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シーン16
仙台市街地 南町通り付近 昼間
休日らしくそこまで人通りはない
20代過ぎの男性が母親に手を引かれて歩いている奇妙な光景
2人は横断歩道を渡っている
母親は急ぎ足で渡ろうとしているが、男性の方はマイペースで歩いている
母親は若い頃は美しかったであろう外見でどことなく夜の仕事をしていたような雰囲気がある
男性は真面目な中学生や高校生が親に買い与えられたようなどこにでもあるデニムパンツにチェックのシャツ、ノーブランドのスニーカー
手を引かれてビルの中に入っていく
シーン17
レッスンスタジオ 昼間 (オーディション会場)
スタジオの奥には長テーブルが置かれている
テーブルの前には三脚に備え付けられたデジタルカメラ
そのテーブルには荏原とチーフマネージャーが席に着いている
スタジオ入り口付近にパイプ椅子があり、それに座っている先程の親子
荏原は立ち上がり親子の方へ歩いていく
荏原「エントリーシートは記入されましたか?」
母親「はい、終わりました。」
荏原「では、こちらにどうぞ」
親子をカメラの前方の床にバミってある場所へ案内する
席に座る荏原
チーフ「ではオーディションを始めます。…えー吉岡さんですね?」
母親「はい、吉岡拓真と申します。」
首を傾げたり、シャツの裾を叩いたり、何かを呟いたり落ち着きがない拓真
チーフ「拓真君は何になりたくてうちのオーディションを受けましたか?」
拓真「………。」
拓真は何も答えず白昼夢を見ているように自分の世界の何かを見ているよう
母親「拓真は絵や写真等が好きでいつも見ています。」
チーフ「…そうですか…。拓真君はどんな絵や写真が好きですか?」
母親「拓真は動物や風景の絵が…」
チーフ「お母さん、私は拓真君に聞いているんです。拓真君に答えさせて下さい。」
母親「拓真はコミュニケーションを取るのが苦手で…。」
チーフ「うーん、人と話せない子がこういう場所でレッスンやデビューを目指すのは難しいんじゃないですか?」
荏原はやれやれまた始まったという表情でチーフを見ている
母親「拓真の父親がこのままではいけないから、こういった所でコミュニケーションを取る訓練をした方が良いとの勧めもありまして、本日オーディションを受けに来た次第です。」
チーフ「とは言ってもここは訓練校じゃないからねぇ…。」
荏原「拓ちゃんは何の動物好きなの?」
笑顔で話しかける荏原
拓真「…うーん、猫さんやワンコが好き…。」
緊張しているようだが、何とか質問に答えようと一生懸命考えてる拓真
荏原「そっかぁ、オレもワンコ好きだよ。それにね、海を見に行ったりして写真を撮るのも好きなんだ…下手くそだけどね」
変わらぬ笑顔で語りかけ続ける荏原
拓真「海は青!青…青。」
興奮して青と連呼する拓真
荏原「拓ちゃんは青好きなんだね。」
拓真「うん、青好き。青い人も好き。緑の人と青の人が好き。」
荏原「青の人?」
拓真「そうだよ、あなたも青の人。ずっと青かった。」
荏原「昨日飲みすぎたかな…。チーフ、オレ顔色悪いですか?」
母親「拓真は人に色がついてるって言うんです。」
荏原「へぇー…じゃあ、オレは青の色してるんですね?」
母親「私は拓真にはオーラのようなものが見えているんだと理解していました。」
荏原「青のオーラを身に纏う男…オレ超カッケー笑」
母親「音楽にも色がついてるって言います。」
チーフは胡散臭げに拓真と母親を見ている
チーフ「わかりました。ではオーディションの結果は後日メールか電話にてお知らせ致します。連絡がなかった時はご縁がなかったということで…。」
母親は手を引き拓真を立ち上がらせて
母親「今日はお時間を作って頂きましてありがとうございました。宜しくお願い致します。」
拓真は相変わらず自分の世界で自分の見える風景を見ているよう
荏原「拓ちゃん!そのおじさんは何色なの?」
拓真は言いずらそうにしながら
拓真「き…き黄色…おじさんは黄色…」
チーフ「おじさんって…。」
荏原「黄色ですって!良かったですね、明るい色で!拓ちゃん黄色は好きなの?」
拓真言いずらそうに
拓真「き、き、黄色は緊張する…黄色は怖い…怖い。」
荏原「そうなんだ…。」
母親「行きましょう、拓真。」
一礼してスタジオを後にする二人
荏原「拓ちゃん、合格するといいね!」
バイバイと手を振る荏原
シーン18
プロダクションの事務所内 夜
チーフと荏原が背中合わせに座ってい
それぞれのデスクとイスがあり、ノートパソコン等が置いてある
荏原は台本等を読んでいる
チーフのスマートフォンが鳴り、誰かと会話している、目上の人の様だ
チーフ「はい、はい、かしこまりました。それはもちろんです。わかりました、荏原先生のクラスに入って頂きます。もちろん私も合格だと思っていました。はい、ではまたはい、失礼致します。」
スマートフォンを切り、じろりと荏原を一瞥して
チーフ「先日の拓真君いたよね?」
荏原「あぁ…あのオーラの子ですよね?」
チーフ「社長にオーディションの内容の動画を送ったんだけどさ…合格にしてあげなさいって。」
荏原「へぇー、思ったより社長は理解がある人なのかな…。」
チーフ「あれが合格なんて…ここは絵画教室でもなんでもなく芸能プロダクションなのに…レッスン生として受け入れるって…。」
荏原「でもそういう芸術に興味があるってことはいい事じゃないですか…演技だって音楽だって芸術ですよ。共通する何かがあるかもしれないし。」
チーフ「でも…。」
荏原「…偏見ですか?」
チーフ「いや、そういうわけじゃないんだよ。」
荏原「人と違う感覚を持っているって大事なことですよ。拓ちゃんだけでなく、他のレッスン生達にだって良い影響があるかもしれないし…。」
チーフ「荏原先生のクラスにって社長は言ってたけど、ちゃんとレッスン出来ますか?他の生徒達に迷惑をかけずに。」
荏原「いつもと同じメニューをやります。」
チーフ「大丈夫なんですか?」
荏原「………でも、社長が自ら合格にしろって連絡よこすなんて…まさか…社長の愛人の子どもなのでは?」
チーフ「それはないでしょー。いくらなんでも…でも電話よこしてまでって初めてなんだよなぁ…。」
荏原は呑気にチーフの肩を叩いて
荏原「じゃあ、私は帰ります!お疲れ様でした!」
チーフ「…あぁ、お疲れ様でした。」
チーフは自動ドアから出ていく荏原の後ろ姿を見つめて
チーフ「全く呑気なもんだよ……オレも終わらせて帰ろっ。」
キーボードを叩き始めるチーフ
シーン19
スタジオ内 昼間 レッスン中
スタジオ内では演技のレッスンが行われている
荏原は長テーブルにパイプ椅子に座っている
レッスン生達はその前に座り、二人の生徒が出てきてシーン稽古している
拓真の番になる
相手は今どきのチャラそうな気の強そうな鈴木
拓真の事を見下しているよう
荏原に対し
鈴木「この人本当にやれんすか?」
ムッとした表情をするレッスン生の中の玲奈
荏原はその表情に気づいたが
荏原「出来るからやりなよ。」
鈴木「違う人と組みたかったなぁー。」
荏原「じゃあ、背中合わせになって…いきます…よーい」
一つ大きく手を叩く荏原
スタートの合図だ
※このレッスンシーンではメソッドアクティクティングの中のマイズナーテクニックであるレペティションの練習をしている
しばらく二人でレペティションのトレーニングをしている
普段のちゃらんぽらんな様子はなく、鋭い目付きでそれを見ている荏原
