
ハリス様に聞かれた言葉がうまく理解できなかった。
「お腹、痛むか?」
「いえ大丈夫です...」
僕がお腹を触っていた理由が怪我が痛むからだと勘違いしたのかも知れない。痛くない訳じゃないけど、怪我なんて日常茶飯事だからもう慣れた。
「じゃあどうしてお腹を触っていたんだ?」
「お腹がふくらんでるなって、思って...ごめんなさぃ」
「どうして謝るんだ」
ハリス様に困った顔をさせてしまった。僕が変な行動をしてハリス様を誤解させてしまったから謝ったんだけど、それ以前に僕は人に謝ることがクセになってるのかもしれない。
「だが、お腹が出てるようには見えないけど…」
「出てますよ」
近寄ってきたハリス様にお腹を見せるために、僕は服の裾を持ち上げて包帯で巻かれた上半身を見せた。
「...膨らんでないよ...」
「え?」
いつもと比べて確かに大きくなってるはずなのに。
「触ったら分かるかもしれないです」
「触っても、いいのか?」
「はい」
ハリス様の大きな掌が優しく僕のお腹を撫でた。自分から言い出した事なのに内臓の詰まった大事な部分に触れられると、少し緊張してしまう。
「....やっぱり細いな...」
「?」
お腹が膨らんでいるはずなのに、ハリス様は僕のお腹を撫でながらそう呟いた。
「もっと食べさせないとな...」
ハリス様が小声でそう呟いた。どう反応すればいいのか分からなくて話せずにいたけど、これからもご飯を食べさせて貰えるなら凄く嬉しい。何もされずにハリス様の手が離れていって、少しほっとした。
「アルはここでゆっくりしててくれ。俺は洗濯してくるから」
「えっ?」
ハリス様が洗濯をしてくるって言った?一瞬自分の耳を疑った。
「僕は洗濯、できますよ?いつもお店でしていたので...」
「じゃあ元気になった後はよろしく頼むよ」
そう言って微笑むハリス様の表情を見て困惑した。
「今日も僕が洗濯をするんじゃないんですか...?」
「アルに無理をさせたくないからしなくていい」
「!!」
全部の家事をハリス様にしてもらっている状況に一番初めに感じたのは、嬉しさではなく大きな困惑だった。
「本でも読んでゆっくりしていてくれ」
「で、でも....」
もしかして僕は試されてるんだろうか。いくら怪我をしていると言っても家事をすることくらい出来た。確かに動くと生傷が痛むけど、少し我慢すればいいだけの事だ。
ここでやっぱり僕がやりますって言わないといけないのかな、と言葉の裏を読み取ろうとした。もしかして忠誠心を試されてるんだろうか。とあれこれ考えている間にハリス様は部屋から出ていってしまった。
「ぁ....」
追いかけた方がいいかな....?ハリス様は僕に何もしなくてもいいと言ったけれど、客観的に見てみれば使用人はソファーに座って寛いでいて、ご主人様に家事をやらせているんだ。そんなの、許されるはずがない。
やっぱり洗濯は僕がやらないといけないと決心して、ハリス様の後を追って部屋から出た。
「は、ハリス様....」
「ん?どうした?」
浴室に洗濯物を広げていたハリス様に後ろから声をかけた。
「やっぱり僕も手伝います!」
「え?」
ハリス様は驚きと困惑が半々という表情を浮かべた。その反応は僕が想像していたものとは違って、もしかして行動を間違ってしまったんだろうかと少し後悔した。
「僕は使用人なので...家事は僕がしないといけないと、思って....」
「....気にしなくていい。アルは何もしなくていいからね」
「っ!」
その言葉はまるで、僕は役立たずだから何もするなと言われているように感じた。
「ぼくっ洗濯なら得意です!!」
「??」
「料理は、その....あまりした事がないですけど...」
嘘だ。料理なんてつまみ食いをしないようにと、一度もした事がなかった。でも嘘をついて、あまり、と言い換えた。
「お皿洗いも得意ですっ!お掃除もできます....っ」
掃除もできると言ったけど、ハリス様には僕の暮らしていたあの汚い部屋を見られているんだった。疑われるかもしれないという不安はあったけど、もう続きの言葉を止められなかった。
「だからっ僕は大丈夫です!お仕事、できます...!!」
拙い言葉だけど、何とかハリス様にアピールした。僕の必死の訴えを聞いたハリス様は喜ぶでもなく怒るでもなく、何故か悲しそうな表情をしていた。
「(あれ、なんで....?)」
その反応に、僕はすごく困惑した。
「(....アルは、仕事をしないと捨てられると思ってるのかな)」
アルの言葉を聞いていたハリスは、アルの心の内を想像した。小さい手の平をぎゅっと握り締めて必死に自分の価値を説明しようとするアルを見て、胸が締め付けられた。
「....?ハリス、様?」
「本当に大丈夫だから。これは俺のお願いだ、アル。怪我が治るまで何も仕事をしないでくれ」
「ぇ.....わかり、ました....」
「うん」
そう言ってハリス様は微笑んだ。正直まだ混乱してるけど、お願いだって言われたら納得するしかない。
じゃあせめてお湯を運ぶだけでも...と思ったけどこれ以上はしつこい気がして少し考えた後に部屋に戻る事にした。
「....すみません...」
ハリス様に家事をやらせてしまう事に対して、僕は謝った。
「謝らなくていい」
「はぃ、ごめんなさい...」
後ろ髪を引かれる思いでトボトボとリビングに戻った。リビングに戻った後はまたソファーに座ってぼーっとしていた。
「(あれ……今日はまだ、ハリス様に殴られてない)」
僕が変な事を言ってしまっても、ハリス様は殴るどころか怒りもしなかった。それでも、暴力を振るわれていないのはたまたまだと思う。今まで出会ってきた男性客はみんな、その激しさには個人差はあるものの僕を痛ぶってきたから。その中には初めは優しく接してきたお客さんだっていた。だからハリス様もそのパターンなんだと思った。そう言う人は初めは優しい分、本性を表した時には酷い折檻を受けた。だからハリス様の事は信用できなかった。
....うとうと...
