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05.辺境伯子息ブライアン
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「でかいな。同じ年か?」
「はい。十二になります」
その年、辺境伯家の三男だという、ブライアンが護衛候補として紹介された。
辺境伯家は武の家門だ。往々にして体の大きな男子が生まれ、身体能力も高く、次男以降は騎士として立身出世を果たすことが多い。
同い年ということもあり、ブライアンは友人兼護衛騎士見習いとして王城預かりとなった。おそらく、二年後に入学する王立学園内の護衛として、同級の者をつけたといったところだろう。
「探し物か?それとも、心配事か?」
「え?」
本人は気づいていなかったようだが、目線が忙しなく辺りを見回していた。
護衛として周囲を警戒しているのか、とも思ったが、そんな風でもない。
「し、失礼しました!!」
ガバリと頭を下げられ、危うく脳天直撃の頭突きを食らうところだった。
「自領から出るのは初めてでして……何もかもが珍しく」
「ああ、王都とは気温すら違うらしいな。辺境伯領は、寒い場所だと聞く」
「はい。一年の三分の一は冬です。四分の一は雪に閉じ込められてるような場所です」
「雪、か。久しく見てないな」
「王都にも雪が降ることがあるんですか」
ブライアンが目を丸くした。そこで、自分の失敗に気付いた。
ここ王都では、滅多に雪が降らない。
つい、前世での記憶のままに口を開いてしまったようだった。
「数年前、地方へ視察に行ったときに――」
「ああ、そうでしたか。初めての雪の感想はいかがでしたでしょうか?」
「うん?まぁ、冷たかったな」
「お召し上がりには?」
「あ、ああ。一度は口にしたな」
まぁ、前世でだけど。
理科の授業で雪の生成方法を知ってからはやめた。
埃が核になってるんだものなぁ。
「ジャムをかけて食べると美味です。食べ過ぎて、お腹を壊してしこたま怒られてからはやめましたが」
「えっ、どれだけ食べたんだ?!」
「バケツ一杯ほど。でも、何事も経験だと思いますので」
無茶をする。
そして、その経験は本当に必要だったのか、と問いたい。
ブライアンとも一緒に行動するようになって、一月ほどが過ぎた。
彼が常に周辺を見回す癖はそのままだった。そのおかげか護衛としても優秀で、散策中に落ちて来た木の棒を叩き落としたり、迷い犬をいち早く見つけて捕獲したりなど。
しかし、彼が最もキョロキョロと視線を彷徨わすのは、城の中を移動している時だった。
辺りに城の使用人たちが多く働く場所に近づくほど、ブライアンの挙動が不審になる。使用人を警戒しているのか、とも当初は勘繰ったが、どうも侍女たちの姿を見る時が一番緊張しているようだった。顔を見定めると肩から力が抜けるようだ。
その姿は、ホッとしたというより、ガッカリしたように見える。
「もしやブライアン、知り合いでも探しているのか?」
とうとう見かねて、声をかけた。
「違っていたら済まない。誰かを探すように、周りの人の顔を確かめているようだったから」
ブライアンは面白いほど狼狽した。
どうやらその推測は当たっていたらしい。
ブライアンは何回か口を開けたり閉じたりした後、観念したかのようにうなだれた。
「――おっしゃる通りです。自分は、ある者が王城で働いていると聞き及びまして、その姿を探しておりました」
「ある者……女性かな?それも、侍女をしているような」
ブライアンは弾かれたように顔を上げた。
凛々しい顔に似合わず、たまに彼は表情で雄弁に語ってくれる。
騎士として大丈夫だろうか、と少し心配になるくらいである。
場所を私室へと移動した。
聞き出したところ、彼は七年前に出会ったご令嬢が忘れられないらしい。
彼女は辺境伯領の隣領、子爵家のご令嬢だそうだ。子爵家はあまり裕福でなく、子沢山で娘だけで五人もいた。彼女は四女で、家計を助けるため、と辺境伯領との領境の森でよく薪や木の実の採集をしていた。そこへ、馬の遠乗りで通りかかったブライアンと出会ったらしい。
何回かの逢瀬の後、王城の侍女見習いとして王都に行く、もう会えないと告げられた。
「当時も……今も子供ですが、自分は必ず彼女を迎えに行く、と約束しました。そして自分もまた、王子殿下の護衛という大役に抜擢していただき、意気揚々とこちらへと参りました」
「しかしまだ見つからない、と。そのご令嬢の名前と年は?」
「シャナ、と呼んでおりました。自分の五つ上なので、今十八かと」
「カリウス、頼んだ」
「承知しました」
「えっ、あの?!」
狼狽えた顔をしたブライアンに、今では常に側に控えているカリウスは安心させるように笑みを浮かべた。
「私も微力ながらお力添えさせていただきます」
カリウスは優秀だ。
彼は一礼してそのまま部屋を出ていった。