レペティションの間、やはり拓真は相手の目を見られないでいる
返す言葉もしどろもどろ
すると突然鈴木がトレーニングを中断する
鈴木「先生、やってられないですよこの人とは。」
荏原「誰が勝手にストップして良いって言った?」
鈴木「でも、この人…」
荏原「現場ではな、監督以外シーンをストップさせる権限はないんだよ。何勝手な判断で役者がストップさせてんの?」
鈴木「……。」
荏原「いつも言ってるけど、そのシーンでその演技が良いか悪いかを決めるのは映像なら監督、舞台なら演出家だ。」
拓真はいつもと同じように宙を見つめ、表情も変わらないがどこか仕草がぎこちない
鈴木はそれでも不貞腐れた態度を止めない
鈴木「でも、彼はこっちちゃんと見ないじゃないですか?それでどうやってレペティションするんですか?」
荏原「レペティション、レペティションって覚えたての言葉を自慢げに話す子供じゃあるまいし…オレはね日常会話における相手との交流感や会話感をシーンに持ち込みなさいっていう意味でレペティションしなさいって言ってんの。わかる?」
鈴木「はい。」
荏原「お前は日常会話において電話したりしないの?その時は相手の表情見れてんの?見れない時はどうしてんの?」
鈴木「聞いてます。」
荏原「だろ?相手の声色やトーン、色々聞いて感じてレペティションしてんだよ。」
鈴木「……。」
荏原「拓ちゃんは確かにお前を見れてないかもしれないよ。けど、聞いてちゃんとお前から受け取っているよ。影響されて、起きた感情をセリフに乗っけてるよ?気づかない?」
鈴木は俯いているが、素直な態度ではない
荏原「オレは相手を見ろって。相手の話を聞けってしつこく言ってるよ。そこで生まれてきた感情をセリフに乗せなさいって。お前が拓ちゃん見ててどう思ったかはわからない。でも思ったならそれをそのまま相手に返してやれよ。嫌味ったらしく中断しないで。見る、聞く、それが演技の全てだよ。」
鈴木「はいっ…。」
荏原「拓ちゃん緊張した?」
頷く拓真
荏原「慣れてくるから大丈夫だよ。レペティション出来てたよ。」
少し嬉しそうにする拓真
拓真「あ、あ、ありがとうございます…。」
時計を見る荏原
荏原「じゃあ、時間なんで今日のレッスンはここまでにします!お疲れ様でした!」
生徒達「お疲れ様でしたー!」
後ろを振り向きやれやれという表情をする荏原
シーン20
レッスン同日 レッスン場内 ロッカー兼控え室
室内には奥に玲奈、真ん中辺りに鈴木、手前のロッカーに拓真の順で帰り支度をしている
鈴木は皆に聞こえるように独り言の嫌味を言う
鈴木「あーあ、今日は誰かさんと組まされるし、そのせいで先生にも怒られるし、ついてねぇなぁ。」
玲奈「やめなよ。」
拓真はその雰囲気を敏感に察し、急いで出ていこうとするが焦りでなかなかシャツのボタンが閉められない
鈴木「辞めればいいのになぁ。この前はちゃんとセリフも覚えてこないし、超迷惑だよ、マジで…ねぇ、拓ちゃーん誰のこと言ってるかわかる?拓ちゃんでも嫌味はわかるの?」
玲奈「お前、いい加減にしろよ!」
玲奈はハーフのような可愛らしい外見からは想像も出来ないようなヤンキー口調
玲奈「拓ちゃんが何か悪いことしたかよ?」
鈴木「今日だってオレに迷惑かかったろ!」
玲奈「お前が未熟なんだろ?先生の話を聞いてなかったのかよ?」
鈴木「依怙贔屓なんじゃねぇの?弱いものの味方して自分に酔ってんだよ、先生も。」
玲奈「…私は文字が読めねぇんだよ…台本見ても文字が読めねぇから覚えられねぇんだよ…学校でもずっとバカ扱いされたよ…けどなオーディションの時に先生に言われたんだよ…読んでセリフ覚えられないなら聞いて覚えれば良いって…大変かもしれないけど、海外にはそういう役者がいっぱいいるって…だから諦めるなって……あのさ、お前と私で何が違う?」
鈴木「…違わねぇよ…」
玲奈「じゃあ私と拓ちゃんとで何が違う?」
鈴木「……」
玲奈「言えよ…私は拓ちゃんと何も変わらねぇよ…言えよ、言ってみろよ…お前と拓ちゃんとで何が違うって言うんだよ!」
鈴木の胸ぐらを掴む玲奈
拓真「止めて下さい…あぁ、ボクのせいだ…あぁ
いつもみんなを怒らせちゃう…」
拓真は落ち着きがなくなり、その場で足踏みを繰り返したりシャツの裾を叩いたりする
玲奈「違うよ、拓ちゃん、拓ちゃんのせいじゃないよ。」
拓真「わかるんだ…ボクがバカなせいで…母さんと父さんも…あぁ、ボクが悪いんだ…みんな黄色くなってる…黄色とオレンジ、黄色、オレンジ、黄色…あぁ」
ロッカーを開けっ放しで控え室を飛び出していく拓真
荷物は置きっぱなし
玲奈「拓ちゃん!」
鈴木「ほっとけよ!」
玲奈「みんなと同じに出来なきゃ夢を目指しちゃいけねぇのかよ!」
シーン21
同時刻 レッスン場
長テーブルで書類を書いている荏原
バーンという音と共に控え室から出ていく拓真の後ろ姿を見た荏原
荏原「何かあったのか?」
歩いて控え室に行く荏原
控え室の中では玲奈が鈴木の胸ぐらを掴んでいる
荏原「どうした?拓ちゃん走って行ったぞ?」
玲奈「拓ちゃんが…飛び出して行っちゃった…」
荏原「これ拓ちゃんの荷物じゃん…ちょっと行ってくる!」
拓真の荷物を手に持ち外にかけて行く荏原
玲奈「私も行く!」
鈴木を突き飛ばし、荏原の後を追いかける玲奈
シーン22
ビルのエントランス
荏原は階段で降りてくる
辺りを見回して拓真がいないか探している
ビルの外に出て周りを見渡すが拓真の姿はない
後ろから玲奈が駆けてくる
玲奈「拓ちゃんいた?」
荏原「いや、いない…とりあえず探してみよう」
玲奈「うん。」
南町通りの仙台駅方面に向かう横断歩道へ駆けて行く二人
その手前で信号待ちしている女性がいる。
玲奈「あっ!あの人…。」
荏原「どうした?」
玲奈「緑さん!前に拓ちゃんと一緒に帰った時に緑さんって拓ちゃんが指さしてた。」
荏原「ちょっと聞いてみよう。」
信号待ちをしている女性に荏原は小走りで緑に近づく
荏原「すみません、緑さんですか?」
女「いいえ、違います。」
キッパリとした毅然な態度
荏原「でもあなた緑さんですよね?」
女「だから違います!私、葵です。」
荏原「緑じゃなく青い?」
歩き去ろうとする女性に後から来た玲奈が声をかける
玲奈「拓ちゃんがあなたのこと緑さんって…。」
女「えっ…あなた達…拓真君の知り合いですか?」
荏原「拓ちゃんが通っている教室の講師をしてます。」
玲奈「私はレッスン仲間!」
女「拓真君がどうかしたんですか?」
シーン23
榴ヶ岡公園付近の大通り
荏原、玲奈、女性(葵)は三人並んで歩いている。
葵「随分古い手段のナンパだなと思いました笑」
荏原「いや、すみません…。」
葵「拓ちゃんなら大丈夫だと思いますよ。拓ちゃんにはお付の人達がついているから…。」
荏原「おつきの人?」
玲奈「拓ちゃんって意外とお坊ちゃんだったりして!」
葵「拓真君のお父さん…どんな人かって聞いてないですか?」
荏原「ぜんぜん…。」
葵「拓真君のお父さんは杜の都企画の社長さんです。」
荏原「そこってイベント企画や東北でも有数の企画会社じゃないですか?」
葵「そうです…でも…」
玲奈「あそこって怖い人がやってる事務所だから失礼がないようにって言われたことある…。」
荏原「だからうちの社長がわざわざ電話で拓ちゃんを合格にしろって言ってきたのか!」
玲奈「そうなの?うちより大きいもんね、あそこ。」
荏原「そっか、あそこの舎弟…いや…部下の方々が拓ちゃんを見ててあげてるのか…。」
葵「違うんです。」
荏原と玲奈同時に
「えっ!?」
葵「拓真君のお母さんがやってる…なんていうのかな…。」
