転生王子はネメシスを待つ

ainsel

文字の大きさ
上 下
4 / 10

04.公爵令嬢フランソワーヌ

しおりを挟む
「ごきげんよう、第二王子殿下」
「こんにちは、フランソワーヌ嬢」

 初の顔合わせとして、こちらの要望で王城の庭園のガゼボで当事者同士のお茶会を開かせてもらった。もちろん、側には侍女や護衛も控えている。彼女はきれいな微笑を浮かべているが、なぜかこの場にいるカリウスに戸惑っているのが見て取れた。

「今日は顔合わせの記念に、花束を用意させてもらった。ぜひ受け取ってほしい」

 その言葉を合図に、カリウスが捧げ持っていた花束をフランソワーヌ嬢の前へと置いた。

「ありがとう、カリウス。これだけのために呼び出してすまなかった。戻ってていいぞ」

 カリウスは丁寧に一礼し、その場を辞した。フランソワーヌ嬢は微動だにせず、花束を見つめていた。

「お茶の前に、よかったら一緒にバラ園を散策しませんか?」
「あ――はい」

 夢から醒めたように顔を上げたフランソワーヌ嬢は、差し出された手を取った。しばらく歩いて、周囲に話が聞かれない場所へと誘導する。護衛も気を利かせて、距離を置いてくれている。

「今回の話が調わなかった場合、貴方にはまた新たな婚約者が用意されるだけ、と聞いた」
「その通りでございます」
「さて。一つ確認したいのだが、貴方とカリウスは想い合っている。間違いないね?」
「い、いえ、そのようなことは」

 ゆったりと歩を勧めながら、フランソワーヌ嬢に言葉をかけると、彼女は慌てて否定の言葉を口にした。

「そのまま。微笑は絶やさずに聞いて。仲の良さを演出しててもらえるかな」

 聡いと評判の公爵令嬢は、素直にその言葉に従ってくれた。微笑みは絶やさないながらも、その瞳は不安に揺れている。

「今のカリウスは侯爵家の次男。優秀な嫡男もいて、家を継げる可能性は低い。本人からは爵位を継げたとしても侯爵家の持つ子爵位くらい、だと。その点は知っているかな?」
「――はい」
「だから、貴女に本心が聞きたい。もちろん、不敬には問わない。苦難の道を選ぶことになってもカリウスとの未来を望むのか、もしくは安穏とした未来のどちらを選ぶ?」
「わ、わたくしは……」

 さすがに動揺したのか、わずかに彼女の呼吸が乱れたようだ。

「叶うならば、どんな苦難な道でも彼との未来を――カリウスと、ともに」
「それが偽りでないのなら、手を貸そう」

 歩みを止め、フランソワーヌ嬢に向き合う。

「まず、貴女には『第二王子の婚約者』になってもらいたい」

 フランソワーヌ嬢は大きく目を見開いたが、公爵令嬢の矜持として、彼女の微笑は全く崩れなかった。

「更に理不尽だと思えるかもしれないが、今後数年、王族の婚約者として相応しい振る舞いをお願いする――しかる後、第二王子の心変わりにより、この婚約はこちらから破棄させてもらう」

 彼女の両手を握り、心なし距離を詰める。
 傍から見れば、第二王子がご令嬢に大切な告白でもしているように見えるに違いない。 

「王族からの婚約、そして、勝手な婚約破棄。貴女は同情されるだろうが、それでも令嬢としての評判は落ちてしまう」

 フランソワーヌ嬢は年頃の令嬢としては致命的な瑕疵をかぶってしまう。
 婚約破棄された女性には、よい結婚の話は来なくなる。だからこそ、そこに爵位が低くてもカリウスが漬け込む余地が出て来る。多少不自然な流れに見えようとも、王族がこんなバカげたことをしでかすとは思いもしないはずだ。
 これこそが、真の狙い。
 彼女もまた、その答えにたどり着いたようだった。

「でも殿下……なぜ、殿下がそこまで」
「なぜ、か。そうだな」

 周囲で揺れる花をぐるりと見まわす。
 汚い権力闘争や、差別などない穏やかな空間。

「罪滅ぼし、かもね」
「え、なんと?」

 ポツリと呟いた言葉は小さすぎて、風にさらわれてフランソワーヌ嬢の耳には届かなかったようだ。戸惑いの表情で、こちらをうかがう彼女に、笑顔を返す。

「先ほどの花束。バラ、カスミソウ、ガーベラ。それらが何を意味しているか、わかる?」
「……あなたを愛しています。永遠の愛、そして希望」
「それらはカリウスからの偽りない気持ちだよ。この計画は大切な友人、いや、友人たちのため、って理由じゃ納得できないかな?」