どんな手を使うかは知らないが、求める成果を上げてくれるだろう。
「はい。十二になります」
その年、辺境伯家の三男だという、ブライアンが護衛候補として紹介された。
辺境伯家は武の家門だ。往々にして体の大きな男子が生まれ、身体能力も高く、次男以降は騎士として立身出世を果たすことが多い。
同い年ということもあり、ブライアンは友人兼護衛騎士見習いとして王城預かりとなった。おそらく、二年後に入学する王立学園内の護衛として、同級の者をつけたといったところだろう。
「探し物か?それとも、心配事か?」
「え?」
本人は気づいていなかったようだが、目線が忙しなく辺りを見回していた。
護衛として周囲を警戒しているのか、とも思ったが、そんな風でもない。
「し、失礼しました!!」
ガバリと頭を下げられ、危うく脳天直撃の頭突きを食らうところだった。
「自領から出るのは初めてでして……何もかもが珍しく」
「ああ、王都とは気温すら違うらしいな。辺境伯領は、寒い場所だと聞く」
「はい。一年の三分の一は冬です。四分の一は雪に閉じ込められてるような場所です」
「雪、か。久しく見てないな」
「王都にも雪が降ることがあるんですか」
ブライアンが目を丸くした。そこで、自分の失敗に気付いた。
ここ王都では、滅多に雪が降らない。
つい、前世での記憶のままに口を開いてしまったようだった。
「数年前、地方へ視察に行ったときに――」
「ああ、そうでしたか。初めての雪の感想はいかがでしたでしょうか?」
「うん?まぁ、冷たかったな」
「お召し上がりには?」
「あ、ああ。一度は口にしたな」
まぁ、前世でだけど。
理科の授業で雪の生成方法を知ってからはやめた。
埃が核になってるんだものなぁ。
「ジャムをかけて食べると美味です。食べ過ぎて、お腹を壊してしこたま怒られてからはやめましたが」
「えっ、どれだけ食べたんだ?!」
「バケツ一杯ほど。でも、何事も経験だと思いますので」
無茶をする。
そして、その経験は本当に必要だったのか、と問いたい。
ブライアンとも一緒に行動するようになって、一月ほどが過ぎた。
彼が常に周辺を見回す癖はそのままだった。そのおかげか護衛としても優秀で、散策中に落ちて来た木の棒を叩き落としたり、迷い犬をいち早く見つけて捕獲したりなど。
しかし、彼が最もキョロキョロと視線を彷徨わすのは、城の中を移動している時だった。
辺りに城の使用人たちが多く働く場所に近づくほど、ブライアンの挙動が不審になる。使用人を警戒しているのか、とも当初は勘繰ったが、どうも侍女たちの姿を見る時が一番緊張しているようだった。顔を見定めると肩から力が抜けるようだ。
その姿は、ホッとしたというより、ガッカリしたように見える。
「もしやブライアン、知り合いでも探しているのか?」
とうとう見かねて、声をかけた。
「違っていたら済まない。誰かを探すように、周りの人の顔を確かめているようだったから」
ブライアンは面白いほど狼狽した。
どうやらその推測は当たっていたらしい。
ブライアンは何回か口を開けたり閉じたりした後、観念したかのようにうなだれた。
「――おっしゃる通りです。自分は、ある者が王城で働いていると聞き及びまして、その姿を探しておりました」
「ある者……女性かな?それも、侍女をしているような」
ブライアンは弾かれたように顔を上げた。
凛々しい顔に似合わず、たまに彼は表情で雄弁に語ってくれる。
騎士として大丈夫だろうか、と少し心配になるくらいである。
場所を私室へと移動した。
聞き出したところ、彼は七年前に出会ったご令嬢が忘れられないらしい。
彼女は辺境伯領の隣領、子爵家のご令嬢だそうだ。子爵家はあまり裕福でなく、子沢山で娘だけで五人もいた。彼女は四女で、家計を助けるため、と辺境伯領との領境の森でよく薪や木の実の採集をしていた。そこへ、馬の遠乗りで通りかかったブライアンと出会ったらしい。
何回かの逢瀬の後、王城の侍女見習いとして王都に行く、もう会えないと告げられた。
「当時も……今も子供ですが、自分は必ず彼女を迎えに行く、と約束しました。そして自分もまた、王子殿下の護衛という大役に抜擢していただき、意気揚々とこちらへと参りました」
「しかしまだ見つからない、と。そのご令嬢の名前と年は?」
「シャナ、と呼んでおりました。自分の五つ上なので、今十八かと」
「カリウス、頼んだ」
「承知しました」
「えっ、あの?!」
狼狽えた顔をしたブライアンに、今では常に側に控えているカリウスは安心させるように笑みを浮かべた。
「私も微力ながらお力添えさせていただきます」
カリウスは優秀だ。
彼は一礼してそのまま部屋を出ていった。
どんな手を使うかは知らないが、求める成果を上げてくれるだろう。
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