荏原「拓ちゃんの母さんってなにかやってるんですか?」
葵「とりあえず、拓真君が無事か行ってみましょう…。」
荏原も玲奈も腑に落ちない表情
荏原「そうですね、行ってみましょう…。」
荏原と玲奈は小首を傾げながら三人並んで歩いていく
シーン24
拓真の自宅
建て売りの様な家だがとても立派
明かりがついている
荏原が玄関の呼び鈴を鳴らす
荏原、葵、玲奈の順に並んでいる
玄関の扉が開く
母「はーい。」
荏原「お世話になっております、荏原です。」
母「あら、先生どうなさいました?」
荏原「拓真君は…拓ちゃんは帰宅されてますか?」
母「ええ…帰ってきましたけど…。」
荏原「良かった、レッスン場に荷物を忘れて帰ったみたいで届けに来たんです。」
母「本当に申し訳ございません、どうぞお上がり下さい。」
拓真の母は荏原の後ろにいる葵に気づく
母「葵ちゃんも先生とご一緒に?」
葵「途中で先生とお会いして…。」
母「とにかく、皆さん上がって下さい。」
中に招き入れられる三人
シーン25
拓真の自宅 リビング
四人でテーブルに座って話している
テーブルの上にはお茶やお菓子が並んでいる
母「そんなことが…。」
荏原「私が目を離したのが悪かったんです。」
母「そんなことはありません…拓真はレッスンに通うようになってから明るくなりました…先生の練習は楽しいって…そして仲良くしてくれる女の子もいるんだって…もしかしてあなたが玲奈さん?」
玲奈「はい。」
母「いつも本当にありがとう。拓真ね、帰ってくるとあなたのことよく話すのよ…可愛くて優しくてとても緑なんだって…緑さんと同じ位緑なんだって…。」
玲奈「緑って色の?」
母「そう。」
荏原「拓ちゃんはオレのことを青いとか言いますけど、どういうことなんですか?葵さんの事も緑さんって呼んでるみたいだし…。」
母「オーディションの時にもお話しましたが……あの子には言葉や音楽、そして人に色がついて見えてるんです…。」
荏原「ええ、以前伺いました。」
母「好きな人は緑や青、嫌いな人や拓真に対して辛くあたる人は黄色やオレンジ、ピンク…。」
荏原「じゃあ私や玲奈、葵さんが緑に見えるっていうのは…」
母「会っていて嬉しいんだと思います。快、不快にも色があって心地よい時は青や緑、不快感や緊張感は黄色やオレンジ…。」
玲奈「じゃあ先生も私も拓ちゃんには好かれてるんだね…ちょっと嬉しい笑」
荏原「葵さんにも気にかけてもらえて…あいつモテモテだな笑」
玲奈「だって拓ちゃんは純粋だもん…私には拓ちゃんが真っ白なキャンバスに思える。」
母「あの子が病院で診断を受けてから…あの子の父親は顔を出さなくなりました…。」
葵の顔が曇る
拓真の母親は何故か葵に向かって
母「ごめんなさい、責めてるわけじゃないの。仕方ないわよ…私が悪いの…」
荏原「誰が悪いわけでは…」
母「私の前世のカルマが…前世の罪が拓真にきてしまって…。」
荏原「ぜんせ?」
玲奈「前世ってあの…。」
葵は下を向いたまま、顔を上げない
母「拓真が診断されてどうしていいのかわからなかった時、あの方に出会って救われたんです。」
拓真の母はそれまでの人の良さそうな感じからいつの間にか正気かどうか判断出来ない、明らかに異質な熱を持った目付きになっている
母「本当に救われました…原因が私の前世にあり、前世の罪を償うためオーラの見える神の子である拓真を私に授けて下さったんです。それが私の前世の罪を償う今世の使命であると…今日もあの方やあの方のお弟子さん達が拓真を家に連れてきて下さった…。」
荏原「拓ちゃんはいま…?」
母「部屋におります。あの方と一緒に。」
時計を見る母
母「そろそろあの方もお帰りになるお時間だと思います。」
荏原「拓ちゃんに会ってきても良いですか?」
母「是非、会っていってあげて下さい…あの方にもご挨拶されるといいわ。」
階段から降りてくる真っ白なポンチョ状の布を被った男
ポンチョの下はスーツを着ている
母は立ち上がり男に近づく
荏原と玲奈は立ち上がり会釈する
葵は座って下を向いたまま
男「お母様、私はこれで帰ります。」
作り物の笑顔を顔に貼り付けているよう
母「いつもありがとうございます。こちらが拓真の先生で…」
男「あぁ、拓真君から伺っておりますよ。とても良い先生だと。」
荏原「いえ、当たり前のことをしてるだけです。」
男「ふーむ…あなたの宿命でしょうなぁ…こうしてあなたの後ろを見ているととても位の高い意識体がついていらっしゃる…黄金色に輝いていますよ。」
母「やはり、先生とは縁があって出会ったという…。」
男「勿論そうです。お導きです。お母様の信仰心が天に通じている証ですよ。」
母は感極まった表情
母「ありがとうございます。これからも一生懸命励んで参ります。」
荏原、玲奈は唖然とした信じられない出来事を見てるといった表情
荏原「拓ちゃんに会ってきます…玲奈、葵さん、拓ちゃんに会いに行こう。」
母「今月も養育費が入ったらすぐにお布施に行かせて頂きます…」
男は横柄に頷く
男「その思い必ず通じるはずですよ。」
男は神の使いとは思えない俗物のような満足そうな表情を浮かべている
シーン26
拓真の自室前のドア
荏原がノックする
荏原「拓ちゃん…オレ…心配で来ちゃったよ…玲奈も葵さんもいるんだ…開けてくれるかな?」
少しの間の後、ドアが開く
シーン27
拓真の自室
とても広く綺麗に片付けられている
中央付近にはベットがあり、部屋の横には書斎のようなスペースがある
書斎スペースには拓真が書いた絵や拓真が撮影したと思われる写真等が飾られており、テーブルには画材や機材等が置かれている
玲奈「拓ちゃんの部屋広ーい。」
荏原「オレの部屋より広いかも…笑」
拓真は何も言わずに玲奈と葵の手を握る
表情からは読み取れないが、その仕草から不安だったことがわかる
葵「拓真君…。」
荏原はそっと拓真の背中をさすりながら
荏原「何も怖くないからな…オレたちついてるから。」
拓真は徐々に落ち着いていく
葵は荏原に目配せする
察した玲奈は書斎スペースの方に拓真を誘導していく
玲奈「拓ちゃん撮った写真見せて…拓ちゃん私のことも撮ってくれる?」
拓真は頷きながら書斎スペースへ玲奈を連れていく
葵「先生…拓真君のお父さん…いえ、私の父がここに来なくなったのはさっきの人が出入りするようになったからなんです。」
荏原「葵さんと拓ちゃんは…」
葵「私は本妻の娘で、拓真君は…私の弟になります。」
フラッシュバック挿入
シーン25中盤
拓真の母、葵に対して
母「ごめんなさい、責めてるわけじゃないの────。」
フラッシュバック戻り
荏原「だから、さっき…。」
頷く葵
荏原「でもそのこと拓ちゃんは?」
葵「私の母は私が小さい時に亡くなりました…拓真君とは幼い時から…だから拓真君も知っています。」
荏原「……。」
葵「今日はあの人一人だけだったけど、本当はあの人達に会わせられるのは嫌なはずです…。」
荏原「葵さん、あなたはどうしたいの?」
荏原と葵の会話をいつの間にか聞いてる拓真と玲奈
拓真「ボクがバカだからいけないの。ボクがバカだから母さんはあの人達を呼んでる元気づけてもらってるんだ…ボクが我慢すればいいの。ボクが…ボクが…。」
葵「私は拓真君と…拓真と一緒に暮らしたい。弟と一緒に暮らしたい。」
拓真「あお…あお…おねえ、おねえさん。」
葵の胸に抱きつく拓真
拓真「ボ、ボ、ボク、ボクがいるから…ボ、ボクが悪いくて…。」
荏原「拓ちゃん。」
荏原「拓ちゃん。」
拓真が顔を上げるまで何度も優しく呼びかける荏原