元々酷く消耗していた上にお腹いっぱいにまでご飯を食べて、眠くならないはずがなかった。ふかふかのソファーの上で意識が落ちそうになっては必死に目を覚ましてを繰り返した。
それを十回ほど繰り返した後、洗濯を干し終わったハリス様が戻ってきた。
「眠たいのか?」
「ぃえっ大丈夫、です」
「本当の事を言ってもいいんだぞ?」
「大丈夫です!」
「...そうか」
ハリス様が僕の方へと近寄ってきた。
「アルの部屋に案内するからな」
「僕の、部屋...」
まさか自分の部屋があるとは思わなかった。どこだろう、物置きとかかな、と想像した。....ソファーは使っちゃだめかな....いや、屋根の下で寝させて頂けるだけでも感謝しないと。床の上でも熟睡する事ができるんだから。
「ここがアルの部屋だよ。普段は客人用の部屋だから、あまり面白みは無いと思うけど」
「!?!?」
ハリス様に案内された部屋は物置きなんかじゃなくて、広くて綺麗なベッドも置いてある客人用のお部屋だった。
「こ...こが....?」
「うん。アルの部屋を作るまではしばらくここで寝て欲しい」
「ぇ....と...っ」
こんな豪華なお部屋で僕が寝る?ただの使用人なんかが?それも、安値で売られた奴隷まがいの僕なんかが???
人に優しくしてもらった時についその言葉を疑ってしまうのは、長年染みついた癖のようなものだった。
「僕は...ベッドで寝てもいいん、ですか?」
「当たり前だ」
「.....」
「部屋に置いてあるものは全部使っていいからな」
「全部....」
ベッドの他には一人用の机が置いてあって、その上にはノートとペンもあった。両方とも僕なんかじゃ手が届かないような高級品で、許可されたとしても使う気は微塵も無かった。
「ほ..本当にベッドを使ってもぃいん、ですか?床じゃなくて....?」
見るからに柔らかそうなマットレスに、見たこともないくらいに白いシーツの布をチラチラと横目で見た。本当に床じゃなくてベッドで寝てもいいのか、僕はまだ信じ切れずにいた。
「使ってもいいんだよ」
「!!」
優しく微笑みながら言ってもらえて、やっと信じることができた。
「ぁりがとう、ございます....」
「逆に、床でなんて絶対に寝させないから」
「…?」
ハリス様の言葉にどうしてだろうと疑問に思った。
「じゃあアル、おやすみ」
「ぇ、はいっおやすみ、なさい」
ハリス様の柔らかい笑みに、僕も精一杯の笑顔を返した。
ハリス様が部屋から出て行ってしまった後、僕は一人残された。改めて入り口の扉付近から内装を見渡してみると、僕が長年暮らしていたお店の部屋の四倍ほどの広さがあった。僕がこんなに豪華な部屋にいるなんて、不相応だと感じた。
それから派手というほどではないけど装飾の凝った壁紙や家具たちを、信じられない目で観察した。ハリス様の家に来てから驚くようなことばかりで、これからこの家に何年も住むはずなのに、この環境に慣れる自分が想像できなかった。
僕は恐る恐る一番気になっていたベッドに近づいた。そのシミ一つない真っ白なシーツに触れようとしたけど、自分の血の滲んだ指先が目に入って急いで手を引っ込めた。ハリス様に薬を塗って頂いた手は傷口が既にかさぶたになっていて、触れただけで血がつく事はなさそうだけど。でももし汚してしまったらと思うと、怖くて触れなかった。
「あ....!」
はっと思い出した。綺麗な部屋に浮かれていて、しなければいけない大事な仕事を忘れていたんだった。ベッドなんて気にしてる場合じゃなかったのに。
それにしても、ハリス様はどうして部屋から出て行ったんだろう。しかも、おやすみって言っていたし。少し違和感を感じながらも、僕はハリス様に会いに行く事になんの疑問も持たなかった。
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