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第1話 寄生
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バス停のベンチの上に、真っ白で、人の背丈ほどあろうかというほどの大きさの、大きなキノコが生えていた。
「なに、あれ」と、私はおもわず声を漏らしてしまう。
さっきからバスケ部の顧問の悪口を散々話していたミキが「なにって、なにが」と、半ギレで返してくる。ずっと聞き流されていたことに気付いたのだろう。
部活の帰り道、もう日も落ちて、中途半端に欠けた月が角度をつけて照らす中、その真っ白でずんぐりむっくりした巨大なキノコが、街灯に照らされてそこに鎮座していた。
「え、きもっ。なにあれ」
車通りの少ない、半ばさびかけたバス停のベンチに、まあキノコが生えるくらいならそこまで驚くことはないだろう。しかし、このサイズは明らかに異常だった。
キノコの足元はしっかりとベンチに癒着していて、電柱ほどありそうな柄が、まっすぐと伸び、その上にぷっくりと膨れ上がった大きな傘がある。傘の形はシチューに入れるマッシュルームと同じ形で、全体を見るとやけに柄の長いホワイトマッシュルームといった感じだろうか。
あたりを見渡しても、これをどうしたら良いか聞けるような大人なんているわけも無く、こんな田舎道には気軽に入れる店すらない。雑木林と電柱と街灯だけ。もう少し進めば、住宅街に出るのだけれど。
「って、ちょっとミキ!何やってるの!?」
こういうときは無視して通り過ぎるのが一番と、ちょっと避けて行こうと思ったのもつかの間、ミキがスマホを取り出してその巨大キノコの元へと駆け出していた。
「ハルもこっちおいでよ!こんなの写真撮るしかないって!きっとバズる!」
「やめときなって、近づかない方が良いよ!写真撮るならここからにしよ!」
「こういうときはとりあえず接写!」
接写なんかしたらキノコのサイズ感なんて分からないのに……なんてことは言わず、私はミキの近くへ、キノコの側に恐る恐る近づこうとしていた。
――ボフッ!
突然、キノコの周りに白い粉が吐き出された。キノコの胞子が、今まさに勢いよく放出されたのだ。
キノコの傘がみるみるしぼんでいくのがわかる。先ほどまでは、たっぷりと胞子を傘の中に蓄えていたから、あそこまでキノコの頭が膨れていたのか。
「こほっ!ゴホッ!」と、ミキが激しく咳をする。思い切り吸い込んでしまったのだろう。
かく言う私も、少し離れた場所ではあるが、風向きが悪く、胞子を少なからず吸い込んでしまう。軽く咳き込み、肺に痛みを感じた。
私はすぐさまミキの元へ駆け寄った。激しくむせるミキの背中をさすり、かばんからポカリスエットを取り出して飲ませる。
少しして、咳の治まったミキは肩で息をしながら「これはやばいね、ハルありがと、死ぬかと思った」と立ち上がり言った。
「もう行こ、明日体調悪いようだったら病院行きなよ」
私はそう言って、ミキを家まで送り届けた。
その晩、私は高熱にうなされた。全身が、体の奥からかきむしられてるような、毛穴という毛穴からニキビが出来るような、そんな違和感。
ベッドの上でゴロゴロして、水を飲みに一階に降り、戻ってまたゴロゴロして……必死に、その違和感と戦っているうちに、徐々に症状が治まっていき。
気がつくと、朝になっていた。ぐっすりと、眠っていたのだ。
「やあ、おはよう。早い朝だね」
起きて早々、聞き覚えのない声が脳に響くように広がった。
思わずあたりを見渡してしまうが、いつも通りの私の部屋だ。ミキから誕生日にもらったアインシュタインのポスターが、こちらに舌を出して笑っている。
「おーい、どこ見てるんだー?」
声のする方向なんて分からなかった、直接脳に響くみたいな、妙な感覚。自分で頭の中で考え事をしているような、そんな感覚に近い。
「だれ、どこにいるの?」
体を起こし、部屋の隅々まで見ようとベッドに手をつく。無意識に左手に目をやると、そいつはいた。
――左手の甲、そのど真ん中から、キノコが生えていた。
真っ白で、しかし小さいその風貌は、昨日見た巨大なキノコとは違っていたが、その形は同じだった。
何よりも気色悪い事がある。
そのキノコの丸みを帯びた傘のてっぺんに、ナイフで切れ込みを入れたような裂けめがあり、そこから眼球がこちらを覗いているのだ。
「うわああ!」
私は思わず叫びを上げ、左手の甲を壁にたたきつけた。