顔を上げる拓真
荏原「拓ちゃんは悪くないよ。」
拓真「…ボク。」
荏原「拓ちゃんは悪くない。」
拓真「…。」
荏原「誰も悪くないよ。」
荏原の胸に飛び込む拓真
荏原「拓ちゃん…誰と一緒にいたいの?」
拓真「……」
荏原「拓ちゃんが一緒にいたい人は誰?」
拓真「……おねえさん……。」
葵を見る荏原
葵は拓真を抱きしめる
シーン28
杜の都企画 社長室
椅子に拓真と葵の父で社長である吉岡が座っている
その前に緊張した表情の葵が立っている
吉岡「珍しいな、ここに顔を出すなんて。何かあったのか?」
葵「父さん…」
吉岡「どうした?結婚したい相手が出来たなんて言わないでくれよ?」
葵「拓真と…」
吉岡「拓真がどうかしたのか?」
葵「私…拓真と一緒に暮らしたい。」
吉岡「…急な話だな。」
葵「もうあの人達が出入りする家には居たくないって。」
吉岡「…。」
葵「私と一緒に暮らしたいって…」
吉岡「…拓真がそう言ったのか?自分の口で、言わされたんじゃなくか?」
葵「拓真が…おねえさんと一緒に暮らしたいって…私に。」
吉岡「………。」
葵「父さん、私も弟と一緒に暮らしたい。」
娘と息子の変化を察した吉岡
吉岡「わかった。」
シーン29
レッスン場 夕方
レッスンが終了
荏原「今日のレッスンはここまでにします!お疲れ様でした!」
レッスン生達も
「お疲れ様でしたー!」
荏原はいつものテーブルと椅子に座り出席簿等の書類を記入しようとする
レッスン生達が出口やロッカーに向かう中、玲奈は荏原の席に近づいていく
玲奈「先生、今日も拓ちゃん来なかったね。」
荏原「あぁ、来なかったな。」
玲奈「もう拓ちゃん来ないのかな…。」
荏原「どうだろう…事務所にも連絡は来てないな。」
入り口から事務員が入ってくる。
事務員「荏原先生、ちょっと社長室まで。」
荏原「あっ、はい。」
立ち上がる荏原
シーン30
社長室
社長室のドアをノックして入る荏原
会釈しながら
荏原「失礼しまーす。」
顔を上げると社長と見知らぬ男と拓真が座っている
荏原「拓ちゃん!」
初めてオーディション会場で出会った時のように視線は宙をさ迷っているが笑顔を浮かべている拓真
社長「私は席を外します。では。荏原君、しっかり頼むよ。」
荏原「はぁ…。」
何をしっかり頼まれてるのかイマイチ理解してない荏原
一礼して座る荏原
吉岡「拓真の父の吉岡です。」
荏原「初めまして。」
吉岡「先生には拓真だけでなく、娘の葵もお世話をかけたようでお礼に伺いました。」
荏原「とんでもない!私は何も。」
吉岡「私はね…子供は母親と居るのが一番だと思っていた…例えどんな母親でも。男親は母親には勝てないと…。」
荏原「…。」
吉岡「そう思って家も用意して、養育費も多すぎる程送っていたのですが…全て拓真の為には使われていなかった…。」
荏原「…。」
吉岡「娘と息子の希望を、子供の希望を一番に考えて…拓真を引き取ることにしました。」
荏原「良かったな、拓ちゃん。」
拓真はゆっくりと何度も頷く
それを嬉しそうに見る吉岡
荏原「スムーズに話は進んだんですか?」
吉岡「…あの霊感の連中のことですか?」
荏原「ええ。」
吉岡「……私と同類の人間とは交渉はし易いんです。」
荏原「と言いますと?」
吉岡「結婚相手が見つからないのは前世のせい…今お金に苦しんでいるのはカルマのせい…先生は現世利益とはなんだと思いますか?」
荏原「…。」
吉岡「本当に苦しんでいて救いの手を求めて訪れる人間に、これを身に付ければと言って高額なネックレスを売りつける…お布施や祈祷や供養代と言って何百万もの金額を請求する…苦しんでいる人間の心の隙間をついて金を要求する…苦しんでいる人間から全財産を搾り取る…結局は我々と同じ種類の人間なんですよ…何の問題もなくスムーズに話は終わりました。」
荏原「拓ちゃんのお母さん……なんて言えば良いかわからないですが…果たしてこの言い方が正解かわかりませんが……何かにすがりたくなる…何かに助けてほしくなる…自分を責めて責めて…何かに救ってほしい…そういう気持ちもわからなくはないです…。」
吉岡は無表情で荏原を値踏みするように見つめる
吉岡は厳しい表情と口調で言い始める
吉岡「先生は優しすぎる。そんなんじゃこの業界では生き残っていけないですよ。」
だか吉岡はニコリと笑い、信頼する先生に子供を預ける親として
吉岡「そんな先生だから拓真も先生が好きなんでしょう。」
荏原「オレも拓ちゃんのこと好きだよ。」
おずおずと荏原に手を伸ばしてくる拓真
その手をしっかりと握る荏原
吉岡「拓真はこのまま先生のレッスンに通わせます。」
荏原「拓ちゃんを、いえ拓真君の良さを引き出せるようにこれからも頑張ります。」
荏原は拓真の方を見て
荏原「良かったな、拓ちゃん。また玲奈達と一緒にレッスン受けられるぞ。」
握る手を強く振る拓真
暫しの間の後
吉岡「今日はこれで失礼致します。拓真、またすぐ先生に会えるから手を離しなさい。」
手を離す二人
吉岡「先生は…ウチの会社に来て専属の講師になる気はありませんか?それなら私の目の届く所で拓真もレッスンを受けられるし、ウチの方が大手で中央へのパイプも太いですよ。」
荏原「…ここには拓ちゃんを待ってる生徒達もいます…私のレッスンを楽しみにしている生徒達もいます…大変有難いお誘いですが…」
笑う吉岡
吉岡「………損得では動かない…我々と別の世界で生きている先生のような方と交渉する方がとても難しいんですよ。」
荏原「申し訳ありません。」
吉岡「これだけは覚えておいて下さい…先生が独立なされて、自分で教室をお持ちになる時は遠慮なく言ってください…杜の都企画の総力を上げてバックアップします。その時はウチのレッスン生達にも演技を教えて下さい。」
荏原「その時が来た時は是非。」
吉岡「私は誰にでもこういうことを言う人間ではありません。」
荏原「私の様な人間にそこまで言って頂けることを非常に感謝しております…その時が来たら…是非お願い致します。」
吉岡はニヤリと笑い
吉岡「私はあなたと一緒に仕事がしたい………では、失礼致します。」
吉岡は拓真と部屋を出る
拓真は荏原をバイバイと手を振る
それに応えてバイバイと手を振る荏原
シーン31
事務所からレッスン場へと繋がる階段
階段を登る荏原
何やら考えているよう
レッスン場のドアを開く
誰もいないレッスン場を眺める荏原
荏原「自分の教室かぁ…。」
仙台市街地 南町通り付近 昼間
休日らしくそこまで人通りはない
20代過ぎの男性が母親に手を引かれて歩いている奇妙な光景
2人は横断歩道を渡っている
母親は急ぎ足で渡ろうとしているが、男性の方はマイペースで歩いている
母親は若い頃は美しかったであろう外見でどことなく夜の仕事をしていたような雰囲気がある
男性は真面目な中学生や高校生が親に買い与えられたようなどこにでもあるデニムパンツにチェックのシャツ、ノーブランドのスニーカー
手を引かれてビルの中に入っていく
シーン17
レッスンスタジオ 昼間 (オーディション会場)
スタジオの奥には長テーブルが置かれている
テーブルの前には三脚に備え付けられたデジタルカメラ
そのテーブルには荏原とチーフマネージャーが席に着いている
スタジオ入り口付近にパイプ椅子があり、それに座っている先程の親子
荏原は立ち上がり親子の方へ歩いていく
荏原「エントリーシートは記入されましたか?」
母親「はい、終わりました。」
荏原「では、こちらにどうぞ」
親子をカメラの前方の床にバミってある場所へ案内する
席に座る荏原