 フランソワーヌ嬢の瞳が潤んだのがわかった。
 しかし、彼女は気丈にも大輪のバラにも負けない笑みを浮かべ、決意を秘めた表情でうなづいてくれた。

 こうして、第二王子と公爵令嬢の婚約話が調った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺の娘、チョロインじゃん!

ちゃんこ
ファンタジー
俺、そこそこイケてる男爵(32) 可愛い俺の娘はヒロイン……あれ? 乙女ゲーム? 悪役令嬢? ざまぁ? 何、この情報……? 男爵令嬢が王太子と婚約なんて、あり得なくね?  アホな俺の娘が高位貴族令息たちと仲良しこよしなんて、あり得なくね? ざまぁされること必至じゃね? でも、学園入学は来年だ。まだ間に合う。そうだ、隣国に移住しよう……問題ないな、うん! 「おのれぇぇ! 公爵令嬢たる我が娘を断罪するとは! 許さぬぞーっ!」 余裕ぶっこいてたら、おヒゲが素敵な公爵(41)が突進してきた! え? え? 公爵もゲーム情報キャッチしたの? ぎゃぁぁぁ! 【ヒロインの父親】vs.【悪役令嬢の父親】の戦いが始まる?

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

ざまぁされるための努力とかしたくない

こうやさい
ファンタジー
 ある日あたしは自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生している事に気付いた。  けどなんか環境違いすぎるんだけど?  例のごとく深く考えないで下さい。ゲーム転生系で前世の記憶が戻った理由自体が強制力とかってあんまなくね? って思いつきから書いただけなので。けど知らないだけであるんだろうな。  作中で「身近な物で代用できますよってその身近がすでにないじゃん的な~」とありますが『俺の知識チートが始まらない』の方が書いたのは後です。これから連想して書きました。  ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。  恐らく後で消す私信。電話機は通販なのでまだ来てないけどAndroidのBlackBerry買いました、中古の。  中古でもノーパソ買えるだけの値段するやんと思っただろうけど、ノーパソの場合は妥協しての機種だけど、BlackBerryは使ってみたかった機種なので(後で「こんなの使えない」とぶん投げる可能性はあるにしろ)。それに電話機は壊れなくても後二年も経たないうちに強制的に買い換え決まってたので、最低限の覚悟はしてたわけで……もうちょっと壊れるのが遅かったらそれに手をつけてた可能性はあるけど。それにタブレットの調子も最近悪いのでガラケー買ってそっちも別に買い換える可能性を考えると、妥協ノーパソより有意義かなと。妥協して惰性で使い続けるの苦痛だからね。  ……ちなみにパソの調子ですが……なんか無意識に「もう嫌だ」とエンドレスでつぶやいてたらしいくらいの速度です。これだって10動くっていわれてるの買ってハードディスクとか取り替えてもらったりしたんだけどなぁ。

突然伯爵令嬢になってお姉様が出来ました!え、家の義父もお姉様の婚約者もクズしかいなくない??

シャチ
ファンタジー
母の再婚で伯爵令嬢になってしまったアリアは、とっても素敵なお姉様が出来たのに、実の母も含めて、家族がクズ過ぎるし、素敵なお姉様の婚約者すらとんでもない人物。 何とかお姉様を救わなくては! 日曜学校で文字書き計算を習っていたアリアは、お仕事を手伝いながらお姉様を何とか手助けする! 小説家になろうで日間総合1位を取れました~ 転載防止のためにこちらでも投稿します。

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

彼はもう終わりです。

豆狸
恋愛
悪夢は、終わらせなくてはいけません。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

その断罪、三ヶ月後じゃダメですか?

荒瀬ヤヒロ
恋愛
ダメですか。 突然覚えのない罪をなすりつけられたアレクサンドルは兄と弟ともに深い溜め息を吐く。 「あと、三ヶ月だったのに…」 *「小説家になろう」にも掲載しています。

処理中です...