どんっと大きな音がして、左手に痛みが走る。とっさに容赦なくたたきつけたせいで、手にじんじんと響く痛みが続いている。
「ひどいじゃないか!僕は君にまだ何もしていないと言うのに!突然攻撃してくるなんて紳士的じゃあないぞ!」
声を無視して、恐る恐る左手の甲をみると、キノコは引っ込んでいた。
その代わり、右腕の二の腕あたりから、にょきっと顔を出している。ぎょろりと目玉がこちらを見てくる。
「ギャアア!!!」
なんとか手でむしろうと、左手でキノコを掴もうとするのだが、そのたびにキノコは引っ込み、別のところからにょきっと生えてくるのだ。
「落ち着いてくれ!そう騒がれては話も出来ない!今のままでは僕は君の体から出ることは出来ないし、君だって僕を今引っこ抜いたらすごく痛いぞ!」
しばらくの戦いの末、最終的におでこから生えてきたキノコが「ギブアップだ!もうやめてくれ!」と叫んだところで私も疲れてしまってベッドに横になった。
風邪の時に、突拍子もない夢を見るあれときっと同じだ。これは夢で、現実じゃない。
現実で良いわけがない。
「二度寝はオススメしないぞ、昨日君と一緒にいた女の子に連絡を取った方が良い」
「え、なんでそのことを知っているの?」
「そりゃあ知っているさ、僕はあのときに君の体の中に入った胞子から生まれたんだから。言葉は君の脳みそから拝借した。しゃべり方は君が好きなキャラクターからだ。あの漫画面白いな、さっき君の記憶をたよりに読んで見たんだが、人間の正義感というものには興味をそそられる」
「あのキノコの胞子から!?じゃあ、ミキにもお前みたいなのが生えてるって事!?」
「ん?ああいや、それはちょっと僕にも分かりかねる。あの子は思いっきり吸っていたからな、それに体質もあるだろう。僕は君の体全てをいただこうとしたんだが、どうにも上手く行かなくてね。食生活が良かったのかな、お母さんに感謝するべきだ」
あれこれと考えることはあったが、このキノコが言うことが確かなのであれば、急いでミキに連絡を取る必要がある。
「ミキに連絡したら、話を聞かせて」
「さっきからそう言ってるのに君が僕の話を聞いてくれないんじゃあないか。なんだ、人間ってのはみんなこんな身勝手な種族なのか?」
キノコの話を無視して、私はすぐさまミキに電話をかける。
何度コールしても、ミキが電話に出ることはなく、私は恐ろしくなって急いで制服に着替えて家を飛び出した。
まだ朝もやのかかった、人通りの少ない住宅街。
ミキの家はそう遠くないところにある。
いつもバスケの練習を一緒にしている公園を曲がって、すぐのところだ。
最短でミキの家の前に付くと、私は、はたと立ち止まった。
目をこすり、もう一度その光景を目の当たりにする。
「うそでしょ」
「あらまあ、こりゃたまげた」
――ミキの家の庭に、大きな白いキノコが生えていた。
「なに、あれ」と、私はおもわず声を漏らしてしまう。
さっきからバスケ部の顧問の悪口を散々話していたミキが「なにって、なにが」と、半ギレで返してくる。ずっと聞き流されていたことに気付いたのだろう。
部活の帰り道、もう日も落ちて、中途半端に欠けた月が角度をつけて照らす中、その真っ白でずんぐりむっくりした巨大なキノコが、街灯に照らされてそこに鎮座していた。
「え、きもっ。なにあれ」
車通りの少ない、半ばさびかけたバス停のベンチに、まあキノコが生えるくらいならそこまで驚くことはないだろう。しかし、このサイズは明らかに異常だった。
キノコの足元はしっかりとベンチに癒着していて、電柱ほどありそうな柄が、まっすぐと伸び、その上にぷっくりと膨れ上がった大きな傘がある。傘の形はシチューに入れるマッシュルームと同じ形で、全体を見るとやけに柄の長いホワイトマッシュルームといった感じだろうか。
あたりを見渡しても、これをどうしたら良いか聞けるような大人なんているわけも無く、こんな田舎道には気軽に入れる店すらない。雑木林と電柱と街灯だけ。もう少し進めば、住宅街に出るのだけれど。
「って、ちょっとミキ!何やってるの!?」
こういうときは無視して通り過ぎるのが一番と、ちょっと避けて行こうと思ったのもつかの間、ミキがスマホを取り出してその巨大キノコの元へと駆け出していた。
「ハルもこっちおいでよ!こんなの写真撮るしかないって!きっとバズる!」
「やめときなって、近づかない方が良いよ!写真撮るならここからにしよ!」
「こういうときはとりあえず接写!」
接写なんかしたらキノコのサイズ感なんて分からないのに……なんてことは言わず、私はミキの近くへ、キノコの側に恐る恐る近づこうとしていた。
――ボフッ!