チーフ「ではオーディションを始めます。…えー吉岡さんですね?」
母親「はい、吉岡拓真と申します。」
首を傾げたり、シャツの裾を叩いたり、何かを呟いたり落ち着きがない拓真
チーフ「拓真君は何になりたくてうちのオーディションを受けましたか?」
拓真「………。」
拓真は何も答えず白昼夢を見ているように自分の世界の何かを見ているよう
母親「拓真は絵や写真等が好きでいつも見ています。」
チーフ「…そうですか…。拓真君はどんな絵や写真が好きですか?」
母親「拓真は動物や風景の絵が…」
チーフ「お母さん、私は拓真君に聞いているんです。拓真君に答えさせて下さい。」
母親「拓真はコミュニケーションを取るのが苦手で…。」
チーフ「うーん、人と話せない子がこういう場所でレッスンやデビューを目指すのは難しいんじゃないですか?」
荏原はやれやれまた始まったという表情でチーフを見ている
母親「拓真の父親がこのままではいけないから、こういった所でコミュニケーションを取る訓練をした方が良いとの勧めもありまして、本日オーディションを受けに来た次第です。」
チーフ「とは言ってもここは訓練校じゃないからねぇ…。」
荏原「拓ちゃんは何の動物好きなの?」
笑顔で話しかける荏原
拓真「…うーん、猫さんやワンコが好き…。」
緊張しているようだが、何とか質問に答えようと一生懸命考えてる拓真
荏原「そっかぁ、オレもワンコ好きだよ。それにね、海を見に行ったりして写真を撮るのも好きなんだ…下手くそだけどね」
変わらぬ笑顔で語りかけ続ける荏原
拓真「海は青!青…青。」
興奮して青と連呼する拓真
荏原「拓ちゃんは青好きなんだね。」
拓真「うん、青好き。青い人も好き。緑の人と青の人が好き。」
荏原「青の人?」
拓真「そうだよ、あなたも青の人。ずっと青かった。」
荏原「昨日飲みすぎたかな…。チーフ、オレ顔色悪いですか?」
母親「拓真は人に色がついてるって言うんです。」
荏原「へぇー…じゃあ、オレは青の色してるんですね?」
母親「私は拓真にはオーラのようなものが見えているんだと理解していました。」
荏原「青のオーラを身に纏う男…オレ超カッケー笑」
母親「音楽にも色がついてるって言います。」
チーフは胡散臭げに拓真と母親を見ている
チーフ「わかりました。ではオーディションの結果は後日メールか電話にてお知らせ致します。連絡がなかった時はご縁がなかったということで…。」
母親は手を引き拓真を立ち上がらせて
母親「今日はお時間を作って頂きましてありがとうございました。宜しくお願い致します。」
拓真は相変わらず自分の世界で自分の見える風景を見ているよう
荏原「拓ちゃん!そのおじさんは何色なの?」
拓真は言いずらそうにしながら
拓真「き…き黄色…おじさんは黄色…」
チーフ「おじさんって…。」
荏原「黄色ですって!良かったですね、明るい色で!拓ちゃん黄色は好きなの?」
拓真言いずらそうに
拓真「き、き、黄色は緊張する…黄色は怖い…怖い。」
荏原「そうなんだ…。」
母親「行きましょう、拓真。」
一礼してスタジオを後にする二人
荏原「拓ちゃん、合格するといいね!」
バイバイと手を振る荏原
シーン18
プロダクションの事務所内 夜
チーフと荏原が背中合わせに座ってい
それぞれのデスクとイスがあり、ノートパソコン等が置いてある
荏原は台本等を読んでいる
チーフのスマートフォンが鳴り、誰かと会話している、目上の人の様だ
チーフ「はい、はい、かしこまりました。それはもちろんです。わかりました、荏原先生のクラスに入って頂きます。もちろん私も合格だと思っていました。はい、ではまたはい、失礼致します。」
スマートフォンを切り、じろりと荏原を一瞥して
チーフ「先日の拓真君いたよね?」
荏原「あぁ…あのオーラの子ですよね?」
チーフ「社長にオーディションの内容の動画を送ったんだけどさ…合格にしてあげなさいって。」
荏原「へぇー、思ったより社長は理解がある人なのかな…。」
チーフ「あれが合格なんて…ここは絵画教室でもなんでもなく芸能プロダクションなのに…レッスン生として受け入れるって…。」
荏原「でもそういう芸術に興味があるってことはいい事じゃないですか…演技だって音楽だって芸術ですよ。共通する何かがあるかもしれないし。」
チーフ「でも…。」
荏原「…偏見ですか?」
チーフ「いや、そういうわけじゃないんだよ。」
荏原「人と違う感覚を持っているって大事なことですよ。拓ちゃんだけでなく、他のレッスン生達にだって良い影響があるかもしれないし…。」
チーフ「荏原先生のクラスにって社長は言ってたけど、ちゃんとレッスン出来ますか?他の生徒達に迷惑をかけずに。」
荏原「いつもと同じメニューをやります。」
チーフ「大丈夫なんですか?」
荏原「………でも、社長が自ら合格にしろって連絡よこすなんて…まさか…社長の愛人の子どもなのでは?」
チーフ「それはないでしょー。いくらなんでも…でも電話よこしてまでって初めてなんだよなぁ…。」
荏原は呑気にチーフの肩を叩いて
荏原「じゃあ、私は帰ります!お疲れ様でした!」
チーフ「…あぁ、お疲れ様でした。」
チーフは自動ドアから出ていく荏原の後ろ姿を見つめて
チーフ「全く呑気なもんだよ……オレも終わらせて帰ろっ。」
キーボードを叩き始めるチーフ
シーン19
スタジオ内 昼間 レッスン中
スタジオ内では演技のレッスンが行われている
荏原は長テーブルにパイプ椅子に座っている
レッスン生達はその前に座り、二人の生徒が出てきてシーン稽古している
拓真の番になる
相手は今どきのチャラそうな気の強そうな鈴木
拓真の事を見下しているよう
荏原に対し
鈴木「この人本当にやれんすか?」
ムッとした表情をするレッスン生の中の玲奈
荏原はその表情に気づいたが
荏原「出来るからやりなよ。」
鈴木「違う人と組みたかったなぁー。」
荏原「じゃあ、背中合わせになって…いきます…よーい」
一つ大きく手を叩く荏原
スタートの合図だ
※このレッスンシーンではメソッドアクティクティングの中のマイズナーテクニックであるレペティションの練習をしている
しばらく二人でレペティションのトレーニングをしている
普段のちゃらんぽらんな様子はなく、鋭い目付きでそれを見ている荏原
レペティションの間、やはり拓真は相手の目を見られないでいる
返す言葉もしどろもどろ
すると突然鈴木がトレーニングを中断する
鈴木「先生、やってられないですよこの人とは。」
荏原「誰が勝手にストップして良いって言った?」
鈴木「でも、この人…」
荏原「現場ではな、監督以外シーンをストップさせる権限はないんだよ。何勝手な判断で役者がストップさせてんの?」
鈴木「……。」
荏原「いつも言ってるけど、そのシーンでその演技が良いか悪いかを決めるのは映像なら監督、舞台なら演出家だ。」
拓真はいつもと同じように宙を見つめ、表情も変わらないがどこか仕草がぎこちない
鈴木はそれでも不貞腐れた態度を止めない
鈴木「でも、彼はこっちちゃんと見ないじゃないですか?それでどうやってレペティションするんですか?」
荏原「レペティション、レペティションって覚えたての言葉を自慢げに話す子供じゃあるまいし…オレはね日常会話における相手との交流感や会話感をシーンに持ち込みなさいっていう意味でレペティションしなさいって言ってんの。わかる?」
鈴木「はい。」
荏原「お前は日常会話において電話したりしないの?その時は相手の表情見れてんの?見れない時はどうしてんの?」
鈴木「聞いてます。」
