物乞い

かっさく

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序幕

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江戸の城下町を、ぶらりと散歩していた時のこと。大通りの道端に、人溜りを見つけた。余程繁盛している店なのか、それとも物珍しい物を売っている移動商店でもあるのかと疑問に思った。今は丁度時間が有り余っていて、暇を潰す為に城下町を散策している途中だったのでその人だかりの理由が何なのかを確かめない理由も無かった。
小銀杏に銀杏頭、丸髷の女性に角大師の子供まで。中には仕事途中であろう職人風な男子まで、身分も様々な人間がふと足を止めて人の集まっている中心へ目を向けていた。私の身分は、武士だ。由緒正しい生まれで家も大きく雇っている商人の数もその辺の武士の家の二倍程はいるだろう。そんな環境で育ったものだから、産まれてから接してくる人間も決まって身分が高い人間か、自分の家の使用人に限られてくる。18にして、ようやく最近一人で街に出向くようになったが、こうして、下は百姓上は武士まで身分様々な人を目にすると、ああこれが天下の江戸の町なのだなとしみじみと思った。
さて、肝心の人が集まっている訳であるけれど、私の腰に刀が下がっているのを確認した瞬間に人がはけていった。私に道を譲らなければ逆上して斬りかかる訳でもあるまいし、と人に避けられるたびに思うが侍である私を尊敬して場所を譲ってくれていると捉えればそう悪い気持ちにはならなかった。人の波が割れた先には、店ではなく一人の男がいた。
「さあこれから、すんばらしい技をお見せいたしましょう!これからする技を見れば、誰でも目を見開き死んだ魚のように口を開けて驚く事間違いなし!さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!!」
その男は格好こそ麻の着物に笹で編んだ笠と、百姓の様な格好をしているがその口調は熟練の道化師の様に人を楽しませる事だけを考えた様なおちゃらけた話し方だった。更には顔に泥のような物を塗りたくっている為、顔の造形の判断が付かなかった。泥にしては黒すぎるんで、絵の具を使っているのかも知れない。そう言う者は、顔に火傷の跡があるやら見目が良くなかったりと相場が決まっている。

「さてここに傘がござります。今からこの傘の上でこのマリを回して見せましょう」

『おお!!』

今からこの男子が芸をすると聞き、刺激に飢えた江戸っ子は声を上げて沸いた。
けれど、はて。つい雰囲気に踊らされそうになるが、何故道の端で大道芸をやろうとしているような物乞いが、傘なんて高価なものを使って芸を披露しようとしているのか。傘と言うものは雨を凌ぐ為の道具で、非常に高価なものだ。なんせ、職人が時間と労力をかけて一つ一つ作る様な業物なのだから。その辺の武士でさえ、そう何本もホイホイと買えるようなものでは無い。ましてや、ちゃんとした小屋で披露しているものでもなく、街頭なんかで一人大道芸をしているような者は大道芸人でさえなく、それはもう銭乞いなんかと大差はない。そんな貧困な者がどうしてそんな高価な物を持っているのか。それに、マリもそうだ。普通は身分の高い人間が子供の頃に遊ぶようなもので、それまたおいそれと購入出来るような品ではないと思われた。
こうして人の事を観察するのは、職業病のような物だった。まあしかし、この男に不信感を抱いたのも束の間、その精錬された技と巧みな話口調に一瞬にして目を奪われた。傘の上にマリを乗せて回してみせ、まずは一つ、二つ、三つと個数を増やし遂に四つを難なく回してみせた。その神業に見ている者は歓声を飛ばして楽しみ、傘の上にマリを四つ回しながら片方の掌の上で傘さえも回して見せた時は、ははあ、こいつは只者ではないなと感嘆の溜息を吐いた。
先程この男が高価な物を持っている事に違和感を感じだが、これ程の力量があるのならきんを沢山持っている身分の高い者に買い与えられたのかも知れなかった。
男子は続けて、人一人の身長ほどあろう長い棒の上で両手と口も使って皿を回し始めた。これにも、先程と同じくらいの拍手喝采が湧き上がった。勿論私も手を打ち合わせた。
その次に、二体のカラクリ人形を取り出しそれを手にはめ、人形の口を動かしたり目を動かしたりしながら見事な腹話術を演じてみせた。この男子は、その技も一級品だがそれと同時に口達者でもあった。少し高めな声質も、声を張り上げる事により耳に心地良く非常に聞き取りやすい声をしていた。小さな頃からそれなりの数の大道芸を見てきたにも関わらず、俺はその見せ物に夢中になって齧り付き拍手を送っていた。
人形二人の漫才を見せ終わった後、男は口を開いた。

「これにて芸はおしまいでございます」

この手の芸にしては、時間がとても短かった。勿論終了を惜しむ人の声も少なくはなかったが、当人が終わりだと言うのなら仕方のない事だろう。けれど、その短い時間の割には非常に高い満足感を得られた。

「紳士淑女の皆様、よければ私のような貧乏な人間に、ほんの少し銭を恵んでは頂けないでしょうか??」

銭の催促の筈が、その口振りはかなり明るく陽気だった。物乞いらしからぬおちゃらけた口調に気を良くした見物客は、先程の完成度の高い大道芸も相まって男子の取り出した網籠の中に次々と小銭を放り込んだ。

「皆様、ありがとうございます。これで私の首の皮も繋がりました」

首を押さえながら話す芸人に、周りの者は笑い声を上げた。
俺は、いいものが見られたお礼に籠の中に一両を放り込んだ。これは百姓ならば一ヶ月は余裕で生活できるほどの額だ。

『おおお!!!』

投げ銭とは思えぬ程の額に、周りからは「流石お侍様!太っ腹!!」といった言葉が飛び交った。だが私は決してそんな賛美の為に銭をやった訳ではない。持っている道具は高価ではあるが、この男子は非常に背が低く、そして着物から出ている手脚が女子供のように痩せ細っている事に気が付いたからである。
私の入れた銭を見て、顔を黒く塗り潰してはいてもその男子がはっきりと俺を見て笑った事は確認できた。

「それでは皆様、わたくしはこの辺でトンズラしたいと思います!!さようなら~~!!」

使った道具を両手に抱え、非常に早い足取りで風のように去っていった。その走り方もまるで兎の様に飛び跳ねていて、最後の最後まで観客を笑わせていた。
いやぁ、いい物を見た。けれど、ここまでの大道芸の力量があって誰かに雇われていないのは何故だろうか。謎が残る男だったが、まあ何か事情があるのだろうと納得をした午後だった。
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