突然、キノコの周りに白い粉が吐き出された。キノコの胞子が、今まさに勢いよく放出されたのだ。
キノコの傘がみるみるしぼんでいくのがわかる。先ほどまでは、たっぷりと胞子を傘の中に蓄えていたから、あそこまでキノコの頭が膨れていたのか。
「こほっ!ゴホッ!」と、ミキが激しく咳をする。思い切り吸い込んでしまったのだろう。
かく言う私も、少し離れた場所ではあるが、風向きが悪く、胞子を少なからず吸い込んでしまう。軽く咳き込み、肺に痛みを感じた。
私はすぐさまミキの元へ駆け寄った。激しくむせるミキの背中をさすり、かばんからポカリスエットを取り出して飲ませる。
少しして、咳の治まったミキは肩で息をしながら「これはやばいね、ハルありがと、死ぬかと思った」と立ち上がり言った。
「もう行こ、明日体調悪いようだったら病院行きなよ」
私はそう言って、ミキを家まで送り届けた。
その晩、私は高熱にうなされた。全身が、体の奥からかきむしられてるような、毛穴という毛穴からニキビが出来るような、そんな違和感。
ベッドの上でゴロゴロして、水を飲みに一階に降り、戻ってまたゴロゴロして……必死に、その違和感と戦っているうちに、徐々に症状が治まっていき。
気がつくと、朝になっていた。ぐっすりと、眠っていたのだ。
「やあ、おはよう。早い朝だね」
起きて早々、聞き覚えのない声が脳に響くように広がった。
思わずあたりを見渡してしまうが、いつも通りの私の部屋だ。ミキから誕生日にもらったアインシュタインのポスターが、こちらに舌を出して笑っている。
「おーい、どこ見てるんだー?」
声のする方向なんて分からなかった、直接脳に響くみたいな、妙な感覚。自分で頭の中で考え事をしているような、そんな感覚に近い。
「だれ、どこにいるの?」
体を起こし、部屋の隅々まで見ようとベッドに手をつく。無意識に左手に目をやると、そいつはいた。
――左手の甲、そのど真ん中から、キノコが生えていた。
真っ白で、しかし小さいその風貌は、昨日見た巨大なキノコとは違っていたが、その形は同じだった。
何よりも気色悪い事がある。
そのキノコの丸みを帯びた傘のてっぺんに、ナイフで切れ込みを入れたような裂けめがあり、そこから眼球がこちらを覗いているのだ。
「うわああ!」
私は思わず叫びを上げ、左手の甲を壁にたたきつけた。
どんっと大きな音がして、左手に痛みが走る。とっさに容赦なくたたきつけたせいで、手にじんじんと響く痛みが続いている。
「ひどいじゃないか!僕は君にまだ何もしていないと言うのに!突然攻撃してくるなんて紳士的じゃあないぞ!」
声を無視して、恐る恐る左手の甲をみると、キノコは引っ込んでいた。
その代わり、右腕の二の腕あたりから、にょきっと顔を出している。ぎょろりと目玉がこちらを見てくる。
「ギャアア!!!」
なんとか手でむしろうと、左手でキノコを掴もうとするのだが、そのたびにキノコは引っ込み、別のところからにょきっと生えてくるのだ。
「落ち着いてくれ!そう騒がれては話も出来ない!今のままでは僕は君の体から出ることは出来ないし、君だって僕を今引っこ抜いたらすごく痛いぞ!」
しばらくの戦いの末、最終的におでこから生えてきたキノコが「ギブアップだ!もうやめてくれ!」と叫んだところで私も疲れてしまってベッドに横になった。
風邪の時に、突拍子もない夢を見るあれときっと同じだ。これは夢で、現実じゃない。
現実で良いわけがない。
「二度寝はオススメしないぞ、昨日君と一緒にいた女の子に連絡を取った方が良い」
「え、なんでそのことを知っているの?」
「そりゃあ知っているさ、僕はあのときに君の体の中に入った胞子から生まれたんだから。言葉は君の脳みそから拝借した。しゃべり方は君が好きなキャラクターからだ。あの漫画面白いな、さっき君の記憶をたよりに読んで見たんだが、人間の正義感というものには興味をそそられる」
「あのキノコの胞子から!?じゃあ、ミキにもお前みたいなのが生えてるって事!?」
「ん?ああいや、それはちょっと僕にも分かりかねる。あの子は思いっきり吸っていたからな、それに体質もあるだろう。僕は君の体全てをいただこうとしたんだが、どうにも上手く行かなくてね。食生活が良かったのかな、お母さんに感謝するべきだ」
あれこれと考えることはあったが、このキノコが言うことが確かなのであれば、急いでミキに連絡を取る必要がある。
「ミキに連絡したら、話を聞かせて」
「さっきからそう言ってるのに君が僕の話を聞いてくれないんじゃあないか。なんだ、人間ってのはみんなこんな身勝手な種族なのか?」
キノコの話を無視して、私はすぐさまミキに電話をかける。
何度コールしても、ミキが電話に出ることはなく、私は恐ろしくなって急いで制服に着替えて家を飛び出した。
まだ朝もやのかかった、人通りの少ない住宅街。
ミキの家はそう遠くないところにある。
いつもバスケの練習を一緒にしている公園を曲がって、すぐのところだ。
最短でミキの家の前に付くと、私は、はたと立ち止まった。
目をこすり、もう一度その光景を目の当たりにする。
「うそでしょ」
「あらまあ、こりゃたまげた」
――ミキの家の庭に、大きな白いキノコが生えていた。
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