荏原「だろ?相手の声色やトーン、色々聞いて感じてレペティションしてんだよ。」
鈴木「……。」
荏原「拓ちゃんは確かにお前を見れてないかもしれないよ。けど、聞いてちゃんとお前から受け取っているよ。影響されて、起きた感情をセリフに乗っけてるよ?気づかない?」
鈴木は俯いているが、素直な態度ではない
荏原「オレは相手を見ろって。相手の話を聞けってしつこく言ってるよ。そこで生まれてきた感情をセリフに乗せなさいって。お前が拓ちゃん見ててどう思ったかはわからない。でも思ったならそれをそのまま相手に返してやれよ。嫌味ったらしく中断しないで。見る、聞く、それが演技の全てだよ。」
鈴木「はいっ…。」
荏原「拓ちゃん緊張した?」
頷く拓真
荏原「慣れてくるから大丈夫だよ。レペティション出来てたよ。」
少し嬉しそうにする拓真
拓真「あ、あ、ありがとうございます…。」
時計を見る荏原
荏原「じゃあ、時間なんで今日のレッスンはここまでにします!お疲れ様でした!」
生徒達「お疲れ様でしたー!」
後ろを振り向きやれやれという表情をする荏原
シーン20
レッスン同日 レッスン場内 ロッカー兼控え室
室内には奥に玲奈、真ん中辺りに鈴木、手前のロッカーに拓真の順で帰り支度をしている
鈴木は皆に聞こえるように独り言の嫌味を言う
鈴木「あーあ、今日は誰かさんと組まされるし、そのせいで先生にも怒られるし、ついてねぇなぁ。」
玲奈「やめなよ。」
拓真はその雰囲気を敏感に察し、急いで出ていこうとするが焦りでなかなかシャツのボタンが閉められない
鈴木「辞めればいいのになぁ。この前はちゃんとセリフも覚えてこないし、超迷惑だよ、マジで…ねぇ、拓ちゃーん誰のこと言ってるかわかる?拓ちゃんでも嫌味はわかるの?」
玲奈「お前、いい加減にしろよ!」
玲奈はハーフのような可愛らしい外見からは想像も出来ないようなヤンキー口調
玲奈「拓ちゃんが何か悪いことしたかよ?」
鈴木「今日だってオレに迷惑かかったろ!」
玲奈「お前が未熟なんだろ?先生の話を聞いてなかったのかよ?」
鈴木「依怙贔屓なんじゃねぇの?弱いものの味方して自分に酔ってんだよ、先生も。」
玲奈「…私は文字が読めねぇんだよ…台本見ても文字が読めねぇから覚えられねぇんだよ…学校でもずっとバカ扱いされたよ…けどなオーディションの時に先生に言われたんだよ…読んでセリフ覚えられないなら聞いて覚えれば良いって…大変かもしれないけど、海外にはそういう役者がいっぱいいるって…だから諦めるなって……あのさ、お前と私で何が違う?」
鈴木「…違わねぇよ…」
玲奈「じゃあ私と拓ちゃんとで何が違う?」
鈴木「……」
玲奈「言えよ…私は拓ちゃんと何も変わらねぇよ…言えよ、言ってみろよ…お前と拓ちゃんとで何が違うって言うんだよ!」
鈴木の胸ぐらを掴む玲奈
拓真「止めて下さい…あぁ、ボクのせいだ…あぁ
いつもみんなを怒らせちゃう…」
拓真は落ち着きがなくなり、その場で足踏みを繰り返したりシャツの裾を叩いたりする
玲奈「違うよ、拓ちゃん、拓ちゃんのせいじゃないよ。」
拓真「わかるんだ…ボクがバカなせいで…母さんと父さんも…あぁ、ボクが悪いんだ…みんな黄色くなってる…黄色とオレンジ、黄色、オレンジ、黄色…あぁ」
ロッカーを開けっ放しで控え室を飛び出していく拓真
荷物は置きっぱなし
玲奈「拓ちゃん!」
鈴木「ほっとけよ!」
玲奈「みんなと同じに出来なきゃ夢を目指しちゃいけねぇのかよ!」
シーン21
同時刻 レッスン場
長テーブルで書類を書いている荏原
バーンという音と共に控え室から出ていく拓真の後ろ姿を見た荏原
荏原「何かあったのか?」
歩いて控え室に行く荏原
控え室の中では玲奈が鈴木の胸ぐらを掴んでいる
荏原「どうした?拓ちゃん走って行ったぞ?」
玲奈「拓ちゃんが…飛び出して行っちゃった…」
荏原「これ拓ちゃんの荷物じゃん…ちょっと行ってくる!」
拓真の荷物を手に持ち外にかけて行く荏原
玲奈「私も行く!」
鈴木を突き飛ばし、荏原の後を追いかける玲奈
シーン22
ビルのエントランス
荏原は階段で降りてくる
辺りを見回して拓真がいないか探している
ビルの外に出て周りを見渡すが拓真の姿はない
後ろから玲奈が駆けてくる
玲奈「拓ちゃんいた?」
荏原「いや、いない…とりあえず探してみよう」
玲奈「うん。」
南町通りの仙台駅方面に向かう横断歩道へ駆けて行く二人
その手前で信号待ちしている女性がいる。
玲奈「あっ!あの人…。」
荏原「どうした?」
玲奈「緑さん!前に拓ちゃんと一緒に帰った時に緑さんって拓ちゃんが指さしてた。」
荏原「ちょっと聞いてみよう。」
信号待ちをしている女性に荏原は小走りで緑に近づく
荏原「すみません、緑さんですか?」
女「いいえ、違います。」
キッパリとした毅然な態度
荏原「でもあなた緑さんですよね?」
女「だから違います!私、葵です。」
荏原「緑じゃなく青い?」
歩き去ろうとする女性に後から来た玲奈が声をかける
玲奈「拓ちゃんがあなたのこと緑さんって…。」
女「えっ…あなた達…拓真君の知り合いですか?」
荏原「拓ちゃんが通っている教室の講師をしてます。」
玲奈「私はレッスン仲間!」
女「拓真君がどうかしたんですか?」
シーン23
榴ヶ岡公園付近の大通り
荏原、玲奈、女性(葵)は三人並んで歩いている。
葵「随分古い手段のナンパだなと思いました笑」
荏原「いや、すみません…。」
葵「拓ちゃんなら大丈夫だと思いますよ。拓ちゃんにはお付の人達がついているから…。」
荏原「おつきの人?」
玲奈「拓ちゃんって意外とお坊ちゃんだったりして!」
葵「拓真君のお父さん…どんな人かって聞いてないですか?」
荏原「ぜんぜん…。」
葵「拓真君のお父さんは杜の都企画の社長さんです。」
荏原「そこってイベント企画や東北でも有数の企画会社じゃないですか?」
葵「そうです…でも…」
玲奈「あそこって怖い人がやってる事務所だから失礼がないようにって言われたことある…。」
荏原「だからうちの社長がわざわざ電話で拓ちゃんを合格にしろって言ってきたのか!」
玲奈「そうなの?うちより大きいもんね、あそこ。」
荏原「そっか、あそこの舎弟…いや…部下の方々が拓ちゃんを見ててあげてるのか…。」
葵「違うんです。」
荏原と玲奈同時に
「えっ!?」
葵「拓真君のお母さんがやってる…なんていうのかな…。」
荏原「拓ちゃんの母さんってなにかやってるんですか?」
葵「とりあえず、拓真君が無事か行ってみましょう…。」
荏原も玲奈も腑に落ちない表情
荏原「そうですね、行ってみましょう…。」
荏原と玲奈は小首を傾げながら三人並んで歩いていく
シーン24
拓真の自宅
建て売りの様な家だがとても立派
明かりがついている
荏原が玄関の呼び鈴を鳴らす
荏原、葵、玲奈の順に並んでいる
玄関の扉が開く
母「はーい。」
荏原「お世話になっております、荏原です。」
母「あら、先生どうなさいました?」
荏原「拓真君は…拓ちゃんは帰宅されてますか?」
母「ええ…帰ってきましたけど…。」
荏原「良かった、レッスン場に荷物を忘れて帰ったみたいで届けに来たんです。」
母「本当に申し訳ございません、どうぞお上がり下さい。」
拓真の母は荏原の後ろにいる葵に気づく
母「葵ちゃんも先生とご一緒に?」
葵「途中で先生とお会いして…。」
母「とにかく、皆さん上がって下さい。」
中に招き入れられる三人
シーン25
拓真の自宅 リビング
四人でテーブルに座って話している
テーブルの上にはお茶やお菓子が並んでいる
母「そんなことが…。」
荏原「私が目を離したのが悪かったんです。」
母「そんなことはありません…拓真はレッスンに通うようになってから明るくなりました…先生の練習は楽しいって…そして仲良くしてくれる女の子もいるんだって…もしかしてあなたが玲奈さん?」
玲奈「はい。」
母「いつも本当にありがとう。拓真ね、帰ってくるとあなたのことよく話すのよ…可愛くて優しくてとても緑なんだって…緑さんと同じ位緑なんだって…。」
玲奈「緑って色の?」
母「そう。」
荏原「拓ちゃんはオレのことを青いとか言いますけど、どういうことなんですか?葵さんの事も緑さんって呼んでるみたいだし…。」
母「オーディションの時にもお話しましたが……あの子には言葉や音楽、そして人に色がついて見えてるんです…。」
荏原「ええ、以前伺いました。」
母「好きな人は緑や青、嫌いな人や拓真に対して辛くあたる人は黄色やオレンジ、ピンク…。」
荏原「じゃあ私や玲奈、葵さんが緑に見えるっていうのは…」
母「会っていて嬉しいんだと思います。快、不快にも色があって心地よい時は青や緑、不快感や緊張感は黄色やオレンジ…。」
玲奈「じゃあ先生も私も拓ちゃんには好かれてるんだね…ちょっと嬉しい笑」
荏原「葵さんにも気にかけてもらえて…あいつモテモテだな笑」
玲奈「だって拓ちゃんは純粋だもん…私には拓ちゃんが真っ白なキャンバスに思える。」
母「あの子が病院で診断を受けてから…あの子の父親は顔を出さなくなりました…。」
葵の顔が曇る
拓真の母親は何故か葵に向かって
母「ごめんなさい、責めてるわけじゃないの。仕方ないわよ…私が悪いの…」
荏原「誰が悪いわけでは…」
母「私の前世のカルマが…前世の罪が拓真にきてしまって…。」
荏原「ぜんせ?」
玲奈「前世ってあの…。」
葵は下を向いたまま、顔を上げない
母「拓真が診断されてどうしていいのかわからなかった時、あの方に出会って救われたんです。」
拓真の母はそれまでの人の良さそうな感じからいつの間にか正気かどうか判断出来ない、明らかに異質な熱を持った目付きになっている
母「本当に救われました…原因が私の前世にあり、前世の罪を償うためオーラの見える神の子である拓真を私に授けて下さったんです。それが私の前世の罪を償う今世の使命であると…今日もあの方やあの方のお弟子さん達が拓真を家に連れてきて下さった…。」
荏原「拓ちゃんはいま…?」
母「部屋におります。あの方と一緒に。」
時計を見る母
母「そろそろあの方もお帰りになるお時間だと思います。」
荏原「拓ちゃんに会ってきても良いですか?」
母「是非、会っていってあげて下さい…あの方にもご挨拶されるといいわ。」
階段から降りてくる真っ白なポンチョ状の布を被った男
ポンチョの下はスーツを着ている
母は立ち上がり男に近づく
荏原と玲奈は立ち上がり会釈する
葵は座って下を向いたまま
男「お母様、私はこれで帰ります。」
作り物の笑顔を顔に貼り付けているよう
母「いつもありがとうございます。こちらが拓真の先生で…」
男「あぁ、拓真君から伺っておりますよ。とても良い先生だと。」
荏原「いえ、当たり前のことをしてるだけです。」
男「ふーむ…あなたの宿命でしょうなぁ…こうしてあなたの後ろを見ているととても位の高い意識体がついていらっしゃる…黄金色に輝いていますよ。」
母「やはり、先生とは縁があって出会ったという…。」
男「勿論そうです。お導きです。お母様の信仰心が天に通じている証ですよ。」
母は感極まった表情
母「ありがとうございます。これからも一生懸命励んで参ります。」
荏原、玲奈は唖然とした信じられない出来事を見てるといった表情
荏原「拓ちゃんに会ってきます…玲奈、葵さん、拓ちゃんに会いに行こう。」
母「今月も養育費が入ったらすぐにお布施に行かせて頂きます…」
男は横柄に頷く
男「その思い必ず通じるはずですよ。」
男は神の使いとは思えない俗物のような満足そうな表情を浮かべている
シーン26
拓真の自室前のドア
荏原がノックする
荏原「拓ちゃん…オレ…心配で来ちゃったよ…玲奈も葵さんもいるんだ…開けてくれるかな?」
少しの間の後、ドアが開く
シーン27
拓真の自室
とても広く綺麗に片付けられている
中央付近にはベットがあり、部屋の横には書斎のようなスペースがある
書斎スペースには拓真が書いた絵や拓真が撮影したと思われる写真等が飾られており、テーブルには画材や機材等が置かれている
玲奈「拓ちゃんの部屋広ーい。」
荏原「オレの部屋より広いかも…笑」
拓真は何も言わずに玲奈と葵の手を握る
表情からは読み取れないが、その仕草から不安だったことがわかる
葵「拓真君…。」
荏原はそっと拓真の背中をさすりながら
荏原「何も怖くないからな…オレたちついてるから。」
拓真は徐々に落ち着いていく
葵は荏原に目配せする
察した玲奈は書斎スペースの方に拓真を誘導していく
玲奈「拓ちゃん撮った写真見せて…拓ちゃん私のことも撮ってくれる?」
拓真は頷きながら書斎スペースへ玲奈を連れていく
葵「先生…拓真君のお父さん…いえ、私の父がここに来なくなったのはさっきの人が出入りするようになったからなんです。」
荏原「葵さんと拓ちゃんは…」
葵「私は本妻の娘で、拓真君は…私の弟になります。」
フラッシュバック挿入
シーン25中盤
拓真の母、葵に対して
母「ごめんなさい、責めてるわけじゃないの────。」
フラッシュバック戻り
荏原「だから、さっき…。」
頷く葵
荏原「でもそのこと拓ちゃんは?」
葵「私の母は私が小さい時に亡くなりました…拓真君とは幼い時から…だから拓真君も知っています。」
荏原「……。」
葵「今日はあの人一人だけだったけど、本当はあの人達に会わせられるのは嫌なはずです…。」
荏原「葵さん、あなたはどうしたいの?」
荏原と葵の会話をいつの間にか聞いてる拓真と玲奈
拓真「ボクがバカだからいけないの。ボクがバカだから母さんはあの人達を呼んでる元気づけてもらってるんだ…ボクが我慢すればいいの。ボクが…ボクが…。」
葵「私は拓真君と…拓真と一緒に暮らしたい。弟と一緒に暮らしたい。」
拓真「あお…あお…おねえ、おねえさん。」
葵の胸に抱きつく拓真
拓真「ボ、ボ、ボク、ボクがいるから…ボ、ボクが悪いくて…。」
荏原「拓ちゃん。」
荏原「拓ちゃん。」
拓真が顔を上げるまで何度も優しく呼びかける荏原
顔を上げる拓真
荏原「拓ちゃんは悪くないよ。」
拓真「…ボク。」
荏原「拓ちゃんは悪くない。」
拓真「…。」
荏原「誰も悪くないよ。」
荏原の胸に飛び込む拓真
荏原「拓ちゃん…誰と一緒にいたいの?」
拓真「……」
荏原「拓ちゃんが一緒にいたい人は誰?」
拓真「……おねえさん……。」
葵を見る荏原
葵は拓真を抱きしめる
シーン28
杜の都企画 社長室
椅子に拓真と葵の父で社長である吉岡が座っている
その前に緊張した表情の葵が立っている
吉岡「珍しいな、ここに顔を出すなんて。何かあったのか?」
葵「父さん…」
吉岡「どうした?結婚したい相手が出来たなんて言わないでくれよ?」
葵「拓真と…」
吉岡「拓真がどうかしたのか?」
葵「私…拓真と一緒に暮らしたい。」
吉岡「…急な話だな。」
葵「もうあの人達が出入りする家には居たくないって。」
吉岡「…。」
葵「私と一緒に暮らしたいって…」
吉岡「…拓真がそう言ったのか?自分の口で、言わされたんじゃなくか?」
葵「拓真が…おねえさんと一緒に暮らしたいって…私に。」
吉岡「………。」
葵「父さん、私も弟と一緒に暮らしたい。」
娘と息子の変化を察した吉岡
吉岡「わかった。」
シーン29
レッスン場 夕方
レッスンが終了
荏原「今日のレッスンはここまでにします!お疲れ様でした!」
レッスン生達も
「お疲れ様でしたー!」
荏原はいつものテーブルと椅子に座り出席簿等の書類を記入しようとする
レッスン生達が出口やロッカーに向かう中、玲奈は荏原の席に近づいていく
玲奈「先生、今日も拓ちゃん来なかったね。」
荏原「あぁ、来なかったな。」
玲奈「もう拓ちゃん来ないのかな…。」
荏原「どうだろう…事務所にも連絡は来てないな。」
入り口から事務員が入ってくる。
事務員「荏原先生、ちょっと社長室まで。」
荏原「あっ、はい。」
立ち上がる荏原
シーン30
社長室
社長室のドアをノックして入る荏原
会釈しながら
荏原「失礼しまーす。」
顔を上げると社長と見知らぬ男と拓真が座っている
荏原「拓ちゃん!」
初めてオーディション会場で出会った時のように視線は宙をさ迷っているが笑顔を浮かべている拓真
社長「私は席を外します。では。荏原君、しっかり頼むよ。」
荏原「はぁ…。」
何をしっかり頼まれてるのかイマイチ理解してない荏原
一礼して座る荏原
吉岡「拓真の父の吉岡です。」
荏原「初めまして。」
吉岡「先生には拓真だけでなく、娘の葵もお世話をかけたようでお礼に伺いました。」
荏原「とんでもない!私は何も。」
吉岡「私はね…子供は母親と居るのが一番だと思っていた…例えどんな母親でも。男親は母親には勝てないと…。」
荏原「…。」
吉岡「そう思って家も用意して、養育費も多すぎる程送っていたのですが…全て拓真の為には使われていなかった…。」
荏原「…。」
吉岡「娘と息子の希望を、子供の希望を一番に考えて…拓真を引き取ることにしました。」
荏原「良かったな、拓ちゃん。」
拓真はゆっくりと何度も頷く
それを嬉しそうに見る吉岡
荏原「スムーズに話は進んだんですか?」
吉岡「…あの霊感の連中のことですか?」
荏原「ええ。」
吉岡「……私と同類の人間とは交渉はし易いんです。」
荏原「と言いますと?」
吉岡「結婚相手が見つからないのは前世のせい…今お金に苦しんでいるのはカルマのせい…先生は現世利益とはなんだと思いますか?」
荏原「…。」
吉岡「本当に苦しんでいて救いの手を求めて訪れる人間に、これを身に付ければと言って高額なネックレスを売りつける…お布施や祈祷や供養代と言って何百万もの金額を請求する…苦しんでいる人間の心の隙間をついて金を要求する…苦しんでいる人間から全財産を搾り取る…結局は我々と同じ種類の人間なんですよ…何の問題もなくスムーズに話は終わりました。」
荏原「拓ちゃんのお母さん……なんて言えば良いかわからないですが…果たしてこの言い方が正解かわかりませんが……何かにすがりたくなる…何かに助けてほしくなる…自分を責めて責めて…何かに救ってほしい…そういう気持ちもわからなくはないです…。」
吉岡は無表情で荏原を値踏みするように見つめる
吉岡は厳しい表情と口調で言い始める
吉岡「先生は優しすぎる。そんなんじゃこの業界では生き残っていけないですよ。」
だか吉岡はニコリと笑い、信頼する先生に子供を預ける親として
吉岡「そんな先生だから拓真も先生が好きなんでしょう。」
荏原「オレも拓ちゃんのこと好きだよ。」
おずおずと荏原に手を伸ばしてくる拓真
その手をしっかりと握る荏原
吉岡「拓真はこのまま先生のレッスンに通わせます。」
荏原「拓ちゃんを、いえ拓真君の良さを引き出せるようにこれからも頑張ります。」
荏原は拓真の方を見て
荏原「良かったな、拓ちゃん。また玲奈達と一緒にレッスン受けられるぞ。」
握る手を強く振る拓真
暫しの間の後
吉岡「今日はこれで失礼致します。拓真、またすぐ先生に会えるから手を離しなさい。」
手を離す二人
吉岡「先生は…ウチの会社に来て専属の講師になる気はありませんか?それなら私の目の届く所で拓真もレッスンを受けられるし、ウチの方が大手で中央へのパイプも太いですよ。」
荏原「…ここには拓ちゃんを待ってる生徒達もいます…私のレッスンを楽しみにしている生徒達もいます…大変有難いお誘いですが…」
笑う吉岡
吉岡「………損得では動かない…我々と別の世界で生きている先生のような方と交渉する方がとても難しいんですよ。」
荏原「申し訳ありません。」
吉岡「これだけは覚えておいて下さい…先生が独立なされて、自分で教室をお持ちになる時は遠慮なく言ってください…杜の都企画の総力を上げてバックアップします。その時はウチのレッスン生達にも演技を教えて下さい。」
荏原「その時が来た時は是非。」
吉岡「私は誰にでもこういうことを言う人間ではありません。」
荏原「私の様な人間にそこまで言って頂けることを非常に感謝しております…その時が来たら…是非お願い致します。」
吉岡はニヤリと笑い
吉岡「私はあなたと一緒に仕事がしたい………では、失礼致します。」
吉岡は拓真と部屋を出る
拓真は荏原をバイバイと手を振る
それに応えてバイバイと手を振る荏原
シーン31
事務所からレッスン場へと繋がる階段
階段を登る荏原
何やら考えているよう
レッスン場のドアを開く
誰もいないレッスン場を眺める荏原
荏原「自分の教室かぁ…。」
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物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。
各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。
表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)
月夜の理科部
嶌田あき
青春
優柔不断の女子高生・キョウカは、親友・カサネとクラスメイト理系男子・ユキとともに夜の理科室を訪れる。待っていたのは、〈星の王子さま〉と呼ばれる憧れの先輩・スバルと、天文部の望遠鏡を売り払おうとする理科部長・アヤ。理科室を夜に使うために必要となる5人目の部員として、キョウカは入部の誘いを受ける。
そんなある日、知人の研究者・竹戸瀬レネから研究手伝いのバイトの誘いを受ける。月面ローバーを使って地下の量子コンピューターから、あるデータを地球に持ち帰ってきて欲しいという。ユキは二つ返事でOKするも、相変わらず優柔不断のキョウカ。先輩に贈る月面望遠鏡の観測時間を条件に、バイトへの協力を決める。
理科部「夜隊」として入部したキョウカは、夜な夜な理科室に来てはユキとともに課題に取り組んだ。他のメンバー3人はそれぞれに忙しく、ユキと2人きりになることも多くなる。親との喧嘩、スバルの誕生日会、1学期の打ち上げ、夏休みの合宿などなど、絆を深めてゆく夜隊5人。
競うように訓練したAIプログラムが研究所に正式採用され大喜びする頃には、キョウカは数ヶ月のあいだ苦楽をともにしてきたユキを、とても大切に思うようになっていた。打算で始めた関係もこれで終わり、と9月最後の日曜日にデートに出かける。泣きながら別れた2人は、月にあるデータを地球に持ち帰る方法をそれぞれ模索しはじめた。
5年前の事故と月に取り残された脳情報。迫りくるデータ削除のタイムリミット。望遠鏡、月面ローバー、量子コンピューター。必要なものはきっと全部ある――。レネの過去を知ったキョウカは迷いを捨て、走り出す。
皆既月食の夜に集まったメンバーを信じ、理科部5人は月からのデータ回収に挑んだ――。
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